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2013年01月14日

公式サイトと諸々ご案内。


このブログのトップバナーとかいろいろ変わったので、
気がついた方は気がついたと思うんですが、
俺の個人事業、Wako works の公式サイトをオープンしました。

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※上のバナーをクリックすると別窓で開きます。


内容は主に、

・コーヒー豆の通販

・模型完成品の販売

・講座やワークショップのご案内

・過去に作った模型のギャラリー



などなど、そんな感じの内容となっています。


特に、コーヒー関係はお伝えしたいことがたくさんあって、
かなりのボリュームで作りこみましたよ!



今まで、いろんな告知はすべてブログで行なってきたんだけども、
ブログの性質上、新しい記事を書くと、古い記事は埋もれていってしまうので、
特に、告知関係は熱が冷めたり、目的の記事が見つけられなかったりしたらダメだ。

なので、ある程度時系列に左右されずに告知するには、
やっぱり別サイトが必要だよなーと思って、年末年始にWordPressでセッセコ作ったわけです。


そういう時じゃないとなかなかまとまった時間取れないもんね。主夫とは言えど。



コーヒー豆も、購入の際の手間は変わらないけれども、
見やすくなったんじゃないかなーと思います。


さらに!

クレジットカードがご利用いただけるようになりましたよ!


まだ不慣れなので、手続きに少しモチャモチャするかもしれませんが、
暖かい目で見守っていただけたらうれしいです。よろしくお願いします!



そして!


仙台にいるときには、自分の店でいろいろと講座とかワークショップとかやってきたけれども、
関西に来てからは、まだ何もしていなかったんだんだけども、
かなりおっかなびっくりで、関西に移住して初の講座を開催します!


2013年2月3日(日)、同じ日に2つの講座です。



まずは、仙台では部活動みたいにしてやっていた、facebookについて。

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上のパナーをクリックすると、詳細のページに飛びます。


最近また、細々と仕様を変更しているfacebook。
facebookに詳しい人も詳しくない人も、お茶会的な感じで楽しんでもらえたらうれしいです。






そして、やはり自称珈琲バカなので、コーヒーレッスンしなきゃ。

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上のバナーをクリックすると詳細のページに飛びます。



関西で初めての講座だし、気合入れて頑張りますよ!

お申込をお待ちしております。



そしてそして、模型の販売も始めたんだけども、

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おなじみの、ラピュタロボット兵。

今回は、ルチルターコイズに加え、目の部分にジルコニアも埋め込んだ贅沢仕様。







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去年の11月に行われた、モデラーズEXPO2012用に作った、ファニーカーも3台販売します。




と、内容盛り沢山な感じです。


公式サイトも、折々で更新していきますので、ぜひチェックしてくださいね!



本ブログ「珈琲バカ」、そして、「Wako works」サイト共々、
今後ともよろしくお願い申し上げます。

 
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2013年01月02日

2013年のご挨拶。

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あけましておめでとうございます。

無事に新しい年を迎えることができました。
本当にありがとうございます。

これからも楽しんでいただけるBLOGで在り続けるよう精進します。


と、堅苦しいあいさつはこのぐらいにして。

関西で迎える初めてのお正月。


昨年は本当にいろいろあって、変化に頭がついていかない状況。
だから途中で考えるのをやめた。

だってなるようにしかならないんだから、考えないで流れに身を任せようと。

結果として、模型をはじめいろんな分野で自分の居場所が見つかって、
友人がグワーッとすごい勢いで増えて。


やることが一気に増えたんだけども、それだけ自分が必要とされているっていうことだから、
それは大変喜ばしく、ありがたいことだなーと。


今年は、それをもっとレベルアップして、質の向上を目指そうと思う。

模型も頑張ります。



さて、関西に来て初めての年越しだし、りえさんと、
どこかに出かけたいねという話になり、初日の出を見に行こう!という事になった。

初日の出スポットとかあんまりよくわかんないから、
今まで行ったところの中から選ぶとしたら・・・





淡路島だ!



ということで、早起きして朝5時に芦屋を出発。

道路もガラガラで、かなりトバしたこともあり、30分くらいで淡路島に入った。


そして、明石海峡大橋を渡った最初のパーキングエリア、
淡路ハイウェイオアシスに入ったんだけども、
やはりおんなじことを考えている人はたくさんいるんだね。



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すごい人だかり!

俺達の後からも、次々と吸い込まれるようにパーキングに車が入っていく。






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このハイウェイオアシスには、大観覧車があり、ここのシンボルみたいになっている。


ということで、今年の淡路島の日の出は7時6分。





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雲の間からではあったけれども、見事な朝日を見ることができた。





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満足そうな俺。ひげ剃れよって感じだ。(笑)



そして、初日の出を見たあとは、せっかく淡路島に来たんだからと、




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伊弉諾神宮へ初詣。

伊弉諾さんは、国造りの神様でもあり、
一部のスピ系の間では、東北大震災後、地球のエネルギーのへそのポイントが変わって、
淡路島になったとも言われていることもあり、マヤ暦が終わって新しい時代に入ったこともあり、
これは2013年の始まりは淡路島しか考えられないな、となったわけだ。

この、淡路島の初日の出〜初詣の様子は、
いつものごとく、facebookのアルバムにアップしたのでこちらからどうぞ。



無事に初詣も終わって、


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10時ごろには帰り足で明石海峡大橋を渡り、




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11時には家でもち汁を食べてた。


ところで、俺は芦屋に来てから主夫をしていて、ご飯は俺が作っているわけだけども、
東北と関西では、食文化がかなり違う部分もあるので、かなり楽しいね。

例えばもち汁(一般的に言うところのお雑煮。俺は「雑」に「煮る」という字が嫌いで使わない)
ひとつとっても、仙台は醤油味だけども、関西は白味噌味。


最初、「えー?白味噌でもち汁だとー?」と思ったんだけども、
せっかくなので関西風でも作ってみたい。

だけども、本番いきなりではおっかないので、

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去年、一度、練習がてら白味噌で味噌汁を作ってみた。


「あ・・甘い・・」


だけど悪くない。なるほどなるほど。

しっかりダシをとれば、そんなに味噌は使わなくていいということだな。


関西はうどんが象徴的だけども、ダシで食べるっていう感覚。
だから、ダシをしっかりととって、味付け自体は薄め。

もち汁もそうなんだなと解釈した。



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ということで、醤油味と白味噌味、どっちも作って食べくらべ。


うーん・・甲乙つけがたいんだけども、子供の頃から食べて馴染んでいる分、
やっぱり醤油味かなー。俺は。


さらに、お正月なんで、まくろび庵時代にぜんざいをメニューに入れてたけども、

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久しぶりにあんこ炊きました。
俺のあんこは評判いいのよー。(笑)


と、最近は、料理も頑張って作ってます。


10月くらいから、折々で、自分が作った料理で、
記録しておきたいものを写真に撮って来たんだけども、
それをやはりfacebookのアルバムにした。

アルバムはこちら。



料理の写真を撮ったら、その都度写真を追加していく予定だ。


ということで、そんな2013年の始まり。


今年も珈琲バカをよろしくお願い申し上げます。

 
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2012年12月22日

あべひげのあべさん。

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過去に何回か書いたけども、俺が人生で多分一番通ったであろう飲み屋のオヤジ、
あべひげさんが亡くなって3年が経った。


先日、珍しくあべひげさんが夢に出てきたんだよ。

思い出してほしいんだなーと思った。



あべさんは、身体のあちこちに腫瘍が見つかって、
大手術の末に一度は復活したものの、その数カ月後に逝ってしまった。

演劇が大好きで、仙台では、
役者を目指す者であべひげさんを知らない奴はモグリだと言われるほど名物オヤジだった。


客に向かって「ばぁかっこの!」って言っても許される愛すべきオヤジ。


俺はあべさんが大好きだったから、本当にたくさんの友達を連れて行った。

軽く100人は超えるな。


そして、あべさんも、

「俺はよぉ、わこうが連れてくる奴らはみんな大好きなんだ。」

っていつも言ってた。



あべさんが亡くなる少し前、あべひげに行ったとき、
あべさんは、俺の目を何も言わずにジーっと見つめていた。

なんかすっかり弱々しくなっちゃって、なんか泣けちゃってさー。

その後間もなく、あべさんは逝ってしまった。


その年は、6月に俺の親友のあべはりさんが事故で死んじゃって、
12月にはあべひげさんが死んじゃって、
1年の間に、ふたりの大切なあべさんが死んじゃった。


その喪失感たるやハンパじゃなかったなー。


今はこうして、仙台を離れて関西にいるけれども、
ふたりのあべさんのスピリッツは、時空を超えて今も俺にアピールしてくる。

こうして関西からでもあべさんの死を偲ぶことができる。


そして、あべさんにはとにかく感謝しかない。

出会ってくれてありがとう。



だけど、たまに「ばぁかっこの!」っていうあべ節が聞きたくなって懐かしくなる。

俺は今、断酒しているけれども、またあべさんと酒飲みたいなーと思う。



あべさん、もう少し待っとって。

俺はまだこっちでやることがあるから。

 
posted by わこう at 21:52| Comment(0) | TrackBack(0) | 普通の日記。 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年11月13日

天河神社から淡路島そして神戸 神仏所縁の旅。

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先日、芦屋→奈良の天河大弁財天社→淡路島→神戸摩耶山 という、
マラソンのような旅程で、所縁のある神社やお寺を旅をしてきた。

とにかく書きたいことがたくさんあって、どういうふうにまとめようかさんざん迷った挙句、
この記事では、この二日間での出来事を写真を入れながら時系列で説明し、
芦屋BLOGの方に、雑感などを書くという、二部構成にすることにした。

ちょっと長くなります。


さて、そもそもなんでこんな強行軍になったかという説明をしなきゃ。

11月の9日から11日まで、仙台からりえさんの仲間が3人神戸に来ることになっていた。

りえさんのYUKINEの仙台シュールームでは、
二ヶ月に一度のペースで、「ジェムサークル」という、講座を受けた方々の復習会や、
石のことについてお茶を飲みながら語り合うイベントをやってるんだけども、
それを、観光も兼ねて芦屋アトリエでやりたいということになり、
4ヶ月くらいまえからプランを練って、旅程を組んだ。


今回決定したプランは、9日に芦屋でお茶しながらジェムサークルと芦屋観光、
10日に淡路島に移動して、古事記に記される日本最古の神社であり、
日本を作った、伊弉諾尊(いざなぎのみこと)と伊弉冉尊(いざなみのみこと)
がお祀りされている伊弉諾神宮に参拝させていただこうというもの。

伊弉諾神宮のサイトはこちら。



ここ最近の日本は、東北大震災や放射能問題に昨今の日中韓のゴタゴタ、
各地で起こる災害や、経済の悪化などなどネガティブな出来事が多い。

そこで、日本国を作った神様が祀られている神社に参拝させていただいて、
微力ながら何かお役に立てないかと考えたわけだ。



さらに、2ヶ所目として、伊弉諾、伊弉冉の尊に加えて、
大地を作った始源神とも言われる国常立尊(くにとこだちのみこと)がお祀りされている、
石屋神社(いしやと書いていわやと読む)に参拝するという流れになっていた。

石屋神社の情報はこちら(公式サイトではない)



なので、淡路島に宿を取って、のんびり回ろうと思っていた。


ところが・・・




ちょっと話は変わって、その5日前の11月5日、
二年半前に参拝させていただいて以来、いつかお礼参りをさせていただきたいと願っていた、
奈良の天河大弁財天社に、やっと念願かなって参拝させていただくことができた。


そこで驚きの展開になって、ジェムサークルの旅程を大幅に変えることとなったんだよ。


天河神社の世界的にも有名な名物宮司である、柿坂神酒之祐さんに呼び止められ、
「大事な話があるからちょっと上がっていきなさい」と社務所に上げていただいた上に、

「11月10日に、大切なご神事があるんだけども、あなた達をご招待するので、
是非参加して一緒に祈っていただきたい。」


と、柿坂宮司直々にご招待いただいた。


そのへんの経緯は、芦屋ブログに詳しく書いた。

その記事はこちら。



後でわかったことなんだけども、今回のご神事は、
天河さんのホームページにはひっそりと公開はされていたものの、
招待状の類は一切出されず、柿坂宮司や天河神社に所縁のある人にしか、
声がけをしていなかったんだそうだ。


そんな大切なご神事に、ポッと突然行った俺達を招待していただいて、
なんだか夢見てるような心境だったよ。マジで。


だけども、その日はジェムサークルで淡路島に行く予定の日。

だけどもだけども、天河さんでのご神事は、日本三大神のひとつである、
国常立尊を、天河神社の禊殿(みそぎでん)のうしろにある高倉山に御鎮座いただき、
それを祝うという、もう一生のうち二度と無い重大行事。


さてどうするか・・・


それを聞いた柿坂宮司、

「ご神事は11時からだから、それのあと淡路島に行くとええよ。
国を治める神様に御鎮座いただくご神事の後に、国を作った神様にお参りする、
ちゃんとそういうふうになっとる。」


みたいなニュアンスのことをおっしゃっていた。


とはいえ、奈良といっても天河さんはかなり南の山の上。

そこから淡路島に移動するのだって、決してゆるくない旅程よ。



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地図で見るとこう。 ※クリックすると大きい画像で見られます。

右下の赤い「A」っていうピンから、ググーッと大阪を回って、
左の青いピンのところまで移動するわけだ。


距離にすれば、天河さんから淡路島まで120キロくらいだけども、
天河さんから最寄りの高速のインターまで50キロくらい、
クネクネの山道を走らなきゃないから簡単じゃない。

しかも、7人乗りの車にフル乗車。


と、後ろ向きなことをチキチキと考えていたんだけども、

「わかりました。ぜひ参加させていただきます。」

と答えていた。(笑)


あー、言っちゃったよ・・


だけど、淡路島の宿も、いっぱいのところを探して探してようやく予約をとったところだし、
キャンセルするわけにはいかない。

ということで、強行することにした。




11月10日、朝7時半に、皆さんに芦屋に集合してもらって出発!

実は前の日の晩、なんだか興奮してイマイチ寝られなかったんだけども、
緊張していたせいもあってパッチリ!

途中、ちょっと道路が混んでたりもして、約3時間で天河神社に到着。


とりあえず、無事に天河に到着するという、1つ目の目標はクリアしたわけだ。






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ご神事前。心なしか緊張気味の柿坂宮司。






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そして今回のご神事が執り行われた、
天河神社本宮から徒歩10分くらいのところにある禊殿。




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ざっとだけども、150〜200人くらいいたんじゃないかな。


日本三大神と言われる富士山の富士神界、鳴門の渦潮の鳴門神界、
そして今回、高倉山にご鎮座される国常立尊。

今回、国常立尊の御鎮座をお祝いすることで、
日本に起こる様々な厄災を治めていただくというような意図だったと思う。

正直、今回のご神事の詳しい説明が無かったので、
俺も半分わかったようなわかんないような・・・

とにかく重要なご神事だということはわかった。


こんなんですいません・・



今回の奉祝祭は、柿坂宮司の豊富な人脈を彷彿とさせる、
すごい方々が参拝されていた。


喜多郎の曲を作っている関口仁さんによる太鼓の奉納演奏や、
ダライ・ラマの側近をされていた高僧であられるカル・リンポチェ様、
ガイヤシンフォニーの龍村監督などなど、
あとはたぶん俺が知らないだけで、すごい人たちが集まってるんだろうなーって感じ。


式は厳かな中執り行われたんだけども、所々で細かいハプニングがあり、(笑)
いい意味で、柿坂宮司のおおらかさがそのまま反映されたような和やかなものだった。

要所要所で、風がブワーッと吹いたり、空に龍の雲が現れたり、
御神楽奉奏では、舞や楽器にあわせて風が吹いて木々を揺らし、
まるで木々が一緒に踊っているような、森全体が歌っているような感じになったりと、
目に見えない何かが一緒にその場にいて、御鎮座を喜んでいるような、そんな感じがした。


とにかく凄かったよ。

もうそれしか言えない。


そして、その歴史的にも大変な場にいられることに、心の底から感謝した。



ご神事が滞り無く終了し直会が。


直会では餅まきがあったんだけども、


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こんな感じでみんな大はしゃぎ!


俺も燃えたわー。



とにかく柿坂宮司のお人柄がそのまんま出ている、楽しいご神事だった。





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今回のメンバー。

この他に、写真を撮ってくれたたまきさんという方も含めて総勢7人。

りえさんをはじめ、お世話になっている大阪の山上さんや、
最近神戸に引っ越してきたお友達のみよちゃんの関西勢と、
ジェムサークルで仙台から来てくれた、順子さん、としこさん、たまきさん。

みーんな楽しそうだったー。


頑張って天河に行ってよかったなーと、本当にそう思ったよ。



さてここから、いったん西宮に来て、仙台チームは次の日別行動になるので、
レンタカーを借り、車2台に分かれて淡路島に移動。




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明石海峡を越え、淡路島に入った時にはもう日が暮れていた。


無事に宿に着いて、温泉に入ってご飯食べて、語り合って、
懐かしい仙台の風を感じながら楽しい夜は更けていき、
キャノンボールのような爆走の1日が終わった。


二日目。


仙台チームの帰りの時間の関係もあり、朝8時半にチェックアウトして、



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伊弉諾神宮(いざなぎじんぐう)へ。


国産みの神様と言われる、伊弉諾、伊弉冉の尊がお祀りされている神社。


こう・・うまく言えないんだけども、長い歴史に支えられた重厚感と、
高い格式が保たれている感じがした。


すごく良かったー。






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そして、「夫婦大楠」と言われるご神木。

もともと2本の木だったそうなんだけども一体化して、
伊弉諾、伊弉諾の両尊の神霊が宿ると言われているそうで、すごく優しい波動を出していた。


そして、ここで仙台チームとお別れして、それぞれ別行動に。




次に向かったのは、



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前の日に天河神社の後ろの山、
高倉山に鎮められた国常立尊がお祀りされている、石屋神社。

確証は無いんだけども、現存している文献では、
この神社が日本最古の神社ではないか?とも言われているそうで、
こう・・ビシッとして重厚なたたずまいだった。


そして、お社から鳥居の方を見ると、

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もう、鳥居の先は海。

この日は雨で、海も少し荒れていて、なんか厳しい凛とした感じだった。





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こう・・海を見つめてジーっと見守り続けている感じ。




そして最後に、神戸の摩耶山の上にある、


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天上寺へ。


神戸には、阪神高速にも「摩耶インター」があり、
また、「摩耶大橋」という大変美しい橋があったりと、「摩耶」と名のつくところが多々ある。

この摩耶というのは、お釈迦様の母上でもある摩耶夫人のことで、
天上寺には、摩耶夫人がお祀りされている。


なぜ摩耶夫人なのかというと、
今、りえさんは来年に向けてのジュエリーのデザインをしているんだけども、
降りてくるインスピレーションは、「蓮」とか「母性」とか「母体」とか、
そんなイメージなんだそうだ。

そんな、「母」のイメージをした時に、「摩耶夫人」がリンクして、
ネットで調べたところ、なんと、ご近所の神戸にお祀りされているのがわかって、
これは行かなあかんという流れとなったわけです。


この天上寺、神戸市内とは言え、かなりクネクネの山道をグイグイ登らなきゃなくて、
今回の長距離ロングランで実はこの摩耶山の運転が一番堪えたー。

かなりしんどかったなー。


でも、その甲斐あって、雨でガスがかかっていたこともあり、



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外界から完全に隔離された、その名のとおり、天上界にいる感じだった。


こうして、奈良の天河神社→淡路島の伊弉諾神宮→石屋神社→神戸の天上寺
という、神仏所縁の旅は終わった。


いやー、何をそんなに生き急ぐのかと思ってしまうようなタイトスケジュールだったけども、
柿崎宮司がおっしゃったように、大地を作った神様と国を治める神様を、
一度にお参りさせていただけるなんて、なかなかない機会だし、
千差一隅の重要なご神事に参画させていただけたことは、光栄この上ない。

本当にただただ感謝だけだ。


そして、世界ではいろんなことが起こっているにもかかわらず、
こうして日々、何事も無く無事に生かさせていただいていることが、
どれだけありがたいことなのかというのが身にしみて良くわかった。


本当にありがとうございます。


そのあたりの気付きについては芦屋BLOGに書いたのでこちらからどうぞ



なお今回、大量の写真を撮ったんだけども、
11/5の天河参拝もあわせて4つに分割してFacebookのアルバムとしてアップした。

天河さんに参拝させていただいた時のアルバムはこちら。

天河さんの御鎮座奉祝祭のアルバムはこちら。

淡路島の伊弉諾神宮や石屋神社のアルバムはこちら。

神戸の摩耶山の天上寺のアルバムはこちら。


アルバムを見に行くのが面倒な人は、Flickrのスライドショーでどうぞ。


Created with Admarket's flickrSLiDR.

 
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2012年10月26日

りえママ in 芦屋。


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りえさんのお母さんが、初めて芦屋にやってきた。

主夫としては、お姑さんが来るみたいな緊張感。(笑)


ここから先はりえママと書くことにしよう。



りえママとは、仙台にいる時から何度も一緒にご飯食べたりしていたし、
大震災の時には、りえママの家はお風呂が沸かせたので、
2日にいっぺんくらいに通っては、お風呂を借りたり、一緒にご飯食べたりしていたので、
もう気心が知れている仲ではあるものの、やはり、何日が我が家に滞在するとなると、
やっぱり緊張するもんだねー。

で、だからかなんなのか、りえママが芦屋に来る前日から風邪でダウン。

なんとか空港までは迎えに行ったものの、家についてそのままダウン。

いやー、情けないわ。


結局、りえママに家事を手伝ってもらったりして。



で、りえさんも芦屋での親子水入らずで、



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こんな感じで超リラックス。
なんかふたりとも楽しそうね。



で、りえママも猫好きなので、


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こんな感じで、ニャン達ともすっかり馴染んだ。(笑)


もしかすると今後、
りえママも芦屋に引っ越してきて一緒に暮らすようになるかもしれないので、
なるべく関西を好きになってもらおうと、りえさんといろいろ計画を立てた。


りえママが芦屋に来て3日目、ちょうど仙台から、
ほつまつたえの先生でもあり、YUKINEのジェムソープを造ってくれた、
鎌田よしえ姉さん(勝手に姉さんと呼んでいる)が、
出張で大阪に来ていたので、こっちから3人で出かけて、




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4人で住吉大社へ。

住吉大社の「住吉」は、「住まいよし」ということで、安心と繁栄を意味するそうで。


住吉大社に行った時のことは、りえさんがBLOGに詳しく書いてくれたので、
こちらからどうぞ。





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あいにくの雨だったけども、これがホントの親子水入らず。なんつって。







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下町風情あふれる中にどトーンとあるこの神社は、
なんか親しみのわくいいところだったなー。


この時もいろいろと写真を撮ってfacebookのアルバムに公開したので、
こちらからどうぞ。



よしえ姉さんも相変わらず元気で、会えてうれしかったなー。

りえママとやけにウマが合うようでしゃべりまくってたっけなー。




さらに次の日、ちょっと遠出して、

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また、吉野に行ってきた。金峰山寺と脳天大神。


吉野には、過去記事にも書いたけども、
大阪のヒーラー、ひつきさんに連れて行ってもらって以来、
月参りさせていただいているので、今回りえママも一緒に行こうと思ったのだよ。


りえママも2年前に頭に動脈瘤が見つかって手術しているので、
特に、頭に関わる災いから守ってくれる脳天さんには、ぜひ行ってほしかった。




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ここでも親子仲良く。


この日は、金峰山寺と脳天さんに行ったあと、夜には東六甲展望台に行って、
3人で夜景を見た。

りえママは「うわー、キレイだ〜・・」と感激してた。

やったぜベイビー!(死語)


その時もいろいろ写真撮ったので、facebookのアルバムにアップしました。

こちらからどうぞ。



りえママ滞在中、外食もしたけど、何食かは俺がごはん作って食べてもらった。

煮物とかいい味だと褒められたよ。エヘヘ。



りえママは、俺のパートナーであるりえさんのお母さんなので、
俺のお母さんでもある。あたりまえだけども。


俺の実のおふくろは、脳溢血で倒れて重度の後遺症が残っちゃって、
実家から出られないし、俺も義父に勘当されているので実家に行けない。

正直とてももどかしいし、おふくろのことを思うと胸が張り裂けそうになるけども、
俺は今関西に来たし、どうしようもないよな。


だからと言ってはなんだけども、りえママが関西に来ている時くらいは、
俺が出来る限りのことをしてあげたいなーと思う。


特に震災直後、りえママといろいろ助けあったりしてきた仲だし、
半分本当の息子みたいな気分だ。


りえママも最近はちょっと弱音を吐くようになって、
そういう時は胸がキューンとなるんだけども、とにかくいろいろしてあげたいなーと思う。


結局今回は、一週間芦屋に滞在して、新幹線でビューっと帰っていった。






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でも、関西を満喫してくれたみたいでうれしかったなー。


また来てけさいん!

それまでお互い達者で!


 
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2012年10月11日

誕生日と模型と。

10月9日で44歳になりました。

FacebookやmixiやDMで、たくさんのメッセージをいただいて、
本当に感激でした。

皆さん、本当にありがとうございます。

ブログ記事からで大変恐縮ですが、心より御礼申し上げます。


あと1年して45になると、四捨五入すると50だっちゃ!

ありゃー・・はえーなー。
こないだ40になったばかりだと思ったのに・・


でも、幸せなことに、俺の周りにはカッコイイ50代がたくさんいるので、
そういう意味では逆に楽しみでもあり、自分が50になったときに、
カッコよく生きていられるかなーと思ったりして。


根拠無く思うんだけども、
45過ぎたら、なんか一気にグワーッと突っ走るような気がするんだよな。

だから、この一年間は、そのための素地づくりというか、そんな意味も込めて、
少しのんびりした1年にしたいなーと思う。


関西にしっかりと静かに根付いて、根っこを張るようにじわじわと。

そんなイメージ。



さて、以前このブログに書いた、11月に行われる関西最大級の模型の祭典、
モデラーズEXPO 2012!

運営スタッフとして頑張ってるよー。


モデラーズEXPOの公式ブログはこちら。

ニッパーくんっていうニューキャラも登場してるよー・・



最近、ミーティングの回数も増えてきて、公式のミーティング以外にも、
スタッフ同士昼となく夜となく語り合ったりして。

ときには激論も交わして、まぁーず熱い。

ミーティングも長い長い。(笑)



みんな模型を愛しているからこその熱さだから、大事なことだよな。

阪神大震災を乗り越えた人たちと、東北大震災の渦中にいる俺。


中国や韓国とも喧々諤々だわ、経済は冷え切ってるわ、失業者は多いわ、
就職できずに自殺する人までいる、そんな冷えきった世の中。


そんな中で、俺はこのEXPOのスタッフたちの熱さって、本当に貴重だと思うんだよな。


年齢的にも日本経済を一番牽引していくべき層の大人たちが、
仕事の垣根を超えてマジになって議論して、ひとつのものを創りあげようとしている。

この冷えた世の中に、大人が本気でバカをやって、
次世代につないだり火をつけたりできたらそれで御の字だ。


今回のイベントには、世界レベルや国内トップレベルのモデラーが30人も集結する。

その、魂が乗っかった作品を見て、
「すげぇー!」とか、「自分も作りたい!」とか、憧れとか、そんなものを提供できたらいいなと。

そのマンパワーはすごいエナジーを秘めている。

だから俺もその熱さに引っ張られて、俺自身も熱くなる。


模型ごときにそんなにマジになってどうすんだよって思う?

たかが模型、されど模型。


たまたま、テーマが「模型」っていうだけで、なんでもいいんだよ。

みんなが自分の才能やブレーンやノウハウやそんなものをググーッと集約させて、
損得なんて考えずに本気になってる。


今の日本に必要なことだよ。


俺は出展作家じゃないから、裏方専門。
だけども、イベントを作り上げていくってやっぱり何度やっても楽しい。

イベントを手伝ってくれる人はいくらいてもいいし、むしろ人手が足りないくらい。

まだまだサポーターも募集しているので、公式ブログからぜひ問い合わせてみてください。



そんな中飛び込んできたグッドニュース。

この、モデラーズEXPOが、「文化的なイベント」として認められ、
大阪市の後援が決定した。

大阪市が後援するイベントだから、
市営地下鉄の主要駅とか公共施設でも告知されることになった。

なんかとんでもないことになってきたなー。


あの橋下さんからオーケーが出たっていうことだよ。(笑)


と、44歳の誕生日を迎えて、なんだか模型漬けの毎日だ。


そしたら、このブログの過去記事を見てみたら、
去年の今頃も、やっぱり模型でいろいろやってたんだなー。わははー。

まくろび庵で初めて開催した「プラモデル作ろう会」もちょうど去年の今ごろ。

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その時作ったミニジオラマ。





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そして、電撃ホビーマガジンのガンプラ王選手権の最終選考に残ったこのグフを、
直接電撃ホビーマガジン編集部に届けるために、
わざわざ東京まで往復700キロを日帰りで走ったっけなー。

その時の記事はこちら。


どっぷりと模型漬け。

関西に来てもさらに模型漬け。



なんか、このイベントと直接的な接点は無いものの、ぐるーっと巡り巡って、
東北の復興支援にも貢献できるような、そんな気がしている。

まだ具体的に、何がどうっていうのはまったくわかんないんだけども・・


今俺は、模型を通じて、関西と東北のパイプ役をやっているような、
そんな気もしている。親善大使みたいな。(笑)

そういう場にいられることを、本当に感謝している。


このイベントが終わったとき、何か答えが見つかるといいな。

それまではとにかく、突っ走ろうと思う。


誕生日のご報告でした。



モデラーズEXPO 2012
2012年11月23.24.25日 大阪ATCで開催

よくあるご質問のページはこちら。

★☆サポーターズエキシビション参加の詳細・申込みはコチラ★☆
★☆オフィシャルパーティー参加の詳細・申込みはコチラ★☆


 
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2012年09月28日

立場と責任と最高判断力。


俺の周りには、法人、個人を含めて、自営の人が多い。
仙台にいる時も、関西に来てからもだ。


そして、その中には、何かを人に伝えるお仕事をしている人も多い。

「先生」とか、「コーチ」とか、「カウンセラー」とか、「セラピスト」とか、
「コンサルタント」とか、まぁ挙げればキリがないけどもそんな業種。


そいうい俺も、かつて自己啓発っぽいワークショップに参加してから、
その現場に約8年間関わらせていただいて、沢山の方々のサポートをせていただいた。

その経験から、まくろび庵時代は、カフェの店主でありながら、
人生相談やカウンセリングみたいなことをやったり、講座を開講したりしてきた。


そして思ったね。


そういう立場に立つ人間は、人一倍、発言や言動を気をつけなければならない。


自分の一挙手一挙動は、誰かが必ず見ていると思ったほうがいいな。

その責任やプレッシャーに耐えられないなら、その仕事はしないほうがいいな。


俺だって思うよ。めんどくせーなーって。
そして、そういう時だけ都合よく出てくる「人間だもの。」

人間だもの、たまに魔が差す時だってあるよ。

だけど、その「魔」に本当にパクっとやられたらダメなんだな。


そして、パクっとやられると、自分の判断力が狂ってくる。

判断力が狂ってくると、エゴが出てきて、人をジャッジするようになる。


本当は自分がきちんと真理の中に生きていて、
きちんとした判断力ができていれば、たとえ人をジャッジしたとしても、
そこに愛を感じるもんだ。

だけども、判断力が狂うと、愛よりもエゴが優先して、相手を攻撃する。

攻撃している自覚無く攻撃する。


なんでこういうことを書こうと思ったかというと、最近、大阪のヒーラー、
ひつきさんのおかげで、いろんな方々と新しく出会うことが増えてきたんだけども、
自分の過去を振り返る機会が多くなって、自分を内観したときに、
自分がいかに人をジャッジして傷つけてきたかということに気づいたから。


そして、今は、いろんなSNSに自由にいろんなことを発信できるようになったけども、
あまりにも自分の置かれている立場の重さの自覚無く、発言している人が多くて、
げんなりすることが増えたから。


普段は「愛」とか語っているのに、SNSではパートナーの愚痴や悪口書いてたりとか、
逆にブログでは素晴らしいことを書いているのに、
リアルで会うと人のゴシップばっかりの人。

一番信用出来ないパターンだな。


そして、今日、ネットで大炎上の大騒ぎになった徳島県議の発言。

徳島県議 「安倍総裁さん、今度はいつやめる、いや、何時投げ出すんですか!?
今度の理由は下痢から便秘ですか?」とツイッターに投稿炎上し終了



そういうことは、特定されないように完全匿名で別なところでやれよと。


以前も記事に書いたことがあるけども、何でもかんでもネットに晒すことが、
もし仮に「表現の自由だ」と言うのだとしても、それが人を傷つけたり、人に迷惑をかけたり、
人を不愉快にしていい理由にはならない。

書く以上は責任を持てよと。そのくらいの覚悟で書けよと。


特に、人様の人生に直接関わることを生業とする人間、影響力が大きい立場の人間は、
人一倍そのことに責任を持たなければならない。


これは俺自身に一番当てはまる言葉で、自戒の意味も兼ねてここに書く。


そして、最高判断力をキープするためには、
食べ物や生き方をいつもいい状態でキープすることだとおもう。

東洋医学の哲学―最高判断力の書東洋医学の哲学―最高判断力の書
桜沢如一

日本CI協会 2001-11
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この本はマクロビオティック創始者である桜沢先生の本だけども、
最高判断力をキープするためのものさしになるよ。

 
とにかく日々精進ですよ。

頑張るべ。

 
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2012年09月06日

主夫とパン。

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芦屋では、俺は主夫している。

というと大げさなんだけども、俺もりえさんもそれぞれに仕事はあるけれども、
仕事と家事をそれぞれ分担していて、俺は家事のウェイトが大きいってい感じ。


家事にもいろいろあるけども、俺はご飯と洗濯を担当。
りえさんは掃除とニャンの世話全般。


食事を作ることに関しては、お店はやめたとしても、料理は続けたかったし、
仙台でいろんな人に偉そうに講釈をたれた手前、
今、料理をしなかったらいつするのやって感じで、自分からかってでたのだ。


毎日、冷蔵庫や備蓄してある食料をチェックしながら、献立を考えて調理する。

必要があれば、スーパーや自然食品店に買物に行く。
けっこう一人で行く事が多いな。


基本、我が家は、家の中では菜食っぽい感じなので、
お肉やお魚を買う機会はあんまり無くて、備蓄も無いから管理はラクだな。


玄米と味噌汁、そしてその時期の野菜。
基本的にはこれで十分。


だから、我家の食卓はかなり質素です。(笑)



そして、外に出た時や、人と会う時には、お肉やお魚を存分に楽しむ。

そしてまた次の日から粗食。


ただ、誤解の無いように書いておくけども、
根拠のない粗食は危険なので絶対におすすめできない。

考えずにただ粗食をすると、ビタミン不足やミネラル不足になるので。


その辺のことはまた別記事に書きます。


いやー、自分一人だったらまだしも、
やはり誰かのためにメシを作るとなると、いろんな責任が生じるので、
けっこう本気で考えて、本気で作る。

りえさんが栄養失調でぶっ倒れたりしたらシャレになんねぇもんな。


だから、世のお母さん方は本当に偉いなーと思う。

毎日毎日毎日毎日、献立考えて材料揃えて作って。

時間かけて作っても食うのは一瞬。

食い終わっても迫り来る洗い物。


ふー、やっと洗い物が終わったーと思って休憩すれば今度はお茶。

何かを使えば必ず出る洗い物。無限ループだな。


それでいて、もしメシの文句も言われたもんならブチ切れて当たり前だ。


子供の頃、おふくろにメシの文句を言っておふくろがキレた理由がよくわかったよ。
おかあさんごめんなさい。


幸いにして、りえさんは俺が作ったものはなんでもウマイといって食べてくれる。
だから「おーし、またうまいもん作ってやっからや!」となるわけだよ。



さて、関西に引っ越すと決めたとき、
俺は仙台にいるうちに絶対にやっておかなきゃいけないと思ったことがある。



パンが焼けるようになること。


それもただ焼ければいいんじゃなくて、


おいしいパンを焼く。



うまいパンを焼ける男になりたかったんだよ。ワハハ。



で、俺は今までの人生で、この人のパンが最高にうまいと思っているのが、
今、オーストラリアに移住しているひよこまめさんのパン。

ひよこまめさんのBLOGはこちら。


とにかくまめさんのパンはうまかったな。

何を食ってもうまかったな。



でもまめさんはオージーに行ってしまったし・・




そこで!


ある人の存在が!



俺の大事な友人、まこっちゃんの奥さんのちろちゃん。

ちろちゃんは、まめさんのパン教室に通って以来、
なんかこう・・開眼したみたいにメキメキとスキルを上げていって、
まめさんに負けず劣らずのパンを焼くようになり、現在はスイーツなどの教室を開いている。

ちろちゃんはもともとパティシエなので、センスもいいし、うまいんだよー。


ちろちゃんのBLOGはこちら。


おととし、マクロビオティックの超有名料理研究家である、
中島デコさんを仙台にお招きしてイベントをやったんだけども、
その時も、ちろちゃんにパンをお願いして、デコさんが大絶賛したパンだ。


そのイベントの記事はこちら。




そこで、ちろちゃんにパンを教えてもらうことにしたのだった。


神戸はパンの街と言われるほど、パン屋さんが多いと聞く。
たぶん、自分でパンを焼く人も多いだろう。


だからこそ、そういう土地でうまいパンを焼いて、
まめさんやちろちゃんのスピリットを西に広げたかったんだよ。


西に来て、ちろちゃんのパンが食べたくなっても食べられないし。

それだったら自分で焼こうと。




そこで、もう、引越し準備に入ってかなり慌ただしくバタバタしていたころに、
合間をぬってちろちゃんのパン教室に通った。


やはりちろちゃんのパンは、相変わらずのクオリティでうまかったなー。



しかし習ったものの、もう引越し準備で道具とかも閉まっちゃったし、
実際に焼くのは芦屋に引っ越してからだなーと。



で、ホシノ酵母をおこすところから考えると、
パンを焼く工程ってかなりたくさんあって、時間が経つと忘れてしまうと思って、
とにかく一回焼いてみようと、こないだ初めて焼いてみたのだ。


ホシノ酵母をおこすのに約2日。


それから生地ごねして

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こうなりました。





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袋に入れて一次発酵。







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イイ感じに発酵した。







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成形とベンチタイム。








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二次発酵も終わり、









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焼きに入りました。






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焼き上がり!

もー、何度も何度も、ちろちゃんのテキストを見て確認して。







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シンプルなまるパン。うまそうだべ。





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ということで、酵母おこしからやって、フルオリジナルの俺のパンが焼けました。


ただ、ちょっと酵母をおこすときの軽量を間違えたみたいで、
なんか酵母の状態が変だったんだけども、
おおむねうまかったけども、ちょっと甘味が足りない感じだった。


まぁ、初めてとしてはそれでも上出来かなーと。


忘れないうちにまた焼いて、何回も焼いて、精度を上げよう。



と、最近、料理やこういうことにかなり気合入れて取り組んでます。

主夫だって、どうせやるんだったら極めてやろうじゃないかと。(笑)


そんな感じでーす。


ちろちゃん、ありがとー!

 
posted by わこう at 17:45| Comment(2) | TrackBack(0) | 普通の日記。 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年09月01日

まるはだかな在りかた。


関西に移住してきて4ヶ月が過ぎ、やっとなんかペースが掴めてきたというか、
関西の空気にも馴染んできて、芦屋もやっと「自分の住む街」の実感が湧いた。


少しずつ、人に合う機会も増え、人間関係にも幅が出てきたような感じがする。


そこで最近、手放したことがある。

「過去の自分」とか「過去のキャリア」だ。


こっちに来て、初めて合う人に自分のことを話すのに、

「仙台でまくろび庵というカフェをやっていて・・」

とか、

「マクロビオティックの講座とかイベント企画とかやってたんですよ・・」

とか、

「以前は会社経営もしていて・・」

とか、とにかくやたら自分を説明する言葉が多く、
なんか我ながらかっこ悪いなーと思っていた。


だって、俺が仙台で何をしていたかなんてどうでもいいことだ。

いや、自分の素性を説明するときに、質問されれば答えるけども、
あえて半ば聞かれてもいないことをベラベラと喋ることに、
とてつもなく抵抗感を感じながらも、しかし止めることができなかった。


知らない人だらけの土地に来て、気負ってもいただろうし、
自分のことを過小評価されることが怖かったりもした。


でもさ、俺がマクロビオティックのカフェをやっていたこととか、
山村塾を主催させていただいていたこととか、
マクロビオティックの業界で、ちょっとだけ話題に上がったこととか、
当たり前だけども、どうでもいいことなんだよな。


今は、雪音りえと一緒に関西に来て、YUKINEのスタッフであり、
コーヒー豆の通販なんかもやって、
そして、模型を作っていろんなイベントに参加させていただいて。


俺の現在の姿はそれなんだよ。


だけど、気を抜くとつい過去を引っ張りだして、
過去の自分にしがみつきたくなる。

過去にしがみついたってなんの意味も無いのに。



俺は今、まるはだかな若生 貴大であり、それ以上でもそれ以下でもない。



つい、クセですぐに過去を引っ張りだそうとする自分が、
最近は本当にかっこ悪くてイヤだと感じるようになった。



そんなとき、ネットである記事を読んだ。

老人ホームの中でも三角関係とか普通にあって、
モテる人とモテない人が明確に分かれるんだってさ。

その、ガジェット通信の記事はこちら。


この記事の中に、ハッとさせられる内容があった。


−−モテるお年寄りとモテないお年寄りの特徴はなんでしょうか。

やっばりモテる人は健康で清潔感があり、話題が豊富なこと。
モテない人は過去の自慢話が多いですね。
老人ホームでも現役時代の名刺に「元」と書き込んで配る人とかいるんですよ。

−−そんな人がいるんですか。

町会議員とか学校の先生とかですね。
引退した後でも「先生」と呼ばれないと気が済まないお年寄りがいるんですよ。
ホームの居室に今までもらった感謝状をべたべた張ったりとか。
「仕事は何をしていたんですか」と聞かれて、初めて答える奥ゆかしさが必要です。



ちょっと「アイタタタ・・」って感じだ。


たしかに以前、お客様から聞いた話で、ご近所に大企業に務めていた人が多く、
引退しても現役時代の肩書きが入った名刺を大事に持っていたり、
偉いのはその会社の中だけの話で外では関係ないのに、誰に対しても上から目線で、
可哀想な人だなーと思って見ているといった話を聞いて、
「そんなバカな人がいまどきいるんですねー。」なんて相槌をうった記憶がある。


でも、今は全く知らない人だらけの土地に来て、
過去にしがみつきたい人の気持もわかった。

アイデンティティが保てない感じがするんだよ。
最後の砦は残しておきたいみたいな。


でも今は、それがかっこ悪いことだと気づいたから、俺はそこから抜けようと思う。


逆に言えば、どんなに頑張ったって、自分は自分でしかないわけだから、
「在りかた」さえしっかりしていれば、どこに行こうが、誰と会おうが、
「自分は自分です」っていうところからのスタートなんだから、積み上げていくだけだ。


大事なのは、「在りかた」のレベルを高く維持することと、
あとは、しいて言えばコミュニケーションスキルかなー。


結局、過去の自分なんか捨て去ってしまって、まるはだかでぶつかったほうが、
ぶつかられた方も俺とコミュニケーションするのがラクなんじゃないかなと思う。



今後、世界はどうなっちゃうのか本当にわからない世の中になった。



世界中のどこに行っても、誰と出会っても生きていけるように、
いつもまるはだかでいたい。

 
posted by わこう at 22:31| Comment(2) | TrackBack(0) | 普通の日記。 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年08月30日

九頭龍神社参拝2012。

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2008年から、ご縁をいただいて箱根の九頭龍神社に参拝させていただいている。
毎年一回は必ず九頭龍さんに行くと決めて今年で五年目。

ということで、今年も無事に参拝させていただきました。



今回は、りえさんが東京でジュエリーの仕入れがあるということなので、
せっかく東京まで行くんだったら、箱根を経由して帰りたい!とリクエストしたのだ。


芦屋に引っ越してきてからも、いろんな神社仏閣に参拝させていただいているけども、
俺はやはり九頭龍さんが大好き。

参拝するのだって、遠いし現地に着いたら着いたでかなり歩くしで、
いろいろと大変なんだけども、やっぱりここは外せないんだな。個人的に。


そんな俺に付き合って、なんだかんだ言ってもりえさんも四回目の九頭龍参拝。


ということで、旅程的には、

芦屋→東京で仕入れ→箱根で一泊→箱根神社と九頭龍さん参拝→芦屋

という感じ。


芦屋から東京まで、だいたい570キロ、
箱根を経由して、往復で1200キロの爆走出張となった。


ということで、いつものように、高速の深夜割を狙って早朝に出発。

朝4時までに高速に乗れば50%割引。
芦屋〜東京が、正規料金一万円超なので、半額はやっぱりでかいよ。

少しでも経費削減。


今回は、やはり開通したばかりの新東名を走らないと!

NEXCO中日本の新東名のページはこちら。


ということで、あとは余計な説明は端折ります。

Facebookに、今回の旅の写真をアルバムにしたので公開します。

アルバムはこちら。


その中から、代表的な写真をこの記事にピックアップしました。


今回は、日輪が凄かったなー。




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日輪その1と、なんか変な雲。







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日輪その2、新名神の名古屋の手前あたりの朝日。
※画像クリックで拡大表示されます。




で、三ヶ日ジャンクションから新東名に入るんだけども、
とにかく走りやすくて渋滞もなくスムーズ。

広くてなんかスカッと明るくて、走ってて本当に気持ちいい。


そしたら、新東名には、いろんなテクノロジーが詰まってるんだねー。
感心してしまった。


NEXCO中日本の、新東名紹介ムービーが、
出てくるお姉さんとか設定とかはアレなんだけども、なかなかわかりやすくて面白かった。

紹介ムービーはこちらから。




そして、新東名からも、


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富士山がバッチリ見えた。

もう雪がほとんど無いけど、これはこれでやはり美しいなー。



そして、かなり端折って、東京に着いたのが朝11時くらい。

三時間くらい仕入れして、飯食って、三時半ごろには東京を脱出して箱根に向かった。




二日目、九頭龍さんの前に、箱根神社にお参りさせていただいた。


そもそも九頭龍さんは、芦ノ湖のほとりにひっそりと存在する小さな神社なんだけども、
とても気の良いところなので、無尽蔵な開発などが行われないように、
ザ・プリンス箱根(箱根プリンスホテル)が、一体を山ごと買い占めて、
九頭龍神社を守っているのだそうだ。


だから、九頭龍さんに車で行く場合は、ザ・プリンス箱根の駐車場に停めて、
約20分ほど参道を歩き、そこから更に、九頭龍の森という公園に入って10分くらい歩く。

軽いトレッキングみたいなもんだ。


歩いて30分かけて行くようなところなんだけども、
自民党時代の某総理大臣が現役時代に九頭龍さんにお忍びでお参りに来るほどらしいので、
なんかすごいところなんだろうね。

俺はよくわかんないんだけども。


で、九頭龍さんの脇にある看板を改めて読んだら、

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やはりここも修験場だったんだねー。※画像クリックで拡大表示されます。
そして、神仏分離令によって分断されても、こっそりと守られてきた。

やはり修験道と御縁があるんだな。俺は。







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ということで、今年も無事に参拝させていただいて、お社の前で記念撮影。






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満面の笑み。(笑)



そしたら、さっき気づいたんだけども、

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おととしおふくろとかと来た時とおんなじシャツ着てきたんだ・・



おふくろは震災のあと脳溢血で倒れて今も後遺症があるので、
もうこれは貴重なツーショットになってしまったな。


この写真を見るとちょっと胸が苦しくなるんだけども、
とにかくおふくろにも良くなってほしいし、おふくろの分もお参りしてきたから。


そんなこんなの九頭龍さん参拝。


九頭龍さんにいったから、今度は天河さんに行かなきゃ。


「天に登りて弁財天、地に降りては龍神なり。」


と言われるように、九頭龍さんと弁財天は陰陽の関係だし。




さて、天河さんにいつ行くべなー。


 
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2012年08月05日

ルーツを探る旅 吉野。

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西に移住してきてからというもの、
何かにつけ、龍神様とか修験道にご縁がある場所に導かれることが多い。


先日、大阪のヒーラー、山中ひつきさんと、男二人で吉野に行ってきた。


ひつきさんのブログはこちら。


ひつきさんと初めてあったのは、ちょうど一年くらい前に、大阪に出張で来たんだけども、
その時に一緒にご飯を食べたのがはじまり。


実は、ひつきさんは年こそ俺より4歳上なんだけども、
誕生日が同じ10月9日。

自他共に認めるんだけども、なんか似ている。
顔の作りとか体型とか考え方とか。

初めて会った時から、お互いにビビビっとくるものがあって、
俺も西に来たらまずひつきさんだし、
ひつきさんも、俺が西に移住してくるのを心待ちにしていてくれた。


で、俺もマクロビオティックを通じて陰陽論と出会い、
宇宙との調和とかを意識しながら生きている。

ひつきさんも鍼灸師なのでもちろん陰陽を熟知しているし、
それを生かして人様を救いたいという思いのもとで生きている。


なので、ベクトルが同じだし、1言えば10響くっていう感じで、とにかく話が早いんだよ。

そんなひつきさんが、

「一緒に行きたい修験場がいろいろあるので行きましょう!」

と、誘ってくれたので、早速、吉野に行く事になったというわけです。


その日は、りえさんが仙台に出張の日で、伊丹空港でりえさんを見送ったあと、
ひつきさんと大阪で合流、そして吉野に移動となった。



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伊丹空港の建物の間から空を見上げたら、龍みたいな雲が出ていた。

「今日はいい旅になる!」と確信した。



で、男二人でドライブした先に辿り着いたのは、



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修験道の総本山、金峰山寺。

金峰山寺のサイトはこちら。


ここは、修験道の祖とも言われる、役行者が金剛蔵王大権現を感得された地。
言わば修験者の聖地だ。


いやー、東北に住んでいたら、たぶん一生来ることは無かったね。
ひつきさんに教えてもらうまで、金峰山寺の存在すら知らなかったわけだし。

だけども今や、日帰りできるくらい近くにいる。

なんとありがたいことなんだろうと思う。



ちょっと話は変わって、以前、日蓮宗の聖地の一つである、
七面山登山修行の記事を書いた。

その記事はこちら。


その中に、霊視のきく方に視てもらったところ、
俺には修行僧の過去世があると言われたということを書いた。

しかも俺は、修行僧時代に、日蓮聖人に会っていたにもかかわらず、
日蓮宗ではない違う道を選択したらしい。


で、なんかしらんけども、近年、修験者や修験場とたくさんご縁をいただくようになって、
ひょっとしたら、俺の過去世の修行僧とは、
修験者のことだったのではないかと思っている。



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だからなのかなんなのか、吉野の山々を見渡したら、
なんか妙に懐かしい感じがした。

まぁ、こういう風景は、日本の原風景に近いし、東北にもある景色だから、
そういう懐かしさなのかなーと思ってたんだけども、



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金峰山寺の本殿を見た時、なんかガツンと来るものがあったのよ。

変に懐かしい感じというか・・なんとも言えないんだけども。






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これがひつきさん。

そして、ひつきさん曰く、

「この金峰山寺は、山の上にあるし明るいし『陽』なんだけども、
この下に、まさに『陰』のお寺があるので行ってみましょう。」


と。



で、金峰山寺からずーっと降りていく直通の階段があるんだけども、
今回はあえて車で谷に向かった。


途中、小さな部落があって、
そこを過ぎると、とたんにひんやりして妙なジメッとした静けさの林に。


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もう完全に外界と隔離された感じ。異次元に入ったみたいな。

ケータイの電波も入らなくなった。


この谷は、昔、合戦場だったようで、以前は地獄谷と言われ、
とにかく湿っぽく「陰気」が漂っている。



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金峰山寺のこのカラッとした山の上の陽気から一転、






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静寂の中にポンと投げ込まれた感じ。



そしてその先に、「脳天大神」と言われる、「龍王院」がある。

ここは、昭和になってから開かれた、比較的新しいお寺で、やはり修験場でもある。






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本殿に行く途中の通路。

なんか異次元っぽいでしょ。


ここは「脳天さん」と言われて、頭の病気の他に、学業にもいいとされているので、
合格祈願の絵馬がいっぱい掛けてあった。





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本殿。


金峰山寺に比べると、小さくてこじんまりとしてるんだけども、
なんか俺はこの小ささと、このジメッとした感じが、妙に落ち着くというか・・・


脳天さんの由来なんだけども、こちらのサイトにかなり詳しく書いてある。


この龍王院開祖の五條覚澄大僧上が、
ある日、この谷で頭を割られて死んでいる、二メートル以上の大蛇を見つけ、
不憫に思って手厚く供養したところ、その蛇が現れてこの地を開けと言いい、
脳天さんを作ることになったと。

そして実は、その頭を割られて死んだ大蛇は、
蔵王大権現が姿を変えたもので、頭を割られてもなお、救われるのだということを示している。

そして、頭に関わることをすべて守ってくださる。

と、要約するとそんな感じだ。



かなり乱暴に言うと、金峰山寺の御霊分け的な感じで、
脳天さんとは親子の関係みたいなもんだ。と、思う。


そして、神は龍の姿になって現れるとも言うし、
蛇は龍でもあるので、


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やはりいたるところに龍がいる。





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たまにこんな変なのもいるんだけども・・・
河童と龍が合体したみたいな。

そこは関西のセンスなんかな。


と、こんな感じの吉野の旅だったんだけども、
改めて俺は修験道の考え方が好きだなーと思った。


脳天さんのパンフレットに書いてあるんだけども、

「仏様も神様も両方とも拝むのが修験の根本の教えであって、
どちらも妙なる行法でありさとりの道であります。」



とある。


俺は常々、神と仏を分けるものではないと思っていたので、
この一文には全く同感で深くうなづいてしまった。

我が家には、天河さんと九頭竜さまをお祀りさせていただいていて、
なおかつ、仏壇もあって毎日お供えしたり、手を合わせたりしている。


我々は自然界に生かされているものの一部でしかなく、それ以上でもそれ以下でもない。

だから、自然やそれを作った存在を敬いつつ、
自分を作ってくれたご先祖様も大事にする。

それって俺はとっても当たり前な感じがするんだけども、
神仏分離令の影響なのかなんなのか、分けることが常識みたいになっているのは、
やっぱり不自然な感じがするんだよなー。

そういう意味でも、修験道のその考え方はとても共感する。


かといって、俺は山伏でもなんでもない無宗派なんだけども。


はっきり言って、俺の過去世が山伏だろうがなんだろうがどうでもいい。

そんなことに縛られるのはまっぴらごめんだし、のめり込み型どスピ野郎じゃない。


大事なのは、自然界やご先祖様に感謝して日々生きることだ。


特に、仏壇にお供えするときには、
俺が中学の時に死んだじいちゃんとばあちゃん、8年前に死んだ親父に、
ご飯やお水をお供えすることは、なんかこう・・自然なことだし、恩返ししてる気分になる。


神仏を敬うっていうのは、俺はそれでいいんじゃないかなーと思う。

それでも足りないなーと思えば、なにか宗教団体に入ればいいと思うし。


と、今回、吉野に行ったことで、そのへんのスイッチをバチバチっと押してもらった感じで、
なんか気持ちいい。


ひつきさん、本当にありがとう。


そして次はどこに行きましょうか。(笑)

 
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2012年07月19日

いじめについての考察。


最近、連日のように出てくる滋賀県大津市のいじめ自殺問題のニュース。


いやー、毎日毎日うんざりするね。


学校側の反吐が出るような自己保身と弁解、
そして、それと反比例して次から次へとポロポロと出てくる証言や新事実。

デヴィ夫人まで怒っちゃって大騒ぎ。



そしてついに遺族側が、加害者少年を刑事告訴して受理された。

これからどうなっていくのかな。



さて、以前、このブログに記事にしたんだけども、
俺も中学校の時に、大規模ないじめを経験している。


その過去記事。「【回想録】イジメ。」はこちら。


これから書くことは、この記事内容をふまえて書くのでぜひ読んでください。


俺のいじめと今回の事件では、共通している部分と全く違う部分があるので、
一概に俺の考察が当てはまるとは限らないということを先に書いておく。


共通している部分は、加害者側が、「自殺しろ!」とか「死ね!」とか言っていたこと。


俺がいじめにあっていたのなんてもうかれこれ30年くらい前なんだけども、
今も昔も変わらず、「死ね!」とかいうのはあったんだよな。


当時の加害者側の心理はよくわからないけども、
たぶん、もし俺が本当に自殺していたとしても、奴らは本気で喜んだと思う。


だから、「人が死んでるんだぞ!」と加害者に言ったところで、
たぶん響かないと思う。

表面的には反省してます的な態度を取ったとしても、
心の奥底では「ざまぁみろ。」とか思ってるんじゃないかな。


さらに、今回の事件のケースでは、
ネットに加害者の実名や顔写真、親の会社まで晒されちゃって、
反省どころか逆恨みのパターンだよね。

実際、加害者少年の母親が、
「うちの子は被害者だ」っていうビラを配ってたっていうし。



で、俺が何を言いたいのかというと、
もし、現在いじめにあっている子がこの記事を読む機会があったら伝えたいんだけども、
たぶん本当に自殺したとしても、たぶん、加害者側の心には響かない。

つまりどういうことかというと、あてつけで自殺するんだとしたら、
それは逆に相手を喜ばせるだけであって、死ぬだけ損だ。


ただ、俺も経験してるからわかるけども、いじめはとにかくしんどい。

学校のことを考えただけで、胃がキリキリ痛む。
そしてすべてぶん投げたくなる。

死にたくなる気持ちもわかるよ。だけど、もう一回書くけども、
本当に死んだら相手をよろこばせるだけで、死ぬだけ損だ。


だから、とにかく誰かに相談しろ。

特に今、連日のこの報道で、
いじめられっ子に耳を傾けられやすい世の中の風潮になっているわけだから、
その追い風を利用して、とにかく誰かに相談しろ。


もしも、相談できる人が誰もいなかったら、
いろんなところにいじめ相談室みたいのがあるし、そういうんでもいいし。

駆け込み寺でもいいし。

新宿駆け込み寺(東京) 03-5291-5720
国分町駆け込み寺(仙台) 022-395-7740



そこから何かが動き出す。まずはとにかく誰かにSOSを出してみること。

俺は、うちに来てくれていた家庭教師のお兄さんHさんに相談した。

そのHさんが直接いじめに対してな何かしたわけじゃないんだけども、
自分が前に出る勇気を与えてくれたし、うしろでしっかり支えてくれた。


今もHさんには、本当に感謝している。





そして次に、今回のいじめと俺のいじめの全く違う部分は、
俺のいじめだけにとどまらず、担任の先生にまで矛先が向いて大暴走。
学校側が、いじめや集団ヒステリーのような現象を認めざるを得ないくらい表面化したこと。

だから、学校側も総力を上げて沈静化対策を本気で取り組むこととなった。


これが大きかったなー。


今思い返せば、先生方も本気だったもんなー。

あの大津市の先生の、
どうやったら責任回避できるかしか考えてない会見とは大違いだ。


俺のいじめの頃は、ちょうど金八先生がリアルタイムだったし、
時代的にももっとおおらかだった。


だけども、そういう違いはあれど、今の時代だって、
先生方が本気で問題解決に取り組もうと思えばできるはずだ。


俺のいじめの時は、クラス替えによっていじめっ子達を効率良く見事なまでに分散させ、
さらに後々まで尾を引かないような、神の采配のようなクラス編成だった。

だけども、これは日頃から、誰と誰が仲がいいとか悪いとかという、
生徒間の人間関係を把握していないと実現しない。


でも、把握していないんだったら、アンケートでも聴きこみでもして、
これから把握すればいいことだと思うし。


俺の友人や知り合いにも、学校の先生が何人かいる。
みんな熱いソウルを持った人たちだ。


世の先生方は、風潮的にサラリーマン教師とかいろいろ言われることもあるけども、
いやいやそんな先生ばっかりじゃないって。


だから、もし、自分の学校でいじめの気配があるんだとしたら、
今はインターネットがあるから隠蔽したって必ずバレるわけだし、
逆にいち早くいじめがあるという事実を認めて、
学校あげて沈静化に取り組む方が、結果的に一番近道なんじゃないかなー。


まぁ、俺は教員じゃないからあんまりでしゃばったことは言えないけども、
だけども、いじめられた経験と、先生方に救ってもらったという実体験があるわけだから、
そこは認めていただきたい。


とにかく、今回の大津市のいじめ自殺問題は、収まるべきところに収まって、
早期解決することを願って止まない。



過去記事にも書いたけど、俺は中学一年でいじめにあったけども、
応援団が好きで2年生になってもまた応援団を続けた。


応援団って人前に出るわけだから、やっぱり最初はビビったけども、
やってみたら、案外全然平気だった。


いい意味で、自分が思うほど人は自分に気を留めていないっていうことだ。

それがわかってから、本当にラクになった。



で、俺の場合はそのまま中学3年で応援団長になり、
高校に入っても応援団を続けて、ついに団長になった。


いっぱいいろんな出来事があったけども、
根幹には、いじめを超えたという自信がすべての問題解決原動力になっている。

どれだけいろんなことがあったのかはこちらの記事でどうぞ。




とにかくいじめられっ子には、負けないでほしいと思う。

勝たなくてもいいから。


最後に、俺の高校時代の応援団の動画を貼っておきます。




負けるなよ。いじめられっ子。

 
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2012年07月18日

波動を上げる。


昨日、カルマについてと、生き様を美しくといった内容の記事を書いた。

その記事はこちら。


だけども、いきなり生き様を美しくっつったって、
生きていればいろんな感情に支配されたり、トラブルや問題が起きることもあるわけで、
そう簡単には行かなかったりする。


そして、美しく生きるためには、
やはり最低限やっておいた方がいいことがあると俺は感じている。

いくつかあるんだけども、今回は波動を上げる話を。

これはあくまでも俺の持論ね。




数年前、俺はマクロビオティックに出会い、無双原理に出会い、
劇的に生き方が変わって、なんかラクに生きられるようになった。

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マクロビオティックにはいろーんな本が出てるんだけども、
生き方だとか哲学から入るんだったら、無双原理・易がオススメかなー。


これはもともと、マクロビオティック創始者の桜沢如一先生が書いたものを、
大阪にある日本正食協会の故 岡田定三会長が現代訳したもの。


俺はこの無双原理・易を読んで、電気が走ったような衝撃を受け、
仙台から大阪に突撃で、岡田会長に会いに行ったことがある。


その会長も、去年お亡くなりになり、
お会いできた事が本当に貴重な思い出となった。

DSCN7300.jpg

その時に書いてもらったサイン。俺の宝物だ。


さて、マクロビオティックというと、何回も何回も何回も何回も、
このブログやまくろび庵のブログに書いてきたけれども、
マクロビオティックは、食事法や健康法じゃなくて、哲学だ。

どれだけ人生を楽しんで生きられるか。

そのための手段として、「食事」がある。


蛇足だけども、昨今のマクロビオティックブームでは、
玄米食だとか野菜を中心にーとか、そっちばっかりにフォーカスされて、
肝心な、「陰陽で物事を見ていく」といったことがポッカリ抜けてる感じがする。


陰陽のことは、桜沢先生の著書

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魔法のメガネが切り口が斬新でおもしろいかなー。

まぁ、その辺のことはまた機会があれば詳しく書こうと思います。




で、俺は何を言いたいのかというと、美しく生きるために、
まずは自分の波動を上げることが大切だと考える。

そのための大切な段階の1つ目は、「食事」だ。


で、できれば、工業製品のような食べ物ではなくて、
ちゃんと人が作った、人の波動がしっかりと入ったものを食べる。

自分で作ったり家族が作るものが一番いいんだけどね。


ただ、働いてる人は外食が多いだろうから、
例えば、一日3食食べるとしたら、一週間で21食食べることになる。

21食のうち、近い人の波動が入ったものを食べる割合を、
なるべく増やすようにするって言ったらわかりやすいかな。




素材がいいものを選ぶのは確かにそうなんだけども、
俺は震災以来特に、それは絶対ではないと考えるようになった。


まずはどんな食べ物であれ、命や作り手や関わる全ての人に感謝だべ。


確かに、いろんな添加物とか使ったり、農薬使ったものを使ったりしてるけれども、
まずはすべての食物に感謝することが大事だと思うなー。

それを踏まえた上で、可能な限りいいものを選ぶ。



ちょっと矛盾してるかもしれないけども、
自分の波動を上げるには、まずは感謝して、人の波動が入ったものを食べる。



俺は、マクロビオティックを始めて8年目に入った。
一時は厳格にやった時期もあるけども、最近はゆるゆるとやっている。

ただし玄米食だけは欠かさない。



確かに、確実に、自分の体や波動が変わってきているのを実感している。


自分の波動が変わると、自分の周りとの波長があわなくなってきて、
人間関係が大きく変わってしまうことがある。

だけども、それはあたり前にあることであって、
人間関係が変わってしまうことはいけないことじゃない。


で、自分が高い波動を出していると、シンクロが起きやすくなったり、
行ってはいけない場所に行かなくなったり、逆に必要な場所に引き寄せられたりする。

そこでまた大きく人間関係が変わったりして、そんな連鎖の繰り返し。


感情なんてお構いなしで、自分を取り巻く環境がグワーッと変わっていく。

でもそれは、「流れに乗れている」と考えるようにしている。



DSCN8807.jpg

まくろび庵時代、マクロビオティックの有名な料理研究家でもある、
中島デコさんを2回お招きしてイベントをしたことがある。

その時の様子はこちら。


その時にデコさんが言っていたのは、

玄米を食べていると、血液がキレイになる。
血液がキレイになると、細胞がキレイになる。
細胞がキレイになると、波動がキレイになる。
波動がキレイになると、波動がキレイな人がたくさん集まってくる。
波動がキレイな人がたくさん集まってくると、実現できることが多くなってくる。
実現できることが多くなってくると、人生の幅が広がる。

結果として、楽しい人生になる。


これって当たり前のシンプルなこと。




極意が入ってるねー。


波動が上がる、キレイになる、それが美しく生きる第一歩。

そして、今日からできることは、食べ物を考えて選ぶこと。





とりあえず今日はそんなとこかなー。


続きは追々、のんびりと書いていきます。


 
posted by わこう at 03:32| Comment(0) | TrackBack(0) | 普通の日記。 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年07月17日

カルマと美しさ。


芦屋に引っ越してきてから、なんとなく自分のスピリチュアルな部分が、
少しずつ開いてきているような感じがする。



特に、芦屋BLOGに書いたんだけども、

49b7c308.jpg

芦屋アトリエの近所に、かつての修験道だった場所があり、
ここに入ってからというもの、とにかく何かがパカーンと開いてしまった感じだ。


この場所の事を書いた、「高座の滝と修験道」はこちらからどうぞ。

※芦屋アトリエのBLOGも一生懸命書いてますので、ぜひ読んでね!



さて、最近ちょっとした気付きがあるので書いてみる。


去年の大震災で、たくさんの人が死んだ。


戦争でもないのに、この日本で2万人が亡くなるなんてありえないべ。
俺の知り合いも亡くなった。



この震災後、やはり俺の価値観も大きく変わった。

こう・・「死」というのが本当に身近に感じられるようになって、
自分の残りの人生をどう生きるかっていうことを、
さらに深く考えるようになった。



「自分の寿命は、自分が思っているほど長くないかもしれない。」



そう思うと、なんとなく、今までよりも丁寧に生きようかなという気になってくる。

ただ、丁寧に生きるって言ったって、何をどうすればいいんだろう・・



ちょっと話は変わって、「カルマ」という言葉がある。

Wikipediaで「カルマ」と検索すると、「業」のページに転送される。
だから、「カルマ」=「業」という前提で書く。


俺なりの解釈で要約すると、

善悪で生じた果報は、死んでも消えることが無く、
生まれ変わっても引き継がれるものだと考える。



もっと平たく言えば、

過去世で作ってきた罪(カルマ)は、
生まれ変わってもそれを背負っているので、現世で解消しなければ、
また来世まで持っていって解消しなければいけない「宿題」のようなもの。


と考える。


だから、できるだけ早く現世で自分のカルマに気付き、
なるべく現世のうちに解消するように努める。



まぁ、ぶっちゃけて言うと、人生は修行っていうことだな。


だから、古くからこのBLOGを読んでくださっている方は、
俺にあまりにもいろんな出来事が起きるもんだから、
どんだけカルマ背負ってんだよって思うかもしれない。(笑)


でも、新たに作ってしまった罪もたくさんあって。


それは、現世で解消しないとまた来世での宿題になってしまう・・




で、最近よく考えるんだけども、もう40を過ぎると、
ある程度、自分の身の丈や社会との折り合いがわかってきて、
少しは人として上手に生きられるようになったんじゃないかなーと思う。


だから、残りの人生で、
もうこれ以上のカルマを作らないようにして生きたいと思っている。


以前、記事にしたけれども、

「いいことをして悪いことをしない」

とか、


先日、芦屋BLOGに書いたんだけども、

「清く正しく美しく生きるように努める」

とか。



言葉で言うのは簡単だけども、これを実行するのって大変だなーって思う。



だけども、やっぱりこれが真理なんだよな。
真理はいつだってシンプルだ。



あとはどれだけこのことに本気になって覚悟決めるか。
それだけだ。


だから、できる限り争わない。

こう・・生き様を美しくっていうか・・



かつて、瞬間湯沸かし器とか言われ、トラブルメーカーだった俺が、
最近たどり着いた境地。



自分からまた新たなカルマを生むようなことはしない。



以前、東京の弁護士、須田くんの紹介で、

世の中大転換がわかる 日月神示の緊急未来予測 迫りくるこの国の立て替え・立て直し (超☆わくわく)世の中大転換がわかる
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この本の著者の1人である大石 憲旺先生にお会いしたことがあるけど、
大石先生もしきりに、「美意識を持って生きろ」と言っていた。


その時は、意味がよくわからなかったんだけども、
美意識を持って生きるっていうことは、真理に沿って生きるということでもあり、
新たなカルマを作らずに正しく美しく生きるということだと。


こう・・人生を汚さないっていう感じ?



いや、正直、生きるのがしんどいなーって思うこともあるんだけども、
もしここで投げてしまったら、
来世はもっと大きなカルマとなってのしかかって来るんだろうなーって思うので、
それ以前に、また人として生まれてくるかもわからないわけだし、
きちんと向き合って丁寧に生きようと思う。


先日、おふくろに再会して、一層その念が強くなった。



こう・・震災で亡くなった人たちの分までとか、
正直そこんところまで背負っては頑張れない。

自分のことで精一杯。


今はそれでいいと思っている。


うーん・・俺にしては珍しく、何回も修正しながら記事書いたんだけども、
うまく伝わるかなー。


とにかく美しく生きたいってことだよ。

 

posted by わこう at 15:51| Comment(0) | TrackBack(0) | 普通の日記。 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年07月12日

こっそり帰郷。

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実は、7月8日から3日間、仙台と山形にいた。

今回は、とにかく時間が無いところに、たくさんの意図を持ってのマラソン帰郷となった。


以前、芦屋に来てまだ間もないころにBLOGに書いたんだけども、
5月に、俺が本当にお世話になった叔父が他界した。


だけども、GW真っ只中だったもんだから飛行機も取れないし、
叔父には本当に申し訳なかったんだけども、葬儀には出なかった。


その後、近いうちに必ず叔父の家にご挨拶に行くと決めていたんだけども、
今回やっとそれが実現できたわけだ。


叔父は仙台2中や育英学園で長いこと数学の教師だったし、
もしかすると、このブログ読者の中にも叔父の教え子だった人とかいるかもしれない。

倉長英志と言います。



俺のことを、この世で唯一「たか坊!」と呼ぶ、豪快な叔父だった。

その叔父も肺を患って逝ってしまった。


やっと叔父の遺影に手を合わせることができて、なんか本当にホッとした。



さて、実は、今回叔父の家に行くにあたり、
叔母と、いとこのケイちゃん、そして妹が協力して、あるプロジェクトを実行してくれた。



それは、

R0021706.jpg

おふくろとの再会。


過去記事にも書いたんだけども、おふくろは一年前に脳溢血で倒れ、
日常生活が困難なほどの重度の後遺症が残った。


おふくろは以前再婚していたんだけども、
おふくろの介護の事などで、現在の夫(義父)と俺が大喧嘩し、
俺は実家に出入り禁止となっていた。


詳しくはこの過去記事をどうぞ。


なので、おふくろに会いたくても実家にいる以上会うことができない。


そこで、いとこのケイちゃんの発案で、叔母の家におふくろを連れてくれば、
俺と再会できるじゃないかと。


妹が、実家からおふくろを連れ出してくれて、
叔母の家で久しぶりにおふくろと再会。


正直、俺は芦屋に行った時点で、脳溢血の後遺症でてんかんの発作も出るし、
もしかするともう二度とおふくろに会えないかもしれないと覚悟していたので、
今回の思いがけない再会で、おふくろの顔を見るなり泣き崩れてしまった。


おふくろも顔をくしゃくしゃにして泣いてたっけなー。



その後、おふくろに芦屋での生活なんかを報告しつつ、
あっという間に時間が過ぎた。


帰り間際、俺はもうしばらく仙台に帰る予定が無いので、
おふくろと本当に最後のお別れ。


もし、おふくろの身に何かあれば(発作とか)、
おふくろの姿を見るのはこれで最後になるかもしれないと思うと、
胸が張り裂ける思いだった。

俺もおふくろも、また泣きながらお別れをした。




その後、急いで向かった先は、7月7日に開設となった「国分町駆け込み寺」。

国分町駆け込み寺オープンは、いろんなマスメディアに取り上げられているので、
ご存じの方も多いと思う。


毎日新聞のニュース記事はこちら。



開設式には間に合わなかったけども、
国分町に駆け込み寺を作ることに俺も注力したわけだし、やはり一度見ておきたかった。



アポ無し突撃で行ったんだけども、ちょうど玄さんの一番弟子の齋藤さんがいて、
俺が顔出した瞬間、ハトが豆鉄砲を食ったような顔してビックリしてた。


その後、しみじみよくやったなーと話をしていたら、
齋藤さんがポロポロと男泣き。


俺もつられてもらい泣き。


国分町駆け込み寺の開設は、齋藤さんの長年の悲願でもあったわけだし、
その夢が達成したわけだ。


そこまでのいろんな経緯はこちらの過去記事でどうぞ。



齋藤さんとは、齋藤さんが玄さんの弟子となって新宿に行く以前からの付き合いだし、
なんか俺もうれしかったなー。本当に。



R0021710.jpg

齋藤さんとのツーショット。


国分町駆け込み寺は、「たったひとりのあなたを救う」をコンセプトに、
様々な問題を抱える人たちのサポートをしています。


電話 022-395-7740 
FAX 022-395-7742


さて、その後、先に仙台に帰っていたりえさんと合流し、
いろんな人たちと一緒にごはんを食べた。

本当に楽しかったしうれしかったなー。



そんな感じの初日。とにかくマラソンだったよ。



二日目。

お昼過ぎまで用足しやYUKINEでのスタッフミーティングをしたあと、
今度はりえさんと一緒に山形に移動。


以前何度か古民家に集まった、伝統工法の大工、高木くんを中心とした、
山形の皆さんと一緒に蔵王のペンションでBBQ。


ちょっと早い夏休みって感じだな。


久しぶりにお肉全面解禁して、ジンギスカン食いまくったー。



R0021767.jpg

そして、夜遅くまで語って笑って二日目が終わった。







CIMG0135.jpg

俺は依然として断酒中なのでバッチリなんだけども、
けっこう二日酔いでつらそうな人も・・・(笑)


そして、みんなで白鷹まで移動して、




R0021778.jpg

蕎麦!



やっぱり山形の蕎麦はうまいな。

バツグンにうまいな。


本当に幸せだった。



そんなこんなで、2泊3日の怒濤のマラソン出張が終わって、
りえさんと二人、芦屋に帰ってきたのでした。




R0021797.jpg

帰りの飛行機から見えた富士山。



今回つくづく思ったんだけども、やっぱり東北はいいなー。
ピターッとフィットする感じ。



まぁ、40年住んでたところだから、馴染んであたりまえなんだけども、
仙台市内の道路なんかも、1本残らず頭に入っている。

芦屋や神戸、大阪でも、良く行く場所や主要な場所の道路くらいは、
カンペキに把握して、早く「自分の街」って言えるくらいになりたいな。


そして東北の皆さん、また会えるときまでお互い達者で!

 
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2012年06月28日

あべさんとナベさんと本日のわこう。


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今日、6月28日は、俺の親友というか戦友だった、鍼灸師のあべはりさんの命日。

さすがにもう3年経ったので、思い出して泣くようなことは無くなったけども、
やっぱり喪失感は消えないね。


だけどもそれがダメなことではないし、ありのままを受け入れる、それだけ。

去年の三回忌の記事はこちら。


まぁ、いつかは俺も死ぬわけだし、それまで待っとってよ。あべさん。
それまで精一杯生きてみっからよ。






C360_2011-05-29 14-39-34.jpg

そして、奇しくも今日は、親友ナベさんの誕生日でもある。
はじめてナベさんの誕生日を聞いたときはびっくりしたさー。

ナベさんは震災後、スコップ団の初期メンバーとして活動しながら、
俺の方の被災地支援活動も一緒に動いてくれた、本当にGIVERな男だ。

俺の好きな言葉に、

「GIVERS GAIN TAKERS LOOSE」

という言葉がある。

与える者は富み、奪う物は失う


見返りを求めず、人のために尽くす、喜ばせる。

ナベさんはひと言で言うと「GIVERな男」だ。


nabe_wako.jpg

俺が関西に来る前に開いてもらった壮行会で撮ってもらった、ナベさんとの写真。

ナベさん、誕生日本当におめでとう。


なんか、俺の親友二人が同じ日につながっていることが不思議だなーと思う。



さて、ちょっとしんみりしたところで、本日の俺ですが、

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仙台にいた頃同様、アロハとリーゼントで頑張ってますよ!


今日は、りえさんの昔のお友達が遊びに来るということで、
このナリで、芦屋のオサレなケーキ屋さんに、一人でケーキ買いに行った。


で、店員さんが、

「お帰りまでお時間どのくらいですか?」

と聞いてきたんだけども、最初、意味がわからなくて、内心、

なんであんたに俺のスケジュール教えなあかんねん

と思いつつ、


「え?お帰りって?」

って聞いたら、

「お帰りになって冷蔵庫に入れるまでの時間です。」

って言われて、


「あ・・あーあ!そっちの意味ね!そっちの!」

などと、まるでピューと吹くジャガーのハマーみたいな、
わけのわかんない受け答えをして、
まわりのオサレな芦屋マダムたちから白い目で見られた。




で、店を出たあとで、りえさんとケータイで話してたんだけども、
りえさんが聞こえないというので、



「ケーキ買ってたんだべ!」


「え?よく聞こえない・・」



wako_ashiya0.jpg

「ケーキ買ったったんスー!」


と、東北弁丸出しで叫んだら、
駐車場にいた芦屋マダムたちが一瞬凍りついたのがわかった。


はい、芦屋で大暴れです。ありがとうございました。



と、あべさんとナベさんの大事な日に俺はこんなんでした。

皆さん、よろしくおねがいします。

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2012年06月15日

フジ子・ヘミング追記。


先日、ピアニスト、フジ子・ヘミングさんのことを書いた。


その記事はこちら。


フジ子さんのピアノは、
クラシックに縁の無かった全く新しいファン層を獲得したり、
その独特な演奏スタイルに魅了される人が世界中に増えていく反面、
技術的な面などで、いろいろとツッコミが入る部分があり、アンチも多数存在する。


ネットで検索すると、「フジ子・ヘミング現象」なんて言葉も。


俺は、過去記事にも書いたけども、フジ子さんの演奏スタイルは好きだ。



いろいろと議論を呼んでいる「ラ・カンパネラ」も、
他のピアニストの動画もいろいろ見たけども、甲乙をつける意味ではなく、
いろんな人がいていいという意味で、フジ子さんの演奏は好きだ。


だから、そういう意味ではホント、好み、趣味趣向の世界だ。




さて、なんでまた今日、あらためてフジ子さんの事を書こうと思ったかというと、
今日、フジ子さんに関するおもしろい話を聞いたからだ。


今日、芦屋アトリエに、ある演奏家のHさんが来てくださったんだけども、
Hさんのお友達のお母さん(って言ったっけかな・・)が、
フジ子・ヘミングさんと同級生で仲良し。

フジ子さんの家にテレビの取材が入る事が決まると、
掃除を手伝いに行ったりするそうだ。


フジ子さんは、やはりいろんなメディアで伝えられるとおり、
普段は猫に囲まれるように暮らし、性格はかなり天然ちゃんだという。

野の花を頭に飾ったり、カーテンを巻いておどけてみせたり、
かなりお茶目に性格みたい。


俺はその話を聞いて、なぜか安心したというか、うれしかった。



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先日、俺が見たDVDによると、

フジ子さんは若き日に、
ウィーンに来ていたバーンスタインに押しかけで演奏を聴いてもらったところ、
見事認められることができ、一時はバーンスタインの秘蔵っ子とまで言われ、
初めてのリサイタルの前には、
バーンスタインの秘蔵っ子として新聞に告知記事も載ったが、
もともと右耳の聴力を中耳炎をこじらせて失っていた上に、
演奏日直前にこじらせた風邪で、
左耳の聴力も失い、演奏は散々の結果だった。


その日の晩、いたたまれなくなって、
逃げるようにウィーンを離れストックホルムに向かった。

その後、治療によって少しだけ聴力は回復したものの、
音楽教師として人目を避けるようにひっそりと暮らす・・


というのが、苦節のフジ子さんの半生。

っていう内容だった。

フジ子さんの当時の心境を語るインタビューもある。



だから、それから35年後の空前のフジ子・ヘミングブームは、
こう・・浪花節的な要素が後押しして、特に日本人にマッチングするんだろうな。


一度大きな挫折を味わい、隠れるように生きてきた人が、
ある日突然脚光を浴びる。


それだけでも充分ドラマチックではあるけれども、
人がなぜフジ子さんの演奏に惹かれるのかと言えば、
やはりそういった経験からにじみ出る、深みみたいなものなんじゃないかなー。



フジ子・ヘミングさんの演奏は、
その時のコンディションや気分によって全く違うという。

だから、ぶっちゃけ「今日は当たり」とか「ハズレ」とかがあるみたい。


確かに、それって演奏家としてどうなのよっていう部分は否めないものの、
「フジ子・ヘミングファン」だったら、べつに演奏が良かろうが悪かろうが、
あんまり関係ない話だと思う。


だって、ジャズだってロックだって、そういうのあるでしょ。

今日のプレイはイマイチだったなーとか、今日は神プレイだったー!とか。

誰かのコンサートに行ったって、今日はのどの調子悪そうだったなーとか。



クラシックのことはよくわかんないんだけども・・・



とにかく、今日、間接的ではあるものの、
フジ子さんをよく知る人の話を聞くことができて、なんかうれしかったんだよ。


別に何か結論やオチがある話ではないんだけども、
ちょっと書きたくなった。


 
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2012年05月23日

水が合わない。


関西に引っ越してきてもうすぐ1ヶ月が経とうとしている。

でも、ひとつ本当に困っていることがある。


水が合わないのだ。



土地とか人とか文化とか、そういう意味での「水が合わない」じゃなくて、
こっちに来てからいつもお腹の調子が悪い。


けっこう胃腸はそんなに敏感じゃないはずなんだけども、
何日かに1回は、必ずお腹が痛くなってトイレに駆け込む。

家にいるうちはいいんだけども、外出先だと本当に大変。
過敏性大腸炎の人の気持ちがよくわかる。



引っ越してきてまだ間もないころ、いきなり真夏日みたいな暑さで、
水道水をそのまま飲んだら、ソッコーでゴロゴロになってトイレに直行。

あー、水が合わないんだなーと、その時わかった。


その後いろいろと実験してみたんだけども、
水道水でも、火を通したものは大丈夫。

だから、調理に使う場合は水道水でもいいのだ。


ミネラルウォーターで味噌汁とか、お米洗ったりとか、ちょっと贅沢すぎるもんなー。

ただ、生水の場合はダメ。



そうしたら、すごく有益な情報を教えてもらった。

芦屋には、ミネラルバランスがとてもいい井戸水があり、
無料で開放してくれている人がいるというのだ。

白水皇 水砂の井戸

こちらのサイトに詳しい説明があります。



大きな地図で見る

もともとは奥様のために良い水をという思いで掘った井戸だけども、
あまりにも素晴らしい水なもんだから、一般の方々に開放してくださっているという、
神様のような方がいらっしゃるのだ。

ここの水は、とても柔らかく、状態が安定しているから味も良く、悪くならないんだそうだ。


たしかに、この水は本当においしい。

水なので、なんと言葉にしていいのかわかんないんだけども、
本当に柔らかくて、スーッと体に入っていく感じ。


そして、この水だと、生水で飲んでもゴロゴロにならない!


本当に渡りに船って感じで、いい情報を教えてもらったー。

家から車で5分程度のところにあるし、超ラッキー。


ただし、ここの水場は小さな商店街の中にあり、
特に、路上駐車厳重注意区間でもあるので、
利用する際は、面倒でも近くのコインパーキングに入れることがマナー。

一度、連携プレーして、水場の前から車に乗っただけで怒られた。


見ていると、とにかく一日中、沢山の人が水を汲みに来る。

だから、一瞬でも車を停めても、数がまとまるととんでもないことになるわけだ。


俺は、5リットルのタンクを2つ汲ませていただいている。

たとえ数分でもコインパーキングに入れて100円を払うことが、
浄財というか、禊ぎなんじゃないかなーと思えば面倒とも思わない。

だいたいにしてミネラルウォーター10リットルを100円でなんて買えないよ。


この水で淹れたコーヒーは、最高ね。ホント。


なので、家で使う水に関しては問題は無くなった。

だけど、例えば、外食した時のお冷やは水道水の場合が多いから、
飲むととたんにまたゴロゴロになる。


いやー、まいったなー。


我が家のニャン達にもこの井戸水をあげてるんだけども、
それでも、まるちゃんが水が合わないのか、すぐ体調を崩す。


うーん・・まだ1ヶ月経ってないくらいだし、わかんないんだけども、
水に慣れていけるんだろうか・・


昔は、結婚してお嫁さんが嫁ぎ先の水が合わないと大変だからと、
地元の水を嫁ぎ先に持って行ってその土地の水と混ぜて飲む風習があったとか。


いやー、水で難儀するなんて盲点だったなー。




とにかく今は、外では生水を飲まないように心がけることしかできないなー。

 
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2012年05月13日

いろんな覚悟で関西に来ました。


先日、仙台から芦屋までの引越しの状況は記事に書いたけど、
心情的な部分は書いてなかった。



そもそも、なんで関西移住を決心したのか。

過去にはいろいろ書いてきたけれども、
まとめると、決定的な「これ」といった理由がないかわりに、
様々な複合的な理由が重なって、移住を決めた感がある。


主な理由は、

・りえさんの体調が思わしくなかった。(喘息の発作が増えた)
放射能なのかがれき粉塵などによるものなのかはよくわからない。


・東北の復興を願うにあたり、
俺は業種的にあんまり外貨(東北以外からという意味)を稼げないので、
東北の中で東北のお金を回すんじゃなくて、
東北から出て、外側から復興支援ができないかと、本気で考えた。


・トラックの運転手をしていたこともあり、
東日本はすべて網羅したというか、行ったので、
今度は、西日本を網羅してみたいと思った。(漠然と)


・ずーっと仙台にいて、長い年月をかけて、仙台ではたくさん人脈もできたし、
いろんな業界に精通している人たちに出会ったり、深く関わることができた。
だけど、もう一度、自分のことを知らない人たちだけの土地で、
自分がどれだけのことができるのかを試してみたい。


・お遍路巡りをしたい。できれば何回も。


・大阪府民ではないけれども、維新の会がどれだけのことができるのか、
近いところで見てみたい。

・東北では無いような西日本の文化を知ることは、
日本人として、とても大事なことのような気がした。


と、まだ細々した理由はあるものの、ざっとこんな感じだ。


その理由が、はたして自分の店をたたんだり、
親しい友人や仲間と別れたりしてまでの大切な事なのかと問われたら、
正直「わからない」としか言えない。


前述のとおり、決定的な「これ」という理由があったわけじゃないから。


でも、なんとなくなんだけど、導かれてこっちに来たっていう、
引力というか不思議な力というか、ご縁というか、
そういったものは感じている。


いや、なんとなくじゃないね。ここ数日ビシビシ感じてるね。


移住を決意したのが去年の12月ごろ。

そのあたりから、いろんな変化が起こり始めて、
引越し数日前には、メガトン級の決定的な出来事があり、
天から「腹くくれよ」と、引導を渡された気分になった。


「お前、関西に逃げるんだってな。そうやって一生コソコソ逃げてろバーカ」
的な内容のメールが知人から来たと思えば、
同じ日に、アル中の義父(おふくろの再婚相手)から電話がかかってきて、
断絶宣言をされた。

メールの件は別にいいとして、
義父とは以前からいろいろあって、
今年の正月に、おふくろの今後と義父のアル中のことで大喧嘩した。

そのことを義父はずーっと恨んでいたらしい。

思い出しては怒りがこみ上げてくるらしく、
ついに堪えきれずに電話をしてきたのだ。


そして、

「二度とうちの敷居はまたがせない。二度と来るな。」

と、断絶宣言された。


おふくろは、一年前に脳溢血で倒れたが、病院に運ばれるのが遅れて、
半身麻痺と重度の失語症になり、一年経ったが症状はあんまり変わらない。

今後の介護のことに、義父のアル中がとても障害になるので、
そのことで何度も話し合いを持ったが聞く耳を持たず、
ついに俺がブチ切れたのだ。

それが今年の正月の大喧嘩。


それでもおふくろは、義父と暮らすと決め、
「わたしはここ(実家)で死ぬ」と言った。

たぶん、おふくろなりに考えて、
俺に介護させたくないからそう言ってるんだろうなと。


話は戻って、電話口で義父が、

「お前の母親だから最後に電話で話をさせてやる。」

と言って、おふくろと電話を替わった。


俺は、正月の喧嘩以来、実家に出入り禁止されていたので、
それ以来おふくろに会っていない。

義父に断絶されるということは、これからもそうなるので、
もしかするとこのままおふくろに会えないで終わるかもしれない。

だから、事実上最後のおふくろとの電話。


電話口で、おふくろに、数日後に関西に行くこと、
会えなくなるからごめん、そして、今までありがとうございましたと伝えた。


おふくろは、わかってるんだかわかってないんだか、

「へー。ふーん。」

と言っていた。


後遺症がひどくてあんまり理解できてない感じだった。
なんだか肩すかし食らった感じ。



なんだかこんな形で終わるのも変なんだけども、
逆にこれで最後のふん切りがついた。


7年間やってきた自分の店もやめ、友人や仲間たちと別れ、
実家やおふくろとも別れ、いろーんなものを終わらせたり捨てたりして、
いろんな覚悟で関西に来ました。


関西に来て4日目の朝、
大変お世話になった叔父が亡くなったと連絡が入った。

2日後には通夜、そして告別式。


ずいぶん悩んだんだけども、
GWで飛行機も取れないし、取れたとしてもメチャクチャ高いし、
亡くなった叔父には本当に申し訳なかったんだけども、葬儀は欠席した。

火葬される時間に、こっちで手を合わせた。


そのとき、仙台〜関西の物理的な距離を感じたね。
絶対的なものであって、その距離はどんなことがあったって縮まらない。


俺はそういうところに来たんだと。

そういう道を選んだんだと。



それがより一層、西で生きていく覚悟に拍車をかけている。


あらためまして、関西の皆さん、そういう覚悟でこっちに来ました。

こっちで精一杯生きてみようと思います。


よろしくお願い申し上げます。

 
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2012年05月08日

Wako works 始めます。


芦屋に越してきて10日あまり。

引越しの整理はまだまだ続くんだけども、そろそろ仕事モードにスイッチを入れます。


過去記事にもさらっと書いたんだけども、芦屋での俺の仕事は、
二足のわらじでいきます。

ひとつは、りえさんの会社であるYUKINEのスタッフとして、
企画・営業・芦屋アトリエの受付・渉外・りえさんの運転手(笑)などなど、
フレキシブルなスタッフとして動くこと。


現在決まっていることは、

6/9に、正式にYUKINEの芦屋アトリエがオープンします。
それに伴い、オープニングイベントをしますよ!


これはそのうち、きちんと別記事に書きます。



そして、二足のわらじのもう一つは、俺のソロ活動、

Wako works (わこうワークス)を始めます。


活動コンセプトは、

Wako worksは、趣味やマニアックなアイテムを通じて、
ニッチな喜びを提供するべく
精進しています。


です。



いずれいろいろと取り扱いアイテムを増やしていく予定なんだけども、
当面は主に、以下の活動からスタートします。

ポートレート写真撮影
BLOG講座やカスタマイズ
名刺・ハガキ・フライヤーなど軽印刷のデザイン
プラモデル完成品の見学・販売(通販可)



芦屋アトリエが正式に機能するようになったら、
かつてまくろび庵でやっていたような、Facebook部とか、ミニ講座、
玄米の炊き方やコーヒーレッスンなど、講座関係を充実させる予定。


その時はもちろん、俺のコーヒーをご馳走しちゃいますよ!


とにかく今は、引越整理と同時進行なので、やれることにも限りがあるんだけども、
関西の皆さんと、早くいろんな接点を作って行きたいなーと考えています。


まずは、専用フォームからお問い合わせください。
折り返し、こちらからお返事のメールを差し上げます。

※お返事に1〜2日お時間を頂戴する場合があります。ご了承ください。


お問い合せフォームはこちらからどうぞ。


ケータイの方はこちら



そして現在以下の二点についてお問い合わせがあるので、
あらかじめ書いておきますね。


1、コーヒー豆の通販について
現在のアトリエでは、近隣のおうちが密集していて、
コーヒー豆の焙煎時に出る大量の煙により、ご迷惑をおかけする可能性があり、
排煙処理に工夫がいるのと、ご近所のご理解が必要となるので、
販売再開までもう少し時間をください。

ご迷惑をおかけいたしますが、何卒ご理解のほどよろしくお願い申し上げます。


2、プラモデルの製作代行について
最近、ありがたいことに、
プラモデルの製作代行についてのお問い合わせをいただくようになりました。

キットを持ち込んだら作ってもらえるかという質問が大半です。

が、しかし、大変恐縮なのですが、これはお断りしています。

理由はいくつかあって、

・改造が必要なキットの場合、俺の技量が追いつかない可能性が高い
・俺がインスパイアするキット以外作りたくない
・下請けみたいでイヤだ

という感じ。


プラモデルに関しては、俺が勝手に作りたいものを作って、
それを気に入ってくださる方がいらっしゃったらお譲りするという、
そういうスタンスを貫こうと思います。

別にアーティストを気取るわけじゃないんだけども、
そこだけはこだわっていきたい。

生意気言ってごめんなさい。


現在、プラモデルの展示スペースも作っているので、
予約制となるけども、ゆっくりと見学できるように、憩いの空間にしていきます。



と、当面はこんな感じでやっていきます。


近日中に、芦屋アトリエのブログを立ち上げる予定なので、
要チェックをお願いしますよ!


よろしくお願い申し上げます。

 
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