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2014年01月31日

カワサキワールド。


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先日、神戸のメリケン波止場にある、カワサキワールドに行ってきた。



カワサキワールド公式サイトはこちら。





大きな地図で見る


去年から、ずーっとバイク模型を作っているけども、
やはりKAWASAKI好きなのもあって、一度は行ってみたいと思っていた。


特に、KAWASAKI旧車の実車が展示されてるので、取材したかったのだ。


細部のディテール、ネットで検索してもわからない細かいところ。
そこがどうなっているのか知りたい!

という思いだ。


例えば、ハンドルから伸びるブレーキまわりとか、ブレーキのディスク、
キャブレターまわりや、ハンドルのスイッチ、メーターまわりなどなど。


実は、あと何台か車の模型を作ったら、1/8のマッハ3を作ろうと思っているので、
特にマッハの現車を見てみたかったのだ。



さて、日本のバイクメーカー4社のうち、ヤマハとスズキが静岡、
ホンダは東京に本社があるわけだけども、
カワサキは本社が神戸。

芦屋から目と鼻の先に、そんなカワサキの聖地があるのに、行かない手はないでしょ。



ということで中身に入ります。

ちなみに、この建物は海洋博物館などと隣接してあって、
撮影してもいい場所と禁止されている場所があるけれども、
カワサキワールド内は撮影OKというのもうれしい。


ということで、ここからは、いろいろ撮った写真の中から抜粋した何枚かを、
ダダダーっと貼っていきます。



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で、舐め回すようにカメラを近づけて写真を撮っていたら、
不審者と思われたのか(実際そうなんだけど)、ガードマンがピッタリマーク。

そして、気づいたら、カワサキのスタッフジャンバーを着た、
俺とひとまわりくらい上の(もっとかな・・)社員の方がそばにいた。


で、そのままスルーすれば、余計に不審者と思われてしまうと思って、
俺の方からその社員の方に話しかけた。


最初、その社員の方は少し面食らった感じだったけれども、
いろいろととても親切に、ていねいに質問に答えてくれたり、説明してくれた。


ハッキリとは言わなかったけれども、
どうやらマッハの開発などに関わっていた方だったらしく、
当時のエピソードなど、いろいろ話してくれた。


学生時代からずーっとカワサキのバイクに憧れて、
しかも、Z1とかZ2とかマッハとか、その辺のバイクなんて現在は神格化されてるっちゃ?


ところが、目の前にはその開発に関わったであろうスタッフの方が、
不審者のような俺に親切にいろんなことを教えてくれている。



いやー、夢見てるみたいだったね。


このことだけでも、関西に引っ越してきて本当に良かったと思うわ。



もー、すっかり舞い上がっちゃって、お名前を頂戴するのを忘れちゃった。
伺っておけばよかったなぁと後悔。


まぁ、今回全部見切れなかったし、また近いうちに行こうと思っているので、
もしまたお会いできたら、御礼かたがたお名前を頂戴できたらと思っている。



とにかく、マッハだのZだのZ1-RだのZ1300だのFX400だの、
俺が憧れていたバイクが大集結。

ここに展示されているバイクは、もともと展示用にキープしていたものではなく、
カワサキワールドを作る段になって集めてきたバイクたちなんだそうだ。

だから、新車のようにピッカピカのもあれば、少しヤれているのもあった。(笑)
とはいえ、とてもいいコンディションだよ。


そんなこんなも含め、たくさん写真を撮ったので、Picasaにアップして公開しました。

バイク模型をする人の参考資料にもなればうれしいっす。


↓ スライドショー


Created with Admarket's flickrSLiDR.


スライドショーが表示されない方はこちらよりどうぞ。



そして、そのスタッフのかたが、

「Z1の開発者もだいぶ高齢になったし、
開発記を出版して、資料として残したらいいんじゃないかという声が出て、
去年開発記を出したんですよ。」


と教えてくださって、早速売店で買ったさー!


カワサキZの源流と軌跡―Z1/Z2の開発とその展開カワサキZの源流と軌跡―Z1/Z2の開発とその展開
大槻 幸雄 浜脇 洋二

三樹書房 2013-07
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そのスタッフのかたが、

「この本は、出版社の思惑など関係なく、
開発者が自由に書いた本なので、おもしろいかどうかわかりませんけどね。」

と言って笑っていたけれども、俺もまだしっかりとは読んでないけども、
なんだかすごい資料だよ。この本。



ということで、またググーッとバイク模型に傾倒していくのだった。


バイク好きな方はおもしろいと思います。

ぜひ足をお運びください。


俺も今度はもっとじっくり時間をとって見て回ろうと思います。



posted by わこう at 22:13| Comment(0) | TrackBack(0) | 普通の日記。 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年01月06日

2014年の抱負。

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2014年になりました。




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皆さま、今年も珈琲バカとはいうものの、
コーヒーの記事はあまりないというこのBLOG、珈琲バカをよろしくお願い致します。

トップバナーもこんな感じのものに変更して気分一新です。




今年は元旦からあちこち出回って、なかなか濃い正月を過ごしました。

写真で軽く振り返りながら、今年の抱負など語りたいなと。


冒頭のの写真は、1月3日に参拝した、滋賀県の多賀大社で撮ったおみくじの写真。







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さて、年末はあちこち掃除したりしていたら、料理をする時間なく年が明けてしまったので、
元旦の日に少し早めに起きて朝からガガガーっと仕込んでもち汁を。


ちなみに、我が家では雑煮とは言わずにもち汁と言っています。


味付けは、こちら関西では白味噌で作るみたいだけども、
やはり仙台の味が懐かしく、今年はガッチリとダシを取って醤油味で。


ダシをとるところから換算すると、仕込みに数時間かかってるわけだけども、
食べるのは一瞬ね。

この虚しさね。


でも、りえさんがうまいうまい言うて、
本当にうまそうに食べてくれたからそれで報われたね。




そして、日没前に淡路島のいざなぎ神宮に初詣に行こう!と、
夕方ちょい前に出発したんだけども、


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高速のインターを降りたところから大渋滞していて、
結局いざなぎさんに着いたのは日没後。


すごい人だったわ。

でも、今年も元旦から参拝できて本当に良かった。


いざなぎさんと言えば、国造りの神様。

現在、日本でもいろんなことが起きているけれども、
こうして無事に新しい年を迎えられたことに感謝してお参りさせていただきました。



さらに、3日の日には、お友達の昌代さんに誘われて、

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滋賀県の多賀大社に。


昌代さんが、「お伊勢に参らばお多賀に参れ」というみたいよ!

ということで、りえさんも去年お伊勢さんに参拝してきたし、
俺も10年以上前だけどもお伊勢さん参拝は済ませているので、
ドライブも兼ねてブーンと。

こちらも彦根インターを降りるところから大渋滞。

とにかくすごい人だかり。






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能を舞っておられました。



お昼すぎには参拝も終わり、
その後どうする?なんて話でいくつか候補を挙げてもらっていた時、
昌代さんが、「比叡山とか・・」という言葉に、


比叡山!!



と即決したのでした。




ということで、グネグネと山を登って



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比叡山延暦寺に!

比叡山参拝は、いろいろと思いがあるので、そのうち別記事に書きます。



という、お正月から神社仏閣を巡りまくりでスタートした2014年です。




模型もボチボチとやっていて、

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先日着手したカーモデルは、車の方は完成。

ただ、これはフィギュアと合わせた作品にしたいので、
これから自分的には超苦手分野のフィギュア改造と塗装に入ります。


そして、バイク模型に関しては、先日のZ1300が自分的にもかなりヒットだったので、
ちょっと調子に乗ってまたビッグスケールにチャレンジしようかなと。





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ということで、カーモデルを何台か制作したあとで、
以前ゲットした1/8のマッハ3を作ってみようかと。


ただ、これを作るにあたり最大の手間とネックになるのが、スポークの張り替え。


これだけは先に済ませてしまいたい。




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ということで、お正月中、居間で映画とか見ながら、チマチマとスポーク張りしてました。

メッキはハイターに漬けて落としてます。


今回は0.5mmのピアノ線を使用。
ニップル部分はゴムチューブを使いました。


仕上がりは・・まぁまずまずといったところかなー。


とりあえずここまで終わってしまえば7割方できたようなもんだ。(笑)
それだけスポーク張替えは地道で気の遠くなる作業なのだよ。うんうん。


と、お正月の出来事をダイジェストでざっくりと書いてきたわけだけども、
今年は4月を過ぎたら関西に来てまる二年が経過し、三年目に入ります。

三年目くらいになればある程度の土地勘や人間関係もできるわけだし、
今年は去年よりもさらに仕事を増やしたり、
楽しいこと、ワクワクすることをやっていきます。

カメラマンとしても、ウェブデザイナーとしても、モデラーとしても、
そして、企画者としても、もう一枚、二枚ベロンと脱皮して、
質も量も高いものを提供していきます。



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相変わらずりえさんとは仲良くやっているわけだけども、
これからもパートナーシップをガッチリと、より盤石で強固なものに・・

いや、そんなに力まなくてももうなってるな。


なーんつって新年早々ノロケですいませんねー。

マジで仲いいもんで。わははー。


まぁ、おととしからそうだったけども、
りえさんもとにかく出張であちこち飛び回ってるし、
俺は俺で仕事や趣味やライフワークであちこち出回っているわけで、
二人でいる時間をお互いにとても大切にしているわけですよ。




そんなこんなですが、今年もよろしくお願い申し上げます。


と、かなり強引にまとめました。


 
posted by わこう at 02:18| Comment(0) | TrackBack(0) | 普通の日記。 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年12月31日

2013年総括!


怒涛の2013年が終わろうとしています。


いやー、今年もメッチャ忙しかったしいろいろありました。

ついこないだ淡路島に初日の出見に行ったと思ったら、
あれからもう一年だもんな。



今年は、りえさんとこのYUKINEの仕事や、
モデラーズエキスポスタッフに加えて、
新たに望診法の山村先生の事務所のスタッフにしていただいたり、
カメラマンとして本格的に仕事を再開したりと、なかなかボリューミーでした。



しかし、本当に本当にザックリと、いろんな出来事を通じて感じたことが2つある。


ひとつ目は、ここ何年もぶれながらも「これでいいのかなぁ」とやってきたことが、
おおむね間違ってなかったっていうことがわかったこと。


これは自分の中で大きなプラスとなった。


仕事、人間関係、健康、生き方などなど。


具体的に何がどうだと書き始めるとキリがないので、
ここではただそうだったということだけにします。


気が向いたらひとつひとつ内観しながら記事にするかもしれません。



そしてもうひとつ。

自分が本当に付き合うべき人とそうでない人がハッキリしたこと。


今まで、出会った人、関わった人全てと、
可能な限りWin-Winな関係を築きたいと思っていたけれども、
良く言えば、そのコミットメントのもとに生きるっていうことは、
とても大切なことではあるけれども、逆の側面から言えば、
それは執着となり自分を縛り、可能性を閉ざすことに気づいた。


特に俺のように、良くも悪くも思いが強い人間は、
一度縛りが入るとネガティブなループに入るのも強い。

だから、ある意味淡々と感情を入れずに付き合うことが、
ガス抜きにもなり、自分の身を守るということに気づいた。


っつーか、平たく言うと、ガッカリしたことがあったんだよ。

そこにあまり自分の感情を入れると、
自分が苦しくなるだけでバカバカしいなと思ったって言うか・・


そんな中で、本当に自分のことをわかってくれる人が、
ほんの少しいてくれれば充分で、
それが自分の行動のモチベーションや喜びになる。


それでいい。と。



なんかわかりづらくてゴメンナサイ・・



と、まぁ、良くも悪くもそういうことを2013年に置いていって、
来年はまた気分を新たにガシガシ動きたいと思います。



さて、今年もいろいろと模型を作ったわけだけども、
ざざーっと写真だけで振り返ろうと思う。






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ある日突然、バイク模型が作りたい!と啓示に似たインスピレーションがあり、
中学生以来約30年ぶりに作ったRZ250。

フィギュアがなかなかエロいです。






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そして、上のバイクに合わせて作ったフィギュアと別なRZ。






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月刊モデルカーズのトラックモデルコンテストに応募したトラックジオラマ。

選外。








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そして、俺の変態バイクシリーズの皮切りとなったZ1 改。





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SRX 改。




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俺が乗っていたバイクのオマージュ、GPZ400R 改。








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ホーク2 改。







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カタナ 改。








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CX500 ターボ 改。








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そして、モデスポコンペに出展したビネット。

結果5位。







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そして、今年最後の作品、Z1300 改。


1/12のバイク模型を狂ったように作っていたのは、
この1/6のZ1300をガリガリと改造するための練習と言っても過言ではない。


まぁ、初めての1/6の改造にしては及第点かなぁと。



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そして、バイク模型でずーっと来たので、ちょっと息抜きしようと、
カーモデルに戻ってきました。

何台が作ったら、またバイクに戻る予定。


来年も模型も頑張るっちゃね。



ということで、今年一年も、このブログにお付き合い下さり、
本当にありがとうございました。


また来年もご愛顧、お付き合いのほどよろしくお願い申し上げます。

 
posted by わこう at 23:46| Comment(0) | TrackBack(0) | 普通の日記。 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年12月23日

身体のことで大事件。


先日、突然左目に影ができて見えない部分が出るようになった。

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左目だけこんな感じ。

一週間くらい放置し、症状が無くならないので眼科に行ったら、
眼球の中にある動脈から別れた細い血管が詰まって、その先の細胞が壊死し、
影を作ってその部分が欠損して見えることがわかった。

動脈瘤や動脈硬化が、目の中て起こったということで、
網膜動脈閉塞症というらしい。


発症してすぐなら、血をサラサラに流す点滴とかをして、
血管の詰まったところを流して治療するんだけども、
俺の場合一週間も経っているので、完全に細胞が壊死して、
もう欠損した部分は見えるようにならないと言われた。


これが起こった時は、とにかく時間との戦いなんだそうだ。


いやー、まいったな。



ただ、先生から言われた言葉で、これがどのくらいヤバかったかわかってゾッとした。



・もし、眼球の奥にある黄斑という部分にかかるように起きていたら失明していた。
 
・もし、眼球の細い血管でなく、太い血管で起きても失明の可能性があった。
 
・これが眼球ではなく脳や心臓で起こっていたら死んでいたかも。
 
 
 
先生に、「本当にラッキーでしたよ。」と何度も言われた。
 
 
結局、この左目の影は、今後も消えることはないそうで、
一生この視界が一部欠損した状態で生きなければいけない。

 
だけど、この歳で命を持っていかれたり失明するよりはずっとマシだ。



後日、眼科の先生の勧めで、動脈硬化の原因究明や、
今後もまた起こりうるかもしれないから予防する意味で、
神戸の大きい病院を紹介され、検査を受けてきた。


もし、脳の血管や心臓でまた同じようなことが起きたらアウトだからだ。


結果は、血圧とHbA1c(ヘモグロビン・エイワンシー)の値が、
ちょっとだけ高めなこと以外は、基準値内に収まっていてセーフ。

糖尿の気があるから注意しろというくらいだった。



たしかに糖尿と動脈硬化は切っても切れない関係にあるし、
基準値内とはいえ、高めなことには変わりないので、
今後、さらなる注意が必要だ。


いやー、こないだ、介護や自分の身体のことを考えろ的な記事を書いたばっかりで、
こんなことが起こるんだもんな。

笑っちゃうなしかし。

その記事はこちら。



でも、命拾いしたといっていいし、本当に良かった。

りえさんにこの事を話したら、目に涙をいっぱいためながら聞いてた。

なんか申し訳ない気持ちになった。



そして、逆に、こないだ検査を受けてきて、
いやー、俺、頑張ったなー、スゲーなーと、自分をほめたくなった。


それはどういうことか。



ちょっと話はググーッとさかのぼって、20代の頃、
俺は大型トレーラーの運転手だった。


主に仙台〜関東の中距離便とはいえ、とにかく仕事かハードで出ずっぱり。
なかなか家に帰れない。帰る時間がないほど仕事がたくさんあった。

でも、そのぶん給料となって跳ね返ってくるし、20代で身体もよく動いたし、
とにかくあの頃は馬車馬のように働いた。

下積み時代もあったけど、会社で中堅クラスに上がる頃には、
普通の20代の二倍から三倍の年収。


そのかわり、とにかく仕事はハードで、根性ありそうな奴でもすぐ辞めていくし、
年に一人はだれか死ぬし、事故が起こればトレーラーだから大事故になる。

だから常に緊張の中で生きていた。


そんな生活の楽しみは、うまいもの食って、大酒飲んで騒ぐこと。


やはり、トレーラーの運転手仲間は、みんなそういう緊張の中にいるから、
出先で一緒になったり近くにいれば、ドライブインに集合して酒盛り。

次の日仕事が無くてゆっくり帰ればいい時は、タクシー呼んで繁華街まで出て行く。

で、キャバクラやスナック、フィリピンパブなんかで飲みまくる。


とにかく酒、酒、酒。


浴びるように飲み、その土地のチンピラや、ガラの悪い客なんかとケンカする。

警察沙汰もしばしば。



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当時の写真。



その後、トラックを引退してもその悪習は続く。

特に、肉体労働をやめたのに、食べたり飲んだりは止まらないもんだから、
ブクブクと太っていった。


自営業を始めてからさらにその悪習が加速。


とにかく毎日のように酒を飲みに行く。

うまいものを食べ、浴びるように酒を飲む。


冗談ではなく、酒代を稼ぐために仕事してるようなもんだった。

どんなに二日酔いがひどくても、夕方にはまた繁華街に出かける。
まるで灯りに吸い寄せられる虫のように。


一度、肝臓がパンクして全身に蕁麻疹ができ、
酔っ払うと意識を失ったようにカクンと寝てしまうような症状になっても、
酒をやめることはなかった。


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はい、その頃の写真。32歳くらい。

なぜか小倉一郎さんと一緒です。


顔パンパンだべ?


たぶんこの頃に検診を受けたら、糖尿とか高脂血症とかだったに違いない。


肉とか油ものばっかり食べてたから、白いシャツが黄色くなる。
汗が変な臭いがする。


自分が酒好きだったことに加え、接待や会合なども多く、
とにかく休むこと無く酒を飲み続けた。



そして、大転機が訪れ、2004年の交通事故をきっかけに入院。
その後、2005年にマクロビオティックや玄米食に出会い、食生活を改善する。


一時は完全菜食だったけれども、少しゆるめて、現在は魚や肉を少し食べる。


三年前にあれだけ好きだった酒を断った。

大好きだった揚げ物も、今は週に一回食べるかどうか。

タバコは復活→禁煙→復活→禁煙を繰り返し、今はやめた。


マクロビオティックをはじめて間もない頃、山村先生からは、

「たかだか数年やったところで昔の悪習の蓄積はそうそう抜けないです。
最低10年は必要ですよ。」


と言われ、そんなにかかるのかーとショックを受けたもんだった。
 

あれから8年が経ち、現在はいろいろと節制できるようになって、
俺の身体は現在どうなってるのかなーと、
ボンヤリ考えていた矢先の今回の左目騒動。


ある意味、ほとんどの数値が基準値内に収まっていたことが奇跡だ。


正直、どんな数値が出るのか怖くて、検診とか何年も受けてなかったから、
こんな検査結果でも、俺にとっては上出来だ。


糖尿の気があるんだったら、原因はわかっている。


断酒した途端に、超甘党になった。

スイーツ男子よ。


たまに衝動にかられてミスタードーナツとか、
3~4個ペロッと食べちゃうもんな。


だから、今度は少し本気で糖断ちをすることにした。



今回の左目のことで、
今後もずっと一部見えないまま生きるのは正直しんどいけど、
失明とか脳の血管が詰まって半身麻痺とかになるよりずっとマシだ。


そんなことをいろいろ考えさせられる出来事でした。



命あっての物種だし、
こうやって最小限のダメージで済んだことを心の底から感謝しながら、
残りの人生、ていねいに大切にして生きようと思った。


皆さん、こんな俺ですが、これからもよろしくお願い致します。




感謝。


 
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2013年12月13日

人生の終わり方と投資。


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今年は、近いところでは、2番目のニャンのふくちゃんと、
おふくろの再婚相手である義父が逝った。


どちらも、見事な死に方で、あっけなく逝った。


それからずーっといつも考えている。

俺やりえさんが老いた時のこと、その先のこと。




ちょっと話は変わって、先日あるニュース記事を読んだ。


欧米にはなぜ寝たきり老人がいないのか



簡単に言うと、日本の医療の場合は、
口から食べられなくなると、胃ろうや点滴で延命させるけれども、
スウェーデンでは、そういう人工栄養で延命を図ることは非倫理的であると、

国民みんなが認識している

ということであると。

だから、胃ろうや点滴はせず、内服投与のみなので、
必然的に、寝たきりになる前に死ぬ、というわけだ。



俺はこの考え方に大いに共感する。


歳とって、腎臓や肝臓がパンクして、認知症も併発して、
家族にさんざん迷惑をかけ、保険がある程度適用されるとはいえ、
それなりなな医療費がかかり、延命の末にやっと死ぬ。

これはやだな。



現在も、日本では毎年医療費が兆単位で増え続けている。

これからもずーっとそうなるでしょ。


友達の須田弁護士がよく言っているけども、
いくらGDPが高いと言ったって、
医療費がかかって圧迫したら、あまり意味が無い。

大量生産と大量消費。



そのために保険をかけておくべ!となるわけども、
最近は外資系の保険会社が幅を利かせ、日本のお金が海外に流れていく。

TPPでもっと凄いことになるだろうな。



ちょっと話が脱線したけれども、結局何が言いたいのかというと、
とにかくまわりに迷惑をかけずに自然に死にたいということが言いたいんだよ。




俺とりえさんの間には子供がいない。


そして、俺達は今、故郷の仙台を離れて、
身寄りのない関西に移住したわけだけども、先のことを色々考える。


ひとつ言えることは、世界中のどこにいたとしても、
俺はりえさんに、りえさんは俺に、死ぬときはお互いに託すしかないということ。


もし俺が先に逝くんだったら、ヘタに医療費をかけたりなんだりしないで、
りえさんを介護のために縛ったり、迷惑をかけたりしたくないっていう、
そういうことだ。



老々介護はこれからどんどん増えるだろう。

だけども、ウチに限って言えば、りえさんに俺の介護なんてさせたくないし、
俺だって介護なんてされたくねぇよ。


ガンとかで痛みに苦しみ悶えるのもイヤだ。



理想は、死ぬギリギリまで普通に生きて、そして死ぬ。

それがいい。


先日亡くなった義父のように、普通にいつものように布団に入り、
朝、布団の中で死んでいるのを発見される。

みたいなのがいいな。



だから俺は、食事に気をつけ、断酒したり禁煙したり、時には断食したりして、
周りに少し頭おかしいんじゃないかと思われながらも節制を続けている。


そして、極力病院にかからないように生きる。




これは未来の自分への投資みたいなもんだ。


これが本当に正しいのかなんてわからない。

だけども、今できることはやっておきたい。


俺がマクロビオティックや玄米食に出会ったのが38歳のとき。

なんの根拠も無いけれども、まだ間に合うんじゃないかと、
漠然と感じたりするので、その直感を信じることにしている。






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ただ、俺は別なケースでアリだなと思ったのは、
俺が通っていた飲み屋のオヤジ、あべひげさんの場合だ。


あべひげさんは、全身に腫瘍が見つかって、
大手術の結果、一命をとりとめ現場復帰した。

しかし、手術後一年くらい営業を再開したものの、
また再入院し、そのまま逝った。



だけど、その一年はとても大切な一年だったと、今でも思う。


あべひげは古いお店で、三代にもわたるお客さんがいたほどで、
あべさんのファンは本当に本当にたくさんいた。


俺は、あべさんはわずかに伸ばしてもらったその命で、
たくさんのファンやお客さんにお別れをしたり、
逝く準備をしていたように感じるんだな。


そして、あべさんが頑張って延命した、もう一つの理由がある。


あべさんはいつも、


「いいか、親より先に死ぬんじゃねぇぞ。」


と言っていた。


その持論通り、あべさんは、
闘病中だった自分のお母さんが亡くなってから、
その1週間くらい(だったかな)あとに逝った。


おふくろより先に死ぬわけにはいかないと踏ん張ってたんだろうなー。



俺はあべひげさんの生き様には本当に感服する。

その精神力を見習いたい。




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あべさんが逝ってもうすぐ4年。


今月の21日が命日でもあるので、振り返りもかねて書いてみた。



ちょっと重たい話だけど大事なことだと思ったんだよ。

 
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2013年11月18日

帰仙の目的。


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久しぶりに仙台に里帰りしてきた。


この写真は、行きの飛行機から撮影した雲海なんだけども、
写真中央ににぴょこんと出ているのは富士山頂。

これはこれで綺麗だったー。


さて、俺は仙台に帰る機会が少ないので、一度帰るとなると、
とにかくいろんなことをしなきゃないから、スケジュールがパンパンになっちゃって・・


今回の帰仙は、いろーんな目的があったんだけども、
大きな主だった目的は、


1、8月に逝った義父のお墓参りをすること

2、義父が逝ったことに伴い、介護施設に入ったおふくろに会いにいくこと


あと、もうひとつ目的があったんだけども、
それはこの記事の最後の方に書こうと思う。



仙台空港に無事ついて、おふくろが入所している施設は、
JRの名取と南仙台の間なので、途中下車して直接おふくろに会いに。


ちょっと話はさかのぼって、
おふくろは、東日本大震災のあと、脳溢血で倒れ、
右半身麻痺と重度の失語症になってしまった。

しかも、俺は8月に逝った義父と確執があり、
勘当というか、実家への出入り禁止を言い渡されていた。


その辺のことは、過去記事でどうぞ。

いろんな覚悟で関西に来ました。


これは別な角度から言えば、おふくろは後遺障害で自分からは何もできないし、
義父が生きているうちは、俺はおふくろに会えないということだ。


実際、一年以上前、最後におふくろと別れたときは、
断腸の思いで号泣しながらの別れとなった。


だけども、義父があっけなく逝ってしまったので、
俺はこれからは堂々とおふくろに会えることになったというわけだ。



そんないろんな思いを胸に、久々におふくろに会ったわけだけども、
俺は涙の再会ぐらいの勢いで行ったわけなんだけども、
おふくろはケロッとしていて、失語症ながら小言や説教を。(笑)


いやー、ズッコケてしまった。


関西ではうまくやっているのか、りえさんとは仲良くやっているか、
友達はできたか、仕事は順調か、
なんで義父が死んだ時にすぐ帰ってこなかったのか・・・

などなど。


いやー、おふくろには頭上がりましぇん。マジで。


失語症でとにかく単語が出てこない。

「アレがアレしてアレなんだけども、あの人はアレでアレなのか。」

なーんて会話なんだけども、なんとなく言いたいことはわかるから、
ちゃんと会話は成立する。


でも、手術直後の頃に比べたら、頭もシャンとして、
意識もちゃーんとおふくろになっていた。

以前はちょっと認知症が入ってしまったんじゃないかと心配するくらい、
ボケーッとしてたもんな。


で、突然おふくろが、

「あんた、時間大丈夫?」

と。

大丈夫だと言うと、ホームセンターに連れて行けと。


おふくろいわく、施設に花壇があって、自分の担当のエリアがあるんだけども、
花が少ないからホームセンターに苗を買いに行って、花壇に植えたいと。


「えぇーーーーーー!」となったんだけとも、
その場には弟のお嫁さんがいて、車を出してくれるという。

ということで、弟嫁の協力のもと、

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近所のホームセンターへ。


で、アレがいいコレがいいと苗を選び、花壇に植え替え。

おふくろは半身麻痺で動けないので、作業はもちろん俺。



いやー、相変わらず人使い荒いな。


だけど、なんか以前のおふくろが戻ってきたようでうれしかったよ。



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花壇の前でご満悦の図。(笑)




そんなこんなで、ドタバタのおふくろとの再会でした。


2日目には、お友達の榮太郎さんの協力のもと、


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先日亡くなった義父のお墓参りも無事完了。


生前は本当にいろいろあったけれども、
今はとにかく安らかにお眠りくださいという感じだ。


夏以来、ずーっと義父の弔いについて気になっていたので、
やっとこれでミッションコンプリートっていう気分。

胸のつかえが取れた感じがしたよ。


4日間の滞在中、ポートレート撮影のご依頼もいただいて、


chiaki_ph.jpg

ウォーキングの先生、櫻田千晶さん (facebookのアルバムはこちら




tomomi_ph.jpg

YUKINEのデザイナー、響ともみちゃん (facebookのアルバムはこちら






kim_ph.jpg

ヨガのインストラクター、木村さゆりさん (facebookのアルバムはこちら


と、美人に囲まれてお仕事してきましたー。役得役得。




そして、今回の仙台出張のもう一つの目的に入るんだけども、
仙台で模型イベントを主催したい!という思いがあり、その素地づくり。


俺は、今年、去年と二年間、関西最大級の模型イベント、
モデラーズエキスポの運営スタッフとして関わってきた。

モデラーズエキスポ公式サイトはこちら。



模型という視点から、東北を、仙台を盛り上げたい、元気づけたい、
という目的があり、俺がモデスポの実行委員をやってきたのは、
そのためでもあったわけです。


俺が今すぐ、俺の持ち味で何かやれるとしたら、
それは模型だもんな。



震災後、行きつけの模型屋さんで聞いた話なんだけども、
その模型屋さんは、地震で店はメチャクチャになったけれども、
すぐに整理して営業を再開。

すると、親子でプラモデルを買いに来る人がいたそうだ。


聞けば、ライフラインが止まりゲームもできない、
外で遊ばせようと思っても、食べ物を求めて人がウロウロしてたり、
震災直後で殺伐としていたりして外で遊ばせることもできない。

そんな時に思いついたのがプラモデル。


子供さんは、時を経つのを忘れてプラモデルづくりに夢中になっていたそうだ。


プラモデルにまつわる同じような話は、
津波被害で避難所に入った子どもたちにもあったと聞いた。


そして俺は、モデスポのスタッフとして、たくさんの作家さんと出会い、
たくさんの作品をナマで見られるという幸運に恵まれた。


その幸運や感動を仙台に持って行きたいと思ったんだよ。



今回の仙台出張で、いろんな視察をしたり、関係者や協力者と会ったり、
自分なりに光が見えてきた感じがする。


もっと具体的にするには、関西の人の意見も必要なので、
それを加味した上で、年内には概要を固めて公開したいと思います。

時期的には、2015年春を予定しています。


模型を愛する人で、東北を元気づけたいという人、
概要が決まったら、ぜひご協力をお願い致します。


今回の出張では、奇跡的な出会いもあったりして、
かなり手応えを感じている。



そんなこんなの4日間、マラソンのような仙台出張でした。


そして、帰りの飛行機に乗る前に、もう一度おふくろのところへ。





ofkuro.jpg

おふくろとのツーショット写真なんて初めてかも・・・


俺、おふくろ大好きだからさー・・

帰りしな、おふくろが施設の玄関まで出てきて、
俺が乗ったタクシーが見えなくなるまでずーっと手を降っててさー・・

いやー、タクシーの中で泣いた泣いた。



でも、この模型イベントが本決まりになれば、
俺も仙台に出張する機会も増えて、おふくろにも会いにいけるってもんだ。




さーて、頑張るべ!

 
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2013年10月31日

10月終わっちゃうね。


こないだ10月になったばっかりと思っていたら、
あっという間にもう月末。

最近時間の流れがメッチャ早くて、BLOGの更新も滞りがちです。


なんかね、8月に二番目のニャンのふくちゃんが死んじゃって以来、
義父も亡くなり、関西でも軽くいろいろあり、
それ以来、テンションがずーっと低いまま推移しております。

なんか気分が晴れないね。

かといって、無理にアゲアゲでいる必要はないので、
この低いテンションを受け入れつつ、楽しめることは楽しみつつ、
やるべきことをただただ淡々とやって過ごしてます。


こういう時はとにかく自分を客観視したり、
ググーッと内観したりするのにいい機会だなーと思って、
流れに抗わずにいようと思います。


今月も、岩手や仙台からいろんな人が来て、
いろんなところに行き、いっぱい写真を撮った。



R0014538.jpg

これが今月一番のお気に入りかな。

お友達の書家、佐藤華炎さんが関西に来たので、
合流して、奈良の天河大弁財天社に行った時に撮った1枚。

生い茂る木々の中にひっそりと佇むお社。

パッと見、お社がどこにあるのかよくわからないところが気に入っている。


華炎さんとはもうかれこれ一年半ぶりの再会だったけども、
facebookでやりとりしてるから、久しぶりな感じはあまりなく、
俺が仙台にいた時と同じような感じ。

それがなんか嬉しかったな。


それと同時に、あー仙台を離れてもう一年半経つのかーと。


そんなこんなもあり、11月に四日間くらい仙台に帰ることにした。


一番の目的は、先日亡くなった義父のお墓参りと、
それに伴い施設に入ったおふくろに会いにいくこと。


ありがたいことに、数名の方からポートレート写真撮影のご依頼もいただいたし、
楽しんでいい写真をいっぱい撮ってこようと思います。


あとは、ちょっとしたもくろみがあり、
はたしてそれが実現可能かどうか、検証するという目的もあり、
なんかけっこうミッチミチのスケジュール。

久しぶりの故郷なので満喫してこようと。



そして明日から11月。

いよいよ2日から3日間、
関西最大級の模型イベント、モデラーズエキスポ2013が始まる。


モデラーズエキスポ公式サイトはこちら。


去年からスタッフとして参加させていただいて以来、
この一年間、ずーっとこのモデスポの準備をしてきた。

1月のモデスポ総会を皮切りに、毎月ミーティングを重ね、
意見をぶつけあったりしながら進めてきた事の集大成でもある。


とにかく悔いの無いよう精一杯やるだけだ。


俺が作ったものとしては、

92.jpg

先日記事にした、モデスポコンペの作品の他、




IMG_1192.jpg

Z1 改



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HAWKU 改





IMG_2886.jpg

KATANA 改





R0013385.jpg

CX Turbo 改



を、danke親分が作ったバイク模型有志グループ、
「俺たち バイクモデラーズ」のグループ展示として出展する。


いやー、この1年、このイベントにかなり注力してきたので、
ちょっと緊張というか、武者震いしている。


とにかく楽しんで3日間精一杯やろうと思う。


先の記事にも書いたけども、3日間ともフルで会場にいるので、
お越しの際にはぜひお声がけくださーい!



以上、近況報告とお知らせでした。

 
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2013年10月12日

写真で振り返る一ヶ月とアラフィフ。


fukurou.jpg

先日45歳になりました。

facebookやミクシィでもたくさんのお祝いのメッセージをいただき、
本当に本当にありがとうございます。


いやー、こないだ40歳になったと思ったら、あっという間に5年経っちまったやー。
40過ぎると早いとは聞いてはいたものの、いやいやホントだわ。


ついに四捨五入すると50代が見えてきた。

アラフィフよアラフィフ。


20代の頃、なんの根拠もなく、自分が50になるなんて思わなかった。
想像もつかないというか・・

しかし、ついに50代が視野に入ってきた。


まぁ、とはいえあと5年あるわけだし、残りの40代を大事に過ごそうと思います。



さて、ここんとこBLOGの更新ペースがメッチャ落ちてまして。


でも、元気でやっております。
最近いろいろあってちょっと疲れてはいるけれども。


ということで、9月から現在までも、いろんな所に出かけたし、
いろんな人にも会った。


チョコチョコと写真は撮っていたので、この一ヶ月を写真で振り返ろうと思う。


ちなみに上の写真は、大阪の天神橋一丁目にある、ふくろうカフェで撮った。





yacht.jpg

芦屋のとなり、西宮にあるヨットハーバーに、りえさんとぶらぶらとデートした。

いやー、ここだけ日本じゃないみたい。
素晴らしいロケーションでした。

もー、写真撮りまくりで。


その中のお気に入りをfacebookのアルバムにアップしました。

アルバムはこちら。





awaji.jpg

淡路島にも行った。







sudatti.jpg

先日、大阪で講演をしてくれたすだっちこと須田弁護士の講演会も、
ものすごくいい講演だった。

そのあと、須田くんが俺んちに泊まってくれたんだけども、
ニャンたちの熱烈歓迎を受けるの図。






nouten.jpg

奈良県は吉野にある、修験道の総本山、金峰山寺と脳天大神に、
可能な限り月参りに行ってるんだけども、6月以来久しぶりに行ってきた。

その時のfacebookのアルバムはこちら。





tenma.jpg

ふくろうカフェに行ったあと、天満橋周辺をぶらぶらしたり、
帰り道に、ちょっと寄り道して淀川の夕焼けを撮ったりもした。


その時のアルバムはこちら。



ふくちゃん亡きあと、我が家のニャンも3匹になってしまったんだけども、
みんなそれぞれ元気です。



maru.jpg

はい、まるちゃん。






kichi_3.jpg

3番目から2番目に格上げになったきち。






ku.jpg

そしてバッツっ子(末っ子)のくうちゃん。



と、そんなとこです。


模型もボチボチながらやってるし、
ついに11/2〜4の3日間、モデラーズエキスポ2013が開催される。

モデスポ公式サイトも作らせてもらったし、
スタッフとしても頑張ってるよー。


今年もスゴイ作品が全国から結集するので、ぜひ見にきてください。

当日は3日間ともフルで会場におります。


と、近況を報告するとこんな感じです。


モデスポコンペに応募する作品もついに完成したので、
きちんと撮影して応募が完了したら、製作記など書きたいと思います。


さてこの1年も、さらにパワフルに行きたいな。


頑張りまーす。

 

posted by わこう at 11:35| Comment(0) | TrackBack(0) | 普通の日記。 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年09月23日

TPPと食べ物の話の講演会@大阪!

tpp_rogo.gif

突然ですが、大阪で講演会の主催をします!

タイトルは、

「やさしく教える 
TPPと遺伝子組み換え作物の話」



仙台では、自然食とかマクロビオティックのお店をやっていたこともあり、
食べ物の事にはいろいろと情報を集めてきたわけだけども、
このBLOGにも、食べ物の記事はいくつか書いてきた。

食についての記事は、カテゴリ「食について」からどうぞ。



さて、今回は、TPPの話も含めて、テーマがちょっとばかり大きいんだけども、
今回の講師は・・・



















suda16.jpg

この人!

仙台の皆さんにはお馴染みの、すだっちこと須田洋平国際弁護士。

須田弁護士のサイトはこちら。


東京にいながら仙台びいき。仙台をこよなく愛す男。
ベガルタや楽天イーグルスを応援し、仙台を「ホーム」と言う男。

カラオケに行けば歌うのはもちろん「青葉城恋唄」。



というのは、須田くんは、司法修習生の1年を仙台で過ごし、
その1年で、すっかり仙台っ子になってしまった経緯がある。

須田くんは、司法修習で仙台と決まったとき、
なんで全く未知の仙台に行かなきゃないのかと泣き、
司法修習が終わって東京に帰ることになったとき、
仙台から離れがたくなってまた泣いたという、

「北海道転勤は二度泣く」

の仙台版だ。


もうかれこれ7~8年の付き合いになるけれども、
出会いはとあるイベントだった。

弁護士だと聞いたのはしばらく経ってからだった。

いやー、びっくりしたっちゃー!


しかしながら、須田くんも海外での生活が長く、
いろんなことに対して視点がグローバルでおもしろい論点をもっているので、
たびたび俺が仙台でやっていたカフェで講演や相談会などやってきた。

さらに、須田くんは法律の立場から、俺はカウンセリングの立場からと、
ダブルでタッグを組んで、相談者のケアにあたったりと、いろんなことをしてきた。


しかも、須田くんが修行した弁護士事務所は、
過労死問題を扱うバリバリイケイケなところで、まさに百戦錬磨。

そんなおもしろい経歴を持つ弁護士です。


さて、前置きが長くなったんだけども、
9/27の金曜日、須田くんが弁護士会の集まりで大阪に来るというので、
急遽講演会をお願いすることにしちゃったと、そういう流れ。


もともとこの講演会は、山村慎一郎先生の望診法講座、
山村塾の塾生のイベントとして組んだんだけども、
せっかくなので、塾生以外の方にも聞いていただこうと、公開イベントにしました。

以下、案内チラシからの抜粋。


tpp_rogo.gif

TPP や遺伝子組み換え作物について情報が飛び交っているけれど、
どう判断すればいいんだろう・・

そんな素朴な疑問を国際弁護士 須田洋平氏が、 独自の視点でズバッとお答えします !


須田弁護士は、 ベルギー、 フランス、 アメリカなどなど世界各地に滞在経験があり、 
現在も世界中を飛び回る売れっ子国際弁護士で、
長い海外滞在の経験からオーガニックやマクロビオテイックにライフスタイルにシフトし、
 環境やエネルギー問題、 世界の食糧事情を弁護士目線から常に考えている 
「オーガニックな弁護士」 です。 

日本の農業という一方的な視点だけではなく、 グローバルな視野から見た
TPP や遺伝子組み換え作物について、 熱く語っていただきます。 

最新の遺伝子組み換え作物の現状も交えた他では聞けない貴重な講演です。

2013年9月27日 18:30~20:30

【参加費】※当日集金
山村塾生 1000 円  
一般  1500 円

事前申し込みが必要です。

お申込みはこちらよりどうぞ。

会場 株式会社 ゴーシュ研究所 大阪支店
〒530-0044
大阪市北区東天満1丁目2-14 ラ ・ リブロ東天満 3F

地下鉄谷町線南森町駅 JR 東西線大阪天満宮駅
お車でお越しの際は、 最寄りのコインパーキングをご利用ください。
電話 :06-6809-2654 ※当日連絡用電話番号



チラシもダウンロードできます。

こちらからどうぞ。(約3M)


なかなか聞けない内容なので、ぜひご参加くださーい!

よろしくオナシャス!

 
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2013年09月15日

命について考える。


ここ1ヶ月、いろいろと死についてとか、命についてとかを、
考えさせられる事が続いて、なんかうまく表現できるかわかんないんだけども、
とりあえず書いてみることにする。


先日義理の父が逝った。
俺にとっての義理の父とは、おふくろの再婚相手。


糖尿を患っていたのに結局酒をやめることなく、
最後まで大好きな酒を飲んで、いつものように寝て、
そのまま寝ている間に逝ったそうだ。


俺は正直、いつか腎臓がパンクして、
透析とかするようになったりすんのかなーと、ネガティブな想像をしていたんだけども、
結局そんなこともなく、静かに逝った。


生前、お世話になった義父だったが、
いろんな思いといろんな事情があって、葬儀には行かなかったんだけども、
来月か再来月には、お線香をあげに仙台に帰ることにした。


義父の通夜の時間に合わせて、葬儀に行けない代わりに、

rokko_0.jpg

家から15分くらいのところにある、東六甲展望台に、
ポケット般若心経をしのばせて登り、
義父のことを思いながら般若心経を唱えた。

展望台に上がったのは、
なんか高いところからお経を唱えたら届くような気がしたんだよな。なんとなく。


意味があったのか、通じたのか、それは誰にもわからない。


ただ、葬儀に行かないなら行かないなりに、
俺がその時にできる最善を尽くしたつもりだ。

まぁ、ただの自己満足なんだけども。



そして、義父が逝く前から、ずーっとモヤモヤと考えていたことがある。


ちょっと話は変わって、お盆休みに、りえさんと一緒に、
りえさんのマブダチであるケイちゃんの地元、豊岡に遊びに行った。

その時に撮ったたくさんの写真は、facebookのアルバムにアップした。



toyo_1.jpg

ケイちゃんと合流し、豊岡から京都に抜け、海水浴場に。

ここで生まれて初めてシュノーケリングをした。


海で本気で泳ぐのなんて何年ぶり?何十年ぶり?

シュノーケリングって、息つぎしなくていいもんだから、
つい面白くなって、プカプカ浮いて漂ったり、魚をみつけて追っかけたり、
夢中になって泳いだら、なんかもうクタクタになってしまった。


だけども、気付けばけっこう沖に来ていて、
さらにけっこう深い所に行っちゃって足が付かない。

っていうか、突然ドンッと深くなって、突然おっかなくなったんだよ。


だけど、泳ごうと思っても、
けっこう体力を消耗してしまってイマイチ身体に力が入らない!

しかもしかも、どっちが浜だかわかんなくなってパニック寸前!

ちょっともがいちゃって、海水飲んじゃってさらにパニック!


その時に、「あぁ、人はこうやって溺れ死ぬのか・・」って思ったよ。

そして、割とマジに、「俺も死ぬのか・・」」と思った。


でも、イヤイヤイヤイヤ、そんなわけねーから。と、
パニックになりそうなのを抑えて、「冷静に、冷静に、冷静に・・」と、
何度もシュノーケルくわえたままつぶやいて呼吸を整えた。

「これをくわえてるうちは大丈夫、大丈夫・・」 と。


で、なんとなくこっちの方角かなーっていう方向に、
ゆーっくりと平泳ぎして行ったら、岩場が見えてきた。

「助かったー!」


浜からは遠かったんだけども、いったんその岩場にのぼって、
しばらく休憩して、無事に浜に戻った。


いやー、陸に上がったとき、世界が違う色に見えたね。マジで。

世界が、見るものすべてが輝いていた。


大げさじゃないんだよ。


マジで死ぬかも・・っていう出来事のあとってこうなるんだなーと。


もうあれから1ヶ月経つというのに、
あの海の底を見た時の恐怖とか思い出すと、軽く心臓ハカハカになるよ。

ホント怖かった。


泳ぐ時は、帰りの体力配分も考えなくてはいけないという、
初歩の初歩でつまづいちゃったわけです。


いやー、お恥ずかしい・・



そんな体験のあと、

R0033708.jpg

ふくちゃんも死んじゃって。


そして思ったんだよ。


いい意味で、命は重くないと。


いい意味で命は重くなってどういうことだよ!っていうことなんだけども、
こう・・俺の視点から見たとき、ふくちゃんも義父も、
俺の人生の一部でで関わって、そして通り過ぎていった。

去年逝った叔父もそうだった。

大事な友達だった、あべはりさんやあべひげさんもそうだった。

8年前に死んだ親父も、トラック時代の死んだ仲間や先輩達も、
みんなみーんなそうだ。


そして俺もいろんな人の人生の一部に関わり、そして通り過ぎる。


りえさんと俺、どっちが先に死ぬかわかんないけど、
お互いにお互いの人生の一部に関わって、通り過ぎる。


事実はそれだけであり、それ以上でもそれ以下でも無い。


もちろん、関わった命が通り過ぎて行くと、
悲しかったり寂しかったりするよ。

あべはりさんの時なんて大ダメージだったもんな。


でも、人生の一部に関わって、そして通り過ぎた。
事実はそれだけだ。


そこにいろいろと意味づけをするのが人間なわけだけども、
あまり過剰に意味づけしてもそれはそれでどうなんだろうなーと。


昔から、畳で死ねたら本望だと言うけれど、確かにそうだ。それは理想だ。


だけど、昔の日本は長旅をするのもある意味命がけ。
途中、志半ばで野垂れ死にすることだってざらだっただろうし。

江戸時代くらいまで、斬り捨て御免で切ったり貼ったりしてたわけだし。

ましてや戦争があって。




しかし、モノや社会が豊かになって、
それと同時に人命も尊重されるようになった。


だけど、最近過剰すぎるような気もするなと感じるのも正直なところだ。



極端な例で言うと、マンガのブラックジャックの中に、
不治の病にかかって、未来の医療の発達を信じて冷凍保存される、
みたいな、そんな話があったと思うけど、今やそれも現実となった。

だけどそれは過剰すぎないかなーと。


ふくちゃんが死んだとき、遺骨を海に流したわけだけども、
なんかうまく言えないんだけど、
基本そんなシンプルな感じでいいんじゃないかと。


俺は以前、俺が死んだ時にはたくさんの人が俺の死を悲しんで、
たくさんの人が葬儀に来てくれる、
そんな人生を歩みたい、そんな自分でありたい、と思ってたんだけども、
ふくちゃんが死んだ時のあまりのあっけなさに、
なーんだ、こんな感じでいいんだっちゃ、って思ったんだよ。


先にも書いたとおり、俺はただ、いろんな人の人生の一部に触れるだけ。

そして通りすぎる、ただそれだけ。


それ以上の意味付けは必要ないというか・・

なんかうまく言えないんだけども。


たとえ世界中のどこで死んでも、あぁ、そういえばそんな奴いたっけなと、
たまに思い出してくれればそれでいいっていうか。


だからもう、たくさんの人が葬儀に来て云々なんて、もうどうでもよくなった。


今は・・そうだなー、せめて俺が死んだら、
一番身近にいるりえさんと、一部の親しい数人が泣いてくれたらそれで充分。


結局何を書きたいかボヤボヤーンとして、イマイチ伝わらないと思うんだけども、
自分が溺れ死にかけたり、ふくちゃんや義父が死んだりしたことで、
俺の中の命とか、死に様とか、そのへんの価値観がシフトした。

それを書きたかったんだよ。


toyo_2.jpg

これは、お盆中に、日本夕日百選のひとつ、夕日が浦で撮った夕日。


爽やかに、風のように通り過ぎる、そんな人生にしたいな。


 
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2013年08月07日

人として。

IMG_3398.jpg

最近、りえさんと仲がいいです。

いや、以前から仲がいいんだけど最近特に。

もしかすると、最近俺の中に心境の変化があったので、
俺が特にそう思っているのかもしれない。


どんな心境の変化があったのかというと、
俺は最近りえさんに「降伏」した。

別に何かを競ったり争ったりしていたわけじゃなくて、
それもこれもすべて、俺が勝手に思っていたことなんだけども。


結論から言うと、りえさんは俺よりも、人として一歩先を行っていて、俺は、


「いや、俺もそれなりに人として頑張ってる、やっている」


と思ってたんだけども、最近、やっぱり敵わないわー
と思ってバンザイしたのだ。




ちょっと話は変わって、過去記事に何回か書いてきたとおり、
俺の昔のあだ名は「瞬間湯沸し器」。

すぐ頭に血がのぼって暴力沙汰やトラブルを起こす。


そんな俺が、事故で足に障害を負い、理不尽な目にも遭い、
肉体的にも精神的にもコテンパンにやられて、はじめて改心する。


そんなどん底の時にマクロビオティックがきっかけで東洋思想に触れ、
太極で人生を見ていく、この世界の大いなる流れに沿って生きることを知った。


その後もいろんなことがあって、だんだんと、「社会と自分」を意識するようになり、
社会のお役に立てる自分で在ることを強く意識するようになり、
社会貢献としていろんな活動をしてきた。




だけどもりえさんは、俺が出会った時から、すでにもうそのスタンスで生きていて、
ジュエリーデザインを通して、自分がお役に立つこと、
自分はその媒介であるという芯の部分が全くブレずに、
実に淡々と、飄々と生きている。


一方で俺はというと、いつも、なにかアクションを起こす時は、
声高にコミットメントしたり、大騒ぎする。

自分が起こすアクションに自信が持てなかったり、確信が持てずにブレるからだ。


で、俺は、一切ブレること無く淡々とやっているりえさんに対して、
勝手にライバル心のようなものを抱いて、ますます大騒ぎする。

根底には、そんな大騒ぎする自分がカッコ悪いとわかっていても、
それを認めることができない。


いや、何回も書くけれども、別に競っていたわけじゃないよ。
何かの折々で、そう感じることがあるというだけで。


だけど最近、もうジタバタするのをやめようと、ふと思うことがあって、
そう考えたら、スッと気持ちが楽になったんだよ。

別に何か出来事があったわけじゃなくて、なんとなく俺がそう思ったんだよ。


俺が大好きな場所で、毎年必ずお参りさせていただいている、
箱根の九頭龍神社っていうのがあるんだけども、
そこにお祀りされている九頭龍様は、昔は人を食らう悪龍だったんだけども、
弁天様にに諭されて、改心して人々を守る神様になったという言い伝えがある。


俺が九頭龍さんに惹かれるのは、
昔の自分と九頭龍さんを重ねて見ている部分もあり・・おこがましいんだけども。


瞬間湯沸器と言われた俺が改心したように。


そういう意味では、りえさんは俺にとっての弁天様ってことだな。


男だからどうだとか、どんなことをやってきたからどうだとか、
そんなことはもう、どうでもよくなった。


あいかわらずりえさんはなんにも変わらず、ブレず、
ただただ淡々と生きている。

自分は世の中にお役立ていただいているという確信のもとに。


バンザイするしかないっしょ。



そういうパートナーと出会えたことに本当に感謝だな。



こんなこと、なんか恥ずかしくて直接言えないから記事にしたよ。

posted by わこう at 18:14| Comment(0) | TrackBack(0) | 普通の日記。 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年07月10日

大阪で山村先生。


DSCN0156.jpg

仙台にいた時から本当にお世話になっている、
望診法の権威、山村慎一郎先生。


何冊か著書がある中の代表的な二冊。

美人のレシピ―マクロビオティック望診法美人のレシピ―マクロビオティック望診法
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マクロビオティックの本で一番売れた、中島デコさんとの伝説の共著。

仙台で開催させていただいた、デコさんのイベントの模様はこちら。



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山村 慎一郎 

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実はこのたび、この山村先生のゴーシュ研究所 大阪支店のスタッフになります。


ゴーシュ大阪でも、山村塾をずーっと開催しているので、
俺はその運営や、裏方の事務などをすることになりました。



ここまでの流れを簡単に説明すると、
俺が関西に引っ越してきてからも、タイミングが合うときには、
先生が大阪にいらっしゃった時には、
お茶しながらお互いの近況報告などをしていたんだけども、
このたび、大阪支店のスタッフのかたが退職されることになり、
数年間仙台校の主催をして、勝手がわかっている俺にお声がけいただいた

という感じ。


もうすでに、いろいろと仕事の引き継ぎが始まっていて、
俺が仙台で山村塾の運営をさせていただいていた時よりも、
もういろいろとシステムが確立されているので、とにかく覚えることが多くてパンク寸前。


それでも、前任の方は、そんな俺に根気強く引き継ぎをしてくださっている。


とにかく1日も早く仕事を覚えて、お役に立てるように頑張らないと!




ということで、山村塾 望診指導士養成講座大阪校は、
新たに9月から新しい期がスタートするんだけども、
それに付随して、他にもいろいろと企画があるので、いくつか宣伝しまーす。


山村塾といえば、俺も仙台で主催させていただいていた、望診法講座。

そもそも望診ってなに?っていうところなんだけども、

【望診法とは?】
東洋医学の「未病」という考え方は、「まだ病気ではないけど、ベストな状態ではない」ということ。
寝不足の目の下のクマ、肌荒れニキビ、肩こり、生理痛、アレルギー、などなど「なんだか調子が悪いな...」と思う事がありませんか? 望診法を学ぶと、調子が悪い理由や、心と体のどこが弱っているかがすぐにわかります。 
顔・手・目を見て、たとえばお顔のシミそばかすがあれば、弱っているところを示すサインなのです。

これから、自分の身体のサインがわかることで、心身を整えて健康を保てるなら、それに越したことはないですよね? 
この素晴らしい望診法をぜひ、あなたの暮らしに活かしましょう。

書籍などから学ぶことが困難な、望診法。  山村塾は、実践を重視した本格的な望診法講座です。ほかにはない本格的な望診法を体験・身につけることができます。

※ゴーシュ研究所サイトより抜粋


そして今回、初の試みで、本来ならば10回を1年かけて受講するわけなんだけども、
8月の数日間で10コマを受講できる、短期集中講座を開催。



boushin_1.jpg

受講料は10回で157500円(テキスト代別途)


詳しくはゴーシュ研究所のご案内ページからどうぞ。





そして、

山村先生と行く! 
高野山 南院にて半断食ツアー 〜禅〜


高野山の南院において、二泊三日で半断食合宿を開催!


【内容】写経、座禅、ご住職のお説法、山村先生のお説法、護摩行の見学、ほか

【会場】高野山 南院(和歌山県) 

【参加費】36,750円

俺は参加できないんだけども、高野山行きたかったなー!残念!


詳細やお申込みはゴーシュ研究所サイトのこのページよりどうぞ。



と、2つのイベントのお知らせでした。


また再びいただいた先生とのご縁を大切にして、頑張りまっす!


 
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2013年06月29日

映画版奇跡のリンゴ。


本題に入る前に。

昨日6月28日は、親友というか戦友であった、
あべはりさんの命日でした。


もう4年かー。


スマホのカレンダーに、阿部さんの命日を入れてるんだけども、
アラームが鳴った時は、やっぱり胸がギューっとなったよ。




さて、まったく話は変わって、そういう日にある映画を観た。


奇跡のリンゴ。


奇跡のリンゴ公式サイトはこちら。





奇跡のリンゴ トレイラー


絶対不可能と言われていた、りんごの無農薬栽培を実現した、
木村秋則さんの映画。


テレビでも放映されたし、本にもなっているので、
ご存じの方もたくさんいらっしゃると思う。

奇跡のリンゴ―「絶対不可能」を覆した農家 木村秋則の記録 (幻冬舎文庫)奇跡のリンゴ―「絶対不可能」を覆した農家
 木村秋則の記録 (幻冬舎文庫)

石川 拓治 NHK「プロフェッショナル仕事の流儀」制作班

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この映画は、それをドラマティックに演出している。


いやー、泣いたよ。

泣いた。



本とかでもう結果がわかっちゃってるわけだから、
どういうふうに見せるのかなーと思ってたんだけども、
いやー、純粋に良かった。


なんといっても、阿部サダヲのまわりを食ってしまう演技、
いやー、凄かったねー。キャラがバッチリ立ってた。

こう・・若かりし日の西田敏行を彷彿とさせる。


そして、奥さん役の菅野美穂。

東北弁はイマイチだったけども、悲惨な時代のシリアスな場面や、
なんといっても泣きの場面の演技にぐっときたなー。



この映画は、失敗続きでどん底のシーンのウェイトが多く締め、
これでもかというくらい絶望が続く。

でも、実話に基づいて作られているわけだから、
その壮絶さはとてもリアリティがあって、グーッと入り込んでいってしまう。


それだけに、無農薬化後はじめてりんごの木が花を咲かせたシーンは、
やはり涙無くしては見られない。


まぁ、続きは実際に映画を見てください。わはは。



この映画を見て感じたことは、
第一に、やはり無農薬で作物を作るって本当に大変なんだなーということ。

特に、リンゴは何百年もかけて人類が品種改良を重ねてきた作物で、
とても繊細というか、ヤワなんだな。

それを無農薬で作ることがどんなに難しくて無謀なことなのか。

だから、それを成し遂げた木村さんは本当に偉大だな。


そして、もうひとつのポイントは、
この映画では、農薬を使う人達のことをないがしろにしていないということ。

農薬を使うには理由があって使っていて、
それを映画の中では木村さんの功績も讃えつつ、農薬を使うことを否定していない。


これって俺はとても大切だなーと思った。


もちろん、日本の農業にはいろんな問題もあるし、
農協と農家の因果関係は切っても切れない事情がある。

その辺を書き出すと別記事になるくらいのボリュームなのであえて控えるけれども。


俺は自然食やマクロビオティックの考え方で生きているので、
「一物全体」「全体食」という考え方から言っても、無農薬の作物が望ましい。


だけども、無農薬絶対主義ではないので、農薬を使った野菜やお米も普通に食べる。


「農薬を使う農家は悪」という極論を持ち出すアンポンタンな人たちこそ、
この映画を木村さんを称える一側面からではない、
もう一つの側面をみるといいんじゃないかと思う。

ついでに言えば、「農薬を使う農家は悪」という理屈を極論で返せば、
そう言える資格があるのは、完全無農薬でやっている農家の人だけだ。



さらに極論を持ち出せば、俺は東日本大震災のとき、なんでも食べた。

食べるものがあるだけでありがたくてありがたくて、なんでも食べた。



食べ物を選べるのは豊かな証拠。まだ余裕があるということだ。

農薬が嫌だったら買わなきゃいいだけの話。



でも俺は、工夫しながらなんでも食べて命を繋がせていただいて、
その命で、社会にどれたけお役に立てるかを考え、行動する生き方を選ぶよ。


俺の命は俺一人のものじゃなくて、
社会やこの世のすべてのためにあると考えるから。


俺は個であり全体である。



と、だんだんと書いてるうちに話が脱線してきたけども、
この映画は、そういう意味でもいろんなメッセージを秘めていると俺は捉えた。


本当は、こんな話をあべはりさんとしたかったなー。

だけど、あべはりさんの命日に、いい映画を見られてよかったなーと。


あべさん、ありがとう。




posted by わこう at 18:06| Comment(2) | TrackBack(0) | 普通の日記。 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年06月19日

プロパン問題その後。


R0032148.jpg



先日、コーヒー豆を焙煎するための焙煎器用に使っている、
自分が所有しているプロパンに充填してもらおうと思ったんだけども、
持込充填は基本的にダメで困ったという記事を書いた。


その記事はこちら。


前の記事を要約すると、俺が仙台から持ってきたプロパンが空になったので、
芦屋に近いところのプロパンを扱っているところに、持ち込んで充填してもらおうと思ったら、
ことごとく断られて、やっと一件だけ契約してくれるところが見つかった。

だけども、それも一度、プロパンがどんな環境で使われているのかと、
下見をしてからという条件付き。


背に腹は代えられないので、お願いすることになって、
先日、プロパン屋のおじさんが下見に来た。


使用環境(場所的なこと)は問題なかったんだけども、
兵庫県はやたらプロパンに関して厳しいらしく、設備に関してダメ出しが。


俺は、焙煎器を2つ使っているんだけども、
1本のプロパンを二股に分けるレギュレーターっていうのを使って、
2台の焙煎器に繋いでいた。

だけども兵庫県は、ガス器具一台につきプロパン1本じゃないとダメで、
二股に分けるレギュレーターは使ってダメなんだってさ。


そのおじさんは、「兵庫県ってメッチャ厳しいんですわ。」と言っていた。


ということで、新しくプロパンのボンベを1本追加、
そして、二股に分けない一口のレギュレーターを2つ、
そして、それに付随するホースや留め金、そして大事なプロパンの中身と、
いろいろと必要になっちゃって、数万円という予想外の痛い出費。



ただでさえ今月は車の車検で、ホントは通すだけでイケると思ってたのに、
前後のブレーキパットが摩耗して交換、そしてエンジンオイル漏れが見つかって、
ガスケットの交換などなど、予想外の出費があったのに、それに加えてガスボンベとか・・


アイタタター・・って感じだ。


しかし、そのプロパンのおっちゃんは、

「そのかわり、何の心配もなくプロパンが使えるように、
バッチリに仕上げますから安心してください!」



と、言い切ってくれたので、そこまで言い切ってくれるんだったらいいかと、
すべてまるっとお願いすることに。




そしてそれから待つこと一週間。





R0032153.jpg

やっとこんな感じで設置が終わりました。


ボンベが2本になって、それぞれに一口のレギュレーター。


兵庫では以前、使い方を誤った爆発事故が相次いだそうで、
それ以降、個人管理はダメで、業者さんときちんと契約して管理。

充填も持込はナシ。


これが徹底されてるみたい。



で、そのプロパン屋さん独自の管理番号があるんだけども、


R0032145.jpg

51-555。


注文来い(51)-GOGOGO!



と、なかなかいい語呂合わせの番号になって、
なんかちょっとだけ救われた感じ。





R0032152.jpg

ということで、一週間以上焙煎器を回してなかったので、
オーダーが入っていたこともあり、早速焼き初め。





R0032154.jpg

バッチリいい感じだべー?


おかげさまで、最近オーダーが増えてきて、焙煎器も大活躍しております。


ご注文いただいた皆さん、本当にありがとうございます。


これからもおいしいコーヒー豆がずっとご提供できるよう、
一層精進して頑張ります!




ご注文はこちらからどうぞー。


 



 
posted by わこう at 21:05| Comment(0) | TrackBack(0) | 普通の日記。 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年06月03日

断酒して3年。


2010年2月、あれだけ大好きだったお酒をやめた。

先日ふと気づいたら、もう断酒して3年が経っていた。



3年前の断酒宣言した記事はこちら。



きっかけは、恩師である山村慎一郎先生に、
一緒にお酒をやめませんかと言われたから。


自分への挑戦でもあったし、当時の俺は、なにかアクションを起こしても、
いつも空振りしてるような気がして、こう・・虚しさのようなものを感じていた。

自分が思うような結果がなかなかついてこないというか。


そういう状況を打破したいという思いもあって、
山村先生からお声がけ頂いた時に、渡りに船のような気がして、二つ返事で乗ったわけだ。


その時に山村先生が言っていたのは、何かを得たければ何かを捨てる、
それが陰陽だ、と。


キツイなーと思ったのは最初の二週間。
それが俺のピークだった。


二週間過ぎたら、別に他の人が俺の目の前でうまそうにビールを飲んでも、
全く気にならなくなった。


ただ、俺はギネスビールが大好きだったので、アイリッシュパブの看板を見ると、
反射的に「ビール飲みてぇーーーーーーーー!」となるんだけども、
でもそれも一瞬で、すぐにおさまる。

俺にとっては断酒はあんまり苦にならなかった。

むしろタバコのほうがヤバい。

あれはヤバい。


忘れたころに突然、波のように吸いたい衝動がグワーッと出てくる。
禁煙して何年も経っているのにだ。


いやー、なんでだろね。



さて、そんなストイックな話だけじゃなく、断酒していいこともいろいろあったよ。


断酒する前の俺は




こんなでした!

まぁ、この写真は極端で、
前の晩深酒して顔がパンパンにむくんで一番ヤバイ時なんだけども。

ちなみに、隣にいるちょっとヤバいツラのお兄さんは、
当時、10万人のメルマガ読者を持つ伝説のネットショップのオーナーで、
現在は、ネットショップオーナー向けのゼミ、「トンゼミ」を主催している、
「笑う豚の生活」のトントンさんこと中谷昌弘氏

トンゼミのサイトはこちら。

この写真の前の晩、トントンさんたちと、とにかく浴びるように酒のんだ。

トントンさんのアマゾンで大人気の本。

笑う豚〔2〕の生活― 10万人読者が笑ったハム屋のメルマガ傑作集!
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と、こんな生活をずーっと続けていたわけだよ。わっはっは。


この当時、履いてたデニムのサイズは36インチ。
それでもちょっとキツくてヤバイなーと思っていた。


ところが、酒をやめてからというもの、みるみるうちに腹が引っ込んだ。

一時期は32インチまでに!


現在はまたちょっと戻って34インチ。



ただ、大きな違いは、酒を飲んでいた頃に比べて、内臓脂肪が一気に減ったこと。


思うに、酒を飲んでいたころ、俺はずーっとビール派。
最初から最後までビール。とにかくビール。ビールが大好きだった。


だけど、お腹がメッチャ冷えるんだよね。

いつもお腹を触ると冷たかった。


冷えは万病のもとと言われるわけで、たぶん、内臓が冷えないように、
自然と脂肪がついていったんだと思う。

それが、ビールを飲まなくなった途端、内臓が冷えなくなったから、
脂肪で守る必要がなくなったから、内臓脂肪が無くなって、
腹が引っ込んだんだと思う。


だから、「ビール自体で太るんじゃなくてつまみで太るのだ」という論調もあるが、
俺には当てはまらないわけだ。


という、利点の他に、

・いつも頭にモヤがかかっている感じが無くなった。

・いつも頭がクリア。

・何かしようと思ったとき面倒で動きたくないということがだいぶ少なくなった。

・血圧が下がって安定傾向。(食べ物によっては上がる)

・何かをしようと思ったとき、実現のスピードが早くなった気がする。

・間が良くなった。(悪しきものに引っ張られなくなってきた。)


そして、「今日も酒を飲まなかった」という充実感で、
自己承認することができるようになった。

その小さな充実感というか満足感の積み重ねが、
自分に自信を付けていくというか。


そして、いつも頭がクリアだから、こう・・変な判断をしないというか・・

例えば、ヤバイなーと思いながらもズルズルと流されて・・
みたいなことが無くなった感じがする。


いつも主導的に物事を判断できるようになったというか・・・


といった、断酒をしたメリットっていうのは、
血圧のように数値で図れるものというよりかは、
むしろ主観的な充実感や満足感の方が大きい気がするんだよな。


そして俺は、そんな自分の直感にしたがって芦屋で暮らしている。


これが正しいのか間違っているかなんてわからない。


答えなんて無いのかもしれない。



だけどひとつ言えることは、俺は今の関西での暮らしが気に入っている。

いろいろあったけども、引っ越して本当に良かったと思える。


今はそれでいい。


山村先生が言っていた、「何かを得たければ何かを捨てろ」の答えが、
ぼんやりと見え始めてきた感じだ。


このまま一生、断酒を続けたい。




できるかなー。


 
posted by わこう at 01:27| Comment(2) | TrackBack(0) | 普通の日記。 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年05月16日

帽子の理由。

IMAG0826.jpg

最近、人と会うときには帽子をかぶっている。





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最近は、帽子が定番みたいな感じになってきた。






だけど、誰も質問とかはしてこないけど、なんとなく、


「ひょっとして毛髪が・・・」



と、心配してくれるような心の声が聞こえる感じがするのであえて言います。


逆です。



髪を伸ばしてます。



で、以前髪を伸ばしてたときは、伸びるまでの間、整髪料で固めてたんだけども、
最近は、あんまり整髪料を使いたくないので帽子をかぶっている、
という、そんな理由です。



なんでまた髪を伸ばし始めたかというと、リクエストがあったんだよね。
髪を伸ばしたのを見てみたいっていう、ただそれだけの理由。


だけども、最近までのトレードマークのリーゼントをキープするのにも、
やっぱり整髪料は欠かせず。


でも整髪料はもうあまり使いたくない。


ということで、髪を結べるくらい伸ばして、いつも縛っておけばいいかと。




以前髪を伸ばしたときは、ただただ伸ばしっ放しにしたけども、
今回は、時折美容室でカットしてもらいながらゆっくり伸ばしている。


まぁ、2年くらいかけてゆっくり伸ばすよ。



でないと、一気に伸ばすと






miya.jpg

こうなっちゃうもんな!


ちょっと目指す髪型と違うし。





まぁ、気楽に伸ばすっちゃ。


さてどうなるかなー。

 
posted by わこう at 13:29| Comment(0) | TrackBack(0) | 普通の日記。 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年04月30日

ついに10年目。そして2年目。


この4月29日で、このBLOGを作ってまる9年が経ちました。

9年ですよ、9年!

そして、いよいよ10年目に突入っす。



もともとこのBLOGは、当時扱っていた、焙煎機能付きコーヒーマシンを、
ネット販売するためのアクセスを増やす目的で開設した。

だからタイトルが「珈琲バカ」。


しかし、最初の頃はマジメにコーヒーネタを書いていたものの、
すぐにネタが続かなくなり、
もともと数量限定だったそのコーヒーマシンも、ついにメーカー在庫が無くなり、
苦しまぎれにニャンネタを書くようになったら一気にアクセスが増え、
結局なんのBLOGか定まらず迷走状態。

そして、いつしか俺の趣味のことや人生観なんかを書く場になっていき現在に至ります。


そんな迷走BLOGでも、毎日たくさんのアクセスをいただき、
本当に本当にありがとうございます。



このブログを始めて少し経ったころ、別に誰かと約束したわけでもなく、
ひとつだけなんとなーく決めたことがあった。



「とにかく10年続けてみよう。」



ただこれだけ。

日記なんて書く習慣がなかったわけだけども、
BLOGだったらなんとか続けられるかなーと、漠然と思った。

理由なんてそんなもんだ。


記事数も1200を越え、最近はさすがに自分で書いた記事で、
「あれ?こんなのいつ書いたんだっけ・・・?」
なんて思うことも出てくるようになった。


しかしなんやかんやで、ついに10年完遂までリーチがかかったわけだよ。



そして、BLOGを書くことが日常になっていたわけなんだけども、
最近は、facebookにいろいろ書いちゃうので、それで書いた気になっちゃって、
BLOGの更新頻度がガクッと落ちてしまいました。


facebookでは、以前記事にも書いたんだけども、
会ったことがない人で、メッセージなど無く申請された場合は、
申し訳ないんですが基本的にスルーさせていただいてます。

メッセージいただいたら承認させていただいてます。


生意気なようですが、そこだけは俺がfacebookを始めた時から守っていることなので、
ご理解いただきたくお願い申し上げます。



で、話は戻るけれども、最初はまず10年と決めた事だけれども、
10年過ぎてもずーっと可能な限り続けていきたいなーと思う。



そしてもうひとつ。

今月で、関西に引っ越してきて1年経っちゃったよー。


いやー、なんか早いなー。早すぎて実感湧かない。


たかだか1年関西に住んだところで、
何がわかったかって、まだなんにもわかんねぇよ。


家の近所の道路や、どの電車に乗るとどこに行けるとか、
そんなことを覚えたくらいで、まだ関西のことは知らないことだらけ。

まだまだフワフワと根付いてない感じ。


人や街の密度、スピード、何もかもが初めての体験で、
とにかく刺激的な毎日。




でも、関西に来ても、人とのつながりは切れること無く続いていて、
仙台を始め全国各地から、俺やりえさんに会いにいろんな人が来てくださる。


そして、こんな俺を受け入れてくれる仲間が関西にもできた。


本当にありがたいことだなーと。


ありがたくてありがたくて、涙がチョチョ切れるよ。ホント。


でも、もうそろそろ関西での客人扱いは終わって、
最近は、俺の人間性やコミュニケーションスキルが試される場面が増えてきた。

もう、「仙台から来たわこう」ではなくて、「ひとりの人間わこう」だ。


関西生活も2年目に入ったわけだし、
今年はこのフワフワした感じをもっと落ち着かせたい。

関西でもどっしりと構えて。



と、こんな感じで、今週はいろんな意味で俺にとって節目のとき。


珈琲バカ、いよいよ10年目に突入、そして、関西生活も2年目に。



どっちも楽しんでいきますので、
こんな俺ですがこれからもお付き合いいただけるとうれしいです。


よろしくオナシャス!!


 
posted by わこう at 00:28| Comment(0) | TrackBack(0) | 普通の日記。 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年04月19日

趣味と社会性。


少し前に、鉄道車両を撮影するのが趣味の人達、撮り鉄が、
たて続けに騒動を起こしてネットいろいろとニュースになっていた。


この記事が一番簡潔でわかりやすいんじゃないかな。

一般人には通用しない、“撮り鉄”の言い分





まぁ、いい大人が、良くも悪くも趣味に熱くなっている。



俺も自他共に認める趣味人なので、
趣味に熱くなることそのものは悪いこととは思わない。




だけど、趣味も熱くなるあまりに盲目的になって、
他人様に何かを強要したり、排他的になったり、誹謗中傷したりするのは、
やっぱり何か違うと思う。


まぁ、みんなそんな正論はわかった上でやってるんだと思うんだども。



そして、どの世界でもあることなんだけども、
趣向や考え方の違いで、トラブルになったりすることって結構あるんだよな。



トラブっても、建設的に解決とか共存する道を模索するんだったらまだしも、
足の引っ張り合いしたり、エゴを押し通そうとしたり、裏工作したり、
あからさまな誹謗中傷したり・・


そして、そんな話を聞くと、ガッカリして引く。ドン引き。
いい大人が趣味ごときでなにやってんのかと。

共存するとか、解決の糸口を探るとかっていう選択肢は無いのかと。



最近、そんなことを考える。


一部の人間から、過去に散々トラブル起こしておいて
おまえが言うなよってツッコミが入りそうなんだけども。(笑)


今の時代、普通に生きていくのだって大変なんだから、
趣味の世界くらいは平和に行きたいなーと思う。



いや、俺も趣味に熱くなるタチなので、いつ俺がそうなるとも限らないわけなんだけども、
ニュースを見ても、身の回りでも、趣味をめぐっていろいろあるなーと思って、
俺はそうならないようにしようと、自分への戒めとしてここに書く。


趣味は社会と共存してナンボ。

趣味は、その特殊な世界がすべてのように錯覚しがちだけども、それは幻想だ。



それをふまえた上で長く趣味を楽しんでいきたい。

 
posted by わこう at 17:52| Comment(0) | TrackBack(0) | 普通の日記。 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年03月21日

サリー&マグナムと若生さん。

teri_1.jpg

生まれて初めて、ラノベっていうのを読んだ。


ちょっとググってみたら、ライトノベルの定義について、いろいろあって荒れるんだってね。
なので、そのへんの話は触れないことにする。


なんで突然ラノベなのかというと、ある日、facebookで友達申請があった。

そうしたら、その人が、このラノベ作家の「てり」さんこと、所沢の若生さんだった。


作家てりさんこと、若生さんのWikipediaページはこちら。



そしてこの所沢の若生さんという人は、ずーっと前にこのブログで紹介した、
「若生ネット」というリンク集を運営していた若生さんだった!


その記事はこちら。(現在は若生ネットサイトは閉鎖)


2004年のブログ記事だから、もう9年前にもなるのかー。


もう若生ネットは無くなってしまったんだけども、
全国に約5400人いる若生姓のルーツを探るべく、
いろんな文献や情報を掲載してくれていて、大変面白いリンク集だった。

で、このブログも、若生ネットのリンク集の中で紹介してくださったのだった。


で、話は戻って、facebookで再会して、「おーっ!」てなって懐かしんでいたら、
なんと若生さんは、ラノベで講談社BOXアート新人賞を獲って、ラノベ作家になっていた。

45歳デビューという、ラノベでは最年長の作家みたいよ。


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俺はそもそも小説を読まないので、逆に色んな意味で新鮮だったなー。

Amazonの紹介文を抜粋




30手前でフリーランスの配管工として独立し、埼玉に小さなマンションを買った。
華も金もない人生ではあるが不自由はない、ありふれた独身男の俺は人より
も少しばかり“目がいい”。
肉体を持たずに生まれ落ちたこの世の不具合、バグと呼ばれる魑魅魍魎を見ることができる。

ある月の夜に俺は、アスファルトからドゥルンと立ち上がる美形のにーちゃんと出会う。
アスファルトの精だというその男、サリーはやたら馴れ馴れしい女言葉で俺に絡む。
「ねぇん、いつになったらチューしていいのん?」
その日から俺の周りはにわかにバグで賑やかになる。
男色吸血鬼、半裸の少年、セミの亡霊に空飛ぶ鯨――騒乱の影で、平穏が静かに食い荒らされているとも知らず!

講談社BOXの新時代新人賞、BOX-AiR新人賞の第二期受賞作刊行スタート。
第11回BOX-AiR新人賞受賞作は、少し不思議なハイウェイ・アクション!




このブログにもたびたび書いているけれども、日本には八百万の神という考え方があり、
俺はその考え方が大好きだ。

山には山の神、川には川の神、食べ物の神や家の神、土地の神などなど、
すべてのものには魂が宿り、それに日々感謝して生きる、という考え方だ。

そして、俗に言う妖怪とか魑魅魍魎というというものも、同類なんじゃないかなーと、
常々考えている。トトロみたいなものも。


で、このサリー&マグナムの主人公は、普通の人には見えない、
魑魅魍魎(この本の中では「バグ」と定義している)が見え、交流もできる。

そして、その魑魅魍魎の世界にもいろいろあって、その変革に巻き込まれていく主人公・・

みたいな感じだろうか。


ちょっとセリフの言い回しとか、キャラ設定に最初は違和感を感じたけども、
読み進んでいくと全然気にならなくなって話に引き込まれていった。


ちょっと幽遊白書的な感じでもあり・・


俺はけっこう好きな分野の話で面白かったよ。


45歳、遅咲きのラノベ作家デビューということや、同じ若生姓ということもあって、
若生さんにはホント、頑張ってもらいたいなーと思う。


なんかうれしいっちゃ。こういうの。


なので、ぜひ買って読んでみてください。


若生さん、頑張れ!

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2013年03月07日

絶望についての考察。


この記事は、以前芦屋BLOGの方にアップしたものなんだけども、
やっぱり芦屋の方じゃなくて、こっちのBLOGに転載することにした。




今日は、ちょっと記事タイトルが重いんだけども、
絶望についての個人的な体験と雑感を書いてみようと思う。

こう・・難しいテーマなんで、うまく伝わらなかったらごめんなさい。



自分で言うのもなんだけども、
俺は自分に何かネガティブな出来事があったとき、
確かに落ち込んだりはするけれども、その都度なんとかやってきた。

たいがいの事があってもなんとかなるという自負があるというか。


いじめ、離婚、お金のこと、暴力沙汰、友人や仲間の死、火事、
事業の失敗、裏切り、事故、入院、起訴、破産、障害、鬱、引きこもり・・・

本当にいろんなことがあったなー。


自分が原因の時もあれば、突然自分の身に降りかかったこともあり・・



でも、その時その時、いろんな人達に迷惑をかけながらも、
なんとかかんとかやってこれた。


こう・・最後の最後は心が折れなかったというか・・


それが自分の取り柄でもあり。



そして俺は、世間一般で言う「絶望」っていうのは、
何か出来事があって感じることなのかなーと、勝手にそう思い込んでいた。


だから、そういう意味では、
俺はまぁ、絶望することはないんだろうなと、なんとなくそう思い込んでた。



で、ちょっと話は変わって、関西に移住してきて、
引越しのバタバタも落ち着いた頃、
りえさんと話をしていた時に、りえさんから、


「最近、思考がネガティブだよね?イライラもしてるみたい。」


と言われて、「えっ?」となったことがあった。


その時は、自分ではあんまりそんな自覚が無かったもんだから、
寝耳に水というか、なんかマジでびっくりした。

俺は前向きに生きてるつもりだったし。



だけども、りえさんと深いところを話していくうちに、
俺はその時点では、希望を持って生きていないんだということが見えてきた。

つまり、平たく言うと「絶望」している。


なんでそういう結論になるのか突飛で理解しづらいかもしれないけど、
絶望していたんだよ。



その頃の俺はというと・・


知り合いが誰もいない土地での不慣れな生活。

ちょうど梅雨の時期で、経験したことがないほどのひどい湿気。


関西に来ても、通販とか模型の完成品販売とか、
ホームページやデザインの仕事とか、何かしらの収入があるだろうと、
タカをくくっていたものの、仕事が無い、収入が無い。


人間関係が広がらない。っていうかどこに行けばいいのかわからない。


仙台のお店をたたむのだってそれなりにお金がかかり、
引越しにもお金がかかり、自分で自由に使えるお金が全く無い。


数百円のプラモデルを買おうかどうしようか真剣に悩んだときは、
本当に情けなくて涙が出そうになった。


そんな中でのりえさんの長期出張で、誰も話し相手がいない。

そんな事を言えないまま一週間、誰とも話さないでいたら、
喉のチャクラが詰まったのか本当に声が出なくなってしまった。


そして、りえさんも頑張ってるんだから俺も頑張らなきゃ・・という気負い。


などなど。


でも、俺は、今までいろんな修羅場を超えてきた自負があるから
絶望しているなんてまさか思わない、思いたくもない。

だけどこの時は、本当にその事と向き合う気力も、どうにかしたい意欲もゼロ。

完全に枯渇していた。鬱にもなってた。



前述のように、絶望とは、なにか絶望するような出来事があって、
ドーンと落ち込んで起こるもんだとばかり思ってたんだけど、
絶望っていうのは、こう・・自覚無く、
じわじわと真綿で首を絞めるように起こったりもするんだなーと。

心に全く逃げ場が無い状態。



で、あらためてそんなことをりえさんと話していて、
「あ、俺は今、絶望しているんだ。」と自覚した瞬間、
なんかジワーっと泣けてきてしまった・・・


本当にチンケでバカバカしい話なんだけど、
絶望してるんだと自覚した瞬間、なんか心が軽くなった気がした。


原因がわかったから。
あー、そーかーと自分の中でスコンと腑に落ちた感じ。



でも実際は何ひとつ、絶望の原因は取り除かれてないんだけども、
「自分は今絶望しているんだ」と自覚することで初めて、
前に進むモチベーションが見えてきたというか・・


今まで、いろんなネガティブな事があっても、
心が折れないでそれなりに乗り越えてきたのは、
嫌でもなんでも、とりあえずはどうすればいいのかがわかっていた。

だからあとはモチベーションの問題だ。


だけども、その立ち位置すら見えないのが絶望なんだと。

そして、今回の俺の場合は、
絶望しているという自覚すら無いわけだから、モチベーションの上げようがない。




でも、自分が現在立っている場所が見えたら、そこからどうしようか考える。



それがすべての始まり。



暗闇にいても、なんか小さくてもいいから光があるかもしれないと思える、
それが希望であるわけなので、もう絶望ではなく。

実際に光が見えるかどうかはいったん横に置いて、
暗闇の中、手で探ってみる、その行為をすること自体が、
すでにそれは絶望ではないというか。


でも、絶望している時って、あまりにも真っ暗闇で、
手さぐりする気力も出なくなっている、そんな状態なのかなーと。


ある意味鬱病も似てる、というか、絶望と鬱はセットみたいなもんかなー。



あたりまえのようなあたりまえじゃないような。


でも、真理とはけっこう、
こういった単純で一見あたりまえのようなことなんだよなーと。



現在はおかげさまでその絶望状態から脱してるし、
自分の立ち位置も分かったしやることもたくさんある。


友達もできた。


ちゃんと前に進むモチベーションがある。



まぁ、それがある限りまだ大丈夫かなーと。




んー・・何が言いたいか伝わったかなー・・



わかりづらくてすいません。

 


posted by わこう at 21:49| Comment(0) | TrackBack(0) | 普通の日記。 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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