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2016年06月27日

別府と由布院の旅 2016。


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大分に行ってきた。


俺もりえさんも、それぞれに2月くらいからいろいろあって、感情が揺さぶられまくり。


お互いになんとなくヤマを超えた感はあるものの、
このところ気持ちに余裕がなくて本当に疲れきってしまった。


そこで、どこかへ旅に行こう!ということになった。



いろいろと候補地が出たんだけども、
先日の熊本地震で甚大な被害が出て、観光客が激減してしまったという九州に、
復興応援旅行の意味も兼ねて行こうとなった。


さらに、YouTubeで話題になっている、


別府温泉のCMを見て、「これは行くしかない!」と。


久しぶりにりえさんと二人旅。大分に来てます。 俺たちを探さないでください。

若生 貴大さんの投稿 2016年6月20日


ということで、人生初の大分上陸です。




いろいろとりえさんが、見どころをリサーチしてくれて、
写真家なら一度は行っておけという由布川渓谷に、空港から直行したものの、




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こんな張り紙が・・・

観光協会に電話して聞いてみたんだけども、
地震で土砂崩れに加え、前日までどしゃ降りで増水して危険ということで断念。

せっかくカメラフル装備で行ったんだけどなー。残念!



ということで、気を取り直して定番の観光地を巡ろうと、別府温泉まで降りてきた。


別府温泉には、「地獄めぐり」というのがあるんだけども、
全部は回れなかったけど、可能な限り見てきた。





この地獄めぐり、いやー、なかなか楽しかったよ。



特に個人的に気に入ったのは、


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ブルーの池が神秘的な、海地獄。






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赤い血の池地獄。






そしてこの日は、雨が降ったり晴れたりと、天気の変化が凄かったんだけども、
温泉の湯気に、一瞬だけ太陽の光の筋がパァーッと降りてきた瞬間があって、

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すかさず撮影。

説明がないとナンノコッチャな写真なんだけども、
これは奇跡のショットだと思うわ。


今回の旅も、旅の神様がいろいろと仕組んでくれた感があって、
この写真の他にも、いろいろ不思議な体験をした。


まずは、一日目に撮った写真をFacebookのアルバムにしたのでどうぞ。



りえさんと旅行に行きたいねと話していて、熊本地震の復興祈願で大分に行こうとなりました。 所々地震の影響があるものの、別府温泉は元気で、もくもくと湯けむりがあちこちから上がっていました。 地獄めぐりが思いのほか良かった。 由布川渓谷に行きたかったんだけども、土砂崩れがあるのと、昨夜までのどしゃ降りで川が増水して危ないということで断念。 かなり残念。

若生 貴大さんの投稿 2016年6月21日





2日目。


初日は別府に泊まったんだけども、2日目の宿は由布院。


別府も良かったんだけども、以前から由布院に行ってみたかった。



ということで、別府を出発したわけなんだけども、夜中からずーっと大雨。

高速も通行止めの箇所があったようで、宿の人が心配してくれて、
移動にはくれぐれも注意してくださいと言われた。


そんな中、別府から由布院に抜ける山道を、レンタカーでトコトコと。


叩きつけるような雨が降ってたんだけども、
湯布院側に入ったと思われるあたりで、雨が急にやんだ。


山肌の緑が素晴らしく、荘厳で、
どこか車を停めて撮影できるポイントがないかなーと思ってたら、
撮影にも停車にもベストなところがあって、導かれるようにそこに車を停めた。


それが、狭霧台展望台というところで、由布院を一望できる場所だった。

地震の影響で中まで入れなかったけど、車が停められれば充分。


いやー、雨があがった瞬間にそこを通りかかったんだから、
ホント、ラッキーだったよ。



そこからは、

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由布岳を仰ぐことができ、かつ、





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由布院の街を見下ろすことができるという絶景ポイント。


霧なのか雲なのかよくわからないんだけども、
白い煙の下に街が見え隠れする様子は、ため息が出るほど美しかった。



俺達がそこについた時は、まだ町並みを見渡せるほどクリアだったんだけども、
15分もいたら、だんだんと霧がかかって街が見えなくなった。

と思ったら、あっという間に霧が上に昇ってきて、
俺達がいる場所が2分で真っ白に。





その様子を動画で撮ったので5倍速でどうぞ。


その後また大雨となり、慌てて車に戻って移動した。


雨があがってまた降りだすまでの20分弱、最高のロケーションで撮影できたという奇跡。

旅の神様に本当に感謝した。



で、どしゃ降りの中、由布院に到着。


駅前のカフェでお茶飲んでたら、急に雨があがったので、

「よし、金鱗湖に行こう!」

と、由布院の街からすぐのところにある金鱗湖へ。



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金鱗湖に行く途中の小川で撮影。個人的にはこの日のベストショット。



地震のあと、さらに平日で、雨も降っていた事もあり、
人が少なくてゆっくり見ることができた。


で、金鱗湖をあとにしたとたんまたどしゃ降り。


晴れ男、晴れ女、ここに極まる、って感じだ。


由布岳や金鱗湖の写真もたくさん撮ったので、
Facebookのアルバムにしたのでどうぞ。


大雨の中、別府から由布院に移動。 山越えをする途中、一瞬だけ雨が上がったので、車を停めて狭霧台展望台で撮影。 わずか15分の間に色んな表情を写真に撮ったあとまたどしゃ降り。奇跡のショットとなりました。 由布院に入ってから、また一時的に雨が上がったので金鱗湖へ。 由布院も、今回の地震で被害が大きかったみたいだけども元気に動いてました。 金鱗湖をあとにした途端また雨。 旅の神様に守られてるなぁ。

若生 貴大さんの投稿 2016年6月22日





そしてそして、今回の大分の旅では、もうひとつの目的があった。


それは、かれこれ仙台にいる頃からの五年前くらいから、
ネット上だけでつながっていた模型仲間の木部さんに会うこと。


木部さんは由布市在住のマシーネラーさんで、横山宏先生の大ファン。

特に派手に絡むこともなく、ツイッターやFacebookでたまにやりとりをする仲で、
とにかく細く長く繋がってくれている貴重な存在なのだ。


以前から折々で、「機会があればお会いしたいですねー!」というやりとりをしていて、
五年越しにやっと実現した、というわけです。




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なんとなく似てるでしょ。他人って感じしなかったもん。

インターネッツはこういうのがあるからいいね。
ネットが無ければ絶対に知り合えなかった人に会えるんだもの。

共通項は、「横山先生」「マシーネン」「カメラ」。


とにかくお互い喋りまくった。時間が全然足りなかった。


だけども、名残惜しいなって思うくらいがいいんだよね。
また会いたいなって思うもん。


こういった出会いは、何年も何十年も細く長く続けたいなーと思う。

木部さん、本当にありがとうございました。またお会いしましょう。



そして3日目。


あまりゆっくりする時間も無かったので、
最後に別府の温泉街を一望できるところに行きたいと、



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湯けむり展望台へ。


とはいえ、山の手の住宅街の中にある、本当に小さなスポットなんだけども、
最後の最後、また旅の神様は俺達に素晴らしい景色を見せてくれました。


新緑の山肌が見事な山に雲がかかって、本当に絵に書いたような景色。

Facebookのアルバムにしたのでどうぞ。


若生 貴大さんの投稿 2016年6月24日




動画にも撮ったのでどうぞ。



今日も元気にモクモクと湯けむりを上げる別府の温泉街。


だけど、地震で大変だったと思います。

未だにブルーシートが屋根にかかっている家もあったりして、
東日本大震災での仙台の町並みがオーバーラップして胸がキューッとなった。


どうか皆さん、頑張ってください。



この記事を読んで、大分に行ってみよう!
と思ってくれる人が一人でもいてくれたら幸いであります。


俺達もまた行きますよ!


そんな大分の旅でした。





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2016年03月17日

主体的に生きる。

あの大震災から5年が経った。

なんか、5年というのはいろんな人にとってひとつの区切りみたい。


俺自身も、5年かぁー・・と思うと、いろんな思いが湧いてくる。記憶も。


関西では、東北からの移住者のための支援活動をしている団体も、
5年で一区切りということで、活動を終了したり、
いったんお休みするところがあると聞いた。


それでも、5年間にわたって、様々な支援をしてくださったことに、
本当に心から感謝します。ありがとうございました。



その地震に絡めた話になるんだけども、
先月、震度8の地震が来ると言った人がいて、
結局、地震が来なかったじゃねぇかとかなんとかと、
大炎上したことは記憶に新しい。



そのことに関してどうこう言うつもりはないんだけども、
こういうのって、誰かのせいとか何のせいとかといった、
責任が自分の外側にあるという世界の中に生きていると、
常に何かに振り回されることになって辛いと思うんだよな。


こういう非常時っていうのは、
結局、自分はどうするか?家族はどうするか?に尽きると思うから、
情報が正しかろうが、間違っていようが、そこはあまり問題じゃないというか・・・


結局、主体的に生きているかどうかがカギになると思うんだよな。


どんな状況になっても、何もかも自己責任だと思えば、
必死になって、その場その場のベストはなんだろうと考えて行動する。



それはそれで全て自己責任だから大変は大変だけども、
人の言うことや状況のせいにしないで済むから、
俺はそっちのほうが楽だと思うんだよな。





俺は大震災は仙台で被災したわけだけども、
その震災の数年前から、

「ここ数年来のうちに、宮城県を震源とした大きな地震が起こる」

と、学者さんだったかが警告していたこともあるし、
もともと宮城県はとにかく地震が多いので、俺も、俺の周りの人達も、
いつか来るであろう大地震には柔軟に対応しようと思っていた。


だから、あのとんでもない揺れが起こった時は瞬時に、


「ついにきた!」


と思った。


心の準備ができていたから、自分なりに冷静に行動できたと思う。



宮城はもともと地震が多いところだから、
良くも悪くもみんな地震慣れしていて、パニックなどにならずに、
冷静沈着に行動していたように思う。

停電で信号機も消えていたけれども、
混乱なくみんな節度を守って交差点を通過し、
危険箇所には、率先して交通整理を買って出てくれる人たちがいて、
みんな譲り合って、本当に素晴らしかったし感動したのを覚えている。


「誰のせいにもしない。誰も悪くない。全て自己責任である。」


どんなに厳しい状況になったとしても、これを意識していると、
人の言うことや状況に、いちいち流されなくていいから、
結果的にそっちのほうがラクだと思うんだよな。


誰かや何かのせいにすると、それを変えようとして争いや衝突が起こる。


特に非常時には、そんなことに貴重なエネルギーを費やしていられない。



しかしこれは、非常時だけじゃなくて、普段の生活でも言えることだと思う。


仕事でも人間関係でも、
自分と考えが合わない人とか、うまくいかない状況に対して、
あいつが悪い、組織が悪い、この状況が悪いと思っていると、
否定したり、無駄な怒りが湧いたりして、結果的に自分が疲弊していく。


それよりも、主体的に生きていれば、
その人や状況を受け入れるためにはどうするか、改善するにはどうするかといった、
いい方向にエネルギーを使えるわけだから、そっちのほうがいいと思うんだよな。


トライしてみてたとえうまくいかなくても、
相手や状況のせいにしないで、やり方を変えてみるとか、
常にプラスにエネルギーを使える。


「あいつが悪い、あいつのせいだ」と思っていては、
恨み、妬み、嫉みといった、マイナスのエネルギーと思考パターンに支配される。



誰も悪くない。何も悪くない。自分も悪くない。


というところから物事を見るようにすると、
自分の気持ちひとつで、その状況はプラスにもマイナスにもなるんだな、
というふうに俺は感じている。


頭にくるような状況が起きた時、その渦中にいる時は、
感情に支配されてなかなかそう思うのは難しいんだけども、
まずは心を落ち着けて、一呼吸置いて、客観視するように心がけている。



以前は感情にまかせてすぐ手が出て暴力沙汰になって、
トラブルばっかり起こしてたんだけども、
暴力を使ってその時の状況に勝利したとしても、人として負けてるんだよね。

そして、それに伴う代償も大きい。


それに気付いてからバカバカしくなってやめた。



と、話が脱線してしまったんだけども、
主体的に生きるということは、自分がとても自由だということが言いたかったんだよ。

だって人に左右されなくていいんだもの。




そんなことを思った5年目の3.11でした。





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2016年02月25日

ジュエリーデザイナーとして。

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突然ですが、2016年春、ジュエリーデザイナーとしてデビューします。

りえさんが、ブログに俺がデビューすることやブランド名を書いてくれたんだけども、
ここでは、なぜそうなったのかという流れを書こうと思います。





2012年、俺は7年間やってきた飲食店をやめて、
りえさんと共に関西に移住してきた。


おかげさまで、様々な御縁で、いろんな仕事をさせていただいて、
なんとかかんとか生活を維持できるようになったものの、
だんだんと、「一生涯かけてやる仕事」はなんなのか?と模索するようになった。


そんな中、去年の夏、大阪のチャネラーさんに相談しに行ったわけです。


余談だけども、一時間とった予約枠の中で、
この仕事の話はあまりにも明確かつシンプルで、
15分くらいで終わっちゃって、45分も時間が余ったので、
死んじゃった愛猫のまるちゃんや、事故で死んでしまった親友あべはりさんから、
思いがけずメッセージをもらうこととなったわけです。



さて、肝心の仕事の話なんだけども、チャネラーさんが言うには、



「ものづくりの仕事がいいみたいですね。」

「パートナーさんは何をしている人なんですか?
パートナーと一緒にクリエイションするといいみたいなんですが・・」


そこで、りえさんがジュエリーデザインをしていることを伝えると、


「あぁ!まさにそれです!」


でも、俺、46歳だし、いまから勉強とかしても間に合うんですかね?
と聞いたら、


「全然間に合います。」


と。


続けて、


「パートナーがジュエリーデザイナーなんですから、
一番身近な人から教えてもらえるという、
恵まれた環境を最大限に活かすべきです。」


と。



突然だけども、りえさんは車の免許を持ってない。


だから、今まで、神戸や大阪、東京、山梨などなど、
いろんなところにりえさんを乗っけていって、石の仕入れに付き合ってきた。

仙台にいた頃からだから、もうかれこれ7年だ。


宝石商の社長の皆さんも、「雪音さんの旦那さん」で俺のことを知っている。

去年は、甲府にあるジュエリーの原型製作を手掛ける業者さんに、
りえさんと一緒に挨拶と見学をしてきた。


そして、何よりも、りえさんがジュエリーデザインをしたり、
石の目利きや値付けをする様を、一番近くで見てきた。


そして、りえさんがデザインしたジュエリーの写真を撮り続けてきたわけだけども、
どう見ると一番カッコいいかとか、とにかく見まくってきた。


ジュエリーデザインを学び、クリエイションしていくのに最高の環境だ。



そして、関西には模型業界においても、素晴らしい作品を作る人達がたくさんるし、
モデスポやMa.K関連でも、すごい人達にたくさん出会ってきた。

数年前までは考えられなかった様々な刺激を受けていて、
俺の感性にかなり影響しているのは間違いない。


なんかいろいろとストンと一気に腑に落ちた。



りえさんにそのことを伝えたら、
鳩が豆鉄砲を食らったような顔して、

「なんでそこに気付かなかったんだろう・・・」

と。


ちょうど、りえさんもメンズジュエリーに、
もっと注力しようと思っていた矢先だっただけに、渡りに船って感じみたい。

今までもそうしてきたように、
これからもりえさんと二人で動くことは変わらない。

それだったら二人で作っていったほうがいいもんね。



今、業界にも3D化の波が押し寄せ、
CADを使ったジュエリーデザインも増えてきた。


今はまだ、りえさんから図面の書き方を教わりながら、
完全アナログでデザインをしているんだけども、
そのうち俺も、CADを使ったデザインもしていくことになるんだろうな。



俺がメンズジュエリーを作るにあたり、
ブランド名を決めなくちゃいけないなと、去年からずっと考えていた。


もともとジュエリーは装身具であり、
ルーツは、神様と繋がりやすくするために身につけるものだ、
と、吉野の天河大弁財天社の柿坂宮司がおっしゃっていた。


だから、ジュエリーと神様は、切っても切れないものだと、俺は考える。


そして、俺はなぜか淡路島が大好きで、
二ヶ月にいっぺんくらいは行ってるんだけども、淡路島といえば伊弉諾神宮。



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「イザナギ」という音霊は頭のなかに入ってきたものの、
恐れ多くて簡単に使っちゃいけないような気がしたので、
先月、伊弉諾神宮に参拝させていただき、お伺いを立ててみた。


お祈りの瞬間、ブワーッといい風が吹いてきて、
あぁ、許可がおりたんだなと思った。



そんなこんなで、ブランド名は「IZANAGI」にしました。


男が身につけるメッセージ性の強いハイジュエリー。


現在、俺のデビュー作となる「GRAVITY」を制作していて、
来月にはできあがってきます。


コンセプトなんかは、写真と一緒に公開しますので、少しお待ち下さい。


ということで、これからはジュエリーデザイナーとして、
残りの生涯を生きていきます。


皆さん、よろしくお願い申し上げます。




posted by わこう at 10:34| Comment(0) | 普通の日記。 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年01月17日

動物漬けの2016幕開け。

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2016年になりました。


今年でこのBLOGも開設12年。干支をひと巡りですわ。

そんな俺も、今年は歳男、申年生まれであります。
なんかこう・・気力が充実している感じ。


今年もさらにいい年にしたいなー。

皆さん、今年も珈琲バカをよろしくお願い致します。


上の写真は、神戸どうぶつ王国で撮った写真の中で一番のお気に入り。

どうぶつ王国のことは後で詳しく説明します。




さて、今年はぜひ初日の出を見ようと、
本当は淡路島か、できれば徳島まで行きたかったんだけども、
結局寝坊してしまって近所の東六甲展望台へ。



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いろいろ写真を撮ったんだけども、ちょうど太陽が出てきたところ。

今年もさらに社会のお役にたてる自分でありますよう願いました。




さて、今年は年明けから動物三昧。


というのも、年明けから、神戸どうぶつ王国っていう、
動物好きな俺とりえさんにとっては天国みたいなところに行ってきたから。





いやー、ろくすっぽ下調べもしないで期待しないでいったんだけども、
期待をはるかに上回る楽しさで、もー夢中で写真撮ったり遊んだり。


ここは、巨大なハウスみたいな造りになっていて、
中を鳥が自由に行き来している。


種類によっては、餌やりができるコーナーがあり、


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こんな感じでいろんな鳥に餌をあげることができる。



もー、りえさんも大興奮で。



鳥だけじゃなくていろんな動物がいるんだけども、
俺が一番心通じてうれしかったのは、




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ラクダちゃん。

なんか首の気持ちよさそうなスポットをグリグリと撫でてあげたら、
それがよほど気持ちよかったようで、顔を俺の顔にピターッとくっつけてきたり、
顔をベロベロ舐めたり。

いやー、臭かったけどうれしかったなー。


ほかにもカピバラやアルパカにも触れるし、なんかメッチャ楽しかった。

すっかり童心に帰ってクタクタになるまで動物と遊んだ。


写真を撮りすぎてすべてここに貼れないので、
Facebookのアルバムにしたのでどうぞ。



神戸どうぶつ王国に行ってきました。俺もりえさんも動物大好き!大好き大好き大好き!よく下調べもしないで、あまり期待せずに行ったら、期待をはるかに超える楽しさで、童心に帰ってすごいテンションで遊びまくりんぐ。鳥のショーがあるんだけども、鷹やフクロウなんかが、客席の頭上を滑空して、飼育係のお姉さんのところに飛んで行く様子は、あまりにも健気で涙が出た。動物大好き!

Posted by 若生 貴大 on 2016年1月5日






次の日。


大阪に用事があったので、一度行ってみたかった、天王寺動物園へ。


神戸どうぶつ王国には、猛獣の類はいないので、
トラとかライオンとか見てみたかったんだよ。




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トラちゃん。

狭い部屋にいて、なんか退屈そうだった。








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ライオンちゃん。

うしろにはアベノハルカスがドドーンと見えて、なんかシュールな光景だった。



天王寺動物園はとても古い動物園で、いろいろとツッコミどころはあるものの、
大阪の街の真ん中にあるし、気軽にピュッと行けるのがいいな。



と、そんな感じのお正月。




ところで、我が家もどうぶつ王国。



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芦屋に引っ越してきた時は4匹いたニャンも、高齢で次々と逝ってしまい、
一時は中堅のクウちゃん1匹になってしまったんだけども、







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快くんと古都ちゃんをお迎えして3匹に。

やっぱり3匹いるといいねー。いろいろ。



お迎えした順番は、快くんのほうが早かったんだけども、
生まれた日は実は古都ちゃんのほうが早くて、


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我が家に来たばっかりのころはこんなだった古都ちゃんも、12月でめでたく一歳になり、






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こーんな立派になりました。魔女みたいでしょ。





そして、

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我が家に来たばっかりの時はこんなにちっちゃかった快くんも、






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こーんな立派になりました。イケメンやろ?






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こんなちびっこかったのに、






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こんなだよわ。

大きさ変わんないよわ。



クウちゃんは俺のことが大好きで、俺がメシ作ったり洗いものしてる間、


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こんな感じで待っててくれるんだけども、最近は、






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快くんも加わった。


いやー、めんこいな。



そんなこんなで、動物漬けで始まった2016年。


今年もよろしくお願い申し上げます。





posted by わこう at 00:43| Comment(1) | 普通の日記。 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年12月31日

2015年を振り返って。


怒涛の2015年が終わります。


いやー、今年は凄かったな。

出会いと別れもあったし、いろんなところにも行った。


でも、本当に充実した1年で、なんか生きてる実感を大いに味わった感じ。


本当にありがとうございました。



ということで、ざっくりと今年1年を振り返ってみます。


1月

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年明け一発目はMa.Kから始まった。





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この時に、俺は駆け込み寺の相談員になることを決意した。



2月。


札幌のソウルブラザーに会いに行ってきた。


二年ぶりの札幌です!

Posted by 若生 貴大 on 2015年2月22日



3月。



熊本〜宮崎の旅のアルバム。このアルバムは人物を中心とした旅の概要編です。

Posted by 若生 貴大 on 2015年3月11日

九州初上陸。


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心から愛していたニャン、まるちゃんが16年の生涯を終える。







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まるちゃんを失ってとんでもない喪失感に襲われ、新たに快くんをお迎えした。




4月。


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新たに古都ちゃんをお迎えした。(記事は5月だけどもお迎えしたのは4月)





5月。

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まるちゃんが死んじゃって以来、悲しくてお休みしていた模型を、このビネットを機に再開。



丹波にある藤の名所、白毫寺に藤を見に行きました。とにかく見事な藤のカーテンにが圧巻!その後、白毫寺のから比較的近くにある、工場跡地をカフェにした、株式会社ロック製作所(これが屋号)へ。イノベーション事例としても有名なカフェみたいです。白毫寺もロック製作所も、ツボにズキューンときて、メッチャお気に入りスポットとなりました。藤とロックで、FUJI ROCK FESTIVALじゃー!みたいな。

Posted by 若生 貴大 on 2015年5月2日


丹波の藤の名所にりえさんとデート。




6月。

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7月。


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2009年に亡くなった親友、あべはりさんから、




8月。


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タミヤ会長からコメントをいただき超うれしかった。




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9月。


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10月。


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ゴーシュ研究所大阪支店で初めての料理教室を開催しました。なにせすべてにおいて初めての事なので、参加者の皆さんもスタッフもギクシャク。しかし中盤に2つに分かれてテーブルごとに望診が始まると、一気に和やかムードに。今回講師をされた田...

Posted by 若生 貴大 on 2015年10月22日


山村先生のゴーシュ研究所大阪で、料理教室チーム立ち上げ。





11月。


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パンク調クレーテ完成。個人的にはここ最近の1番のお気に入り。





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関西マシーネン会スタッフをさせていただき、




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12月。



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と、いやー、濃い1年でした。

ここには書いてないけど、まだまだいろんなところに行ったし、
移動距離がハンパなかったっす。



印象的な出来事がとても大きかった年だけども、
やはり3月のまるちゃんの死がとてつもなく大きかったな。



あとは、駆け込み寺の相談員となったことで、
自分の気持ちの中に、なにかこう・・一本どっしりとした柱が入った感じ。




そして、11月後半から12月に入ってからの追い込みは、
ものすごいしり上がり感があった。

やはり、SNSではなく、リアルで横山先生にお会いできたこと、
玄さんと再会してじっくりいろんな事を話せたこと。


そして最後の最後に、いつか叶ったらいいなーと思っていた、
ピアニストの卓子さんと、バイオリニストのひろみちゃん、祐美子さんを、
お繋ぎするだけでなく、演奏まで実現してしまったことで、
なんかこう・・波が、ビッグウェーブがきてる感じがする。



最近、折にふれて、ていねいに生きようと思うことが増えた。


感謝したり、自分を戒めたり、時には勝負をかけたり。



駆け込み寺の玄さんが言っていた。


人生は三分法で考えろと。


仕事、自分、そして他人のために自分の人生を使う。


余裕があるなし、できる状況にいるいないじゃなく、
自分以外の身近な誰かでもいいから、その人に見返りを求めず与え続けること。


それが人生を豊かにする秘訣だと。

その辺のことは、玄さんのこの本に実にわかりやすく書いてある。

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この本は、たくさん出ている玄さんの本の中で俺は一番好きだな。



さらに、

「人生の少しを、他人のために使うと運気が上がってきて、
運気が上がったところからまた他人のために生きると、また運気が上がり、
好循環が生まれてくんねん。」

とも言ってた。



俺が駆け込み寺の相談員すると腹をくくってから、
確かにいろんなことが好転している感じがするもんな。


結局は、良い運気を作るも作らないも自分次第っていうことなんだな。


山村先生から提案された断酒もまだ続いていて、もうすぐ7年目に入る。
あれだけお酒大好きだった俺が。

これもデカイんじゃないかなと思ったりしている。



そうやって、いい流れを自分で作っていくことで、
来年はさらにいろんな事に挑戦したり、広げたりして、攻めの1年で行きたいな。


今年も無事に終わることができて、本当にありがたいです。

今年関わっていただいた皆様、ご縁をいただいた皆様、
そしてこのBLOGを読んでくださっている皆様、
本当にありがとうございます。


来年も、珈琲バカをよろしくお願い致します。



posted by わこう at 22:03| Comment(0) | 普通の日記。 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年12月30日

引き寄せの強さと大人の歳末。

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2015年の最後に、ミラクルが起きた。

あまりのミラクルに、感動して泣いた。




岩手から、お友達のピアニストの齋藤卓子(さいとうつなこ)さんと、
ご主人の山下博さんが芦屋に遊びに来てくれた。




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卓子さんは、りえさんと古くからのお友達で、俺も卓子さんのリサイタルに行ったり、
去年仙台で行った、りえさんのブランドYUKINEの10周年パーティーで演奏をしていただいたりと、
とにかく俺とりえさんにとって縁ある人。


去年の暮れも、卓子さんと博さんが関西に来たので、合流して一緒に遊んだし、
そんな感じで今年の暮れもお会いしましょうと。



そして俺達には、関西で二人のバイオリニストのお友達がいる。


峠ひろみちゃんと、坂井祐美子さん。

お二人とも、普段から一緒にどこかに行ったり、BBQしたりして遊んでいる。



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峠ひろみちゃんとは、俺が仙台にいた頃からのお付き合いで、
豪快なキャラでなんか波長が合って、大好きなんだよね。

ひろみちゃんの演奏はいつも伸びやかで、華やか。






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そして、祐美子さんは、普段の穏やかでにこやかなキャラとうって変わって、
ググーッと入り込んで鬼気迫る感じの演奏スタイル。


ひろみちゃん、祐美子さんとも素晴らしいバイオリニスト。


そこで、せっかく卓子さんがいらっしゃるのだから、今後の顔合わせの意味でも、
ひろみちゃんと祐美子さんにも来ていただいて、一緒にお茶会的なことをしようかと。


あわよくば、それで意気投合すれば、
今後、合同でリサイタル的なものに発展していけばいいなと。



だから、俺の中では、まず一度顔合わせ。

→いい感じで進めば、いつか音合せをしてみる。

→いつかリサイタルの実現。


という段階を踏んでいくのかなと。ただ、時間かかるなーと。


卓子さんの演奏を聞くには、ピアノがあるところじゃないとダメだ。


だから今回、せっかくピアニストとバイオリニストが一堂に会するのに、
演奏する場所が無いのがとても残念だった。





そんなとき、奇跡が起こったんだよ。





ちょっと話は変わって、我が家のお隣さんのWさんは、
俺のコーヒー豆のファンでいてくれて、よくオーダーをくださるので、
焼きたてを直接届けにいっている。


しかも、おかあさんはFacebookをやっていてお友達になっているので、
お互いに何をやっているのかは、お互いにチェックしている。


今回も、オーダーを頂いたんだけども、
その日の午後に、卓子さんたちがうちに集まることになっていたので、
朝のうちにコーヒーを焼いてお届けに行った。



そしたらら、突然、


「わこうさんのお友達に、バイオリンを弾く人がいるでしょ。
うちの2階に眺めの良い部屋があるんだけど、
そこで演奏を聞いたら最高だなぁ、なんて思ってたのよ。」


さらに、


「10年くらい使ってないけどピアノもあるのよ。





え?え?えーーーー!?


なんでこの上ないバッチリなタイミングでそんな話が・・・


しかもこの日は、ひろみちゃんがバイオリンを教えていて、
そのレッスンが終わってからうちに来てくれることになっていたので、
バイオリンを持ってくることはわかっていた。



「いや、実は、これからそのバイオリニストの友達が来るんですよ。
ピアニストの友達も。」


と言ったら、Wさんもビックリしてた。



いやー、お互いにビックリよ。



卓子さんやひろみちゃん、祐美子さんが来ることなんて誰にも言ってないのに、
Wさんからそんなお話が突然降って湧いたように出るなんて。


なに?その引き寄せの強さ。


いやー、なんか恐ろしくなったわ。



「じゃあ、皆さんが揃ったら、演奏してもらえるかどうか聞いてみますね。」

と、Wさんにお伝えして帰ってきた。


R0000722.jpg

で、皆さんがお揃いになったところでWさんのことをお話したら、皆さん快諾してくださった。


この時点で、俺は鳥肌がたつと同時に、ちょっと感動して涙出そう。




今回、予期せぬ事だったので、祐美子さんはバイオリンを持ってこられなかったので、
卓子さんのピアノの楽譜をめくるヘルプを。

これだって、楽譜が読めなきゃできないことなので、すごいアシストだよ。





R0000726.jpg

選曲には、ご主人の博さんも加わって、的確なアドバイスを。


で、卓子さんがipadで著作権フリーの楽譜を探し、
そのURLを俺が受け取ってプリントアウト。


いやー、なんかスゲーな。


で、あとのことはりえさんに任せて、俺は一足先にWさん宅に入って、撮影の準備。



IMGP8510.jpg

Wさん宅で最終打ち合わせ。





wakabayashi_1.jpg

Wさん。

真ん中のおかあさんが今回の発起人。

10年以上ピアノを使っていないので、調律していないことをだいぶ気にしておられたけど、
卓子さんは全く気にしない様子。




IMGP8520.jpg

ということで、演奏が始まった。






IMGP8525.jpg

ミニコンサート状態ね。


五分弱の動画にしてYouTubeにアップした。



初顔合わせ、初見、リハ無しの一発勝負でこのクオリティ。二人の息もピッタリ。


いやー、俺もりえさんも、いつか実現したらいいなぁと思っていたことが、
思いがけず突然実現したことも相まって、なんか涙でた。


いやー、本当に良かった。演奏も出来事も。


Wさんも、みんなも、俺たちもみんな良かった。

Win-Win-Winだよ。



1個でも歯車が欠けたら実現しなかった。



いやー、すごいね。すごい引き寄せだね。


これで、卓子さん、ひろみちゃん、祐美子さんのリサイタル実現まで、
一気にググーッと現実味をおびてきた。

来年早々に実現するといいな。



素敵なチャンスと場所をご提供いただいたWさん、
本当にありがとうございました。



その後、余韻もそこそこに、ひろみちゃんのご主人も合流して、




R0000762.jpg

夜景の名所の一つでもある、六甲ガーデンテラスへ。


大阪湾を一望できる、素晴らしいロケーション。






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名物巨大オブジェ、六甲枝垂れ。なかなか幻想的だったなー。







R0000780.jpg

寒かったけど、総勢7人の大人が、12月30日の夜、
ワーワーキャーキャー言いながら夜景を見てはしゃぐのを見て、
免許取り立てのティーンエイジャーの頃に似た、なんか熱いものを思い出したよ。


そんな状況を見て、思わず、


「大人の歳末。」


とつぶやいたら、ひろみちゃんのツボに入ったらしく大ウケしてた。


ということで、今回の出来事は「大人の歳末」と名づけられた。(ウソ)



峠ご夫妻、祐美子さんと別れ、俺たちは卓子さんご夫婦を乗せて新神戸駅まで。


R0000817.jpg

「ボーラっち、ありがとー!」と二人に声をかけてもらって、
ボーラっちもなんかうれしそう。

最後の最後で手ブレの写真でごめんなさい。






R0000722.jpg

と、ドラマチックな大人の歳末でした。みんなありがとう!



ということで最後に、
今回の写真をFacebookのアルバムにしたのでよかったらどうぞ。




今日は岩手からお友達のピアニストの齋藤卓子さんが、ご主人と一緒に芦屋に遊びに来てくれました。それに伴い、以前から卓子さんにお繋ぎしたかった、バイオリニストの峠ひろみちゃんと坂井ゆみこさんにもお越しいただいてお茶会など。本当は皆さんに...

Posted by 若生 貴大 on 2015年12月30日





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2015年12月24日

東京で玄さん。


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玄さんと、東京で半年ぶりくらいの再会をしてきました。


前の記事に、横山宏先生ご夫妻と、ランチをご一緒させていただいたことを書いた。

その後、新宿歌舞伎町にある日本駆け込み寺の本部にお邪魔した。


俺は駆け込み寺の大阪連絡所として、ボランティアで相談員をさせていただいています。




ただ、一人でやっているので、「こういう対応で良かったんだろうか?」っていう疑問とか、
時折感じる心細さとかがあって、本部スタッフの方々との連携を深くしたいとか、
こういう相談の時はこういう対応、といったケーススタディの確認などなど、
そんな目的での駆け込み寺本部への訪問でした。





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駆け込み寺入り口。


スタッフの皆さん、とても暖かく出迎えてくださって、メッチャうれしかった。

たまに、相談者さんのことで、電話連絡をしあうこともあるんだけども、
いつも電話でしか話したことのないスタッフの方と、直接会えて嬉しかったり。


なんというか、同士なので、妙に心強いというか連帯感とか絆みたいなものを感じたり。



玄さんもいらっしゃって、

「おう!よう来たな!」と。


俺がまだ仙台にいて、駆け込み寺仙台支部の立ち上げスタッフだったころ、
玄さんは俺のことを「わこうくん」と呼んでいた。



でも今は「おう!わこう!」(愛情あるニュアンス)だ。

相談員をするようになって、こう・・身内になったっていう感じ?


俺もなんか兄貴というか親分に久しぶりに会ったという感じでうれしかったなー。



ところで、駆け込み寺は色んな方々が支援してくださっている。




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例えばEXILEのアツシくんも玄さんの大ファンで、
駆け込み寺をガッチリとサポートしてくれている。

俺も玄さんのおかげで、アツシくんと会ったことがあるのだよ。







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俳優の渡辺謙さんと一緒の写真も。

渡辺謙さんは、ご自身が脚本と主演で、玄さんの生き様を描いたドラマを作った。


その時の対談の写真などが飾ってあった。



その後、「わこう、焼き鳥行こか。」と近所の焼鳥屋さんで、サシでメシ。


いやー、弾丸のようにいろんな話が出てくるんだけども、
印象的な話がいくつかあった中で、


「物事は1、3、5や。1年続けたら次は3年。3年続けられたら次は5年。
5年続けられたらまぁ、そこそこモノになっとるで。」

「ボランティアでやってるんやから、リキまんと長く続けることや。」

「自己満足でええねん。解決だとか結果とかええねん。
相手は話を聞いてくれただけで気持ちがラクになる。
自分はなんかお役に立てたかもしれんしうれしい。それで充分や。」


などなど、玄さん語録がいっぱい出た。



そして、ずーっと玄さんが一貫してブレずにいるのは、


「たった一人、目の前のたった一人でええねん。」


ということ。


これは、いつ、何回、玄さんと会っても、絶対にブレない。


「目の前の一人を救いたいという本筋から外れて、
10人、100人をいっぺんになんとかしようと思うと、とたんに変なことになんねん。
欲とか、エゴとか。どこまでいっても目の前のたった一人。これや。」


以前、大阪で玄さんのイベントの主催をお手伝いしたとき、
たくさんの人に来てもらいたくて、大阪の新聞社にプレスリリースしたんだけども、
その時も、

「たくさん周知するよりも、目の前の一人。
少なくても思いのある人が来てくれれば充分や。」

とたしなめられた事があったけど、
やはり現在も玄さんはそこの部分は全くブレない。


俺が今やっている仕事のひとつに、食べ物と身体に関する仕事があるんだけども、
「たった一人」というのはこれにも通じることだなと。



相談員を続けていくにあたり、また原点回帰した感じだ。



そして、俺がなぜ駆け込み寺の相談員という道を決めたのかというと、
もちろん、いろんなご縁で玄さんと繋がったということももちろん大きいんだけども、
それよりも何よりも、玄さんの空気感だ。


東北大震災以後、関西では避難者や移住者に向けてのいろんな活動をするための、
ボランティア団体やNPO団体があって、本当にいろいろな活動やイベントを行ってくれている。

俺達が関西に移住してきたとき、自動的に避難者のリストに入ったようで、
とにかく毎月、いろんなイベントのご案内が届く。


関西に来て少し経ったころ、俺はそういったボランティアに入って、
避難者の人たちをケアする方に回りたいなと思って、そういう会に行ったことがあった。


だけども、そういう場所に行くと、俺みたいな元チンピラはなんか水が合わないんだよ。



だけども、今年一月に、大阪に玄さんと書家の高野こうじさんをお招きしたとき、


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なんかガラの悪い二人が入ってきて(笑)、あぁ、俺の居場所はここなんだな、と思った。

この空気感のほうが俺はメッチャ馴染む。



っていう話を玄さんにしたら、苦笑いしてたっけな。


パッと見ガラが悪いんだけど、優しく、深く、強い。


玄さんも高野さんも、そんな空気を放っている。



俺もそのスタンスでいたいし、そうありたい。

そのスタイルが許される自由さとか懐の深さが俺が駆け込み寺が好きな理由だ。



とにかくまずは5年。


できれば、ライフワークとして一生、駆け込み寺の活動を続けていきたい。


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玄さんとの再会で、そんな初志の熱いものを思い出した。


ありがとうございます。



リキまず、淡々と続けていきます。



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2015年12月23日

横山宏先生とGTロマン。

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りえさんと一緒に、2015年最後の東京出張に行ってきた。

主な目的は、御徒町の宝石街での石の仕入れ。



だけども、今回の出張では、俺にとって天からのビッグプレゼントがあった。



ちょっと話はさかのぼって、
先月大阪で行われた、関西マシーネン会でスタッフとして参加させていただき、
横山宏先生と初めてお会いさせていただいて、
本当に夢のような時間を過ごしたことを過去記事に書いた。



その時に、横山宏先生とご縁をいただき、
御礼方々Facebookでやりとりをさせていただいたんだけども、
その流れで、りえさん共々ランチをご一緒させていただけることに!


ちなみに、りえさんは武蔵野美術大学卒で、
横山先生の後輩にもあたることから、りえさんも横山先生にお会いできることは、
緊張しながらも、とても楽しみにしていたようです。


横山先生をご存じない方のために簡単に説明すると、
ズバリ、世界的に有名なメカデザイナー兼イラストレーターで、
世界中にファンがたくさんいらっしゃいます。







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新宿で待ち合わせさせていただき、横山先生、奥様の律子夫人とお会いできました!


本当に夢みたい。



あらためて、先月、関西にお越しいただいた御礼を申し上げつつ、
模型から、デザインの話、猫の話、写真の話、車の話と、
とにかく多岐にわたり、ブワーッと話が尽きることがなく。


俺ももちろん、Facebookでは横山先生の投稿は、隅々までチェックしてるんだけども、
先生も、俺がかなり前に投稿した写真のことなども覚えていてくださって、本当に感激した。


特に、今年3月に16歳で死んでしまったニャンの

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まるちゃんに、先生は「塩大福ちゃん」と名付けて、
奥さまと話題にしていたと聞き、胸がいっぱいになった。


まるちゃんが死んでしまった時は、先生もショックだったと・・



本当に幸せ者だったんだなー、まるちゃんは。




そして、今回もあつかましくも、またサインしていただいたんだけども、


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その本とは、


横山宏 Ma.K.スケッチブック〈vol.1〉横山宏 Ma.K.スケッチブック〈vol.1〉
横山 宏

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Ma.Kスケッチブック。


横山先生がデザインを考えている過程のイラストや、サラサラとメモ書きしたものまで、
とにかくビッシリとイラストが書いてある本なんだけども、
実は俺はS.F.3.Dやマシーネンのストーリーとか系譜は、あんまり詳しくなくて、
純粋に、横山先生のセンスとかデザインに惚れたというか、大好きなのです。

なので、このスケッチブックは、メッチャツボに入っています。



特に、はじめてクレーテを見た時の衝撃は、いやー、凄かった。



シュール。とにかくシュール。


でも、なんかこう・・兵器というイメージより、ゴシック調というか、パンク調のロボット、
みたいな印象を受けた。

だけども、模型に出戻った当初は、そのイメージを具現化する技量が無く・・・


そして、出戻って約6年、やっとこさ、イメージを具現化できたのが、

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このクレーテなのであります。





先生に、クレーテを見た時の衝撃は凄かったということをお伝えしたところ、


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サラサラサラ~っとクレーテを書いてくださった。

りえさんも、先生が喋りながらもサラサラサラ~と書いていくのに見入っては感動していた。


また我が家にひとつ家宝が増えました。




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その後、俺の愛車(社用車)、ボーラっちの話から、車談義に。


先生もアルファロメオをこよなく愛する、筋金入りのアルフィスタ。



俺も外車歴25年以上になるんだけども、
その外車道に入るきっかけが、西風さんが書いたGTロマンという漫画だという話をしたところ、


「あ、僕ね、出てるんだよ。GTロマンに。」



え?え?えーーーー?






確かに、アルフィスタで、横山先生に似た感じのキャラの人はいたなと。



家に帰ってから、ソッコーでGTロマン見たら、いっぱい登場してました。

横山宏(ひろし)さんというほぼ実名で。


俺が好きなシーンは、

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ジャガーEタイプの英鉄とバトルしているこの横山くんや







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「蛇の穴出身者」と言われて、むしろ喜んでいる横山くんとか・・・



これが横山先生だったとは!



しかも、よくよく見ると、


KIMG0745.jpg

4巻の裏表紙に、イラストとコメントが載ってた!



GTロマン 4 (ヤングジャンプコミックス)GTロマン 4 (ヤングジャンプコミックス)
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知らなかった・・・



横山先生とGTロマンを書いている西風さんはお友達で、
GTロマンの登場人物は、ほとんどが実在の人物をモデルにしているんだそうだ。


先生には聞けなかったんだけども、
漫画の中の横山くんは、かなりのスピード狂なんだけども、
カーブを曲がりきれずに岡をジャンプした話があって、
あれは実話なのかな・・・いつか先生に聞いてみたい。



俺の車のボーラっちも、かなりHOTな車なので、
GTロマンの中の横山くんに、とても共感しちゃうんだよなー。ついつい飛ばしちゃう。



6年前に事故で亡くなった親友、あべはりさんも、GTロマンが大好きだった。

あべはりさんは鍼灸師だったんだけども、
自分の鍼灸院の待合室にはGTロマンが置いてあった。



もし、あべはりさんが生きてたら、この状況は絶対に喜んでただろうなー。本当に残念だ。








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と、驚きと感動・感激の連続で、あっという間に時間が過ぎていきました。


横山先生、奥さまの律子さん、本当に本当にありがとうございました。



これからもマシーネンを愛し続けるのだ!



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2015年12月02日

関西マシーネン会2015 恩返しと感謝と。

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先週の土曜日の2015年11月28日は、俺にとって生涯忘れられない一日となった。


前の記事にも書いたけれども、関西マシーネンクリーガーの展示会、
関西マシーネン会 秋味!にスタッフとして参加させていただきました。


この記事では、当日のレポートや所感を書こうと思います。



ちょっと話は三年前に戻って、俺が仙台から2012年に関西に移住してきて、
まだこっちに来たばっかりのころは、だーれも知り合いや友だちがいなくて、
メッチャ心細かったし、軽い鬱になったりもした。


しかし、いつまでもそれじゃいけないと、一念発起して参加したのが、
2012年に大阪で開催された、Ma.K大阪テンジカイだった。


とにかく友達が欲しかった。



ちなみに、その時に持っていったのが、

R0020823.jpg

この鉄板塗りしたグローサーフント。製作記はこちら。



あのテンジカイのときはまだ、関西に移住してきて2ヶ月くらい。

初めて乗った電車、初めての難波や日本橋、
あたりまえだけども、全く知らない人たち。メッチャ心細かった。


しかし、展示会後の懇親会で同じテーブルになった、環さんを始めとした方々に、
本当に暖かく迎えていただいて、本当に本当にありがたかった。


tenjikai.jpg

環さんにiibaマスター、エバラッチさんにたけさんと、なかなか濃ゆーいテーブル。

そこに、当日ゲストとしていらっしゃっていたMAX渡辺さん。

いやー、大阪スゲェ!と思ったね。



まさか、これが俺の関西ライフの出発点になるとは夢にも思わなかった。



このあと、環さんからお声がけいただいて、
モデラーズエキスポのスタッフを2012年から3年間させていただたことになり、
活動の幅がグワーッと広がっていくことになったわけです。


たくさんの人達と出会い、ご縁をいただき、有名なモデラーさんやライターさんと知り合い、
俺はこんなに幸せでいいのかと何度思ったことか。



そして2012年のMa.K大阪テンジカイのとき、
スタッフの人達が輝いて見えて、本当に眩しかったんだよ。



そして、俺はその大阪テンジカイがすべての始まりとなったことに、
心から感謝すると同時に、恩返しがしたいと思った。


そこで、僭越ながらマシーネンでもスタッフにまぜていただくことになった、
というわけです。



こういうイベントは、もちろん当日のいろんな準備や運営も大変なんだけども、
そこに至る前の、告知や申し込み管理が大変なのは、
過去にいろんなイベントを主催してきたからよくわかる。


だから、イベントの大きな舵取りや運営は、先輩方にお任せするとして、
俺は事務方として、こまごまとして面倒な部分を担当させていただこうと。


特に、申し込みいただいた方々への返信やお知らせ、
名簿の作製や管理などなど事務方に徹した。

公式サイトも作らせていただいた。




俺が関西マシーネン会スタッフとして参加した一番の動機は、恩返し。



俺の関西ライフのすべてのきっかけとなった、あの三年前のテンジカイ。

それに対する感謝の気持ちです。



感謝が動機だから、何をやってもうれしいし、楽しい。


そして、俺がスタッフとして関わることで、Ma.Kファンの皆さんと、
いろんなことを共有できたり、おこがましいけど還元できたりしたらいいなぁと。


そんなことを思いながらスタッフとして参加させていただきました。




そして、自分の中に秘めたひとつの野望があった。




いつか、横山宏先生にお会いしたい。

それも、1ファンとしてではなく、もう一歩踏み込んだ近い立場で。




という野望。


ただやはり、そこは陰陽で、
自分がスタッフとして一生懸命やらないと到達できないなと。



まだ仙台にいたころ、
模型店ではじめて横山先生が書いたイラストの箱絵を見た時の衝撃。


DSCN1897.jpg

とにかくカッコイイ。



ちなみに、5年くらい前、模型に出戻ってきて初めて作ったマシーネンは、

IMG_4026.jpg

これです。

拙い作品で恐縮です。


そして、マシーネンはいい意味で中毒性があるから、
作れば作るほど入り込んでいく。


そのすべてのデザインをされている横山先生は神だ。



そして、マシーネンのイベントのスタッフをやっていれば、
いつか横山先生とお会いできる機会が絶対にある!


そう信じて、2012年の神戸展示会、今年1月のMa.新年会と、
スタッフとしてキャリアを積んできた。


先にも書いたとおり、第一の動機が恩返しなので、
先生にお会いするまで何年かかったとしてもいいのよ。


と、そんな心境で今回の関西マシーネン会を迎えることになったわけです。



マシーネン会前夜、横山先生とFacebookのコメント欄で会話させていただき、
もう俺は、遠距離恋愛で初めて会う人を待ち焦がれるような感じに、
気持ちが高ぶっていた。

実際にお会いしたら、失神してしまうんじゃないかと思うくらい。

失神は大げさでも泣いちゃうかもしれない・・くらいに思った。



しかしフタを開けてみれば、マシーネン会の受け付けをしていたもんだから、
横山先生がいらっしゃっても、なかなかご挨拶ができない。


そして、横山先生は皆さんに愛されているので引っ張りだこ。


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そして、先生も精力的に作品をご覧になっては写真に撮り、アドバイスなどを。


完璧にタイミングを逃してしまった・・・・


MAX渡辺さんもいらしていたんだけども、同様に受付から離れられず、
ご挨拶すらできない・・・



ちょっと涙目だったけれども、受付のピークが過ぎ、
あんもさんが受付を代わってくださったりして、やっと横山先生とMAXさんにご挨拶できた。


横山先生からは、

「いつもFacebookで見てるから初めての感じがしないね!」

と本当にうれしい言葉をいただきました。



MAXさんもにこやかに、

「ひさしぶりですねー!」

と、お声がけくださって、メッチャうれしかった。



とにかくなんか舞い上がっちゃって、もうなんだかわけわかんなくて、
「ありがとうございます!ありがとうございます!」しか言えなかった。(笑)



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その後、かなり前に買って年季の入ったモデリングブックを持っていったので、
サインをお願いしたら、好きなメカのイラストを書いてくださるということで、
デザインから30余年の末に、やっと来年1月に発売される、グラジエーターのイラストを。


とにかく、話しながらでもサラサラサラ~と書かれます。さすがです。




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見てください。これ。

家宝です。




そして、MAXさんからも、


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MAX渡辺のMa.K大好き vol.2にサインしていただきました。

家宝その2。



俺の作品を見ていただき、アドバイスをいろいろといただいた。



そして、

R0002825.jpg

「スポットライトがこっちからこう当たったほうがカッコよく見えるから、
こう置いたほうがいいよ。ホラ、いいでしょ!」


と俺の作品を配置してくださった。

家宝その3。






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今回のイベントの目玉でもある座談会には、ものすごい人だかりができ大盛況!

俺はビデオのカメラマンをさせていただきました。



録画したものは、俺が編集をさせていただき、YouTubeにアップしたので貼っておきます。

この生データは家宝その4。



とにかくみんな横山先生が大好き!


子供の頃からの憧れという人の多いこと多いこと。


マシーネンの前身であるS.F.3.Dの時代から33年だもんね。

33年だよ!




当時のホビージャパン読者だった中学生が、もうみんなオッサンですわ。

もちろん俺も。




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サイン待ちの行列。


そのおっさんたちが、子供みたいに目をキラキラさせて喜んでる姿を見て、
あー、スタッフやってよかったな〜と思った。心の底から。


少し恩返しできたかな。




マシーネン会の本チャンが無事に終了し、今度はミナミに移動して懇親会。




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MAXさんが向かいの席に来てくださったので、俺は三年前にMAXさんが言ってくれた言葉に、
とても感銘を受けて、それが現在の俺の模型スタイルとなったことへの御礼を言うことができた。


三年前の大阪テンジカイで、MAXさんは、


「模型はたくさん作ると上達するし楽しい。とにかく作って作って作りまくれ。
塗って塗って塗りまくれ。」


といった内容の事をおっしゃっていた。


その頃俺は、一つの作品を細部までこだわって作りたい気持ちもある反面、
他にもたくさん作りたいものがあって、いくらやっても時間が足りない。

その狭間で悩んでいた時のこのMAXさんの言葉で、
パカーンと頭を割られたような心境で、メッチャ気持ちが楽になったんだよ。



俺は自分で、模型は下手ッペと思っている。

下手ッペだから、人の何倍も作って、塗って、やっと人並みになれるのかなと。


だからよく、「わこうさんは作るの早いよねー。」と言われるけれども、
この時のMAXさんの言葉のおかげで、うまく作ろうと思わずに、
ただただ作りたいものを作りたいように作る、とシフトできたおかげなのです。


そして、数を沢山作っていけばいつか上達するだろう、と。


そんなこんなを、すべて伝えられたわけではないけれども、
とにかく感謝している、という御礼だけはMAXさんに伝えられたので、
本当によかったな。



その後、二次会まで横山先生、MAXさんともお付き合いくださり、
深夜まで盛り上がったのでした。




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落ち着いて、ホッとした感じの横山先生。







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深夜、お店を出た直後のお二人。

横山先生がブレてしまったんだけども、なんかいい雰囲気の写真だったので。



そしてその後、先生とMAXさんを大阪市内のホテルまで、


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ボーラっちでお送りすることになり。

ウォー!レジェンドお二人が俺の車に!もう手放さないぞ!家宝その5。


もしかしてもしかすると、そんなこともあるかもしれないと、
前日にピカピカに洗車しておいてよかった。


MAXさんが、ボーラっちを見るなり、

「おー!ボーラだ!僕も過去に候補にあがった車なんだよねー。」


まーじすかー?!メッチャうれしい・・



横山先生もV6のアルファに乗っていらっしゃるので、
V6仲間ということで車中で車談義に花が咲き。

「わこうさんも車好きなんだねー。」

などと話をして、もう天にも昇る気持ち。


ホテルまでのわずか15分程度の時間だったけれども、
俺が先生とMAXさんを独り占めしてるんだぜ!エッヘッへ。



そんなこんなで、長い長い、人生最良の日が終わったのでした。




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横山先生とのツーショット。


先生は、終始ファンサービスを忘れず、何を求められてもにこやかにご対応されていて、
本当に神だなーと思った。


とにかく凄いオーラを出していたし、
みんなそのオーラに巻き込まれ、包み込まれていくようだった。


芸能人と直接会うと、テレビで見るのと違って、ものすごいオーラを感じるけれども、
横山先生にもそんなオーラがあった。



俺がこんなこと書くのもおこがましいんだけども、
昔はバリバリにエッジが立ってたと思うんだけども、
そういう人は本当の優しさを知っている、持っている、と思う。



これからは、模型での繋がりももちろんなんだけれども、
俺も一人の人間としても、もっと自分を高めて魅力的な人間になり、
新たな気持ちで横山先生と関係性を築いていけたら幸せだなーと思った。


横山先生、MAXさん、関西マシーネン会スタッフの皆さん、ご参加いただいた皆さん、
ご協力・応援を頂いた方々、支えてくれたりえさん、本当に本当にありがとうございました。



最後に、俺目線で撮った関西マシーネン会の写真をアルバムにしたので貼ります。

会場に来られなかった方にも雰囲気や熱気が伝わればいいなと。



昨日の関西マシーネン会、東京から 横山宏先生と MAX渡辺先生にお越しいただき、大盛況のうちに終了することができました。本当に本当に本当にありがとうございました!スタッフとして受付にいる事が多くて、すべての作品を撮ったわけではないのですが、わこう目線の写真をアップします。

Posted by 若生 貴大 on 2015年11月29日





posted by わこう at 00:12| Comment(2) | 普通の日記。 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年11月11日

ふたりで天河さん。そして愛。

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りえさんとふたりで奈良の天河大弁財天社に行ってきた。


俺は単独で6月に、天河さんにはお参りを済ませていたんだけども、
今回はふたり。


この「ふたり」に意味がある。



毎朝、我が家の簡易神棚に手を合わせているんだけども、
ある日、天河さんから「りえさんを連れてこい」と言われたような気がした。


それがひと月くらい前かなー。


それをりえさんに伝えたところ、
じゃあ、そのうち予定を合わせて行くか!となった。


ただ、具体的にいつ行くかはなんとなく決めずにいて、
1ヶ月ほど経ってしまった。



ところで、うちは基本的に仲がいいので、喧嘩はほとんどしない。

たとえ喧嘩しても、話し合って持ち越さないようにしている。



だけども先日、珍しく朝から激しい喧嘩。

その日は俺は大阪に出勤の日だったんだけども、
俺は大きなモヤモヤを抱えたまま大阪で仕事をした。


結局、帰ってからキチンと話し合って和解した。


その話の流れから、仲直りもしたところで、
明日はどこかに一緒に出かけようという事になり、
そうだ!天河さんに行こう!と。








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雨が降っていたんだけども、雨の天河さんはまた風情があっていいなと。






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本殿にお参り後、道路向かいにある大イチョウの木へ。


ちょうど雨で葉っぱが落ちて真っ黄っ黄で、凄いことになってた。








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りえさんと大イチョウ。








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そして、本殿よりもっと奥にある禊殿へ。

俺達の他には誰もいなくて、凛とした空気を醸し出していた。



そういえば、2012年には、仙台から友人がきて、

R0026153.jpg

この禊殿で行われた、大きなご神事に参加させていただいたんだっけなーと。


その時にいろんな気付きがあったんだけども、天河さんの柿坂宮司の、
「人のために祈り、人のために尽くす」という姿に、
メッチャ感動したし、自分もそう生きたいと思ったことを思い出した。


愛の度数の高い人間でいようと。


その、ご神事の時の所感は、YUKINEの芦屋BLOGに書いた。


この記事内にも書いたんだけども、
愛の度数が高いってどういうことなのかは、

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この、アミ小さな宇宙人を読むとよくわかる。


見返りを求めずに人のために与え続けること。


言葉で書くと簡単だけど、実際にやるのはむずかしい。



だけども、そこにパートナーシップや人間関係の鍵があると思うんだよな。


愛っていうのは無限に湧いてくるものだと思うし、
それをパートナーとか、自分の周りの人間関係に与え続ける、
それが人生の醍醐味なんじゃないかと。


天河さんに行くと、凄いシンクロでバッタリ人と会ったり、
なんかとんでもない出来事が起こったりすることが多いんだけども、
今回のりえさんと二人での参拝は、特に特別なことは起こらなかった。


だけど、しっとりと雨の降る吉野山をボーラっちで走りぬけ、
静まりかえった天河さんや禊殿にいる時間を二人で共有し、
前日の大喧嘩もあって、その時間がとてつもなく大切に思えた。


俺たちはあと何年生きるのか。そして、どっちが先に死ぬのか。


そんなことはわからないけど、とにかくどうなってもいいように、
あらためて、綺麗に、丁寧に生きようと思った。



その後、天河さんから車で15分くらいの、

R0002175.jpg

洞川温泉にある龍泉寺にお参りして帰ってきた。



家に帰ってから、そういえばあの2012年の禊殿での御神事は、
いつだったんだっけと思ったら、



三年前の明日だった!



今回天河さんに行ったのが11/9。

そして、三年前の御神事が11/10。




さらにさらに、去年の11/10には、



11-10_1.jpg

出雲大社に行ってたんだった!!日帰りで!


11月のこの辺の日は何かあるのかな。



そんなこんなの天河参拝でした。



またいつものごとく、写真を撮りまくったので、
Facebookのアルバムにしたので貼っておきます。



アルバム

ひと月くらい前から、天河さんから「りえさんを連れて一緒に来い」とメッセージがあり、家には天河さんの古い御札があってお返ししなければいけなかったこともあって、りえさんと天河さんにお参りしてきました。気がつけば、三年前の今日は、天河さんで行...

Posted by 若生 貴大 on 2015年11月9日



特に大事件があったわけじゃないんだけども、
天河さんから帰ってきてからというもの、俺もりえさんも、
なんか愛が溢れ出る感じで、なんか仲いいよ。前にも増して。



最後はノロケでメンゴメンゴ。



posted by わこう at 00:53| Comment(0) | 普通の日記。 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年08月31日

思いが巡るお伊勢さん参拝2015_8。

IMGP5518.jpg

先日の浜松ジオラマグランプリの帰り道、伊勢神宮にお参りしてきた。


我が家には、簡易的なものではあるんだけども神棚があり、
御札を3つお祀りさせていただいていて、毎朝手を合わせている。


箱根の九頭竜神社と、吉野の天河大弁財天社、
そして、数年前にりえさんがお伊勢さん参拝の時にお迎えしたお伊勢さん。


俺自身は、12~3年前に、お伊勢さんに参拝させていただいて以来、
ずーっとご無沙汰だったので、タイミングが合えば、いつかお参りしたいと思っていた。


そんな中、ある朝、いつものように神棚にお参りしていたら、お伊勢さんから、


「いつ来るんだ?早く来い。」


と、ちょっと厳し目口調でメッセージが頭のなかにガーンと入ってきた。


たしかに、今年はお祀りさせていただいている他の二社には、
すでに参拝を済ませている。







だから余計に、
近いうちに早くお伊勢さんにも行きたいなーと思っていた矢先のメッセージ。

というか、もうここまで来ると「行かなければいけない!」という義務感ね。


日本人としては、やはり天照大御神さまにきちんと手を合わせたい。


そんなときの浜松ジオラマグランプリだったので、せっかくだから、
帰り道に三重県からグイーンと伊勢志摩半島を経由して帰ろうと。


ということで、浜松ジオラマグランプリに搬入した次日の朝、
8時にはホテルを出発してお伊勢さんに向かった。


ナビで見ると、浜松からお伊勢さんの外宮まで222キロ。

おー、ゾロ目だよ。ドライブするにはちょうどいい距離だな。


ということで、順調に東名から伊勢自動車道に入る。



ちょっと話は変わって、このBLOGには何度も書いているけれども、
俺は昔、トラックの運ちゃんだった。


初めて乗ったのは23歳のとき。


それまで4トン車も運転したことがなかったのに、
大型免許とっていきなり10トン車に乗った。

当時はまだバブルの名残があって、運転手が不足していたもんだから、
大型持ってると重宝がられた時代。キャリアの有無はあまり関係なかった。


当時走っていたのは、佐川急便の松坂便。


仙台から名古屋や四日市を経由し、そして三重県の松坂へ。


片道1000キロ。

何かあってもそうそう簡単には帰れない距離だ。


あたりまえだけども、
どんなにイヤでも、自分で走らなければ帰れない。


平均時速100キロで走っても10時間かかる。


文字面で見れば、「あたりまえだろう!」となるけれども、
実際にその時間と距離の壁を目の当たりにすると、けっこう面食らうよ。

だって、簡単に「平均時速100キロ」っていうけれどもさ、
貨物は高速道路は全線80キロ制限だからそんなにスピード出せないし。

一度出たスピードを、どれだけペースを落とさずに走れるかがキモになる。

それが10時間以上続くわけだから今思えば大変な仕事だったな。



今はどうだかわからないけど、1990年代の夜の東名高速はトラックだらけ。

みんなハイペースで、前のトラックとの車間距離なんてわずか数メートル。
そんなギッチギチのやりとりを経て、そのまま首都高に流れ込む。

東北道に入ると、トラックの数がだいぶ減って、
そこではじめてすこしホッとする、みたいな感じだった。



久しぶりに伊勢自動車道を走り、あのトラック現役時代の、
絶対的な時間と距離の壁に、絶望に近い感情を覚えたこと、

東北とは雰囲気が全く違う土地にいて、とてつもないアウェイ感に襲われたこと、

積み込みが始まるまで、松坂の佐川急便の休憩室で仮眠をとるんだけども、
夕方になると近所の小学校から「カーラースーなぜ泣くの」と放送が聞こえてきて、
グワーッと寂しさが襲ってきたこと、

当時結婚していた嫁さんや子供のために、とにかく踏ん張って仕事したこと、

よく行った松坂のドライブインで食べた牛すじの味・・



いろーんな記憶や感情がグワーッと蘇ってきてなんか涙がポロポロ出てきた。



お伊勢さんに近づくにつれ、そういう感情の解放だとか、霊的なプレッシャーとかで、
だんだんとしんどくなってきた。


走っても走っても着かない・・みたいな錯覚とか。



そして、やっとの思いで、

IMGP5385.jpg

外宮に到着。


この日は、ピーク時よりはマシだとはいえまだまだ暑く、外宮参拝だけで汗びっしょり。



そして、やっとの思いで内宮近くに着いたんだけども、
一番近い駐車場は2時間待ち。

なので、少し離れた駐車場に停めて、荷物も最小限に、
なるべく軽装にし、一眼レフを斜めがけして出発。


いやー、それでもしんどかったわ。


汗でベタベタなことも相まって、とにかく暑い!不快指数MAX!

で、持っていった一眼も、
俺が持っている中でも一番重いレンズだったこともあり、
いやー、なんかしんどいのよ。


でも、今思うと、あのしんどさは、肉体的なものではなく、
霊的なものだと思う。


こう・・「それでも来るか?」と試されているような・・


駐車場からの距離も加味すると、内宮の本殿まで1時間くらい歩いたかな。


暑いので、熱中症にならないように、写真を撮りながらのんびりと。


一人だし、別に他の人のペースに合わせなくてもいいので、
そういう意味では気がラクだった。


で、いくつか鳥居をくぐるわけだけども、
本殿に一番近い鳥居をくぐったときにはじめて、
突然、身体も霊的にもフッと軽くなって、「よく来たな」というウェルカムモードな感じに。


IMGP5518.jpg

そして、やっと、念願の内宮本殿を参拝させていただいたのでした。


この時点で、浜松を出発してから6時間くらい経ってたかなー。

だけども、その6時間がまるで3日くらいかかったような感じだった。


いやー、なにがどうしんどいのかわかんないんだけども、
とにかくしんどかったよ。


この感覚は、以前、出雲大社に参拝させていただいた時も感じた。

走っても走っても距離が縮まってない感覚とか。


で、参拝を終えてなんかスッキリして、

IMGP5423.jpg

おかげ横丁で赤福買って帰ってきた。



今度は、りえさんとふたりで参拝したいな。




今回の参拝の途中に撮った写真をFacebookのアルバムにしたので、
よかったら御覧ください。






関西に来て3年が過ぎ、帰り道に伊勢道から名神に入り、
看板に京都の文字が出てきて、
「あー、帰ってきた」と感じるようになた自分に気付く。


だんだんと、関西人になってきた感じがするなー。



今回は、芦屋→浜松→伊勢神宮→芦屋と、走行距離700キロの旅だったけども、
車で長距離を走るのがしんどくないのは、やはりトラック運転手の素地があるからだと思う。


まだまだ行ったことがない土地も多いし、これからも走りまくりたい。



posted by わこう at 22:12| Comment(0) | 普通の日記。 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年08月17日

夏休み2015 豊岡〜京丹後の旅。

2015_8_7.jpg

夏休みは毎年恒例で、
りえさんのマブダチのけいちゃんが住む、豊岡に遊びに行くんだけども、
今年も行ってきたよ!


去年はずーっとあいにくの雨で海水浴ができなかったんだけども、
今年は見事に晴れて、絶好の海水浴日和。





2015_8_6.jpg

ボーラっちも今年で2回めの豊岡です。


これと言って特段事件があったわけでもないので、
写真を淡々と貼っていきます。





2015_8_8.jpg

1日目は、京丹後の久美浜で。

いやー、とにかく綺麗なところだったよ。







2015_8_9.jpg

久美浜に着いたのが午後一時くらいだったんだけども、
ちょうど朝から来ていた人たちとの入れ替わりみたいな感じで、
浜には俺たち以外ほとんど人がいなかったので、プライベートビーチ状態。


で、テーブルとか持っていったので、
のんびりと飲み食いしながらたまに泳いで・・・なんていう、贅沢な時間を過ごす。


1日目に撮った写真は、Facebookのアルバムにまとめたのでどうぞ。







2日目。


今度は海水浴場として有名な竹野浜に。





2015_8_4.jpg

テンション上がりまくりの俺。

髪がジャンバラヤになってます。




で、今年もりえさんとパラパラ写真作ってみたよ。





2015_81.gif

まぁ、あいかわらずバカップルですいませんね。

仲いいもんでね。



※ブラウザによってはうまく動かないかもしれないんですが、
そのときはすいません。





2015_8_1.jpg

海の家でラーメンを食べる前、りえさんと一緒に髪をくくるの図。




今度は竹野浜から豊岡市内に戻ってきて、
かき氷で有名な、「谷口」さんへ。


ホントは今川焼屋さんなんだけども、夏の間はかき氷専門店になるんだってさ。

今川焼きとか一切なし。かき氷オンリー。


その割り切りがすごいね。






2015_8_2.jpg

夕方にもかかわらず、行列ができてたよ。





2015_8_3.jpg

やっと順番が回ってきて、急いで食べたらキーン!!みたいな。(ネタね。)



二日目の写真もFacebookのアルバムで公開しました。






豊岡は、なんか東北のいろんな場所に似てるところがあって、
いつも懐かしいんだよなー。


そして、毎年豊岡から帰ってくると夏が終わる・・みたいな。


窓を開けると、もうなんとなく秋の匂いがするもんね。






2015_8_5.jpg

けいちゃんはもともとりえさんのマブダチだけども、
もう俺のマブダチでもある。(と俺は思っている。)


毎年素敵な場所に案内してくれて、一緒に遊んでくれて、
笑って、語って、毎年本当に楽しい。


けいちゃんありがとう。


また遊んでちょー。




と、今年も充実した夏休みでした。




posted by わこう at 22:25| Comment(0) | 普通の日記。 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年07月15日

バイク雑記。

我が家ではもう長いことバイク禁止令が出ている。



りえさんと暮らすようになってから、バイクに乗ってない。



何年かおきに、そろそろバイク乗りたいなーと、
いろんな手を使ってりえさんにジャブを打ってみるんだけども、
あー、ハイハイと軽くあしらわれて終わる。



昨日に至っては無反応だった。



無反応のりえさんが一番怖いんだなー、これが。



20150715132226823.jpg
ということで、東本昌平氏のRIDEXを読んで、バイクに乗った気分になって浸ろうと。



バイク模型のモチベーションアップや、資料としても素晴らしいんだなー、これが。



ますます乗りたくならないのか、などという野暮なことは聞かんといてください。



おねがいします。



ホントおねがいします。






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posted by わこう at 13:36| Comment(2) | 普通の日記。 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年07月11日

あべはりさんの話 追記。

先日、大阪のチャネラーさんに仕事のことを聞きにいったんだけども、
思いがけず、今年の春に死んでしまった愛猫のまるちゃんや、
6年前に事故で突然逝ってしまった親友、あべはりさんからメッセージがあり、
気持ちがとても救われた、という記事を書いた。



このあへはりさんに事について、実はもうひとつの驚くべき話があるんだよ。


ただこれには、俺からするととてもデリケートな部分があり、
BLOGに書くことをちょっとためらったんだけども、
この話に登場するご本人から、ぜひ書いてほしいと言われたので、
書くことにしました。


今回も亡くなった人からのメッセージの話なので、
そういうのが苦手な方や不快に思われる方は、読むのをお控えください。


あべはりさんが事故で亡くなって少しの間は、
俺も時折、あべはりさんが近くにいるような気配を感じたりすることがあり、
「あ、来てるんだな。」と思うことがしばしばあったんだけども、
いつぐらいからだろう・・気がついたら気配を感じることが無くなっていた。


心の中で念じたり問いかけたりしても、なんの返事も無く・・・

夢にすら出てこない。


だから、

「あー、あへはりさんは、次のお役目のためにこの世にもういないか、
ひょっとしてもう別な何かに生まれ変わっているのかな?」

などと思ったりしていた。


だから、先日、チャネラーさんを通じてメッセージをもらったのは、
本当に思いがけず嬉しかったんだよ。


ただ、その時、チャネラーさんが


「あべさんには、恋人なのか・・
なにか大切な約束をした人がいるはずなんですが・・」


と。


あべさんには生前、いろいろとケリをつけたあとに出会った、
恋人Tさんがいたんだよ。


そして、そのTさんと一緒に、あべさんの鍼灸院の中で、
新たな仕事をしていこう!とインスパイアしていた矢先の事故だった。


だから、突然のあべはりさんの事故死は、
いろんな意味で本当に無念だったんだよ。



チャネラーさんは続けた。


「その方との約束が守れなかったことを、
本当に申し訳なく思っている、と言っています。」


と。



さらに、

「今は、その方へのサポートに全力を注いでいるために、
生前お世話になった他の方々へのことがあとまわしになっちゃって、
本当にすいませんと謝っています。」


なーんだ、そうだったのか。わははー。

ホントあべはりさんらしいやと、妙に納得してしまった。



と同時に、Tさんのことを思うと、俺も胸が張り裂けそうだった。


もし、この事を我が家に置き換えて考えたら、
俺が突然事故で死んだら、死してもなお、
やっぱりりえさんとの約束を守ったりサポートに入ろうと、俺も思うもんな。


あべはりさんはそれを実際にTさんにやっているのだと。


そのあべはりさんの真摯な愛というか、真っ直ぐな心に、
俺もやられてしまって泣いてしまったんだよ。



そして、家に帰ってからもずっと考えていた。

このことをTさんに伝えるべきかどうするか、と。



もし、あべさんが一途にTさんのサポートに入っていることを、
Tさん自身が知らないのだったら、やはりお伝えしてあげたほうがいいよなと。



だけども、俺自身、あべはりさんが亡くなった直後、
たった一度しか会ったことのない変なチャネラーもどきから、
頼んでもいないのに、

「あべさんの魂にアクセスしました。
あべさんは大丈夫だ、心配するなと言っています。」


と、わけのわかんないメールを送りつけてきて、激高したイヤな思い出がある。


まだ親友を失って悲しみにうちひしがれているときに、
頼んでもいないのに勝手にあべさんの魂にアクセスしたあげく、
そんなメールを送りつけてくる。

そんなの受け取れねぇっつーの。

俺が知りたくてこちらからお願いしたんだったらまだしも。


その人だって悪気があってやったわけではないのはわかるけれどもさ、
タイミングとか気持ちとかあるだろうがよ。



俺自身がそういう体験をしているもんだから、
それをTさんに伝えるべきか、伝えざるべきか。

伝えるとしてどういう方法で伝えようか。



りえさんにも一緒に考えてもらったところ、りえさんが、


「そうだ!最近Tさん、Mちゃん(りえさんの古くからの友達)と組んで、
よくイベントやったりしてるから、Mちゃんと仲がいいはず。聞いてみようか?」


ということで、まずはMちゃんにおそるおそる電話をかけて相談してみた。
Mちゃんも霊的なこととかオープンな人だから、大丈夫だろうと。


そしたらさ・・・



「わこうさん、あべはりさんからそう聞いたんだー。
そうそう、そうなのよ!」


と。



?????

itokin.jpg

ん?ん?どゆこと?




Mちゃんが言うには、


「Tさんは別なチャネラーさんを通じて、
もうすでにあべはりさんからのメッセージをたくさんもらっていて、
そのサポートをもとに、仕事を頑張ってるんだよ。」


と。










inacyu.jpg

なーんだ、そうだったのか−。


いろいろ心配しちまったぜ!


俺もTさんとここ1、2年は連絡も取ってなかったし、
Tさんのことは心配していたから、
結局、俺が出会ったチャネラーさんを通じて、
あべはりさんだけでなく、Tさんの近況まで知ることができて、
結果的に俺が一番安心した、というオチとなったわけです。



その後、Mちゃんが早速Tさんに話をしてくれたようで、
すぐにTさんからメールがあった。


俺は、映画のゴーストのようなロマンティックな感じなのかと思ったら、

「彼からはおまえ呼ばわりされてます。」

と。(笑)


Tさんの仕事に関していろいろと厳しくアドバイスしているらしく、
なーんだ、あべさんらしいやと。


そういう、なにがなんでも責任を果たそうとしたり、
約束を守ろうとするところ。

死してもなお、それを果たそうとする。
あべさんはそういう不器用な男なんだよ。


そしてそんなところが、俺もTさんも大好きなんだよ。





あべさんとTさんの次元を超えた愛には、本当に心打たれるし、
なんか二人のことを考えると泣けてきちゃうんだよな。


本当に素晴らしい愛だよな。

本当に素敵な二人だな。



でも、あべさんももうそろそろ、
次のところに行かなければいけないと言ってるようだし、
あべさんにとってもTさんにとっても、
悔いのないよう、とことんまでやり抜いてほしいと願うばかりです。



あー・・また泣けてきちゃったよ・・



posted by わこう at 16:59| Comment(0) | 普通の日記。 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年07月08日

心が救われた不思議な話。

今回は少し霊的な話なので、不快に感じる方は読まないでくださいね。


関西に来てまる三年が経過し、仕事も生活もなんとかかんとかできていて、
本当に感謝するとともに、少し先のことを考える気持ちの余裕が出てくるにつれ、
マジで、この関西で俺は生涯かけて何を仕事にしていけばいいんだろうと、
真剣に悩み始めた。

今、望診法の山村先生の事務所では、大阪支店を任されて、
マネージャー的に自由にやらせていただいている。

経理もやっている。


一方で、りえさんの仕事、YUKINEでも、
芦屋アトリエの管理や事務、ジュエリーの撮影やウェブサイトの管理やメンテ、
印刷物のデザインなどなど、いろいろやらせていただいている。


そして、自分の仕事である、WAKO WORKSでは、
様々なお客様に支えられて、コーヒー豆の焙煎・通販、
ポートレート写真の撮影などをしている。



もうね、俺はいったい何屋さんなんだと。



そこで、そろそろ自分が一生歩む方向性を決めたいと、
本気で思うようになった。


ということで、ネットでいろいろ検索した結果、
すごいチャネラーさんが大阪にいるということで、
さっそく見ていただくことになったわけです。


結果から先に言うと、仕事に関しては、俺にとっては寝耳に水って感じで、
予想だにしなかった事なんだけども、いろんな面から見て、
俺にとってもりえさんにとっても、周りにとっても良い結論だということがわかり、
新しい分野にチャレンジすることにした。


若生貴大46歳。

この歳になっても人生まだまだチャレンジですわ。




いろいろと準備があるので、この秋くらいにはお知らせできると思います。
それまでちょっとお待ちください。思わせぶりでごめんなさい。



で、今回の記事は、俺の仕事のことがメインな話ではなく、
このチャネラーさんにより、思いがけず、
今年の3月に死んでしまったニャン、まるちゃんと、
6年前に突然事故で亡くなってしまったあべはりさんから、
メッセージをもらうこととなり、心が救われたんだよ。


このチャネラーさんは、亡くなった人やペットにアクセスして、
メッセージを伝えたり聞いてくれるというセッションもやっている。


で、俺は本当は仕事の話がかなり長くなるんだろうと予想してたんだけども、
そっちの話は前述のとおり、俺の予想だにしなかった展開で、
あっという間に話が終わってしまって、時間がメッチャ余ってしまった。

その上で、「ほかにどんなことを知りたいですか?」と聞かれ、
3月に死んでしまったまるちゃんは、今どうしているのか、
俺と一緒に過ごした16年間はまるちゃんにとってどうだったのか、
ということを聞いてみた。


俺は、まるちゃんの名前と写真を見せただけなんだけども、
そのチャネラーさんは、


「わこうさんとまるちゃんの関係性は、
わこうさんがまるちゃんをとにかくベッタベタに愛していて、
まるちゃんが、ハイハイ、わかってますよ、といさめる関係性だったんですね。」


と言ってクスクス笑っていた。


えー!なんでわかんの?


さらにこう続けた。


「以前、爪とぎをしてはいけない場所で爪とぎをして、
わこうさんが本気で怒ったことがあったことを、
若かったので許してほしいと言ってます。」


と。

その言葉で俺は涙が出そうになったのをグッとこらえた。


俺は一度だけ、本気でまるちゃんを叱ったことがあるんだよ。ホントに。


叱ったあと、まるちゃんは俺が本気で怒ったことがショックだったようで、
その怯えたようなうろたえたまるちゃんを見て、
俺はまるちゃんを抱きしめて謝ったことがあるんだよ。

その時のことは、11年前に記事に書いている。



まるちゃんは、死んでもなお、そのことを気にしていたのかと。


もうね、涙腺崩壊よ。



さらに、


「私たち(死んでしまったふくやきちのことだと思う)は、
完璧に家の中で守られ、食べ物にも不自由せずに与えられ、
みんなそれぞれ本当に快適に暮らしていた。

みんなあなたに感謝している。

もし、なにか負い目を感じているようなことがあれば、
そんなことは考えなくて良いので自分を信じてください。

本当にありがとう。」


と。



俺は、今、わこう家のニャンたちが第二世代になるにあたり、
今一度猫の飼育本を読んで、
いろいろ俺の今までのやり方が間違っていたことに気づいた。


「あの時こうしておけばよかった・・」という後悔があり、
ちょっと懺悔にも似た気持ちがあったんだけども、
まるちゃんはそんなことを気にするなという。



そのメッセージにどれだけ救われたか。



俺も、死んでしまった3匹のニャンには、本当に愛と感謝しかない。


まるちゃんも同じ気持ちでいてくれたことが、本当に嬉しかった。


本当にありがとう。まるちゃん。




そして、まるちゃんからメッセージをもらったように、
今度は、あべはりさんのことを聞きたくなった。


チャネラーさんが最初に発した言葉は、

「ケンカ別れとかじゃなくてよかった。」

だった。


一瞬???だったんだけども、すぐに理解した。


あべはりさんが事故に遭う直前まで、俺達は仲間内で一緒に酒を飲んでいた。

その時のあべさんは本当に楽しそうで、
あまり見ないくらい楽しそうだったんたよ。珍しいくらいに。


続いて、


「最初は、自分が突然死んでしまったことを受け入れられなかったんだけども、
時間が経ち、あ、これが自分の寿命なんだなと受け入れられるようになった。

その時に感じたのは、自分の人生の最後が、楽しい時間で本当によかった、
ということだった。」


と。


それを聞いてその場で泣き崩れたよ。


あべさんとは生前、いろいろ語り合ったけれども、
たまに意見が合わずに口論になることも度々あり、
先の「ケンカ別れとかじゃなくてよかった」はここからきていたのだ。


なんだよーコンチクショー!

でもよかったよ、本当に。本当に本当に本当に本当によかったよ。



もー嗚咽しちゃったよ。


思いがけず、まるちゃんやあべはりさんの気持ちが聞けたことは、
俺の中でいろんな区切りや気持ちの整理がつくことになり、
本当は仕事のことを聞きに行ったのに、それ以外の部分でも、
本当に救われた感じがした。

特にあべはりさんのことは6年越しだもんな。


で、最後に、わこう家のご先祖様からもメッセージがあり、
俺が吉野に月参りしたり、社会貢献をいつも考えていたり、
駆け込み寺などのボランティアをすることに、
わこう家のご先祖様方は「とても期待している」と。


どういうことかというと、俺が子孫として徳を積むと、
ご先祖様方の霊的な格が上がり、
今度は霊格の高いところから子孫のサポートができるようになり、
そのサポートを元に子孫もさらに高い徳を積むことができ、
好循環が生まれるのだと言っていた。


理屈ではたぶんそうなんだろうなーと思っていたことを、
実際にご先祖様からメッセージとしてもらえた事で、
それは確信となった。



そんなこんなで、いろーんな目に見えないことがスッキリとした出来事でした。



ちなみに、俺が見ていただいたチャネラーさんはメッチャ多忙につき、
ここに名前を公開することはできないんだけども、
どうやって見つけたかというと、

「〇〇(地域名) チャネラー」で画像検索し、
写真から伝わってくるものがとても良い感じがしたので決めた。

それだけです。



自分の直感を信じて行動して本当に良かった。




まるちゃん、あべはりさん、ありがとう。


愛してるぜ。


posted by わこう at 17:06| Comment(0) | 普通の日記。 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年06月29日

シンクロしまくりの吉野弾丸参拝。

kinpu_2015_6.jpg

昨日、6月28日は、俺のふたりの親友の大切な日。

宮城にいる親友、ナベさんの誕生日でもあり、
亡くなった親友、あべはりさんの命日でもある。

毎年毎年同じ事言ってるけれども、二人の親友の誕生日と命日が同じ日だっつーのは、
すごいシンクロだなーと思う。


で、この日から、りえさんが広島に出張。


朝早い新幹線で広島に向かうと言うことで、
月参りすると言いつつここ数ヶ月サボっていた、
吉野の金峯山寺と脳天大神にお参りに行こうと。


ナベさんとあべはりさん、それぞれの事も祈ってきたいなーと。





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ということで、りえさんを新神戸駅まで見送った。いってらっしゃい!

この時点で朝の7時20分くらい。



そこから、一気にバビューンと吉野に向かう。



IMGP2674.jpg

途中、軽くメシを食ったものの、9時前には脳天大神に着いちゃった。


で、この脳天大神と、修験道の総本山である金峯山寺は、
山と谷にあり、金峯山寺が山、脳天さんが谷。

そして、445段の階段でつながっている。


いつもは、それぞれに車で移動して参拝してるんだけども、
今回は、なんとなく階段で上りたい気分。


腹ごしらえもしたし、イッチョ行くか!ということで、
谷から階段で山の上に向かった。


kaidan.jpg

こんな感じの急な階段が延々と続く。


いやー、覚悟はしてたけどしんどい!そして汗びっちょり!
着替えを持ってくればよかったと激しく後悔。


しかし、日が昇って暑くなる前に上りきったのでまだよかったな。


kinpu_2015_6.jpg

かくして、無事に金峯山寺にお参りさせていただいたのでした。



その後、来た道(階段)をひたすら降りて、脳天さんに参拝させていただき、
いろいろブラブラして写真を撮ったりしたけど、その時点でお昼前。


で、この日は夕方5時に、11月に行うイベントのスタッフミーティングで、
大阪の日本橋に集合する予定だった。


「まだ5時間あるのかー・・」


ということで、

「よし!せっかく吉野にいるんだから、天河大弁財天社にも行こう!」

と思い立った。


ただ、簡単に説明すると、同じ吉野でも、
金峯山寺の山と、天川さんの山はまた別で、
天川さんはもう限りなく和歌山県寄りの深い山の上にある。

ナビで調べると、だいたい1時間くらいだった。


現在12時。

途中寄り道して天川さんに13時半くらいに着いても、
参拝が終わって大阪までゆっくり走っても2時間半で着くから、
夕方5時までは時間的には余裕だな・・などと短絡的に考えて、いざ出発!



ただ、吉野に行ったら寄っておきたいお店がある。


吉野のマニアックな模型ショップ、「R」だ。



Rの平田店長は、俺が3年関わった模型イベント、
モデラーズEXPOの初期スタッフでもあり、普段から大変お世話になっている。


で、いつもイベントやミーティングの時しか会えなくて、
なかなか二人でゆっくり話したことがないんだけども、
昨日はお店ものんびりムードで、はじめてゆっくり店長と話ができた。


で、気付けば結構な時間話し込んで、

「ではそろそろ帰ります。店長、一緒に写真撮りましょうよ!」


と、二人で外に出て、まさしくシャッターを押した瞬間!





r_tencho.jpg

なんか見慣れた車が駐車場に入ってきて驚くの図。(ヤラセではなくマジで驚いてる)






r_dankesan.jpg

ババーン!


モデスポのdanke親分と、奥さまのたみさんが!


いやー、俺もRさんに行くこともたまにしかないんだけども、
やはりあまり吉野に来ることもないdankeさんと、
Rさんでバッタリ会うなんてすごい確率だ。


いやー、ビックリしちゃった。


dankeさんもビックリしてたなー。



で、またさらに少し立ち話して、今度こそ本当に天川さんに向かって出発。


ちょっと予定よりも遅れていたので、気持ちのよい山道を攻めて、
あっという間に天川さんに到着。


で、駐車場に停めようとバックしていたら、
なんか手を振りながら走ってくる人がいる。


「あれ?ここ停めてダメなんかな?」


と思ってよく見ると、


miyochan.jpg

お友達のみよちゃんだった!


みよちゃんは現在は神戸に住んでるんだけども、実家は吉野で天川さんの近く。


で、今回は数日間里帰りをしていて、天川さんに来ていたのだ。


いやー、ビックリしたね。



平田店長と話し込んだり、danke親分が突然来たりして、出発が微妙に遅れたのは、
こうやってみよちゃんと天川さんで会うことになってたからなんだなと。


ちなみに、天川さんに参拝しようとすると、往々にしてこういうことがよく起こる。


なんか遅刻したり、道を間違えたりして予定より遅れていくと、
宮司さんに話しかけられて社務所に通され、長話する・・
みたいなことが過去に二度あるし。


いやー、今回も起きたね。


そのシンクロそのものには、あまり意味がないんだけども、
俺はこういうとき、「神様はちゃんといつも見ているぞ」というサインだと思っている。


今回の、脳天さん、金峯山寺、天川さんの旅では、
いろいろと写真を撮りまくったので、またいつもの如くFacebookのアルバムにして、
張っておきます。


吉野に行ってきたので写真を撮りまくってきました。

Posted by Wako Works on 2015年6月28日


で、天川さんでお参り後、みよちゃんと別れて、
俺は一気に吉野を降り始めた。

その時点で15時15分。



間に合うのか?!




で、結局、飛ばせる箇所はぶっ飛ばして、
イニシャルDよろしく山を下りたところで、腹が減っている事に気付く。

見えない力に引っ張られる感じで山を大急ぎで下りてきたので、
急いで食べればメシ食う時間がある!ということで、
定食屋さんで急いでメシを食い、一気に大阪へ。





nihonbashi.jpg

結局、大阪に入って高速を降りてからちょっと渋滞にはまり、
10分遅れでミーティングの集合会場に。

皆さんすいませんでした・・



と、そんなこんなのドタバタで走りに走った6月28日。


あべさんはあの世からどう見てたんかな?



そして、ナベさん、Happy Birthday!!




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2015年06月22日

駆け込み寺の玄さんin三木 2015。

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「たったひとりのあなたを救う。」をコンセプトに、新宿歌舞伎町で、
金銭トラブル、ストーカー、DVなど、様々なジャンルの相談に応える、
駆け込み寺の玄さんが兵庫にやってきた。


今回は、駆け込み寺兵庫サポートセンターが主催で、
兵庫県三木市、小野市限定で、夜回りなどを通じて、地域活性化や防犯をしようと、
新たな取り組みをするにあたって、支援者や有志の方々にお集まりいただき、
勉強会を開催した、という流れ。


俺は、写真撮影などでお手伝いさせていただいた。




さて、今年の4月から、俺は駆け込み寺大阪連絡所の連絡員として、
活動を開始したわけなんだけども、やはり大阪という事もあり、
最近ボチボチと相談の電話がかかってくるようになった。





相談内容は多岐にわたり、その都度アップアップしながらも、
精一杯対応させていただいている。つもり。


そして、今日の玄さんの話も、いろんなジャンルに及んだんだけども、
その中で、「加害者と被害者」という話が出た。

駆け込み寺の活動の中で、最近新しくスタートしたものに、
「新宿駆け込み餃子」という居酒屋オープンがある。


これは、刑務所を出所した人たちの、
社会復帰と再犯防止を目的とした事業で、
行政も巻き込んだ一大プロジェクトとなっている。





玄さん曰く、最近はいつも満員御礼。取材がたくさん来てるらしいよ。


すごいねー。



で、ここからが重要なんだけども、こういった形の更正支援は、
再犯率が非常に低くなるらしい。


そして、玄さんの持論は、
「加害者が減るということは被害者も減るということ。」

もちろん意図的に犯罪を犯す人間もいるけれども、
例えばストーカーとかは、強くゆがんだ愛情が動機となるわけで、
最初から犯罪を犯そうと思って起こすわけじゃ無いケースもある。


だから、駆け込み寺では、ストーカーをしている本人とも話をして、
事件や犯罪を未然に防ぐよう努める場合もある。

「加害者を出さない」ことも大切なことだからだ。



だから、今、玄さんが本気で取り組んでいるこの出所者支援は、
新たな加害者を出さないという意味でも画期的だなーと俺は考えている。



ただ、最近のニュースの中で、個人的に解せない事がある。


神戸のサカキバラ事件の少年Aが手記を出版したことだ。


その出版の目的が、たとえば被害者への賠償が目的なんだったら、
まだ筋が通っていると思えるけれども、
ネットでちょっと調べるといろんな事が書いてあるけれど、
あるソースでは、生活に困って出版社から前金で数百万受け取ったとか。


で、本の内容だとか、出版の目的なんかはいったん横に置いて、
俺がこの件でモヤモヤしているのは、
少年法の保護の下で早々と社会復帰した人間が、
こうやって手記を書き、それが10万部あっという間に完売で増刷。

多額の印税を受け取る構図がまかり通ってしまえば、
今後、短絡的に考えて新たなサカキバラを模倣した、
少年犯罪予備軍を作ってしまうのではないかという危惧だ。


そんなことは絶対にあってはならないと思う。


そういう意味で、太田出版やこの本を取り扱った書店の罪は重いと思う。


そのモヤモヤを、今日、玄さんにどう思うか聞いてみた。


玄さんは、

「出版するなら実名をさらして書くべき」

と答えた。


俺も全く同感だ。



真意はわからないけど、遺族への事前告知もなく、賠償に充てるわけでもなく、
名前は「少年A」のままでプライバシーが保護されている。


実にアンフェアだ。


さらに玄さんは、

「遺族にしてみれば、今さら殺人の動機を手記で出版されて、
子供を2度殺されたようなもんや。」

と語った。


現在、遺族側が太田出版に出版差し止めのための、
裁判のための準備をしているということで、
これが本格化すれば、必然的に実名などが世間に晒されることになる。

というか、もうすでに、実名や写真は、検索すると簡単にヒットするんだけども。


このままでは済まないところまで来ているんじゃないかな。


でないと、第二、第三の犯罪者が出た場合に、
社会がそれを許してしまうことになる。


「少年法に守られてるんだから人を殺しちゃえ!
金に困ったら本を書けばいい。サカキバラに続け!」


となり、ショッキングな事件の手記ほどよく売れるんだろうな。


それはあってはならないと思うし、ここが正念場なんじゃないかな。


かたや、自分の罪を刑務所で償い、
社会復帰しようと新宿駆け込み餃子で働く人もいる反面、
何もかも守られた中で一攫千金を狙う人間もいる。


やはりアンフェアだと思うんだよな。


太田出版は、出版差し止めおよび回収の意思は無い、
とコメントしているようだけども、
とにかく、遺族の方々にとって良い結果になることを願ってやまない。



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なんかちょっとモヤモヤしてたんだけども、
玄さんとこの事を話したこともあり、ちょっと書きたくなった。



玄さん、ありがとうございました。


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2015年06月21日

甲府〜箱根の旅。

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りえさんと共に、甲府〜箱根 爆走1000キロの旅をしてきたのでレポートです。


今回は、ジュエリーアーティストであるりえさんの取引先で、
山梨県甲府市にある宝石商の店舗にお邪魔して、、
直接石の仕入れをするのがメインのお仕事。


そして、山梨のいろんな業者さんを紹介していただき、今後に繋げていこうと。


その後、ぐるっと箱根に抜けて、毎年参拝させていただいている、
九頭龍神社にお参りするのが2番目の目的。


ということで、東京に車で行くことを考えれば(去年は東京に2度車で行っている)、
甲府はずっと近いので楽勝楽勝、とタカをくくっていたら、
名神高速の集中工事で、京都からずーーーーーーーーーーーーーーーーーっと、
100キロ超に及ぶ一車線規制で大渋滞!

結局、予定より2時間半も遅れて甲府に到着。

いやー、まさかそんなんなるとは思わなかったわ。ナメてたね。集中工事。


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上の写真は、小牧からやっとこさ中央道に入り、
ちょっとだけ休憩しようと立ち寄った駒ヶ岳SA。

愛車(社用車)のボーラも頑張ってくれました。


で、初日は結局着いたのが夕方だったので、もうお仕事は今日は諦めよう!
ということになり、取引先の社長さんたちと一緒に温泉宿へ。

男同士、一緒に風呂に入って裸のつきあい。


そして、炉端を囲んで、メシを食いながら業界の話やビジネスの話、人生論とか・・


今回は、俺たちがお客さんなので接待を受ける側。

寝食を細やかに接待していただいて、本当に恐縮した。



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二日目の朝、甲府の宿で。


和の庭園とボーラが妙にマッチしてたので撮影。



二日目は、宝石の仕入れをしたあと、取引先の社長の計らいで、
老舗の工場を紹介していただき、見学させていただいた。


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甲府は、宝石の町であると同時に、金属加工の町でもあり、
いろんな職人さんがいらっしゃる。


しかし、昨今の不況により、マーケットも縮小傾向。

職人さんの数も減り、跡継ぎが無く高齢化が加速しているという。


それに加えて、最近は3Dプリンターでキャストを作るという波が起きて、
昔ながらの手作業の職人さんがますます少なくなっていくだろうと予想されている。


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使い込まれた道具たち。

この工場は30余年の歴史がある。


いろいろ大変だと思うけれども、
できる限り現役で、長く活躍していただきたいと思う。


そんなこんなで甲府を後にして箱根へ。




富士五湖道路をのんびりと走ったけれども、
この日は雨で、あいにく富士山が見られなかった・・


そして、今回の宿は、現存のホテルでは日本で2番目に古いと言われる、
富士屋ホテルで。

富士屋ホテルで撮った写真をFacebookのアルバムにしたのでどうぞ。


富士屋ホテル

Posted by Wako Works on 2015年6月20日


今回で3度目の富士屋ホテル。

1回目は、りえさんがずーっと憧れていたということで2009年に泊まった。

2回目は、おふくろがまだ元気な頃、富士屋ホテルに泊まりたい!ということで、
おふくろの親友でもあるトンボ玉の遠藤のぶこ先生も一緒に泊まった。

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その時の写真。


この約1年後、東北大震災があり、そのストレスからか、
おふくろは脳溢血で倒れ、重い障害が今も残っている。

本当にこの年、一緒に旅をして良かったなぁと。


そして、久々の富士屋ホテルで、
おふくろと一緒にごはんを食べたレストランでまた食事をしたんだけども、
なんかいろいろ思いだしちゃってさー。

りえさんにそのことを話したら、りえさんも同じ事を考えていて、
ふたりで涙うかべながらごはん食べた。



箱根二日目。


毎年参拝させていただいている九頭龍神社と箱根神社を参拝して、
芦屋に帰る、という旅程。


九頭龍神社の本宮は、箱根でも奥の方にある、
ザ・プリンス箱根(旧箱根プリンスホテル)の脇から、
山道を20分ほど歩いた公園の中にある。

その公園に入ってからも、さらに10分くらい歩く。


これも、Facebookのアルバムでどうぞ。

箱根 九頭龍神社にて。

Posted by Wako Works on 2015年6月20日


俺が初めて九頭龍さんに参拝させていただいたのが2008年。


そのときは、今は亡き親友あべはりさんも九頭龍さんに行きたい!ということで、
箱根で待ち合わせて、一緒に参拝したり、メシ食ったり遊んだりしたんだった。


その次の年、あべはりさんは事故で死んでしまった。


事故で死んでしまったあべはりさんもそう、
脳溢血で倒れ、未だ重い障害が残ってしまったおふくろもそう、
箱根には、懐かしく楽しかった思い出がたくさんあるんだよ。


その思い出をまた、ひとつひとつ辿って、いろんな事をまた思い出して・・


楽しかったことや大切な人を忘れないためにも、
こういった時間は本当に大切だなーと思う。


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これは2010年におふくろと一緒に箱根神社で撮ったおふくろとのツーショット。

奇跡の一枚になってしまったな−。




現在、おふくろはほとんど車いすだ。




実は先月、仙台にちょっと里帰りしたんだけども、

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その時におふくろと一緒に撮った一枚。


車いすだから行けるところは限られるけれども、
おふくろとまたどこかに出かけたいな。




で、ちょっとしんみりしたところで、りえさんが、
せっかく箱根に来たんだから、彫刻の森美術館に行きたい!
ということで行ってきました。

箱根 彫刻の森美術館にて。

Posted by Wako Works on 2015年6月20日


いやー、予想外にシュールでおもしろかったな。


しかもここにはピカソ館があり、
本物のピカソの作品がたくさん展示してあるんだけども、
いやー、よくもまぁこんなに集めたもんだと。


そして、ピカソの類い希なる才能にうーむ・・とうなるばかり。

俺が印象的だったのは、線の描写の正確さと繊細さかなー。
うまく言えないんだけども・・


なんかちょっとした線なのにやたら定規で引いたようにまっすぐだったり、
細く一定の幅でササッとなにげに引いたであろう線のかっこよさっつーか・・

なんかうまく言えないんだけどもさ。


とにかく楽しかったわ。



で、テンションが一気に上がったところで帰ってきたんだけども、
帰りも名神高速の集中工事で通行止区間があり、
普段通らない東大阪を経由して帰ってきたんだけども、
なるほど、この道路がこことつながってんのか・・などなど、
俺の頭の中の道路が、シナプスのようにつながり始めて、
それはそれで勉強になったわ。


走りっぱなしで疲れたことは疲れたけども、
実のある出張だったと、手応えを感じている。


そんなこんなの旅でした。


posted by わこう at 03:11| Comment(0) | 普通の日記。 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年05月31日

ヤフオク出品で悪質転売屋にガッカリ&新機能に驚く。


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カメラ一式を、キャノンからPENTAXに変えて約半年。

カメラやレンズにもだいぶ慣れた。


俺にとってカメラは仕事道具なので、自分が使いやすいツールになるまで、
何度も何度も吟味を重ねていく必要があると思っている。


で、PENTAXのカメラと同時に購入したいくつかのレンズは、
自分にとって使いやすい明るさ、画角と焦点距離、クセなどを、
実際に使いながらいろいろ買い変えてきた。


俺が現在使っているレンズは、すべて中古。


以前何かの記事で読んだんだけども、今、定年退職した人なども含め、
趣味にしたいナンバーワンがカメラ(写真)なんだってね。


だからなのかなんなのか、中古カメラ、中古レンズ業界がアツい。

と、そう感じる。


だから、レンズを自分で買ったときと同等の金額で売れるなんてこともザラだ。


実際のところ、レンズは使ってみないと相性はわからない。

だから、程度の良い中古をそこそこの値段で買い、
実際に使ってみて、もし合わないなと感じたらすぐに売る。

人気のあるレンズは値崩れが少ないので、
型遅れとかにならないうちだったら、市場はホットなので、
損することはあまり無い、と思う。

この半年、そんなことを繰り返してきた。



さて、前振りがだいぶ長くなってしまったんだけども、
やっと俺のレンズラインナップもだいたい確定したので、
手元に残っている、もう使わないであろうレンズを売るのに、
久しぶりにヤフオクを使った。


しかし、ある一部の奴らのおかげで、非常に腹立たしい思いをした。



転売屋だ。



いや、誤解を招かないために書くけれども、
俺は転売屋の存在そのものは、それが仕事なんだから、
別になんとも思わないし、良心的な転売屋も存在するので、
そういう転売屋だったらむしろガンガンと利用したいと思う。


しかし、今回俺が頭にきたのは、あまりにも幼稚で短絡的な、
非常に失礼な奴らだ。



先にも書いたけども、カメラの中古レンズ業界は、
今、市場が非常にホットだ。


だから、無数の転売屋が存在し、できる限り安く買いたたこうとする。


いやー、レンズを出品したら、転売屋からの質問が来る来る。


今回俺は、出品したレンズの相場より、
ちょっとだけ安く即決価格を設定した。


にもかかわらず、それよりも安い値段で買いたたこうとする。


実際に来たメッセージの一部を公開する。


はじめまして 出品者様に差し支えなければ●●円にてお譲り頂けませんでしょうか
即日の入金が可能なのですがよろしければご検討お願いします


とか、


突然すみません。 ノークレームノーリターン厳守致しますので、
オークション開始価格に5000円足して●●円で譲っていただけないでしょうか?

今現在入札しております。当方が最高入札者のまま早期終了してくだされば
●●円の方すぐにお振込致します。
もしダメでしたらこの質問に返信は不要ですので、無視して下さい。
突然で申し訳ないですが、ご検討いただければと思います。


・・本当に失礼な奴らだよ。まったく。

こんなんがいっぱい来た。


結局手放すことになったとはいえ、
一度は一緒に旅したり仕事したりした大切なレンズ。思い入れ満載だ。

なんでおまえらのために俺が大損しなきゃねぇんだよ。このクサレ転売屋どもが。



ただでさえ、相場よりも低めに即決価格を設定してるんだから、
欲しいんだったら即決で買えっつーの。


結局、俺が出品したレンズは、入札多数でだいぶ競って、
おかげさまで即決価格で落札された。


と同時に、今回質問してきた奴らはすべてブラックリストに登録した。



ただ、何度も書くけれども、前述の通り、
俺は転売屋自体はなんとも思ってない。仕事(職業)なんだから。

ただ、今回みたいな無礼なのはダメだよ。やっぱり。

思いだすだけで未だにはらわたが煮えるぜ。



まぁ、結局、今回落札していただいた人も転売屋かもしれないけども、
いいお客さんに買ってもらって、また大切に使ってもらうことを願ってやまない。



そして!今回ヤフオクで久しぶりの出品だったんだけども、
オークション終了後の出品者と落札者のやりとりがかなり簡略化されて、
特に出品者にとっては非常に革新的な機能変更があった。


出品者は、あらかじめ口座情報などを登録し、なおかつ送料の設定をしておくと、
オークション終了と同時に、落札者に送料を含めた入金案内が自動で届き、
出品者は、落札者からの入金完了通知が来るまで、ただ待つだけでいいという、
夢ようなシステムだ。


まだベータ版の運用だけども、たぶんこれがスタンダードになっていくんだろう。






オークション終了後、取引ナビをクリックすると、



new_yaho_0.jpg

こんな感じのダイアログが出て、出品者は何もしなくてよいと言われる。




で、落札者が、送り先や入金方法などの入力が完了するまで、


new_yaho_1.jpg

こんな感じで表示され、実際に入力が終わると、上の表に即時反映される。


で、入金の確認が終わったら、ようやくこっち側の出番になるんだけども、
宅急便で送る場合は、その伝票番号を入力するだけ。

なんの挨拶文も余計な文言も一切必要なし。


いやー、素晴らしい!


俺は、1999年からヤフオクを使っているけれども、
今回の機能の実装は、一番のネックだった、出品者と落札者の連絡の面倒くささが、
一気に解消された近年まれに見る大改革だとおもう。


99年当時だって、詐欺被害はよく聞く話だったけれども、
まだ少しおおらかな部分が残っていて、
出品したときも落札したときも、血の通ったやりとりがあって、
なんかいいもんだなーと思ったもんだ。


だけども、ここ数年はちょっとモラル的におかしい人たちが出てきて、
なんか使いづらくなったなーと思っていた。

その上で、取引ナビのやりとりでさえ、言葉一つ一つにとても気を遣うし、
ヤフオクに出品するにあたり(買うときもだけども)、
そのやりとりがイヤだから、めんどくさくなって出品しない・・
なんてこともたくさんあった。


もう時代が変わって、血の通ったやりとりなんか必要ないんだろうな。


ただ、前述の失礼な転売屋みたいなのも、もっと増えてくるだろう。



取引ナビでのやりとりで、
文章からだいたい相手がどんな人か伝わってくるもんだ。

あ、この人は常識がわかっていて大丈夫な人だ、とか、
ちょっとこの人は要注意だな・・とか。


今回の新機能は、それを徹底的に排除して、
淡々と売り買いに特化させるわけだけども、
浸透するまでちょっと時間がかかったり、慣れない故のトラブルが発生したりとかは、
ある程度覚悟しなきゃないだろうな。


吉と出るか凶と出るか。


今後の動向を見守っていきたいと思う。





posted by わこう at 23:00| Comment(1) | 普通の日記。 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年04月29日

日本駆け込み寺 大阪連絡所。

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このBLOGに、たびたび日本駆け込み寺のことを書いてきた。






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新宿歌舞伎町で、「たった一人のあなたを救う」をスローガンに、
金銭トラブル、いじめ、ストーカー、DVなどなど、様々な悩みの相談にのっている、
駆け込み寺の玄さんこと、玄秀盛氏。


現在は公益社団法人として活動している。

最近、テレビ出演の機会も増えて、ますます露出が上がってきた感じだ。



で、俺も2011年に玄さんとご縁をいただいて以来、
駆け込み寺の仙台支部開設スタッフなどさせていたたいたりして、
活動に参画してきたんだけども、
このたび、大阪連絡所として、連絡員デビューした。


僭越ながら、駆け込み寺のサイトにも掲載していただいた。





今年の1月、大阪に玄さんに来ていただいてイベントを開催したんだけども、
その時、玄さんに、大阪で連絡所をやりたい旨を伝えたところ、
「おまえならフリーパスや。」と言っていただき、正式に手続きをし、
登録となった、という流れ。


基本的に、連絡員は、相談の電話があったら、
相談内容をある程度聞いて把握した上で、東京の本部につなぐ、という役目。


そして、「連絡員」から実際に相談を受ける「相談員」になるために、
研修を何回か受け、晴れて相談員となるわけなんだけども、
俺はもう相談を受けていいと言われ、実際にすでに何件か相談を受けた。



関西に移住してきて3年経った。

やはり関西と言えば大阪。大阪と言えばミナミ。


ミナミと言えば・・まぁほら、ガラの悪いところなわけで、
そのガラの悪いジャンルの相談を、東北から来た俺が受けているという、
なんとも珍妙な関係性。



相談内容によってはかなりヘビーでダーティーなのもあるけれども、
とにかくぶれずに、真理を外さずに、真摯に相談と向き合っている。




ここからはあくまでも俺の持論なんだけども、
宇宙には大きな流れがあって、我々はその流れの中に生きている。

その流れには、法則のようなものがある。それが真理。


真理からそれずに見ていくと、相談内容問わず、
なんとなく答えがわかる感じがするんだよな。


それはあくまでも、駆け込み寺と出会うずーっと前から、
いろーん相談やサポートに応えてきた経験から、
なんとなーく感じていたこと。


俺のベースはそこにあるわけなんだけども、
ただ、やはりそれだけでは駆け込み寺の相談に対応するには足りないので、
もっと勉強やトレーニングが必要。


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なので、兵庫県の三木市にある、
駆け込み寺三木サポートセンターの天満さんご夫妻のご指導の下、
定期的に研修を受けている。





俺の隣にいるハンチングをかぶった人は、
時を同じくして、奈良で連絡所を開設された、田中さん。

言うなれば同期の桜だ。

田中さんももうすでに相談を受けている。



田中さん共々、いろんなケーススタディをしながら、
様々なジャンルの相談に対応できるよう、スキルアップを目指している。



ご縁あって玄さんと出会い、こうして故郷を遠く離れた土地で、
少しでも人様や社会のお役に立てていただけることに、ただただ感謝です。


大阪連絡所は、所在地は、山村先生の事務所である、
ゴーシュ研究所内ということにはなっているけれども、
常駐しているわけではないので、相談は専用の携帯電話で受けている。


俺の範疇を超えた相談に関しては、東京の本部に繋ぐことになっているし、
ボランティアでやっていることなので、仕事中など出られないこともあるので、
相談を仕事で受けているわけではない分、少しだけ気分的にラクかな。


こういうことは、細く長く続けていくことが大切だと思っているので、
力んで気合い入れてやって、息切れしてリタイア・・
なんてことにならないよう、肩の力を抜いて、いつもニュートラルでいようと思う。


日本駆け込み寺 大阪連絡所
電話番号: 090-6328-0369
受付時間10:00〜19:00


日本駆け込み寺 本部
電話番号 03-5291-5720
受付時間10:00〜20:00


posted by わこう at 00:13| Comment(0) | 普通の日記。 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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