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2016年12月03日

HERMESに想う。

hermes.jpg

先日、お使い物で神戸のエルメスに行ったんだけども、
エルメスのロゴを見ると思い出す苦い思い出がある。俺の黒歴史。

今回は、ついにそのパンドラの箱を開けて公開することにする。



このBLOGに何度も書いてきたけれども、俺は20代の約8年間、
トラックの運ちゃんだった。




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10トンに3年、





hokkou_13.jpg

トレーラーに5年乗ってた。


特に、トレーラーに乗っている頃は、無線クラブの支部長をやってたりした。


ちなみに、俺が現役だった25年くらい前は、業界そのものにもその筋の人が多かったが、
特に無線クラブになると、チャンネルを巡ってのトラブルが絶えないので、
ケツ持ちと称して、その筋の人達が何かしら関わっていた。


なので、必然的に、その筋やその予備軍的な友人知人が増えていった。



そんなある日。

栃木県某所の国道から少し外れた田舎道にトラックを停めて仮眠していたんだけども、
バンバンバン!と誰かがドアを叩く。


なんだよ、誰だよと思って見ると、パンチパーマの知らないお兄ちゃんがいた。


「無線クラブのメンバーかな?」と思ってドアロックを解除したら、
いきなりドアを開けて、

「お兄さん!寝てるとこごめんな!」

と。


ポカンとしていると、


パンチ 「お兄さん、ちょっと困ったことがあってさー、助けてくんないかな〜。」


俺 「誰?クラブのメンバー?」


パンチ 「いや、違うんだけどさー、助けてくんない?」


俺 「なによ」


パンチ 

「実はさー、今からオジキのところに行くんだけどさ〜、
ちょっとだけシノギが足りなくてさー。」


俺 「なに、金よこせってか。」


パンチ

「いやいや、そうじゃないんだけども、お兄さん、

ヘルメスって

知ってる?」




俺 「う、うん?エルメス?」



パンチ

「ヘルメス。」


エルメスって、HERMESって書くし、それをヘルメスって読んでんのかな。

そう思った。


続けてパンチが、

「ヘルメスのさ、金のネックレスがあんのよ。
安くするから買ってくんないかな!」

「なんつったってヘルメスだからさ!奥さんも喜ぶと思うよー!絶対!」


俺 「なんぼよ」


パンチ
「2万円と思ったけど、お兄さんいい人だからさ、1万5千円でいいわ!」


俺 「なに、それ本物?」


パンチ 「本物だって!モノホン!!本物のヘルメスだから。」

「前に黒いセルシオが停まってるでしょ?
アニキたちが乗ってるんだけどもさ、車から品物持ってくっから!」



前を見ると、たしかにボディも窓も真っ黒のセルシオが停まっていた。

あらー・・逃げられないかも・・・


そしてパンチの男は、ガニ股でヒョコヒョコ走って、そのセルシオから、
黒い箱に「HERMES」とロゴが入った怪しい箱を持ってきた。


パンチ 
「ほら!金のネックレス!ヘルメス!いいっしょ、これ。
奥さんも絶対喜ぶから!

だってヘルメスだもん。」



俺はもうこの頃になると、深夜の通販番組で、
おばちゃんたちが「うわぁー!」とか言ってる心境になっていて、
ちょっとお得かも・・なんて思って、思わず払ったよ、1万5千円。


パンチ 「いやー、お兄さん助かったよ!ありがとね!」


とセルシオでホイルスピンしながら風のように去っていった。




ドアを叩かれてからここまで数分の出来事。

寝込みを襲われてあっけにとられたのと、
途中まで無線のメンバーだと思って話を聞いてしまったこともあり、
ついつい口車に乗って買っちゃったよ。ヘルメス。


パンチが去ったあと、あらためてネックレスを見たら、
怪しい通販で売ってるような、

ただの喜平ネックレスだった。



しかも




妙に軽い!

軽すぎる!



わかっちゃいたけど完璧にバッタ物ですね。
本当にありがとうございました。


だいたいにして、エルメスが2万円で買えるわけねぇっつうの。



そして、このパンチは、ギリギリのところで違法性無いからまた憎たらしい。


最初から最後まで「ヘルメス」と言い貫いた。

そして、脅しになるような言葉を一切使わず、
終始フレンドリーに気持ちよくお金を払わせる話術!


勝手に、「エルメスって言い間違えてんだな」と思った俺の負け。


ただひとつ、パンチの言うとおりにならなかったのは、
当時の奥さんにガッッッッッッッチリ怒られたことだな。うん。




あれから25年。

未だにエルメスのロゴを見ると思い出す甘酸っぱい思い出。



プロだな。あのパンチ。




posted by わこう at 00:16| Comment(0) | 嗚呼 トラック野郎 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年04月13日

トラック現役時代の写真。


teshi_3.jpg

今回の震災で、実家もヒッチャカメッチャカになって大変だったらしいんだけども、
それを機に、おふくろがいろいろと片付けをしていたら、
俺のトラック野郎時代の写真がいろいろと出てきた。

ということで、何枚かアップしてみた。




teshi_2.jpg

これは俺が23くらいの時。
佐川急便の名古屋便を走っていたころ。

ひょっとして今より老けてる?


この頃は、バブルははじけていたものの、その余波がまだ残っていて、
仕事もたくさんあったから、俺みたいなあんちゃんでもカンタンにトラックに乗れた。

いい時代だったよ。


で、この仕事をしながら、仙台に帰ってきたときに自動車学校に通って、
牽引免許を取り、




hokkou_3.jpg

この、太平洋フェリーの子会社に入った。

いやー、何回も過去記事に書いてきたけど、
この会社は仕事がハードで殺されるかと思ったよ。マジで。




hokkou_12.jpg

でも、頑張って仕事してました。

この頃で25〜6くらいかな。





hokkou_13.jpg

この頃の流行ね。

ヤクザメガネと、金の喜平ネックレス。







hokkou_11.jpg

真夜中に、妙なハイテンション。

アホだ。



で、頑張った甲斐あって、車が新しくなって、


hokkou_4.jpg

こうなった。

だけど、V8でツインターボの380馬力だったけど、やっぱり荷物を引っ張ると非力で、
もうちょっとでっかいエンジンのが欲しかったなー。





528_2.jpg

で、当時乗っていた、BMWの528i。

この車のことは、過去記事にも書いた。

その記事はこちら。



と、地震がきっかけで出てきた懐かしいもの。


今、あの頃の仕事に戻れるかと言われたら、絶対無理。

馬車馬のように働いてたしなー。


今、こうして自分でお店を持って細々ながらも続けられることって、
本当に幸せだなーと思う。


と、ちょっと振り返ってみた。

 

posted by わこう at 01:52| Comment(1) | TrackBack(0) | 嗚呼 トラック野郎 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年07月22日

チンコロにもリスク。


俺がトラック野郎現役時代、仲間内で「密告」のことを「チンコロ」と言った。

広い意味では、内部告発もチンコロなのかな。



今日、地元のニュース記事で興味深いものを見つけた。

通報者の個人情報漏れる 宮城運輸支局/河北新報ニュース



 東北運輸局は20日、宮城県内の運送事業者に関する不法行為を指摘した通報者の
個人情報が書かれたメモを、宮城運輸支局が誤って事業者に渡していたと発表した。借用した書類を返却する際、メモが紛れ込んだという。運輸局側の謝罪に対し、通報者は納得していないといい、運輸局は「誠心誠意対応したい」と話している。

 運輸局によると、情報漏えいのミスをしたのは運輸支局の監査担当者。メモは通報者の名字と携帯電話番号が記入され、返却した資料には事業者台帳など運輸支局の内部資料も含まれていた。
 運輸支局は法律違反を指摘する通報を受け、昨年秋、対象の事業者を監査し、関係書類を借用。行政処分後の今年6月、事業者の関係者に書類を返却した。その後、事業者側から連絡があり、今月8日に送り返された書類を確認したところ、ミスが分かった。
 通常、借用書類は双方で確認しながら返却するが、「メモと事業者台帳などは(書類の)下の方にあり、気付かなかった」という。
 運輸局は「あってはならないミス。信頼を裏切ることになり、深くおわびするとともに再発防止を徹底する」として、関係者の処分も検討する。



2010年07月21日水曜日



とある。


ようは、どこかのトラック関係者が、運輸局にチンコロしたら、
運輸局が間違って、チンコロ野郎の個人情報を書いたメモを、事業者に渡してしまい、
チンコロがばれてしまったということだ。


具体的な事が書いていないから、「運送事業者に関する不法行為」って言っても、
何がどうなのかはわからないから、憶測で書くけれども、
トラック業界は、よっぽどちゃんとした会社じゃない限り、
運行管理や労働条件の管理がしっかりしているところなんてほとんど無い。

と、俺は思う。



実際に走っているときの時間は計算できたとしても、
積み込みや荷下ろしにかかる、「見えない時間」は計算できない。


積み込み、荷下ろしなんて、積み場によって条件が全く違うし、
順番待ちで何時間も待たされるなんてざらにある話だ。


だから、拘束時間はどんどん長くなる。


そんな状況で、労働時間なんて計算できないよ。実際。




ただ、いつもとばっちりを食うのは運転手だ。

俺がいた会社は、もしも残業時間で全部カウントしたら、
200時間くらいじゃ済まないと思う。


「俺は一体いつ寝ればいいんだ?」

っていうハチャメチャな配車。

ほとんどトラック生活。住所不定状態。


だけど、給料が良かったから、続けられた。



しかし、今回のチンコロ野郎にどんな背景があるのかは全くわからないけど、
過酷な労働条件で給料が安かったりなんかしたら、
やっぱりチンコロしたくなる気持ちはわかる。

小さい会社だったら、組合なんて無いだろうから、
直談判がダメだったら、上(この場合は運輸支局ね)にかけあうっていうのも、
わかるんだけどさー。


チンコロも本当に覚悟決めて慎重にやらないとなー。



今回みたいに、万が一チンコロがばれてしまったら、
いろんな意味で会社にいられなくなる。

チンコロをしようとしているやつをさらにチンコロする、
二重スパイだっているかもしれないぜー。


怖いねー。


チンコロするにも多大なリスクが伴うっていうことだ。



よく詳細がわからないんだけども、今回の件は、
不二家とか雪印とかの内部告発とは、違うような気がするんだよなー。


どうなんだろうなー。




昨日たまたま、りえさんが借りてきた映画で、「ワルキューレ」を観た。

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事実に基づいた映画で、死にゆく人たちを無くすため、ヒトラー暗殺とナチス政権転覆をもくろみ、
対クーデター作戦「ワルキューレ作戦」を巧みに利用してクーデターを起こした男たちの話だ。


結局、クーデターは失敗に終わり、首謀者は銃殺されてしまう。


でも、映画の中に描かれた、トム・クルーズ演ずる主人公は、
最後まで孤高の輝きを見せて死ぬ。



やっぱり、何かをひっくり返そうと思ったら、
それなりの覚悟が必要だということだ。

ニュース記事の中にある、


>運輸局側の謝罪に対し、通報者は納得していないといい



っていうところが、なんともカッコ悪いなーと思っちゃったりする。




このチンコロ騒ぎが、俺のいた会社や、友人じゃないことを祈りたい。

 
posted by わこう at 00:02| Comment(2) | TrackBack(0) | 嗚呼 トラック野郎 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年04月28日

CAROLとポニーテール。

今日は、トラックネタとはあんまりかぶらないんだけど、
トラック野郎現役時代の話を。


ケンカにならないようなケンカの話だけど、
そういったのが苦手な方は読むのをお控えください。



その、トラック野郎現役時代にも、俺は一度長髪にしていたことがある。


本当は、スティーブン・セガールを目指して長髪にしたが、
周りからは、「尊師」だの、「トランプの13の人」だのと。

そして、後ろをゴムで束ねても、
横の部分が短くてピンピンとはねていたこともあって、
「婆さん」と言われていたこともあった。


が、結構長い期間伸ばしていたから、最終的には、




None.jpg

こんな感じに。

まぁ、ポニーテールだわな。
俺がやると、「幕下力士」とかとも言われていたけど。わははー。



さて、ある日、当時乗っていた初代アストロを車検に出したら、
その時の代車は、

MA_S004_F001_M001_1_L.jpg

ピンクのマツダキャロルだった。


「うわー・・このナリでキャロルかよー・・。」


あまりに可愛すぎる。



ちなみに、当時の俺の格好と言えば、
髪型は長髪だけども、金のキヘイのネックレスにケンカ指輪(死語)、
金ブチでレンズが日光で色が変わる、いわゆる「ヤクザメガネ」。

そんなナリでキャロルに乗るのだ。


その車で会社に行くと、みんな涙流して笑ってたね。実際。



そんなある日の通勤時。


俺が運転するこのキャロルの前を、
後ろのアオリに「松島」と書かれた、なんか下品な2トンダンプが走っていた。

で、前の車を執拗に煽っている。


「うわー・・めんどくせー野郎だな−・・。」

と、内心思いながらも、最初は我慢して走っていた。



ところが今度は、後ろを走っている俺がターゲットになったらしく、
突然急ブレーキを踏んできたり、蛇行したりと、まーず危ない。



まぁ、


MA_S004_F001_M001_1_L.jpg
こんな車だし、絶対女の子でも乗っているものと勘違いしたんだろうな。



で、急ブレーキや蛇行などあまりにも危ないもんだから、
隙をついて、ぴゅーっとそのダンプを追い越した。

そしたら、それがよっぽとおもしろくなかったらしく、
煽るわ、パッシングしてくるわ、ラッパ鳴らしてくるわ、
まぁーずやりたい放題。


キチガイなんじゃないかと思ったよ。実際。

ヤンキーだってそこまでしないよ。ホント。



俺の乗っていた車を後ろから見ると、

Mazda_Carol_006.jpg
こーんな感じで、(写真は合成です。)
ピンクのキャロルで、しかもポニーテール風のひっつめだったし、
完全に女だと勘違いしている。

まったくバカなヤツだ。



相変わらずラッパ鳴らしたり、煽ったりがエスカレートしていく。


調子に乗りやがってこの野郎・・・。


俺もいい加減堪忍袋の緒が切れた。




で、恫喝してやろうと思って、信号で止まった時に、車の中を見たら、
なぜか鉄パイプが積んであったから、それ持って車から降りた。






pipe.jpg
※写真は合成です。


「さっきから何やっとんじゃゴルァ!

ぶちのめしてやっから降りてこいゴルァ!」




と、恫喝した。


相手は、30歳くらいの、パンチパーマの男だったが、
ハトがマメ鉄砲食らったような顔してたよ。




そしたら、


「なんですか?」



と、いきなり敬語。




「いいから早く降りてこい!ゴルァ!」


と言ったら、



「わかりましたよ。いいですよ。」




と、言いながら、


逃げていった。





お、オーイ・・・。


鉄パイプ持ったまま路上に取り残された俺。






結局アイツは何がしたかったんだろう・・。


15年以上経った今もよくわかんない。




見た目だけで判断しちゃいけないというお話。

ちゃんちゃん。


 
posted by わこう at 00:30| Comment(2) | TrackBack(0) | 嗚呼 トラック野郎 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年04月18日

まんたんMUSIC。


今から16年くらい前、俺がトラック野郎時代、
会社から新車のトレーラーヘッドをあてがわれた。

それ以前のトラックには、AMラジオしか付いていなかったのが、
その新車には、FMラジオが付いていた。

当時は、トラックでFMを聞けるなんて、画期的だった。

と、思う。



だって、深夜にやっているラジオって言ったら、
オールナイトニッポンとか、歌うヘッドライトが定番だったけど、
なんというか、華が無いんだよ。華が。

それが、トラックでジェットストリームとか聞けるのは、
本当にうれしかったし、画期的だった。

まぁ、眠くなるけどね。ジェットストリーム聞いてると。


が、当時はまだ、本当の深夜時間帯のFMラジオ番組なんて無かったところに、
彗星の如く華々しく始まったラジオ番組があった。

それが、「まんたんMUSIC」だ。

まんたんMUSICのWikipediaはこちら。



深夜3時から6時まで、ちょうど運転していて一番眠くなる時間帯に、
日替わりで、女性パーソナリティがけたたましく喋っている、
当時としては、かなり画期的な番組だった。

Wikipediaの説明文にもあるけど、
深夜のAMラジオ番組の対抗馬として、
トラックドライバーをターゲットにした番組だったらしい。


いやー、うれしかったねー。


FMのクリアな音で、深夜のテンションとは思えないほどの勢い、
そして、女性パーソナリティの声。


なんか、真夜中に女の人の声を聞くとうれしいもんだったんだよ。


だから、俺のトラック仲間の間にも、まんたんMUSICのリスナーが、
ものすごい勢いで増えていった。



で、日替わりのパーソナリティの中で、
火曜日担当の、奥井亜紀ちゃんが好きだった。

関西弁と非常に高いテンションで、抱腹絶倒。

それでいて、歌手なので、しっとり系の歌を歌い上げるそのギャップ。


で、ラジオだし、顔がわかんないから、
どんな人なのかイメージがどんどん膨らんで、もー、恋してたね。(笑)


ちなみに、奥井亜紀ちゃんは、大ヒットこそ無いものの、
いろーんな番組のオープニングやエンディング曲に採用されている、
けっこう実力派の歌手。

奥井亜紀ちゃんのWikipediaはこちら。



で、いろんなテーマでハガキやFAXを募集していたから、
夜中の休憩時間中に、俺はよく出先でハガキを書いた。


ペンネームは、「マッドトラック。」(←実話)(笑)


で、たぶん、始まって間もない番組だったし、深夜時間帯だし、
ハガキも少なかったんだと思う。

俺のハガキはよく採用された。



初めてラジオで、

「ペンネーム、マッドトラックさんから・・」

と、奥井亜紀ちゃんが読んでくれたのを聞いた時は、
ゾクゾクッと鳥肌が立ったもんだった。




「うぉー!読まれとるー!」


みたいな。


そして、その、まんたんMUSICでハガキが採用されると、
「まんたんステッカー」なるものが送られてくる。


mantan.jpg

こんなの。

で、奥井亜紀ちゃんのサインが書いてあった。


もー、天にも昇る感じだったね。



それに味を占めて、奥井亜紀ちゃんの火曜日以外にも、
他の曜日にもハガキを出しまくり、いっぱい採用され、
まんたんステッカーがどんどん増えていった。


もちろん、トラック仲間には、俺が夜中にせっせこハガキを書いているなんて、
絶対に内緒にしていた。

俺が「ペンネーム マッドトラック」だということも。(笑)


だって、意外にマメにハガキを書いてるのとか知られるの、
恥ずかしかったもん。

コンビニでハガキを買いだめしたり、突然ギギーッとトレーラーを停めて、
ハガキをポストに投函している姿とか、見られたら恥ずかしくて死んでしまう。



が、しかし、もらったまんたんステッカーは、やっぱり自慢したくて、
トラックのフロントガラスのところに、無線クラブの看板と一緒に飾っていた。



ある日、積み場で一緒になった、よその運転手のおっちゃんが、
俺のまんたんステッカーを見つけ、

「お?これ、まんたんステッカーかい?」

と、訪ねてきた。


「うん、そうだよ。」


「おー、どうやったらもらえるんや?」


「ハガキ書いて。」


「えーなー。それ、くれんか?」

「ダメだよー。」

「じゃあ、売ってくれへんか?」

「ダメだってば。自分でハガキ書いたらいいべや。」



「なんや、売りもせんのか

このガキャ・・。






「ガキとはなんだコラ、

やんのかこの野郎・・。」




たかだかステッカー一枚で、大の大人が本気でケンカ。

まぁ、ケンカの理由なんて、いつもこんなもんです。



結局、そのやりとりを見ていた、別の運転手たちに、


「まぁまぁ、そんなに熱くなんなよ。」


と、なだめられ、ケンカはおさまった。


アホだ。



でもそれだけ、当時、まんたんMUSICはHOTだったんだよ。



その後、パーソナリティの総入れ替えがあり、
なんだかターゲットが変わってきて、番組の雰囲気も変わってしまい、
いつしか、まんたんMUSICも聞かなくなっていき、いつの間にか番組が終了していた。


そういう意味では、ステッカー一枚で本気でケンカしたことも、
一層バカバカしい思い出となってしまったが、
そんな自分がかわいいなーと思う。



と、きれいにまとめてみた。

 
posted by わこう at 00:35| Comment(2) | TrackBack(0) | 嗚呼 トラック野郎 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年04月03日

グラストロン。


また、トラック野郎時代の話を。


トラック稼業で一番の悩みは、「娯楽が少ない」ことだ。


今でこそ、ケータイでテレビを見られる時代になり、
いろーんな機械が小型化されて、便利になったわけだけど、
当時はせいぜい5インチくらいのテレビを積むのがやっと。


そんな中で、繁忙期に入ると、とにかく出ずっぱり。

あっちの町、こっちの町へと渡り歩く旅ガラス。


夕方、住宅街を通れば、
晩ご飯の支度をするいいにおいがどこからともなく漂ってきて、
温かそうな一家団欒の灯り。



あー、俺はなんでこんな時間に、こんなところにいるんだろう・・。



なーんて、ちょっとおセンチに浸ることもしばしば。



だからせめて、トラックの中でも、何か娯楽が欲しいと考えた。



過去記事にも書いたが、俺は子供のころから無類のゲーム好きだった。

なんとかトラックの中でプレステができないかなーと。


当時、鉄拳とか、リッジレーサーが好きだった。



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そこで、トラックの24V電源から、家庭用の100Vに変換するコンバーターを積んで、
プレステをつないだ。


が、当時トラックに積んでいたテレビは、3.5インチくらいのとてもちっちゃいもので、
それでゲームしても、何が何だかさっぱりわからない。






つまんねぇ・・・。






っていうか、画面が小さすぎてかなりストレス。



そこで、当時発売になったばかりでかなり画期的だった、


かぶるだけで目の前に52インチの大画面が!


といううたい文句の、ソニーのグラストロンっていうのを導入!


D-V500.jpg
こんなの。


当時のプレスリリース記事はこちら。(上の写真はここから引用)



いやー、すごかったよ。これ。


まるで映画館にいるような感覚。



で、ヘッドフォンも付いているから、映像と音で、ものすごい迫力!



これで鉄拳をすれば、ものすごい臨場感だったし、
リッジレーサーをすれば、車酔いしそうなくらいリアル。


すっかりハマッてしまった。



で、ゲームだけでは飽きたらず、
車載用のビデオデッキをつないで映画を観たりして。


爆発シーンなんかあると、思わず、

「うぉー!」


と、叫んでしまうくらい。



これでアダルト系を観た日にゃ、それはそれは・・・・。





なので、仕事が終わって一人でいる時間が、とてつもなく楽しみになった。

これで、仙台から遠く離れたところで、独りで過ごす夜も寂しくない。



ちょっと高かったけど、買ってよかったーって思った。





ところで、話は変わって、
トラックの仕事では、荷物を積む順番待ちの時間って結構つらい。


場合によっては何時間も待たされる。



積み込み時間が決まっていたり、
順番が来たら呼びに来てくれる荷主だったらまだいいんだけど、
積み場によっては、寝るに寝られない。


そんなときは、


D-V500.jpg

これよ。



これで、寝ないで時間をつぶせる。


しかも、このグラストロンは、画面の透明度を変えられるから、
うっすらまわりの景色が見られるようなくらいの透明度にしておけば、
順番待ちで並んだ前のトラックが動いても、ちゃんとわかる。


もう、重宝しまくりで、順番待ちの時には夢中になってゲームしていた。




ある日、本当は順番が来ても、呼びに来てくれない積み場で待っていたとき、
いつものようにゲームに夢中になっていたんだけど、
その日はたまたま、積み場のおっちゃんが呼びに来てくれた。





ドンドンドン!

「運転手さーん!順番来たよー!」














D-V5001.jpg

「はーい!」




「ギャーーーー!」






そりゃ驚くよな。

こんなロボコップみたいので返事したら。




おっちゃんに説明したら、腹抱えて笑ってた。



そんな思い出のグラストロン。



今は、役目を終えて押し入れにしまってあるけど、
たまに使ってやろうかな。




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2010年03月30日

真夜中のコンビニ。


巷では、俺のことをとってもいい人だと勘違いしている人もいらっしゃるみたいなので、
今日は、数ある俺のバイオレンスネタの中で、比較的ライトな話を。

もう、10年以上経ったし、そろそろ公開してもいいかなーと。



ぶん殴ったり殴られたりっていう話が苦手の方は、読むのをお控えください。



またまたトラック野郎時代の話になるが、
俺は、長距離を走るときは、一度走り出したらなるべく止まりたくないので、
最初にコンビニでガッツリと食料を買い込んで出発していた。

おいなりさんとかおにぎりとか、比較的日持ちするものは、あとにとっておいて、
すぐ食べたいものは、温めてもらう。


ある日、立ち寄ったコンビニで、いつものように食料をガッツリと買い込もうと、
買い物かごにたっぷりの食料を入れ、レジへ。



俺の偏見かもしれないけど、深夜のコンビニは、ちょっと変わった人が多い。

と、思う。



その日も、ちょっと変わったお兄ちゃんがレジにいた。


買い物をした中で、何点か、温めてもらいたいものがあったので、


「これとこれ、温めてもらえますか?」


と、言ったのに、無言。

まるで聞こえなかったかのように、ピッピとレジを打っている。



あれー?聞こえてないのかなーと思って、もう一度、


「すいません、これとこれ、温めてもらえますか?」


なのに、やはり無言でピッピとレジを打つお兄ちゃん。



で、俺もいい加減イヤになって、


「ねぇ、聞こえてんの?」


って言ったら、いきなり、



「聞こえてるよ!(怒)」


と、きたもんだ。



ちなみに、俺がいた会社で、当時の俺のあだ名は「瞬間湯沸かし器」




気がついたら、お兄ちゃんをぶん殴っていた。

一応、メガネをかけた兄ちゃんだったから、ぶん殴る前にメガネを外してやった。
割れて目に刺さったりしたら大変だからね。


俺の愛だ。



そしたらお兄ちゃん、


「警察を呼びます!」


と、事務所に走っていった。


おー、上等じゃねぇか。



テメェが悪態ついたくせによく言うよと思いつつ、
俺も事務所に怒鳴り込んでいった。



お兄ちゃん、


「警察ですか?僕、なんにもしていないのに、
お客さんに殴られたんですよ!」



と。


なーに寝言こいてんだこの野郎と思って、
後頭部から平手でぺちーんと、また叩いた。





「あぁッ!また殴られました!」



死ぬまでやってろ。バカ野郎。




で、


「俺は逃げも隠れもしねぇよ。」



と、警察が到着するのを待った。




何分もしないうちに、パトカーが到着。
おまわりさんが2人、店内に入ってきた。


で、お兄ちゃんが、

「おまわりさん!あの人が僕を・・・」

と、言い終わる前に、


「おまわりさん、聞いてくださいよ−。」

と、俺。


ほら、俺、話まとめるのとか得意だったから、
話の主導権を俺が握って、状況を説明した。


お兄ちゃん、ハトが豆鉄砲食らった顔で見てたね。



「でもわこうさんさー、気持ちはわかるけど、
いくら悪態ついたからって、殴っちゃダメだなー。」


と、おまわりさん。


「そりゃー、ごもっともですよ。だから俺も、
悪いなーと思ったから、逃げずにここに残ったわけだし。」



「たしかにそうだよなー。」




そしたら、今度はおまわりさんが、そのおにいちゃんに説教を始めた。


「殴られるアンタにも責任があるぞ。」

と。


そして、

「どうだ。事件にするほどのアレでもないから、
ここでお互い示談したらどうだ?」


と、おまわりさん。



で、俺も、殴ったのは悪かったと詫びた上で、

「ほれ、俺んとこぶん殴ってもいいぞ。痛み分けで。」

って言って、頬をお兄ちゃんに突き出した。




「いや・・、もういいです・・。」


と、お兄ちゃん。



で、おまわりさんの目の前で、お互い握手してこの件は終わり。


おまわりさんも、事件にしないでそのまま帰っていった。




そんな出来事があったあと、俺も悪いことしたなーと思って、
そのコンビニを通るたんびに、そこで買い物をした。

で、そのお兄ちゃんがいると、


「ヨッ!どうもねー!」


って挨拶をした。


俺の中ではすっかり終わった出来事だったし、
悪態つかれたことはもう水に流して、
普通に、定員さんとお客さんの関係でいようと思ったわけだ。


お兄ちゃんは、


「はぁ・・。どうも・・。」


とは言うものの、複雑な顔してたけども。




で、ある日を境に、ぷっつりとお兄ちゃんの姿が見えなくなったから、
他の店員さんに、


「●●くんは?」


と、聞いたら、






「辞めました。」


と・・。




ひょっとして俺のせい・・・?




ごめんな。●●くん。(名前忘れちゃった。)


 
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2010年03月25日

身体を張ったボケ。

今日の仙台は、春の雪。


雪が降ると思い出す、笑っちゃう出来事。



トラック野郎現役時代、同じ職場に、小野寺さんという60歳のオヤジさんがいた。

当時俺は、25歳くらいだから、おふくろよりも年上だ。


そんな歳にもかかわらず、俺がいたハードワークの会社に、
長年勤めているわけだから、とんでもないバケモノだ。

やはり、ご多分に漏れず、丸太のような腕をして、60歳とは思えない体格。


みんな、「小野寺のおとうさん」と呼んでいた。




ちょっと話は変わって、トラックは本来、
荷物を積んでバランスが取れるように作られている。

と、思う。


特にトレーラーは、その性質が顕著だ。


だから、空車時の雪道走行は、重量バランスが悪くて、とにかくおっかない。

何回も書いているが、荷台がグワーッと横滑りしてきて、
ヘッドと荷台がくの字に折れ曲がってしまう、ジャックナイフ現象も恐いが、
それにも増して、上り坂の雪道や凍結路面にめっぽう弱い。


荷台が軽すぎて、スリップしやすいのだ。



それなのに、空車で秋田にベニアを積みに行く仕事が、結構な頻度であった。

ただでさえ、空車で雪道を走るのはイヤなのに、
秋田に行くには、途中、アイスバーンが多いから余計に緊張する。



話は戻って、ある雪の日に、
いつものように、空車で秋田に行く仕事に当たってしまった。

いつも、秋田に行くには、国道48号線という峠道を通って山形に入り、
そこから秋田に向かって北上していく。


その48号線の宮城と山形の県境付近に、勾配はさほどきつくないんだけど、
ゆるーい勾配がずーっと続く、イヤーな坂道がある。

そして、その坂道を登り切ったところに、
全長3キロほどの「関山トンネル」というのがあり、そのトンネルを抜けると下り坂になる。


その日は、無線仲間から、関山トンネル付近は、雪が凄くて、
トレーラーはチェーンが無いとムリっぽいっていうレポートをもらっていた。


なので、峠道の手前にある、大きめのチェーン脱着所で、
チェーンを巻くことにした。


俺は、普通の鉄チェーンの他に、
軽くて巻くのがカンタンな、ワイヤー製のチェーンも積んでいた。

鉄のチェーンは、とにかく重いし、面倒くさいので、
お手軽なワイヤーチェーンを巻くことにした。


そしたら、小野寺のおとうさんが、そのチェーン脱着所にガーッと入ってきて、
俺の姿を見つけたようだ。

ちなみに、俺たちは小野寺さんを「おとうさん」と呼んでいたが、
小野寺さんは、誰のことも「あんちゃん」と言っていた。

とてもあんちゃんに見えないような歳の人でも、
小野寺さんより年下であれば、小野寺さんにとっては誰でも「あんちゃん」なのだ。


まぁ、歳だし、名前を覚えられないのが一番の理由みたいだが。



で、俺に、

「あんちゃん、秋田か?んで一緒に行くべ!」

と。


で、俺がワイヤーチェーンを巻いてるのを見て、

「ワイヤーで大丈夫かや?俺は鉄のチェーンで行くど!」


でも結局、俺はめんどくさいから、ワイヤーチェーンのままで行くことにした。


おとうさんは、鉄のチェーンで。

結局、俺もおとうさんのチェーン巻きを手伝うハメになったわけだけども。



バッチリ鉄チェーンを巻いたおとうさん、張り切って、


「俺、しんがりを行くからや!
前走ってけろ!」




2台しかいないのに、しんがりもなにも・・・。



仕方なく、俺が前を走ることにした。



走り出すと、48号線は想像以上の雪でかなり滑る。

ヘッドのケツをズルズル滑らせながら、騙し騙し走る。


だんだん、県境にある関山トンネルが近づくにつれて、勾配がついた峠道に。


うわー、最後の坂、登り切れるかや・・・。



そしたら、側道から、黄色い回転灯を回した、
除雪用のグレーダーが出てきそうになって、
ブレーキを踏んで減速しちゃったら、絶対にズルズルで上れなくなってしまうと思い、
「パパーッ!」とクラクションを鳴らしながら、パッシングをして回避。


あ、あぶねー・・・。



で、勢いつけて調子よく上っていた坂道も、
関山トンネル目前なのに、ちょっとだけ勾配がきつくなる地点で、
ついにスリップして上れなくなってしまった。


あーあ、空車のトレーラーだと、これだからイヤなんだよなー。

ホント、雪道には弱い。

やっぱり、鉄チェーンにしておけばよかったな・・・。






で、さっき、グレーダーがいたことを思い出し、
トンネルの中までグレーダーに引っ張ってもらうことにして、
グレーダーが上がってくるのを待っていた。


程なく、バックミラー越しに、黄色い回転灯が見えてきて、

「おっ!キタキタ!」

と、トラックから降りた。




そしたら!










すでにおとうさんのトレーラーが
グレーダーに引っ張られていた・・。






なんでー?





いやー、笑っちゃったねー。


鉄チェーンで、俺より滑りにくいはずだべやー。




で、グレーダーの運ちゃんが、

「ありゃー、アンタもかい。
先におやっさん引っ張ったあと戻ってくるから待ってろ。」



と。


で、俺の脇を通り過ぎていくときの、おとうさんのバツの悪そうな顔。


いやー、おかしかった。



かくして、グレーダーの運ちゃんに、トンネルの中まで引っ張ってもらって、
なんとか峠越えをしたわけだ。


その後、今度はおとうさんが前を走って、2台ランデブー。


途中、天気も変わって、道路に雪が無くなったから、
どこかでチェーンを外そうということになった。


で、おとうさん、おもむろに、
道路沿いのチェーン脱着所にガーッっと入ったわけだけど、
そのチェーン脱着所には雪がもっさり残っていて、見るからにヤバイ。

だから、俺はその脱着所には入らず、道路でチェーンを外した。




ふと目をやると、おとうさん、ワイヤーを持って、
よその知らないトラックに駆け寄っていって、


「あんちゃん、引っ張ってけろー。」



って言っている。










(ノ∀`)アチャー。



チェーンを外したら、スリップして脱着所から出られなくなったのだ。



その、よその運転手も苦笑い。



で、結局その、よその10トン車にワイヤーで引っ張ってもらって、
無事に脱着所から脱出。



いやー、天然ボケもここまで来るとすごいね。わははー。


でも憎めないキャラなんだよ。おとうさんは。



そんな、大マジメに身体を張った大ボケをかましてくれるお茶目なおとうさん。


さすがにもう引退しただろうなー。




今、何やってるのかな。



 
タグ:トラック
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2010年03月23日

カラスガレイに泣く。


えー、先日、うんこの話から一転、離婚の重たい話で、
いろんな人から反響があった。

それだけ、いろんな方がこのBLOGを読んでくれているんだなーと、
あらためて実感した次第です。

本当に皆さん、ありがとうございます。


これからも笑って泣いて、上げて落とすみたいな、
ジェットコースターのようなBLOGを目指して(?)頑張ります。



さて、先日、一緒に組んで仕事をしている、相馬のほずみちゃんから、


「わこうさんのBLOGの中で、トラックの話は鉄板!」


と、うれしいコメントをいただいたので、またまたトラックネタで。




今日の話は、俺が引っ張った荷物の中で、一番重かった荷物の話を。


ある日、配車係から、

「緊急で、女川まで魚1本走ってくれ。」

と言われた。


もちろん手降ろしだ。



緊急だし、魚だし、助手を連れて行っていいということで、
ひとり助手を乗せて、トレーラーの頭だけでフェリー埠頭に向かった。

何回も書いているが、俺がいた会社は、ドレッチという輸送形態を使っているので、
毎日、引っ張るシャーシ(荷台)が違う。


で、その日は魚だから、冷凍車のシャーシだった。



頭だけでフェリー埠頭に行き、


Cha_0.jpg

こんな感じで埠頭に切り離してあるシャーシを連結して走るわけだ。
※上の写真はイメージ


さて、埠頭に着いて、引っ張るシャーシを見つけたんだけど、
なんかいつもと様子が違う。

なんだろう・・・。


上の写真のように、シャーシを切り離すとき、
シャーシには、脇にハンドルがついていて、それをクルクル回すと、
足がニューッと出てくるので、地面につくまで足を出して、その上で切り離す。

が、その日引っ張るシャーシは、明らかに足が短い。


「あれー?切り離すときに足を出すのが足りなかったのかや・・。」


と、思って近づいたら、



「あーッ!足がめり込んどるー!」


夏の暑さで、アスファルトが柔らかくなっていることを差し引いても、
異常なほど足が地面にめり込んでるんだよ。



「どんだけ重いんだよ・・・。」


その時点で、イヤーな予感。



で、ハンドルをさらにグルグル回して足を上げ、
トレーラーヘッドをホイルスピンさせながら、無理くりねじ込んで連結した。


異様に車が沈む。



「お、重い・・・。」



伝票を見ると、20トンって書いてある。








hyoryu2.jpg

ウソつけーー!

明らかに過積載だろうがー!




が、運賃も良かったし、助手もいるし、断る理由も特にない。

そのまま走ることにした。



が、走り出すと、まーず重い。


荷物がすごく重いときなんかは、半クラッチを多用すると、
クラッチが滑っちゃったりしてすぐダメになるから、なるべく「ドン!」とつなぐ。

そうすると今度は、ヘッドが大きく上下にガクンガクン揺れる。

俺たちは、「しゃくる」とか、「しゃくれる」と言っていた。



ちなみに、高速の入り口ゲートで警察が立っているときに「しゃくる」と、
あっという間に「ピピーッ!」とカンカン(重量計)に引っ張られてしまうので、
警察がいる前では、逆に絶対に「しゃくれ」ない。

たとえ過積載をしていても、


「軽いですよ−。定量ですよ−。」


っていうのをアピールするために、
どれだけスムーズに「しゃくらせ」ないで発進できるかも、テクニックのウチなのだ。



が、話は戻って、その魚のシャーシの時は、とにかく「しゃくり」っぱなしよ。

信号で止まって発進するたんびに、ガクンガクンと「しゃくれ」る。


ひどいときは、ドリンクホルダーに缶コーヒーなんか置いてると、
車内にぶちまけるよ。

も−、ヒッチャカメッチャカだ。


で、重いもんだから、上り坂になると、とたんにスピードが落ちる。

勾配がきついと、時速10キロとか。


トラックは、普段、ローギアなんてよっぽどのことがない限り使わないけど、
その時は、坂道をローギアじゃないと上らない。


当然うしろは大渋滞。


皆さんごめんなさい。



そんなこんなで、ようやく女川の荷主に到着。


荷物を降ろす前に、荷主んとこの重量計に乗ったら、
総重量80トン。

えー、だいたいトレーラーの空車時が20トンくらいだから・・・





60トン!



どうりで重いわけだよ。



ぐえー、60トンを手降ろしかよ・・・。

助手がいたって、一人あたり30トンだよ。



あーあ・・・。




さらに悪夢は続く。



後ろの観音扉を開けたら、天井までビッシリの氷のブロックが目に飛び込んできた。


「箱入りじゃなくて、裸かよー・・。」


しかも、普通は、冷凍機の冷気がうしろまでちゃんと回るように、
上に少し冷気の通り道を空けて積み込みするんだけども、
その荷物は、前から後ろま天井張りでビッチリ。

だから、冷気がイマイチ回らないで、溶けては再凍結を繰り返し、
氷のブロック同士がくっついてしまっていた。


もう、それを見ただけでモチベーションがひゅーんと下がっていく。


これ何時に終わるんだよ・・・。



でも、降ろさないと帰れないから、助手と二人、黙々と降ろし始める。


が、氷のブロックがくっついているから、
手かぎ(俺たちはのんこと呼んでいた)を使って、ガリガリと氷を削りながらはがして降ろす。

だから、普通に荷物を降ろす何倍も時間がかかる。


氷のブロックの中身は、ぬらぬらと黒光りするカラスガレイ


カラスガレイに罪は無いんだけど、憎々しかったねー。実際。



2時間かかって、やっと五分の一くらい。
いやー、とにかく大変よ。




そんなこんなのうちに、荷主の荷受け担当が、シビレを切らして、


「オイ!降ろすのにいつまでかかってんた!この野郎!」


と、きたもんだ。





そこで俺もプチーンとキレてしまった。


「だいたいにして、
冷気が回らないくらい積ませておいて、
何がいつまでかかってるだバカ野郎!」


って逆ギレ。



さらに、


「もう、このシャーシ切り離して、俺たち帰っから。
荷主さんが責任持って降ろせばいいべや。
バカバカしくてやってられっか!この野郎!」



って怒鳴り散らして、車から降りて、
マジでシャーシを切り離そうと、足を下げるハンドルをクルクル回した。



「い・・いやー・・運転手さーん・・。
それは困る・・なー・・・。」




「困るっつったって、俺も明日の仕事決まってるし、
こんなとこで時間かけてらんねーもん。
勝手にしろ。バーカ。」




「わ・・わかった!若いのに手伝わせッから!」



なんだよー。だったら最初っからそうしろよ・・。




その後、活きのいい若いお兄ちゃん達が三人乗っかってきて、
五人がかりで荷物をわっかわっかと降ろした。

って言っても、それでも2〜3時間くらいかかったような記憶だ。


2人で降ろしてたらどうなってたんだろう。



かくして、無事にすべての荷物を降ろし終え、
ケンカした荷主さんも加わって、みんなで缶コーヒー飲んで仲良く一件落着。

帰りは軽やかに帰ってきた。


これももう10年以上前の話だし、今は、重量規制も厳しくなったから、
こんな無茶な積み方させる荷主さんはいないだろう。


と、思う。


と、願う。



だってやっぱり過積載は、「しゃくる」わ、ブレーキは利かないわ、
横転する可能性があるわで、リスクが満載。


実際、俺のトレーラー仲間も、2人くらい横転事故をやっている。


死人が出なかったのが不幸中の幸いだ。



トレーラーで事故ると派手だからねー。何するにも。




たまに、「回転寿司の「エンガワ」は、カラスガレイを使っている。」

なんて話を聞くと、この時の荷主さんを思い出したりする。



そんな思い出。


 
タグ:トラック I氏
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2010年03月18日

野●ソで危機一髪。


えー、今日もトラック野郎時代の話ですが、
一部、読む方によっては不適切な表現に感じるかもしれません。

お読みになる際には、自己責任でお願いいたします。




さて、今日は、マジで生命の危機を感じた、ヤヴァイ話を。


もう、引退して12年経ったので、
そろそろカミングアウトしてもいいかなーと思ったから書くけど、
トラック野郎時代、俺は野●ソフリークだった。


トレーラーに乗った初めての冬、岩手県の大船渡から北上まで抜けるのに、
雪の日に山越えをしなければいけなかった。


10トン車やなんかと違って、トレーラーは「ジャックナイフ現象」っていう、
荷台が意図せずガーッと横滑りしてきて、ヘッドと荷台がくの字に折れ曲がってしまう、
とっても恐ろしい現象があるし、初めての雪道の山越えでかなり緊張していた。

山頂に近づくにつれ、雪が多くなってくるし、
電光掲示板に、「山頂付近積雪 すべり止め必要」みたいなサインが出てると、
緊張が高まって、一気におなかが痛くなる。


で、道路沿いの崖っぷちにあるチェーン脱着所にトラックを停め、
たまらず、ティッシュの箱を持って、ガードレールを超えて少し崖を降り、
俺のほかには完全に誰もいない山奥の、
雪が積もった白銀の山あいで、大自然に囲まれながら野●ソをした。


「ヤッホー!」と叫べば、「ヤッホー!」と返ってくるような深い谷。
※実際は叫ばなかったが。


そんな中での、生まれて初めての野●ソ。


そのなんたる開放感。


「あー、俺も自然の一部なんだなー。」

と、大切なことを思い出させてくれる、素晴らしい時間だった。


事が済んだ後は、雪で手を洗って。



そんなこんなで、おかげさまで、出すものを出して気分爽快。

トレーラーでの初の雪山越えは、無事事なきを得たのであった。



それ以来。



都会の雑踏にまみれていても、
おなかが痛くなると、ティッシュの箱を持って、トラックの下にもぐり、
野●ソするのが日常になってしまった。


トレーラーは、けっこう床が高いので、カンタンに下にもぐれるのよ。


で、荷台のサイドバンパーが、うまーく行為を隠してくれる。



トラックのすぐ脇を人が通るような状況でも、
いつ見つかるかとハラハラドキドキしながら、
人知れずトラックの下でふんばっている、そんな状況。

もう病気。




さて、ある日、仲間と2台でドライブインで酒を飲んで、2台並べて駐車していた。


ちょっと話はそれるが、トラックには、運転席の後ろに、
簡易ベッドというか、人が寝られるようにマットが敷いてあり、
そこに布団を敷いて寝る。

夏はクーラーをかけっぱなし、冬はヒーターをかけっぱなし。

窓を開ければ、虫が入ってきたりするから、ほとんど開けない。


いくら布団で寝ると言っても、ずーっとエンジンがかかっているわけで、
やっぱり、静止している状態から比べれば、なんとなく休まらない。


だから、季節が良いときは、エンジンを切って寝る。



で、話は戻って、その日は季節もよく、2台ともエンジンを切って寝ていた。


夜中、酒の飲み過ぎで、おなかが痛くなって目が覚めた。
もう、ドライブインはとっくに閉まっている。


しかも、俺たちが停めた駐車場は、未舗装のただの空き地。



そんなときはいつものように野●ソでしょう。
あたりまえのように、ティッシュの箱を持ってトラックを降りた。


しかし、俺のトラックの下には、大きな水たまりがあって、下にもぐれない。

なので、悪いなーと思いながらも、隣の仲間のトラックの下にもぐった。






ちょうど、事が終わったばかりの時にそれは起きた。





仲間が突然エンジンをかけたのだ!



しかも、俺、まだ拭いてないよ!




「ヤバイ!このままだと轢かれる!」


仲間は、まさか自分のトラックの下でう●こしている人間がいるなんて、
夢にも思わないだろう。


このまま車を出されたら、
ティッシュの箱を抱えた、半ケツの恥ずかしい轢死体のできあがり。

おかあさんごめんなさい。




そんなのは絶対に避けたい。

避けなければならない。




「うぉぉぉぉ!」


と、すごい早さでケツを拭き、ズボンとパンツは半分で、
命からがら仲間のトラックの下から脱出!


心臓バクバク、いやー、危機一髪だったー。

マジで死を覚悟したよ。





と、仲間の知らないところで大騒ぎだったわけだけども、
そんな思いまでしたのに、車が出る気配がない。




あ、あらーん・・。




なんだったのよ。あの大騒ぎは。




結局、寒かったから、
ヒーターを入れるためにエンジンをかけただけだったんだって。


あーあ。


そのことを仲間に話したら、涙流して笑ってたよ。



そりゃそうだよなー。



そんな、命がけの野●ソ。




Yahoo知恵袋 「野グソは犯罪ですか?」

 
タグ:トラック
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2010年03月15日

曲がらんね。

えー、トラック時代の事を書き始めたら、
思いのほか反響が大きく、いろんな人から喜ばれていることを知った。

ちょっと調子に乗って、また書いちゃおうかなー。



今回は、俺が5年間トレーラーに乗った中で、

一番、「うわー、やべぇー!」

と思った出来事を書くことにする。


ただ、文章でそのヤバさが伝えられるかどうか・・・。




15年くらい前のある日、
猪苗代で荷物を降ろして、関東で積み込みっていう仕事に当たった。


関東に早く着きたかったから、高速に乗りたいんだけど、
猪苗代から磐越道を経由して東北道のルートで行くと、
グルーッと遠回りになってしまう。

なので、地図を見てみたら、国道294号線っていうのが、
猪苗代から白河まで通っている。

白河まで行っちゃえば、東北道のの白河インターがある。


「オォー!ショートカットできるじゃん!」


って思って、294に入ろうとした。



ちょうどタイミングよく、
反対車線から4トン車に乗った無線のメンバーとすれ違ったから
294に入って白河に抜けると言ったら、


「あー!294大型だと・・・・・・・

ガー・・・・・。


っと、ロケーションが変わってしまって、相手の声が聞こえなくなってしまった。



「んー、大丈夫大丈夫!なんとかなっぺー。」



なーんて、のんきに挨拶して交信が終わった。



で、猪苗代から294に入りしばらく進むと、

「この先大型進入禁止」

の標識が。



一瞬不安になったが、そこまでの道路は立派だったし、急いでるし、

「まぁ、国道なんだから大丈夫だべー。」

なんて、たいして深く考えないでそのまんま進んだ。



が、そういえば、会社の先輩がよく、

「3ケタ台の国道には注意しろよ。」

って言っていたのを思い出した。


国道とはいえ、トレーラーでは通れない個所がある場合があると。




でも、入っちゃったものはしょうがない。
とにかく行けるところまで行こうと。


それが間違いだった・・・。




294に入ったばかりのあたりは、住宅街だったし、道路も広くてイイ感じだったのに、
みるみるうちに、深い山に入っていき、民家なんて一軒もなくなった。

あるのは、崖と谷。


道路の幅もどんどん狭くなっていって、カーブのアールもだんだんキツくなっていく。



そんな道路なのに、対向車(乗用車)はバンバン走ってくるもんだから、
ストップ&ゴーの繰り返し。

すれ違いざま、ギリギリの幅で通っていくので、俺も何回もブレーキを踏む。


10トン車の油圧ブレーキと違って、
トレーラーはヘッドもシャーシも、全輪エアブレーキ。

エアの消費が大きい。


ブレーキを何回もプシュプシュと踏むと、エアーが無くなって、
そのたびにエンジンを空ぶかしして、コンプレッサーからエアーをためる。


いやー、その時点でもうイヤになっちゃった。


戻りたい。だけど戻れない・・・。



冷や汗がタラーッ。ハンドルを握る手にも、緊張で汗がびっちょり。

しかも、この先の道路がどうなっているのかもわからない不安。


あーあ・・・。



でも、前に進むしかないのだ。


なんか人生みたいね。




そしてついに、最大の難関が。



道路幅ギリギリ使ってどんなに大きく曲がっても、
どうしても曲がれない、アールのきついカーブにさしかかってしまった。


gake.jpg
イメージ的にはこんな感じ。

ちなみに、この写真よりも、道路幅はずっと狭かった。





Googleマップで見てみると、




より大きな地図で トレーラーで曲がれなかった場所 を表示

この地点。


余談だが、新しくトンネルができて、こんな山道通らなくてよくなってたのね。
俺が通ったときに開通していてほしかった・・・。


いやー、まいっちゃったねー。


で、前からも後ろからも車が来ていて、もう、にっちもさっちもいかない。



頭の中は、




「帰りたーい!」



四面楚歌っていうのは、こういう状態を言うんだな。うん。


気を抜いたらパニックを起こしてしまいそうな状況の中、
かろうじて正気を保ちながら考えた。



その日引っ張っていたシャーシは、たまたま平ボディで、
しかも、とんでもなく古く、ボロで、
床板が所々腐って割れて、大穴が空いているようなシャーシ。

多少ラフに扱っても大丈夫だ。もともとボロいんだから。



しかも、荷物は積んでいない空の状態。



さらに、運がいいのか悪いのか、そのカーブにはガードレールが無かった。



そこで考えた。




トレーラーは、駆動輪がヘッド(チョロQみたいなやつ)の部分。

シャーシのタイヤは、ただ付いているだけだ。



つまり、駆動輪であるヘッドのタイヤさえ生きていれば、
シャーシのタイヤをひとつくらい一時的に崖にわざと脱輪させても、
ヘッドで思いっきり引っ張れば、引っ張り上げられるんではないかと。


ただし、一歩間違えば、ヘッドも崖から落ちて、俺、死亡。


でも、もう選択の余地はなかった。


やるしかない。




そこで、トレーラーには、
すべての車輪をロックさせる、「マキシブレーキ」っていうのがあるんだけど、
いったん、マキシブレーキをかけ、全輪をロックし、アクセルをガンガン空ぶかしして、
減っていたブレーキのエアーが充分に貯まるのを待った。


その間、タバコを吸って、気持ちを落ち着かせる。



で、エアが貯まって、


「さぁ!行くぞ!」


と、マキシブレーキを解除して、思いっきり前に出た。




後ろの車の人が、クラクションを鳴らしながら、窓を開けて、


「タイヤが崖に落ちますよ〜!」


と叫んでいる。




「わかってんだよ!

わかってやってんだよ!
この野郎!」



皆まで言うな。バカ野郎。




で、前にいた車も、一斉にバック。


そして、俺も勢いづけて前に出た。



そしてついに、シャーシのタイヤが、崖に落ちて、


「ゴゴーン!」


という音が。




半ば、ギャギャギャーっとホイルスピンをしながら、ヘッドで引っ張る。




「頼むー!

上がってくれー!」






祈りが通じたのか、崖に脱輪したシャーシが、
ヘッドに引っ張られてボコッと上がってきた。


で、何事もなかったかのように、道路に復活。



後ろにいた、地元のダンプの野郎は、指さして笑ってたね。



でも、笑われても、もうどうでもいい心境。


あーよかった。




で、結局、きついカーブはそれが最後で、あとは大丈夫だった。


無事に4号線に出て、白河インターの看板を見たときは、
思わず涙が出そうになったね。わははー。



そんなこんなの出来事だった。



会社に戻って、先輩にその話をしたら、


「バカだなー。」


の一言で終わってしまった。




俺の中では大冒険だったんだけども。








 
タグ:トラック
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2010年03月13日

はりきりすぎた警察。

先日、久しぶりにトラック野郎時代の事を記事にしたら、
なんか懐かしいスイッチが入っちゃって、
いろいろ思い出したので、またトラックネタで。


今日の話も、15年前くらい前、26歳かそんくらいの時の話。
若気の至りです。



先日の記事に、俺が勤めていたトレーラーの会社は、
「ドレッチ」という、フェリーを使った運送方法だということを書いた。

だから、北海道で積んだ荷物は、
トレーラーの後ろの部分だけがフェリーで仙台港にやってくる。

それを、トレーラーヘッド(頭だけのチョロQみたいなやつね)で港に行って、
連結して関東に走る。


逆パターンで、北海道行きの荷物は、
関東で積んで、仙台港まで陸送してフェリー埠頭で切り離す。

その荷台(俺たちはシャーシと呼んでいた)を、
フェリーに船積みする専門業者が積んでくれて、北海道に運ばれるわけだ。


だから、空車(荷物を積んでない状態)で関東に荷物を積みに行くことも多く、
朝イチで関東で積んで、仙台に帰ってくるのだ。


で、仙台発苫小牧行きのフェリーは、夜8時に仙台港を出発するわけだが、
急ぎの荷物の場合は、関東で積んだ荷物を、
その日の夜8時出港ののフェリーに間に合うように帰ってこなければならない。

俺たちは「当日乗船」と言っていた。


だから、北関東ならまだしも、
千葉や東京、横浜などから当日乗船の仕事に当たった場合は、
積み込みに時間がかかっちゃうと、メシを食う暇もなく走らないと、
当日乗船に間に合わなくなるから、かなり必死だ。



さて、長い前振りになったが、俺はよく、北関東にあるブリジストンの工場に、
タイヤを積みに行く仕事をよく当てられた。

だいたいは、当日乗船の仕事だ。


だから、夜8時出港のフェリーに間に合うように帰ってこなきゃない。


ただ、そのブリジストンの工場は、
荷物がすぐ揃うときとそうでないときのムラがあって、
とにかく早く行って、順番を確保しないと積み上がりがいつになるかわからない。

だから、朝はとにかく急ぐわけだ。



ある日、いつものようにブリジストンの仕事が当たり、
国道4号線を上っていたわけだけど、
無線のメンバーとすれ違ったら、

「仙南のバイパスんとこで、なんか取り締まりをやってたから気をつけろよ。」

と、レポートをもらった。


その日は、タイヤを積むので、アルミバンのシャーシを引っ張っていた。

積み込みだけだから、当然中は空だ。


シートベルトもしてたし、スピードもそんなに出していたわけじゃないから、
スルーできるもんだと思っていた。




ところが。





見張りで立っているおまわりさんを発見したと思ったら、
なんか無線でしゃべっている。


すると、少し先から、おまわりさんがすごい勢いで何人も飛び出してきて、
「ピピーッ!!」と、激しく笛を鳴らしながら「こっち来い!」と止められ、
脇道に誘導された。


俺は、何が何だかわからず、

「え〜?スピード出してないし、シートベルトもしてるべやー!なんでー?」

っておまわりさんに聞いたら、



「運転手さーん、ずいぶん重そうだねー。」

と。



なに寝ぼけたこと言ってんだ?空車だっつーの・・・。


で、

「重いもなにも、空車だってば!」

って言ったら、



「うそつけー!ずいぶん重そうじゃねーか!」


っていきなり威圧的にきたもんだから、プチーンとキレてしまった。


「ウソなんかつくか!バカ野郎!」


って言ったら、


「とにかく降りてこい!」


と。




上等じゃねーか。



車から降りたら、なんか、おまわりさんから婦警さんから、
なぜかテレビ局のクルーらしき人から、署長さんっぽい人まで、
なんだか大勢人がいる。


で、ワイワイ人が集まってきて、囲まれるような感じになってきたもんだから、
俺もだんだんアタマに来て、

「こっちは急いでんのに、変な言いがかりで止めてんじゃねぇよ!」


と、怒鳴ったら、


「なにが言いがかりだ!」



と、返ってきた。



なので、怒りも最高点に達したから、荷台の後ろの観音扉をおもむろに開けた。

もちろん、空だから、なんにも積まってない。



「見ろ?なんか積まってっか?」





「あ、あらー・・・。」





バツの悪そうなおまわりさん。

さっきの威勢はどこへやら。



ワイワイと騒ぎ立てていた、周りのお巡りさんたちも一斉に、




シーン・・・。




俺は、急いでるのに無駄な時間の浪費で怒り心頭。





「この野郎、テメェなにを根拠に重そうだとかぬかしてんだコラ。」


って言ったんだけど、おまわりさんは下を向いて黙ってしまった。



で、署長らしき、偉そうな感じの人が出てきて、


「まぁまぁ、運転手さん、気持ちはわかりますが我々も仕事なもんで・・。」


と、変にその場を丸く収めようとするもんだから、
もう我慢ができなくなっちゃって、


「オメェら大概にしろよ!この野郎!」

「今日積む荷物、
今晩の船に間に合わなかったら
どう責任取んだ?ゴルァ!




って叫んだら、婦警さんは泣いちゃうし、署長さんらしき人はオロオロしてるし、
みんなアワアワになってしまった。



よくよく話を聞いたら、その管轄である、仙南の某警察署で、
初の、ポータブル式重量測定器の導入だったらしく、
そのお披露目というか使い初めの過積載の取り締まりだったようだ。


俺がその時引っ張っていたシャーシは、
アルミバンだったから、重そうに見えたみたいで、過積載しているとふんだようだ。

完璧におまわりさんの早とちりだ。



ふと見ると、確かに、見たこともない、
当時にしてはハイテクそうな機械が置いてあった。



ちなみに、ポータブル式の重量測定器とは、


track4.jpg

こんな感じのもので、大きめの座布団サイズの測定版の上にトラックを通過させると、
そのトラックの重量がわかっちゃうというもの。

※写真はこのサイトから引用させていただきました。



だから、俺のトラックをその上に乗せて測りたかったわけだ。


その機械は、パトカーのトランクにも余裕で入っちゃうから、
いつでもどこでも重量測定ができちゃうスグレものらしい。



15年前にしては、画期的だったよなー。たぶん。



だから報道陣とかいたんだー。

と、その時やっとわかった。



当時からメカものが好きだったし、

「へー、そんな機械があるんだー。」

と、今度はそっちの方に関心が。



結局、俺に威圧的に怒鳴ってきたおまわりさんに対する怒りはおさまらなかったが、
事情もわかったし、もうそれ以上怒鳴り散らすのはやめた。


まぁ、新しい機械の導入で張り切りすぎたんだな。


そう思うことにした。



で、署長さんも、

「本当に申し訳なかった。」と詫びてきて、この件はおしまい。


脇道に入っちゃったし、道路が狭くてUターンできないから、
国道に、バックで出なきゃなかったんだけど、
お巡りさんたち7〜8人が、国道を走る車を完全に止めてくれた上に、
バックの誘導をしてくれた。


大勢のおまわりさんに、
好意的
に誘導してもらう事なんて滅多にない事だからね。



そんなある日の出来事。



まぁ、人間、誰にでも間違いはあるよ。





と、上から目線で言ってみた。


 
posted by わこう at 02:40| Comment(3) | TrackBack(0) | 嗚呼 トラック野郎 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年03月11日

ポテチ軍団。

お友達の、エジンバラこといとけんちゃんから、
俺のトラック野郎時代の話を聞きたいというリクエストがあったので、
久々に、カテゴリ「嗚呼 トラック野郎」の更新です。


俺が勤めていたトレーラーの会社の主な荷主さんに、
某有名メーカーのポテトチップ工場があった。

俺らが行っていた工場は、宇都宮と茨城の下妻が多かったが、
特に、宇都宮工場はとても規模が大きく、年間通じてたくさんの荷物があった。


俺がやっていたのは、「ドレッチ」っていう、フェリーを使う運送方法で、
トレーラーは、頭の部分と荷台が切り離せるので、
北海道で収穫されたジャガイモが、荷台だけで仙台港にフェリーで運ばれる。

それを、俺らドレッチ業者が仙台港から連結して走るのだ。


新ジャガの季節になると、他の野菜と相まって、超繁忙期に突入する。

俺がいた会社は、トレーラーヘッドが50台あったが、
繁忙期にはそれでも足りなくて、傭車を何台も使っていた。


新ジャガの時期は、50台のうち半分あまりが、宇都宮のポテチ工場に爆走する。

車が足りないときは、宇都宮1日2本とかいうときもあった。

朝イチで入って荷物を下ろし、高速でぶっ飛んで帰ってきて、
仙台港でまた別な荷台を連結して宇都宮までもう1本走るのだ。


いやー、ハードよ。


その頃のポテチ工場は、各地から来た、ジャガイモが満載のトラックでごった返す。

だから、なるべく早く行って、さっさと荷物を下ろしたい。



が、先日の記事にも書いたが、俺がいた会社は、超ハードワークで有名。

前の日の仕事が早く終わってればまだいいんだけど、
たいがいは、過密スケジュールでの仙台〜宇都宮便だ。


だから、みんなギリギリまで寝ていて、朝5時くらいに慌てて出発。

そして、高速をぶっ飛ばしていくのだ。


今は、高速道路は貨物は全線80キロ規制で追い越し禁止だし、
トラック自体にもリミッターが付いていて、スピードが出ないようになっているが、
当時はリミッターなんて無く、20トン超の荷物を引っ張って、高速を100キロ超で爆走。

もう15年くらい前の話だ。今では絶対に考えられない。


さながら、高速道路が、ジャガイモ引っ張ったトレーラーでキャノンボール状態よ。


無線を積んだトラックは、「今、●●キロポストクリアー!」とか騒ぎながら走っていく。



真夏のすごーく暑いときなんかは、
たまに、荷台のタイヤが、荷物の重さと暑さでバーストする。


俺も経験したことがあるけど、

「ドーン!」

って、でっかい音と衝撃があり、と同時に、煙とタイヤ片が飛び散る。


ビックリするね。あれは。


荷台のタイヤだから、駆動輪ではないので、
バーストしても、コントロール不能になることとかは無い。


無線では、

「あー!バーストしたー!」


「ありゃーなんだべ。先行ってっぞー!」


「おう、先行っててけろー!」



なんて会話がされている。


真夏のバーストは、結構日常的に起こるのだ。



で、俺の会社では、ブリジストンの高速ロードサービスと契約をしていて、
連絡をすると、新しいタイヤを積んだワンボックスがワンダバダーと来て、
路上でタイヤを組み付け、レースのピットさながら、
インパクトレンチでガガガーッと、あっという間にタイヤ交換してくれる。

非常にありがたかったねー。


余談だが、俺がトラックに乗りたての頃は、
大型車はチューブタイヤを使っている会社が多かったが、
チューブタイヤでバーストを起こすと、
タイヤの縁を押さえる、鉄のリングがあるんだけど、
それがすごい勢いで吹っ飛んでいって、後ろを走っていた乗用車などに当たり、
死亡事故が起きるケースがあったりして、非常に危険。

だから、俺の会社では、全車チューブレスタイヤだった。


チューブレスだと、バーストしても、タイヤ片しか飛び散らないから、
チューブタイヤよりはまだ安全だという判断だったんだと思う。



そんなこんなで、宇都宮に向けて高速を走っていると、
早朝にもかかわらず、たまにタイヤ片が落っこちているのを見つけると、

「ひょっとしてウチの会社の誰かがバーストしたのか?」

って思いながら走っていると、だんだんタイヤ片が多くなっていって、
その先に、ほぼ100%ウチの会社のトレーラーがバーストして路肩に停まっている。


いやー、おかしかったねー。

腹抱えて笑いながら、追い抜きざまに、

「ブオッブオーッ!」

と、ホーンを鳴らすと、バーストしている車も鳴らし返してくる。



そんな、早朝の高速キャノンボール。(笑)


かくして、そんなポテチ軍団が運んだジャガイモで作られるポテトチップ。


今、スーパーでもコンビニでも、ポテトチップのコーナーには、
ものすごい種類と数のポテトチップが並んでいる。

それだけ、ポテトチップの需要が多いということだ。



そんなニーズを、陰で(?)支えている男達がいることを伝えたかった。


現在は、速度も重量も運行管理も、それぞれ厳しくなっているから、
そんなキャノンボールじみたことなんて絶対にできないけど、
そんな厳しい状況下でも、俺の当時の相棒もまだ現役で走っている。

今年も繁忙期には、ポテチ軍団でごった返すんだろうなー。




トラックを引退してもう12年。


今でも思い出す暑い夏。


 
posted by わこう at 17:42| Comment(1) | TrackBack(0) | 嗚呼 トラック野郎 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年12月18日

デコチャリ。

デコレーショントラック、略して「デコトラ」。

デコレーションチャリンコ、略して「デコチャリ」。



俺はトラック現役の頃から、デコトラはイマイチ苦手。


が、デコチャリはアリだね。


この動画、おかしいの通り越してシブイよ。マジで。


可能であれば、音量大きめでぜひ。


久しぶりに一番星ブルース聴いた。




いや〜、シブすぎる!

タグ:動画 笑い 渋い
posted by わこう at 18:45| Comment(1) | TrackBack(0) | 嗚呼 トラック野郎 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年10月01日

トレーラーの車庫入れ。

最近、通勤は極力車を使わず、チャリンコだ。

我が愛車マングースちゃんで、街中を颯爽と流していると、ホント気持ちがいい。

 

が、過去に何回か書いているが、俺は元トラック野郎だ。

10トン車に2年、トレーラーに5年乗っていた。

 

チャリンコからトレーラーまで、車と付くものはなんでも乗るのだ。とりあえず。

一輪車はダメ。

 

 

さて、昨日の朝、チャリで颯爽と少し細い道路を通っていたら、

工事現場の誘導員に停められた。

 

工事現場に重機の引き上げのため、重トレ

(重機を運ぶ幅広のトレーラー。俺等は16輪と呼んでいた。)

が、道路幅一杯使って、現場に車庫入れをしていたからだ。

 

当然その間、道路は歩行者も含めて全面通行止めだ。

 

ご存じの通り、トレーラーって、ヘッドとシャーシが別々になっているが、

直径約5センチくらいの、鋼鉄のピン一本でつながっているだけなので、

クネクネと曲がるので、バックして狙ったライン通りに車庫入れするのって難しいのだ。

 

昨日の朝のその運ちゃんは、けっこうベテランのようで、

狭い道路にもかかわらず、器用にバックして現場に入っていった。

 

俺と一緒に歩道で足止めを食っていたスーツ姿のおにいちゃんがボソッと、

「芸術だ・・。」と言っていたのが印象的だった。

 

っていうか、過去には俺もそう言われていたのだ。

 

 

 

トレーラーを運転するためには、けん引免許が必要なのだが、

俺は10t車で仕事しながら、合間を見つけて自動車学校に通ってけん引免許を取った。

 

それまで、普通も二輪も大型も、ストレートで一発合格してきたのに、

けん引で初めて追試を受けることになり、苦虫を噛むほど悔しい思いをした。

 

とにかくトレーラーのバックは難しかった。

っていうか、当時はそう感じた。今はなんて事ないけど。

 

ピン一本だし、勝手にクネクネ曲がってくから、まっすぐバックする事すらままならない。

しかも、パニクると、も〜どっちにハンドルを切ればいいのかすらわからなくなるのだ。

 

トレーラーのバックの特徴として、アタリをつけるために、

一度ハンドルを逆に切って、シャーシの向きを意図的に曲げていくのだが、

慣れるまではこの加減が超むずかしい。

 

俺がトレーラーに乗りたての頃は、よく先輩に、

「狙ったライン通り一発で入れられるまでには3年かかる。」と言われた。

ある意味それは本当だった。

 

3ヶ月や半年も乗れば、それなりに車庫入れはできるようになるのだが、

他のトレーラー乗りがいるときなんかは特に、カッコイイとこ見せたいから、

「今のバックは60点だな・・。」なんて、自己評価を付けるようになる。

 

こうして、トレーラーの「バック道」というドロ沼に入っていくのだ。(笑)

 

 

 

毎日毎日、5年も乗り続ければ、いろんなハプニングに出逢うこともある。

 

ある日、千葉県の荷主に行ったとき、曲がる道路を一本間違えちゃって、

道幅はどんどん狭くなっていって、

通勤ラッシュの時間帯だから、前も後ろも車がビッチリ。

 

大渋滞を引き起こし、ラジオの道路交通情報で読まれてしまう始末。(笑)

 

向きを変えるのに、道路沿いの広い農家の庭先にバックで入れさせてもらった上、

その家の人に誘導までしてもらっちゃって、

バックが完了したときには、拍手まで沸き起こってしまった。

 

も〜、祭りだ。(笑)

 

 

しかも、家の人にお茶までごちそうになっちゃったし。

 

その農家の人は、トレーラー乗りと話したことなんて無かったらしく、

目をランランと輝かせながら、いろんな事を質問してきて、

それに答えるたびに、「へぇ〜ッ!へぇ〜ッ!」と驚いていた。

 

も〜、スターのノリだ。

そもそもは、道を間違えたアンポンタンだというのに。へへ。

 

そんなこんながあって、度胸がついて、運転技術が磨かれていくのです。(苦笑)

 

 

 

久しぶりに間近でトレーラーの車庫入れを見て、そんなことを思い出していた。
posted by わこう at 14:23| Comment(10) | TrackBack(0) | 嗚呼 トラック野郎 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年06月19日

機動隊に囲まれた話。(後編)

ここ数日、かなりドタバタがあって、後編アップが遅くなってしまいました・・。

 

前編はこちら。

 

 

定量だと思っていた荷物に、過積載の疑惑。

しかも、築地と新宿の2か所降ろしで、ただでさえ時間が惜しい。

とにかくさっさとその場をクリアし、さっさと築地に向かいたい。

 

ここで抵抗してもしょうがないので、

指示に従うことにして、渋々と本当の重量計に乗った。

 

「あれぇ〜!定量の割にはずいぶん重いねぇ。」

 

約3割増の重量だった。

 

 

その時の積み荷は確か大根だったが、「正味10キロ」と箱には書いてある。

この「正味」がくせ者だ。

 

結局、たぶんいちいち1ケースずつ厳密に重量チェックなんてしないんだろうから、

箱イッパイに大根を詰めれば、多少の誤差が出て当たり前だ。

 

ケース数は伝票通りなわけだから、3割増という事は、

本当は10キロの箱なのに、平均して13キロ分の大根が入っているという事だ。

 

サービス精神旺盛だ。

 

でも、こういう時に、とばっちりを食うのは運転手だ。

 

 

「ダンナさ〜ん、これじゃ高速入れないよ。下(一般道)行って!下!」

 

冗談じゃねぇよ・・・。

 

早く築地に着かなければいけない焦りから、イライラが怒りに変わってキレそうだった。

 

 

今、こうやって冷静になって記事を書いていると、

理屈的に高速に乗れないことはよくわかる。

 

俺がここで怒るのは、お門違いな事もよくわかる。

 

しかしこの時は、重量計に乗るまでは、てっきり定量だと思っていたし、

突然起こった出来事にワケがわからなくなったんですな。

 

「頼むよぉ〜、大急ぎで築地に入んなきゃねぇんだよぉ〜。」

 

「無理だね。諦めてください。」

 

「諦めろってなんだそりゃ。テメェこの荷物の責任とれんのかゴラァ!」

 

「いや、そういうことを言ってるんじゃなくて・・。」

 

「じゃぁどういう事なんだよ!」

 

 

 

だんだん我を忘れていった。

 

 

怒りが最高潮に達したが、まさか機動隊員を殴るわけにはいかないので、

野球で、監督が審判に抗議するときのように、

手を後ろに組んで胸を付き合わせて大声で怒鳴り散らした。

 

「●△■♂★※♀□▼○!ヴォケェ!」

 

 

気付いたら、その場にいた機動隊員、約10名に囲まれていた。

 

そこでまたブチギレれですよ。

 

「なんだオメェら。やんのかゴラァ!」

 

 

機動隊員たちはみんな、警棒に手をかけていた。

いつでも飛びかかれる状況だ。

 

その中の数人は、生唾を飲み込んでいた。

数人は涙目だった。

 

本気だ。

 

 

俺は丸腰だったし、暴れたらあっという間に押さえ込まれる。

くやしいけど、諦めるしかない。

 

っていうか、目的は早く築地に着くことだ。

 

 

「わかったよ!折れてやるよ!」

 

と言ったとき、隊員の一人が「ザマァみろ」って感じで、

「フンッ・・。」とハナで笑った。

 

 

それでまた逆上してしまった。

が、暴れるわけにはいかない。

 

「今日はな、機動隊と運転手っていう立場だから折れてやる。

そのかわり、オメェらの顔絶対忘れねぇから、

勤務外で国分町(仙台の繁華街)に出るときは気を付けろよ・・。」

 

と言った。

 

数人は下を向いて黙り込んでしまった。

 

 

で、結局出口のゲートまで誘導され、高速から追い出された。

まぁ、次のインターから高速に乗ったんだけど。

 

当初の予定から築地到着まで1時間遅れたが、

たまたま空いていて、難なく荷物を降ろすことができた。

 

 

 

 

実はこれには後日談がある。

 

その数ヶ月後、本当にその時の機動隊員と、

ある場所でバッタリ出会ってしまったのだ。

 

あまりにも出来過ぎた出来事に、思わず笑ってしまった。

 

 

「俺のこと覚えてるか?」

 

「はい・・よく覚えてます・・。」

 

当時の現場では威勢を張っていたその隊員が、

違うシチュエーションで会ったときには、とてもおとなしく、すげぇ小さく見えた。

 

それを見たら、あれだけ憎々しかった隊員だったが、文句を言う気も失せてしまった。

拍子抜けしてしまったというか・・・。

 

 

そんなもんなんだなぁと、勉強になった出来事でした。

 

ってか。 おわり。
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2005年06月15日

機動隊に囲まれた話。(前編)

過去に何回も書いているが、俺は以前はトレーラーの運ちゃんだった。

詳細は、カテゴリ「嗚呼 トラック野郎」でどうぞ。

 

 

現役当時はホンット〜〜に、いろんなエピソードがあったが、

今回は、俺の中で1,2位を争うエピソードを公開する。

 

 

俺はトレーラーに乗っていたが、「トレーラー」と一口に言ってもいろんな仕事があり、

俺がやっていたのは、「ドレッチ」と呼ばれるものだった。

 

ドレッチとは、100%陸送ではなく、一部フェリーを使う運送方法で、

特に、北海道など、陸地が離れているところの荷物を運ぶのに使われる。

 

例えば、北海道で採れた野菜を、東京の市場(築地とか)に運ぶとしたら、

 

1、北海道のドレッチ業者のトレーラーが、現地で野菜を積み込む。

 

2、積み込まれた荷物は、苫小牧港など、フェリーが停泊する港に運ばれる。

 

3、トレーラーは、トレーラーヘッドと荷台が切り離せるので、荷台部分を切り離す。

 

4、荷台部分だけがフェリーに積まれ、所定の港(仙台港)にフェリーで運ばれ降ろされる。

 

5、現地(仙台港)のドレッチ業者のトレーラーがその荷台を連結し、築地まで陸送。

 

と、大まかにいうと、こんな感じの流れだ。

 

俺はこの仕事を五年やったが、

一度として北海道の運転手に会ったことも喋ったことも無い。

あるのは、「こんな感じで積みましたよ〜。」という積込図のみ。

 

そういうのもなんか不思議でしょ。

 

でも、ドレッチっていうのは、トレーラーの特徴を最大限に活かした、

非常に画期的な運送方法と言える。

 

これを考えた人、エライ。

 

で、俺はよく北海道の野菜や果物を引っ張って、

東京の青果市場(通称やっちゃば)によく走った。

 

築地、新宿、太田、三鷹、巣鴨、世田谷などなど・・。

 

なので、俺が当時眠い目をこすりこすり走って運んだ野菜を食べてくれた人が、

もしかするとこのBLOGを読んでいるかもしれない。

 

北海道のじゃがいも、とうもろこし、タマネギ、レタス、大根、ニンジン・・。

最高級の夕張メロンを運んだこともあった。

 

それが東京の皆さんの食卓に上がったわけだ。

 

そう思うと、なんかロマンを感じてしまうのだ。

 

 

さて、やっちゃばによっては、狭くてトレーラーで入っていくことがしんどいところや、

メチャクチャに混んで入れないところもある。

 

トレーラーで入っていくと、ただでさえ手降ろしだから、降ろすのに時間がかかる。

停車場所確保やフォークリフトの争奪戦で、よその運転手とケンカになることも茶飯事だ。

 

なので、他のトラックでごった返す前に、さっさと降ろしてさっさと脱出したい。

特に、築地、三鷹、新宿の3ヶ所は、いつもバトルだからあんまり行きたくなかった。

 

 

 

ある日、新宿と築地の2ヶ所降ろしの仕事に当たってしまった。

積み荷は大根かなんかだったと思う。

 

「ゲゲェ・・、混むとこ2ヶ所かよ・・。」

 

とにかく早く新宿に着きたかった。

 

 

仙台港で、荷物を積んだシャーシを引っかけ、

大急ぎで高速のインターに向かった。

 

が、チケット発券機の後ろになにやら人影が・・。

警察だ。高速機動隊というヤツだ。

 

シートベルトも取り締まっていたが、その日はトラックの重量検査もやっていた。

 

俺の引っ張っているシャーシは、伝票上は定量。

シートベルトも締めていたし、問題なく通れると思っていた。

 

 

余談だが、高速の入り口ゲートの下には、「軸重計」というものが設置してあり、

その上を車が通るとき、左右の車輪から伝わる重さを量り、

規定の重さ以上だと、何かしらのサインが出るようになっているらしい。

 

俺は、なんの疑いもなくゲートを通過しようとしたのだが、

軸重計が反応したらしく、そのゲートにいた警官が笛を鳴らして、

「こっち来い!」とサインを。

 

大型トレーラーでも乗れる大きさの本格的な重量計

(通称鉄板。カンカンとも言う。)に誘導された。

 

「ちょ、ちょっ・・オイオイ冗談じゃねぇよ!急いでンだよ。」

「定量だってば!定量!」

 

と叫んで、通過させてもらおうとしたが、

機動隊員が一斉に何人も飛び出してきて阻止された。

 

「まぁ、まずダンナさ〜ん(なぜか警察の人は取り締まるときこう呼ぶ)、

軸重計が反応しちゃったからさぁ、重量計で測るからぁ。」

 

「車検証と通行許可証持って降りてきて!」

 

 

たたでさえ時間が無くて焦ってるのに・・・。

 

 

 

だんだん焦りが怒りに変わっていった。

 

 

つづく。
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2005年05月20日

ガス禁アパート。

昨日の記事のKaNさんのコメントで、またノスタルジーが・・・。

KaNさん、話題提供ありがとうございます。(笑)

 

 

突然だが、俺は離婚後アパートを借りていたことがある。

もうかれこれ8年前くらいになるか。

 

当時、まだトラックの運ちゃん現役時代。

そのアパートは、仙台港の敷地にごく近いところにあった。

 

俺が勤めていた会社は仙台港にあり、アパートから職場まで車で2分。

しかも、アパートの前にトラックを停めることができた。

 

俺にとっては、とてつもなく好立地だ。

 

wako91

アパートから撮った風景。屋根の上の立ってる方が俺です。(笑)

 

 

 

さて、このアパート、その当時ではけっこう珍しいオール電化。

 

理由は、このアパートの隣が高圧ガスの生成工場のため、

消防法がナンチャラカンチャラで、

ガスが使えないと不動産屋さんから聞いた。さすが仙台港。

 

「とにかくタバコとか、火の取り扱いには十分注意してくださいね!」

「カセットコンロも禁止です。」

「爆発の危険がありますので・・。」

 

ちょっと怖い・・・。

 

なので、調理器は電磁式のコンロが一個あるだけ。

 

しかも台所には、250リットルのでっかいタンクが、

ドーンと設置してあり、深夜電力でお湯を沸かして給湯するという、

かなり変わった仕様のアパートだった。

 

まぁ、男の一人暮らしだし、料理なんてほとんどしなかったから、

最初のうちは、全く問題なかった。

 

 

しかし、たまに時間が空いたとき、

ちょっと魚でも焼きたいなぁと思っても、

電磁コンロだからフライパンで焼くしかない。

 

なんか、それも味気ないなぁと思い、大家さんに内緒で七輪を買った。

 

 

俺が住んでいたそのアパートは、やはり限定された立地条件のため、

住んでる人はトラックの運ちゃんばっかり。

 

しかもみんな一人暮らし。

 

だから、こう・・夜とかコミュニケーションに飢えてるのね。

住人同士、けっこうみんな仲が良かった。

 

なので、俺がベランダでパタパタと七輪でさんまを焼いたりしてると、

 

「オッ!いいことしてんなぁ・・。まぜろや・・。」 

 

と、みんな酒や肉を持って集まってきて、よく宴会をした。

 

七輪で焼くとなんでも美味いから、みんな、

「カルビなんて子供の食いもんだ!」

と、ハツ、ミノ、豚ホルモン、砂肝など、内臓系の肉ばっかり持ってきた。

 

俺はけっこうカルビとか食いたかったんだけど・・。

 

 

でも、みんな仕事で全国各地を走り回って、

ご当地の美味しい食べ物をおみやげに買って持ち寄るから、

今考えると、なかなか贅沢でオツな宴会だったなぁ。

 

七輪を突っつきながら、なぜかブルース・リーのビデオを観まくったり、

酔っぱらってぐたぐだになったり、なかなか楽しいアパート生活。

 

ガスが無いという不自由さから、七輪という禁断のアイテムに手を出し、

そういうルールを破ってやるようなことがまた楽しいんだなぁ。これが。

 

 

その後トラックを降りたから、

俺も正味そのアパートには一年くらいしかいなかったし、

みんなそれぞれバラバラになった。

 

今でもそのアパートは残っている。

相変わらずさびしんぼのトラック野郎たちが住んでいるのだろうか。
posted by わこう at 15:56| Comment(5) | TrackBack(1) | 嗚呼 トラック野郎 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年03月19日

懐かしいニオイ。

昨日、早速俺の病室に新しいメンバーが引っ越してきた。

 

一人は、バスケで膝を痛めた中学生。

 

そして、もう一人は、現役トラックの運ちゃんKさん。

しかも、トレーラー乗り。

 

しかもしかも、俺がトレーラーに乗っていた当時の仲間、

Fくんと、現在同じ会社で働いているという。

 

いやぁ〜、何という奇遇・・。

 

俺のトラック野郎時代の話はこちらからどうぞ。

 

で、昨夜、病棟の新たな重鎮たちとお茶ッコ飲みに、

Kさんも加わったが、食い物の話から、

俺がよく行っていたドライブインの話、

トレーラー乗りにしかわからないコアな話、

荷主の話、現在のトレーラー事情など、弾丸のように語り合った。

 

しかも、俺がトラックに乗りたての頃、

佐川急便の路線便で長距離を走っていたが、

そこでもバッチリかぶっていた。

 

たぶん、どこかの佐川急便のホームで会ってたはずだ。

 

俺はだんだん、昔のスイッチが入ってきて、

懐かしさに胸が躍った。涙が出そうになった。

 

こう・・眠い目をこすりこすり走ったこと、

やっちゃばでケンカしたこと、首都高を爆走したこと、

やんちゃしたこと・・・。

 

 

ああ・・・、懐かしい・・・。

 

 

 

周りの人が、話についてこれず、

ポカーンと見ていたのはわかったが、もう止められなかった。

 

その様子を見ていた、同室のOくんは、

「わこうさん、懐かしむ目をして話してましたよ。」と。

 

いや、実際懐かしかった・・・。

Kさんが持ってきた、思いがけず懐かしいニオイ。

 

Kさんは、半月板損傷で入院。手術も終わった。

この連休明けには、退院していってしまう。

 

実は俺は、今日から2連泊の外泊。残念だ。

 

もっとイッパイいろんな話をしたかったが、

俺が退院してからでも、Fくんを通じて会うことができる。

 

また退院後の予定がひとつ増えた。
posted by わこう at 10:12| Comment(0) | TrackBack(0) | 嗚呼 トラック野郎 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年01月09日

どっちの見舞いかわからん。

皆さん、日々のコメント、暖かいお言葉ありがとうございます。

やっと手術の痛みもひいて、気持ち的にも少し余裕が出ました。

 

皆さんに書いていただいたコメントに、お返事を書きました。

 

言葉足りないところなどあるかもしれませんが、

お許しいただき、ご笑読いただければ幸いです。

 

皆さん、本当にありがとうございます。

 

 

 

 

今日、トラック野郎時代の親友Nが、

奥さんと子供を連れて見舞いに来てくれた。

 

ちなみに、Nと奥さんのMちゃんは、俺が仲を取り持った。

キューピットなのよん。俺。

 

 

が、なんかNの様子が変だ・・。

 

普段かぶらないような、毛糸の帽子かぶってるし、

なんか辛そうな、ブス〜ッとしてようなツラしてるし。

 

 

奥さんのMちゃんが、

 

「傷の痛みって何日くらいで取れるの?」

 

と、唐突に聞いてきたのでピーンときた。

 

 

俺 「頭ケガしたんだべ。」

 

N 「ギクッ!」

 

俺 「ケンカでもして割ったか?」

 

N 「ギクッ!」

 

俺 「ビンで殴られたんだろ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

N 「焼酎のボトルだ・・・。」

 

 

 

 

俺 「何針?」

 

 

 

 

 

 

 

 

N 「なんかホチキスみたいので3つくらい・・・。」

 

 

 

 

 

 

 

俺 「相手は?」

 

 

 

 

N 「会社の新人でヨォ、年上だけど。ボコボコにしてやった。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「はぁ〜・・・。」

 

 

さらに、

 

 

俺 「それ、いつの話?」

 

 

 

 

 

 

 

N 「昨夜・・・。」

 

 

 

 

 

俺 「ホカホカやんけ!」

 

 

 

で、結局昨夜のケンカの愚痴を散々こぼし、

頭を縫った先生の応対がどうとかこうとか散々ぬかして、

 

 

 

 

「で、帰るべ!」

 

と帰っていった・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

どっちの見舞いじゃぁ〜ッ!

posted by わこう at 19:38| Comment(5) | TrackBack(0) | 嗚呼 トラック野郎 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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