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2014年04月16日

ホームシック。

hagaki.jpg

突然、仙台のおふくろから絵手紙が届いた。


大震災後に脳溢血で倒れ右半身麻痺になってしまったので、
おふくろから絵手紙が届くなんてビックリ!


たぶん左手で一生懸命書いたんだろうなーと。



そして、この絵手紙が届いてからというもの、少しホームシックになってます。

というか、仙台がとても懐かしく、飛んで帰りたい気持ち。


それと同時に、関西に引っ越してきてもうすぐまる二年が経ち、
三年目に入ろうとしてます。


二年前の今頃は、仙台を離れる寂しさで、
泣きながら荷造りしてたっけなー。わははー。




俺は仙台がとにかく大好き。

友人も多いし、勝手知ったる街だから何をするにもラク。



しかし、あの大震災があり、いろんなことが変わった。


関西に引っ越すことにした最大の理由は、りえさんの体調悪化だ。

震災後、とにかく持病の喘息の発作が劇的に増えた。
お手当してもおっつかない。


だんだんやつれていくりえさんを心配していた時に、
突然提案された関西移住。


いやー、ビックリしたさー。


でも、今思えば、あのタイミングで関西移住を決意し、実行したことは、
結果的に本当に良かったなーと実感している。

おかげさまで、りえさんの体調も改善し、今はすこぶる元気。



引っ越しの日は大雨だった。


高速の深夜割を使うために、真夜中に起きて、
4匹それぞれ思い思いの場所にいるニャンたちを捕獲してキャリーバックへ。

そして、どしゃ降りの中、誰にもさよならを言うわけでもなく、
りえさん、ニャンたちと共に芦屋に向けて出発。

友人たちの顔や仙台のあったかさを思い出しては、
こみ上げてくるものをグッとこらえてとにかく走った。


俺はあの夜のことは一生忘れないと思う。




関西に来て二年も経てば、こっちはこっちで友人や知り合いもたくさん増えたし、
居場所もできたし、すっかりこちらの生活になじむ。

今では関西での生活がとても気に入っている。



だけど、不意に届いたおふくろからの絵手紙は、
ノーマークのところにストレートがガツーンと入るような衝撃。

一瞬にして、仙台の空気感や俺が好きだった場所、
大切な人たちの顔がフラッシュバックでバババーッと浮かぶ。


いやー、まいったね。仙台に飛んで帰りたい衝動。


さらに、ネットニュースやFacebookなんかで、
震災復興が遅々として進まないことや、放射能汚染や東電のことなんかを見ると、
心がかき乱されてやっぱり仙台に飛んで帰りたくなる。


だけどもさ。

たとえ俺が仙台に帰ったところで何が起きるわけでもない。



関西移住を決意するに至るまで、
りえさんの体調の他に、移住の理由をいろいろ考えたわけだけども、
一番俺の中で大きかったのは、

「東北の外から東北を応援する」

ということ。


例えばお金ひとつとっても、
東北が潤うためには、東北以外からのお金も要る。


二年経った今でもその考えは変わらない。


俺にできることなんて微々たるもんだけれども、
それでも、そういう志を持つ人が何人、何十人、何百人と増えていったら、
少しだけなにかできるんじゃないかなぁと。


だから、ホームシックになったとしても、
俺にはその大義があるのでブレない。


関西に来て、仙台にいた頃よりも、
自分ができることのフィールドやスケールが広がっているのを実感している。



仙台を愛すればこそ、頑張って自分が関西でできることを精一杯やることが、
ひいては仙台や東北のためになると信じている。


おふくろからの絵手紙は、
自分が関西に来た意義をもう一度考えさせてくれたきっかけとなった。


そして、そんなおふくろに俺はなにができるんだろう・・



そのうちまたおふくろに会いに行くか。



posted by わこう at 02:49| Comment(1) | TrackBack(0) | 普通の日記。 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
おばんでした。

お母様はお元気らしく。

さて。うちの母は2月に顎をはずして慢性化すると歯科医に脅されましたがその後は何事もなく。

とまれ。まくろび庵のカレーを食べたい今日この頃。

お邪魔しました。。


Posted by going solo. at 2014年06月03日 17:04
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