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2012年08月05日

ルーツを探る旅 吉野。

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西に移住してきてからというもの、
何かにつけ、龍神様とか修験道にご縁がある場所に導かれることが多い。


先日、大阪のヒーラー、山中ひつきさんと、男二人で吉野に行ってきた。


ひつきさんのブログはこちら。


ひつきさんと初めてあったのは、ちょうど一年くらい前に、大阪に出張で来たんだけども、
その時に一緒にご飯を食べたのがはじまり。


実は、ひつきさんは年こそ俺より4歳上なんだけども、
誕生日が同じ10月9日。

自他共に認めるんだけども、なんか似ている。
顔の作りとか体型とか考え方とか。

初めて会った時から、お互いにビビビっとくるものがあって、
俺も西に来たらまずひつきさんだし、
ひつきさんも、俺が西に移住してくるのを心待ちにしていてくれた。


で、俺もマクロビオティックを通じて陰陽論と出会い、
宇宙との調和とかを意識しながら生きている。

ひつきさんも鍼灸師なのでもちろん陰陽を熟知しているし、
それを生かして人様を救いたいという思いのもとで生きている。


なので、ベクトルが同じだし、1言えば10響くっていう感じで、とにかく話が早いんだよ。

そんなひつきさんが、

「一緒に行きたい修験場がいろいろあるので行きましょう!」

と、誘ってくれたので、早速、吉野に行く事になったというわけです。


その日は、りえさんが仙台に出張の日で、伊丹空港でりえさんを見送ったあと、
ひつきさんと大阪で合流、そして吉野に移動となった。



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伊丹空港の建物の間から空を見上げたら、龍みたいな雲が出ていた。

「今日はいい旅になる!」と確信した。



で、男二人でドライブした先に辿り着いたのは、



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修験道の総本山、金峰山寺。

金峰山寺のサイトはこちら。


ここは、修験道の祖とも言われる、役行者が金剛蔵王大権現を感得された地。
言わば修験者の聖地だ。


いやー、東北に住んでいたら、たぶん一生来ることは無かったね。
ひつきさんに教えてもらうまで、金峰山寺の存在すら知らなかったわけだし。

だけども今や、日帰りできるくらい近くにいる。

なんとありがたいことなんだろうと思う。



ちょっと話は変わって、以前、日蓮宗の聖地の一つである、
七面山登山修行の記事を書いた。

その記事はこちら。


その中に、霊視のきく方に視てもらったところ、
俺には修行僧の過去世があると言われたということを書いた。

しかも俺は、修行僧時代に、日蓮聖人に会っていたにもかかわらず、
日蓮宗ではない違う道を選択したらしい。


で、なんかしらんけども、近年、修験者や修験場とたくさんご縁をいただくようになって、
ひょっとしたら、俺の過去世の修行僧とは、
修験者のことだったのではないかと思っている。



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だからなのかなんなのか、吉野の山々を見渡したら、
なんか妙に懐かしい感じがした。

まぁ、こういう風景は、日本の原風景に近いし、東北にもある景色だから、
そういう懐かしさなのかなーと思ってたんだけども、



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金峰山寺の本殿を見た時、なんかガツンと来るものがあったのよ。

変に懐かしい感じというか・・なんとも言えないんだけども。






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これがひつきさん。

そして、ひつきさん曰く、

「この金峰山寺は、山の上にあるし明るいし『陽』なんだけども、
この下に、まさに『陰』のお寺があるので行ってみましょう。」


と。



で、金峰山寺からずーっと降りていく直通の階段があるんだけども、
今回はあえて車で谷に向かった。


途中、小さな部落があって、
そこを過ぎると、とたんにひんやりして妙なジメッとした静けさの林に。


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もう完全に外界と隔離された感じ。異次元に入ったみたいな。

ケータイの電波も入らなくなった。


この谷は、昔、合戦場だったようで、以前は地獄谷と言われ、
とにかく湿っぽく「陰気」が漂っている。



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金峰山寺のこのカラッとした山の上の陽気から一転、






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静寂の中にポンと投げ込まれた感じ。



そしてその先に、「脳天大神」と言われる、「龍王院」がある。

ここは、昭和になってから開かれた、比較的新しいお寺で、やはり修験場でもある。






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本殿に行く途中の通路。

なんか異次元っぽいでしょ。


ここは「脳天さん」と言われて、頭の病気の他に、学業にもいいとされているので、
合格祈願の絵馬がいっぱい掛けてあった。





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本殿。


金峰山寺に比べると、小さくてこじんまりとしてるんだけども、
なんか俺はこの小ささと、このジメッとした感じが、妙に落ち着くというか・・・


脳天さんの由来なんだけども、こちらのサイトにかなり詳しく書いてある。


この龍王院開祖の五條覚澄大僧上が、
ある日、この谷で頭を割られて死んでいる、二メートル以上の大蛇を見つけ、
不憫に思って手厚く供養したところ、その蛇が現れてこの地を開けと言いい、
脳天さんを作ることになったと。

そして実は、その頭を割られて死んだ大蛇は、
蔵王大権現が姿を変えたもので、頭を割られてもなお、救われるのだということを示している。

そして、頭に関わることをすべて守ってくださる。

と、要約するとそんな感じだ。



かなり乱暴に言うと、金峰山寺の御霊分け的な感じで、
脳天さんとは親子の関係みたいなもんだ。と、思う。


そして、神は龍の姿になって現れるとも言うし、
蛇は龍でもあるので、


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やはりいたるところに龍がいる。





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たまにこんな変なのもいるんだけども・・・
河童と龍が合体したみたいな。

そこは関西のセンスなんかな。


と、こんな感じの吉野の旅だったんだけども、
改めて俺は修験道の考え方が好きだなーと思った。


脳天さんのパンフレットに書いてあるんだけども、

「仏様も神様も両方とも拝むのが修験の根本の教えであって、
どちらも妙なる行法でありさとりの道であります。」



とある。


俺は常々、神と仏を分けるものではないと思っていたので、
この一文には全く同感で深くうなづいてしまった。

我が家には、天河さんと九頭竜さまをお祀りさせていただいていて、
なおかつ、仏壇もあって毎日お供えしたり、手を合わせたりしている。


我々は自然界に生かされているものの一部でしかなく、それ以上でもそれ以下でもない。

だから、自然やそれを作った存在を敬いつつ、
自分を作ってくれたご先祖様も大事にする。

それって俺はとっても当たり前な感じがするんだけども、
神仏分離令の影響なのかなんなのか、分けることが常識みたいになっているのは、
やっぱり不自然な感じがするんだよなー。

そういう意味でも、修験道のその考え方はとても共感する。


かといって、俺は山伏でもなんでもない無宗派なんだけども。


はっきり言って、俺の過去世が山伏だろうがなんだろうがどうでもいい。

そんなことに縛られるのはまっぴらごめんだし、のめり込み型どスピ野郎じゃない。


大事なのは、自然界やご先祖様に感謝して日々生きることだ。


特に、仏壇にお供えするときには、
俺が中学の時に死んだじいちゃんとばあちゃん、8年前に死んだ親父に、
ご飯やお水をお供えすることは、なんかこう・・自然なことだし、恩返ししてる気分になる。


神仏を敬うっていうのは、俺はそれでいいんじゃないかなーと思う。

それでも足りないなーと思えば、なにか宗教団体に入ればいいと思うし。


と、今回、吉野に行ったことで、そのへんのスイッチをバチバチっと押してもらった感じで、
なんか気持ちいい。


ひつきさん、本当にありがとう。


そして次はどこに行きましょうか。(笑)

 
posted by わこう at 18:32| Comment(2) | TrackBack(0) | 普通の日記。 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
わこうさん、お疲れ様でした☆
楽しんでもらえて何よりです。

次回行くところは、もう考えてますよ〜(笑)
Posted by ひつき at 2012年08月05日 23:56
ひつきさん

本当にありがとうございます。

なんか引き出し多そうだなー。(笑)
メッチャ楽しみです。

よろしくおなしゃす!
Posted by わこう at 2012年08月06日 17:35
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