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2011年04月23日

支援についての雑感。


本題に入る前にご報告があります。

先日、女川の孤立集落のリーダーAさんに、
支援物資として車を贈りたいという旨を記事にしたところ、
さまざまな暖かいご支援をいただき、条件にピッタリの車が見つかり、
なおかつ、皆さまからの募金額が購入代金に達しましたので、
本日、車を一台確保することができました。

BLOG公開から正味1週間弱。

正直、こんなに早く実現するなんて思わなかった。


ご協力いただきました皆さま、本当にありがとうございます。


また、支援物資を送ってくださったり、直接お店に持ってきてくださった皆さま、
本当に本当にありがとうございます。


28日に、皆さまからの支援物資と、車を届けにまた女川に行ってきます。


詳細は、ご報告記事として詳しく書きますね。




さて、今日は3.11の震災以来、現在に至るまでの気持ちを書いてみようと思う。

先々週から始まった、被災地への物資輸送支援。


全国の(海外からも!)皆さんから、たくさんの物資と、
ありがたいメッセージを頂戴しています。

そして、皆さんが同じ思いでいるのは、

「自分も何かしたい!」

ということ。


俺もそうでした。



知人である平くんが、震災直後から、命がけで物資調達をし、
被災地に届けるということをしているのは知っていた。

だけど、震災直後に俺が最優先したのは、身内の安否確認と復旧。


俺の実家は大丈夫だったことがわかったので、
仙台からちょっとだけ離れたところで暮らしていたりえさんのお母さんの安否確認。

そして、マンションの11階にある、シッチャカメッチャカになった、
りえさんのショールームの復旧。

俺の店の復旧。

大切な仲間、ほずみちゃんへの物資輸送。


まずは俺ができたのはこのくらい。


だけど、心のどこかで、
平くんがあれだけガシガシ動いているのをBLOGで読んでは、
俺にできることはないかと真剣に考え始め、気持ちがざわざわと落ち着かない。


そこで、本当は身内や知人に使ってもらおうと買った電磁調理器が5台あり、
それを、平くんに託そうと思い電話をかけ、
待ち合わせ場所で平くんと合流したときに、俺の中の何かが弾けた。

平くんの「熱」に巻き込まれたというか。


本当は、ウチが窓口で物資を募集し、それを平くんに託すという、
中継役をしようかなーなんて考えていたんだけども、
平くんのスピードがものすごいもんだから、モタモタしてたら足手まといになりかねない。

だから、まくろび庵に送っていただいた物資は、
平くんにいろいろ聞きながら、俺が責任を持って現地に持って行った方がいいと思った。


そんなとき、時を同じくして、「自分も何かしたい」と考えてウズウズしていた、
高校の後輩である石橋くんから連絡が来て、一緒にやることになったわけだ。


初めて被災地に入るときは、なんのつても知り合いもないから、本当に緊張した。

さらに、皆さんからの物資をすべて配り終えるという責任もあり、
さらにさらに、被災者の方々にどう接したらいいのかわからない不安。



だけど、現地に着いてみたら、何とでもなるということがわかった。



だけど、物資のこと、その流通経路など、いろんな人の話を聞けば聞くほど、
ニーズや言うことが全く違うから、よけいわかんなくなった。

いやー、平くんは、震災直後から、この交通整理役をやっていたのかと思うと、
本当に頭が下がる。



で、俺たちは俺たちなりに情報収集をして、
ニーズと、俺たちにできることを照らし合わせて出た答えが、
今回の車を贈るプロジェクトとなったわけだ。


きっかけは平くんだ。それは間違いない。

彼は俺に火をつけたのだ。



だけど、やっぱり俺は平くんの真似はできない。

情報量、ブレーン、スピード、何もかもケタ違いだ。


だったら、俺にできる形に変化させればいい。


俺の友人・知人にも、
直接現地に入って、ボランティアや物資支援をしている人がたくさんいる。

みんながそれぞれに、できることをやっている。


それでいい。


今回の被災地は、あまりにも被害の規模や範囲が大きすぎて、
とてもじゃないが、俺個人がすべてを把握することなんてできない。


だったら、俺が出会った、ご縁のあった方々に対して、
ひとつずつコツコツとやっていくことが俺のやり方。


100人いたら、100通りの支援の仕方があっていい。


だから、実際に被災地に行けないことに後ろめたさを感じる事なんてないし、
どうしても心が揺れるんだったら、支援物資を持って、
小さな避難所や孤立集落を実際に回ってみるといいし、
募金や物資を誰かに託すという支援の仕方でいい。

今は行けなくても、半年後、1年後に被災地に行くのもいいと思う。


ルールなんて無いし、みんな気持ちで動いているのだ。



そして、俺にとっては、俺のこの小さな店を心のよりどころにしている人もいてくれる。

だから、被災地支援をしながら、地元仙台の人たちの支援もしていく。


っていうと、たいそうな言い方だけども、
ホッとしたい人が、俺の珈琲を飲んで、ホッとして、思いの丈を喋って、
スッキリして帰っていただけたらそれでいい。

ウチの店は、そんな店で在り続けたい。


それも俺の支援。



だから、「何かしたい」と思っているのならば、
その気持ちのまま動いてみてはどうだろうか。

たとえ自己満足だったとしても、、1人でも喜んでくれる人がいたら御の字だ。

俺もそんな気持ちでやっている。


ただ、現地に入るときは、
余震やパンク、津波、粉塵に充分気をつけて、自己責任で。



なーんて、カッコつけてみました。

 
posted by わこう at 19:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 東北大震災日記。 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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