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2011年04月23日

おふくろ倒れる。


母。

先週の日曜、おふくろが脳出血で倒れた。


俺はそのとき、支援物資を届けに女川にいたんだけども、妹から電話があり知った。


かなり出血が多く、命はとりとめたとしても、
右半身の麻痺と言語障害が残る可能性が大だと。

そしてそのまま緊急手術に入った。


妹から、手術は4〜5時間かかるというし、
今病院に来ても、ただ待つしかないからやることをやってくれと言われた。

どっちにしても、急いで仙台に帰っても2〜3時間かかるし、
とにかく今日やることをしようと、急ぎつつ支援物資を届けに避難所を回った。



最悪の場合、おふくろが死ぬかもしれない・・・


そんな恐怖が湧く中、あろうことか、帰りの石巻で事故渋滞。



焦ってもしょうがない。でも、焦らないわけがない。
パニックを起こしそうになるのをこらえた。


せっかく大震災で生き残ったのに脳出血で死んだらシャレにもなんねーよ。



夜、やっと病院に着く寸前、妹から手術が無事終わったと連絡が。


着いてすぐ、先生から説明を受けた。

おふくろは、親父が散歩に行っている間に倒れたらしく、
親父が最後におふくろを見てから台所で倒れているのを発見するまで1時間半。

実際どのくらい倒れていたのか、正確な時間がわからない。


が、先生の説明では、かなり出血が多く、
実際におふくろから摘出した、親指の先くらいの血のかたまりが入ったビンを見せられ、

「この10倍くらいは出血がありました。」

と。

だいたいミカン1個分くらいか。


やはり、右半身麻痺と言語障害の兆候が見られ、
リハビリも含め、入院6ヶ月との診断。


集中治療室で眠っているおふくろの姿を見たとたん、
それまで張り詰めていたものがプツンと切れて、泣き崩れてしまった。




とにかく生きててくれてよかった。




自分で言うのもなんだけど、
大概のことはいろんな修羅場を超えてきた自負があるから、揺るがない自信がある。


だけどおふくろだけはダメだな。


俺、マザコンだし。
おふくろのこと大好きだもん。



学生のころ、悪さをしてはおふくろが学校とかで頭を下げてる姿を見ては、
申し訳ないなーと思っていた。

俺が離婚後、ボロボロになったとき、
おふくろが泣きながら「あんた、がんばんなさいよ。」と言ったこと。

トラックの運ちゃんをしていることを心配して、
花屋をやるから手伝えと、身体を張って俺をトラックから降ろしたおふくろ。

事業に行き詰まって悩んでいたとき、井上陽水のコンサートに誘ってくれて、
帰りに寄ったホルモン屋でホルモンをつつきながら、
涙を浮かべてぶっきらぼうな言葉で励ましてくれたおふくろ。


いろーんなおふくろを思い出して、泣き崩れてしまった。



今日、手術から5日経ち、日に日に回復はしているものの、
意識はあるけどまだぼんやりしているし、まだ目がうつろ。

あーとかうーとかしか言えないし、
話しかけてもわかってるんだかわかってないんだか・・


頭には生々しい手術痕。


重度の認知症の人、もしくは精神障害の人と話しているようだ。



先週の金曜日、女川に持っていく支援物資の仕分けを手伝ってくれた。

俺がそういう支援活動をしていることを誇らしく思ってくれていた。

「私も何か手伝いたい。」と、仕分けを喜んで買って出てくれた。


汗をぶっ垂らしながら、指を切りながら、一生懸命手伝ってくれた。
本当に楽しそうだった。


だけど、それが俺が見たおふくろの最後の元気な姿。


今のおふくろは、別人のようだ。

言葉は悪いが、廃人のようになってしまった。



やるせない。

今後、完全とは行かないまでも、元のおふくろに戻れるのだろうか・・

そんな不安が拭えない。



心が完全に折れてしまった・・・。


先日の2回目の大きな余震で、せっかく片付けた店がまたメチャメチャになり、
やっとそれも片付けて、さぁこれからというときだったのに、

今度はおふくろが・・・


いやー、まいった。



でも、とにかく回復を信じて、リハビリを手伝ったりしていくしかない。



実は、去年、りえさんのお母さんも動脈瘤で手術を受けたんだけども、
今回おふくろが運ばれた病院がたまたま同じ。

そして、担当の先生も同じ。


いやー、偶然にしては出来過ぎてるな。


現在のりえさんのお母さんは、ちょっとだけ手にしびれとかあるみたいだけども、
手術したのなんか忘れるくらい元気でパワフルだ。

その過程を俺もずーっと見てきたから、たぶんおふくろも大丈夫だろう。


というか、そう信じたい。



先日、震災後に実家の整理をしていたら、俺の昔の写真が出てきた記事を書いた。

その記事はこちら。



実は、そのほかにもまだあった。



wako_206.jpg





wako_202.jpg


俺は愛されて生まれてきたんだな。


この写真を見るたびに、なんだか泣けてきちゃう。



今まで迷惑をかけてきたことや、今まで受けた恩を返すときだ。


おふくろのためならなんでもやる。


下の世話でも何でもだ。




必ず良くなってよ。おかあさん。

 
ラベル:おふくろ
posted by わこう at 01:16| Comment(12) | TrackBack(0) | 普通の日記。 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
わこうちゃん、こんばんは。

泣けちゃったよ。
お母さんに愛されて育てられ、お母さんは今もわこうちゃんのことを愛しているんだよね。
ただ、伝えられないだけよね。
一日も早いご快復をお祈りしています。
Posted by マクロ美風 at 2011年04月23日 01:33
わこうさん、このまえは皆で会えてこんな状況の中、楽しかった。
顔を見る事が出来て安心できたけど、もちろん心の中は不安でいっぱいだったのですよね。気になっていました。


おかあさん、すてきな方ですね。
写真からも若々しいパワーを感じる。

わこうさんの願いはきっと通じる!
絶対通じる。
とにかく直球でかくなら。
回復を信じましょう!!!


読んでいてわこうさんの気持ちがすごくよく伝わってきました

心を強く持ってください。

祈りましょう!!
Posted by minako at 2011年04月23日 08:41
心の中で、応援してます!

同時に、

俺もがんばらにゃあと思いました。
Posted by 津川ノリアキ at 2011年04月23日 13:01
記事を読んで泣きました。
お母様の1日も早いご快復をお祈り申し上げます。
Posted by すだっち at 2011年04月23日 17:41
胸が熱くなってコメントさせていただきました。

わこうさんの思いはきっと届きます。
Posted by G at 2011年04月23日 22:30
わこうさん、はじめまして。
たまにブログ読んでます。

わこうさん、お母さん、元気になりそうな、
そういう風貌ですよね!
復活しますよ!


生まれたときの写真、いい味だしてます。
素敵と思った。
あと、貴大っていう漢字、いいっすね。

あと、パートナーのりえさんの
真珠の指輪、いつか買いたいって思います。
もっと、お金貯めないと。
りえさんが創るのセンスいいので
見てます!

仙台には出張で
何度かいきました。
東北には何度も家族で
旅行で行ってるので
今回の震災は泣けたけど
それ以上に凄いパワーある土地
だと思いますので、私は関東でせっせと
働いて、東北のものをいろいろ買ったり
募金したりして自分にできることやります。

応援してます!
Posted by さとうさん at 2011年04月24日 00:33
お見舞い申し上げます。
何もお手伝いできませんが、遠くから応援しております。
Posted by ひろみ at 2011年04月24日 16:21
記事を読んで。。。ショックでした。
身内が倒れるっていうのは、本当に辛い事ですよね。
私も兄が脳溢血で倒れた時、本当にどうしていいかわからなくて。
でも、それ以上に本人が不安な気持ちでいるはずです。
わこうさんが気持ちをしっかりと持って、乗り越えて行ってくださいね。
きっとお母様は良くなりますよ。
ゆっくりと焦らずにいきましょう。
Posted by 花ちゃん at 2011年04月24日 16:26
はじめまして、こんばんは
マクロビオティックの検索をしていて、こちらにたどり着きました
私は去年の暮れ頃に宮城県に引っ越してきました
慣れない土地での生活がやっと落ち着いてきたと思っていた矢先に震災にあい、エネルギーのこと、子供たちのこと、食べること全部ひっくるめて生きることを見つめなおす日々を過ごしています

お母様のお体、心配ですね
心が折れる・・良くわかります
かける言葉も見つかりませんが、奇跡が起こって回復にむかっていくよう祈っています

無理をしないで(というのも無理だと思いますが)わこうさんご自身の心と体も大切になさってくださいね


Posted by TAKAKO at 2011年04月25日 22:54
何かのはずみで、偶然このブログにたどり着き
いま夢中で読ませてもらってます
トラック野郎時代の話、被災地の話
読ませてもらいました。すげえ面白いです。
偶然おれもたかひろっていう名前です。字は違うけど。

おかあさん、はやく良くなるといいですね。
おもわずコメントしちゃいました。
Posted by たかひろ at 2011年04月29日 03:30
若生さん、お母さんの手をぎゅっとにぎったり、いっぱい話しかけてあげて下さい。今、若生さんが感じていること、支援活動の状況やらお店のことやら、感動したことなど、話してあげてください。どんなに麻痺がひどくても、意識がないように見えても、
根底の命、心は麻痺していないそうです。ただ、心を表現できなくなっているだけ。

それを取り戻すには、息子の若生さんの語りがけやタッチが一番の薬です。若生さんが、赤ちゃんの時にお母さんにしてもらったことを、思い出し、同じようにしてあげてみてください。

私たちもお母さんお父さんの語りかけと抱っこやらおんぶやらさまざまな愛情深いタッチングで育ってきたんだもんね。
Posted by 小山 聡美 at 2011年04月30日 15:03
家の母も、昨年7月に脳梗塞で倒れました。
言語障害と右半身に麻痺、わこうちゃんのお母さんと同じです。
母は心臓で1級の身体障害者でもあるのですが、それに加えて脳梗塞。退院するときは、自分の名前も生年月日も言えない状態で、本気でもう駄目だと思い、姉も仕事をやめて母の世話をすることを考えていたくらいです。

でも、人の体って、不思議ですよ。
驚くべきことに、1年経たずして、今、言葉は倒れる前と全く変わらないレベルに戻りました。料理も普通にできています。携帯のメールも打てます。
退院後に言語のリハビリを開始したときは、病院のテストで20点だったものが、今年3月には100点を連発。「もうこなくていい」と言われ、言語の通院は必要なくなりました。

母には、「手記を書いたら」と勧めているのですが、不思議なことに本人は、ひどかったときのことを覚えていないんです。

リハビリが本当に大切。
必ずよくなるので、諦めずにがんばってください。言語はとにかく話を沢山してあげることが大事です。

Posted by かさじゅん at 2011年05月01日 17:33
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