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2014年11月24日

まる 萩の月に執着す。


おみやげに萩の月をもらった。


ということで、関西弁でまるちゃん劇場をどうぞ。

※ちなみに、ウチではニャンに常習的にお菓子をあげているわけではありません。





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おっ♪ 萩の月やないか!※まるちゃんは女の子です。









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ねぇ、くれへんのん?くれへんのん?









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わしにもくれ、な!な!ええやろ! ※女の子です。










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ぐふふ。うめぇ。※女の子です。










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まるねぇさんばっかりええなぁ〜・・・














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はよもっとよこさんかい! ※女の子・・










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これこれ。これやで・・・










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う・・うめぇ〜・・




以上です。



posted by わこう at 15:29| Comment(1) | なぜか猫。 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年11月23日

仙台でパーティ。その他いろいろ。

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二泊三日の旅程で仙台に行ってきた。


今回の出張の最大の目的は、パートナーであるりえさんのブランド、
YUKINEのブランド創立10周年の記念パーティーをスタッフとして参加すること。


YUKINE公式サイトはこちら。

りえさんは、自分でジュエリーを作り始めて20年、
ブランド名をYUKINEにして10年と、
今回の記念パーティはいろんな意味が込められているということで、
りえさんもだいぶ緊張していたし、準備に余念がなく、本当に気合が入っていた。


で、俺はりえさんを精神的な面で支えつつ、当日会場で上映する、
YUKINEの軌跡を説明するためのスライドショーを作ったり、
当日の会場設営や写真撮影などを担当。


今回の会場は、仙台の会館的な中では箱が綺麗な勝山館で行ったんだけども、
会場に合わせて、ドレスコードをちょっとだけ高目に設定。

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俺もこういった装いで参加した。


パーティの所感は後から詳しく書くとして、いやー、なかなかすごいパーティだったよ。



さて、そのパーティが、二泊の旅程の真ん中の日の夜。




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前日に仙台入りして、空港からそのままYUKINEに直行。

そしてそのまま打ち合わせに。


俺は普段は仙台にいないし、今回のパーティの企画や組み立ては、
仙台スタッフのかなえさんと、ともみちゃんに丸投げで、
俺は依頼があったことをただただ淡々と、っていうスタンスで、
とにかく俺自身が楽しもうと。


だって、主役であるりえさんも、当日は昔からお世話になっている恩師もいらっしゃるし、
もう余裕無くてパッツンパッツン。

それに輪をかけて、パートナーである俺まで一緒になってパッツンパッツンになってたら、
なんか息が詰まるっちゃ。


だから俺は半分主催者側だけども半分ゲストみたいな感じで、とにかく楽しみました。


なので、かなえさんと、ともみちゃんには本当に感謝してます。




さて、YUKINEでの打ち合わせが終わって、

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今度は仙台の模型仲間が集まってくれたので、一緒にメシ食った。


いやー、平日だったにも関わらず、こうやってわざわざ集まってくれて、
本当に嬉しかったわー。


仙台の模型部で、来春くらいに一度、小さなプレイベントを行い、
来年の夏か秋くらいに、本チャンで模型イベントをやることに決めた。


詳細はまた決まり次第お知らせします。


いやー、楽しみが増えたぞー!




そして2日目。


パーティは夜からだし、りえさんのお母さんから車を貸してもらえたので、
いろいろとお墓参りとか行きたいところをフラフラーっと一人でドライブ。

りえさんは、ヘアのセットとかメイクアップとか、早い時間から準備。


こういうとき男はラクでいいなーと思う。






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若生家のお墓のあと、去年亡くなった義父のお墓にお参りしたあと、
義父の墓地が大年寺山なので、そこから撮ったテレビ塔と紅葉。







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博物館の奥にある小さな池。







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青葉城址にも行って、政宗像を。




で、今度は街に降りてきて、


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あべはりさんのお墓参り。








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それでも時間が開いたので、仙台駅の東口にあるカフェ、タピオラで時間調整。




そしてついに、


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パーティの本番!


いやー、なかなかすごいパーティだったよ。


この日本で、結婚式や会社行事とかの堅苦しいパーティではなく、
大人たちが、自分が楽しむために着飾ってパーティに行く。

そんな事って人生の中であんまりないでしょ。


海外だったらそれなりにあるのかもしれないけどさ。


参加者の皆さんは、本当に楽しそうだったもんなー。


大人になって、ドレス着て、純真にキャッキャ言いながら楽しんで、
お酒や料理をたしなみながらおしゃべりに夢中になったり。


そういう場を提供できた意味や意義は、本当に大きかったなぁと思う。


パーティが始まるあたりから、俺のFacebookのニュースフィードには、
パーティ参加者の方々がポストした写真が流れ始め、
終わってからも2日くらいは、ニュースフィードにはドレスの写真で埋めつくされていて、
本当に圧巻だったし、みーんな楽しそうで、つくづくパーティをやってよかったなぁ・・と。


あえて大げさに言えば、一石を投じたね。いろんな意味で。


パーティの写真は、FacebookのYUKINEの公式フェイスブックページに、
アルバムにしてアップしたのでどうぞ。









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パーティのあとも、二次会的な交流会で盛り上がりんぐ。


今回は、仙台の方のみならず、一番遠いところでは、広島、
次いで、岡山、大阪、名古屋、東京などなど、
はるばる遠くからのゲストもいらっしゃって、本当に本当に感謝です。


りえさんはいろんな人に愛されてるんだな。

そして、そんなパートナーを誇らしく思ったよ。


これからも、俺のスタンスでりえさんを支え、一緒に昇っていきたいと思う。

昇り龍の如く。




そして、仙台3日目の最終日。


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おふくろに会わないわけにはいかないっしょ。


ということで、妹が会社をわざわざ半ドンで切り上げてくれて、一緒におふくろのもとへ。


で、おふくろが外に行きたいというので、施設から外出許可をいただいて、
施設の近所にあるカフェで、親子水入らずでケーキ食べてお茶飲んで。


おふくろの脳溢血後の経過は、良くも悪くも変わりなく。

右半身麻痺と重度の失語症はそのままなんだけども、
会話の中で何を言いたいのかという重要な単語が出てくるときは、
たどたどしいながらもまぁまぁ普通の会話ができるんだけども、
単語がどうしても出てこなくて、こちら側も察しきれない時は、
おふくろも諦めて「もういいわ」と会話を諦めてしまう。

でも、案外根気よく聞けば会話が成り立つので、あんまり不便な感じは無いな。

ただ、俺の名前が言えない(出てこない)のはちょっと悲しいかな。


去年、義父が死んでからおふくろはかなり意識がシャンとして、
今のところ認知症の気配は全く無いのが救いだ。





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もともとおふくろは石が大好き。
YUKINEでも過去にいくつかアクセサリーを作っている。

このラリマーのブレスレットは俺がしていたんだけども、
おふくろはラリマーが大好きだったし、なんか欲しそうにしていたので、
あげることはできないけど、半永久的に貸してあげるよと、手首にしてあげた。

なんかすごーく喜んでたな。




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施設に戻ってツーショットを。




と、今回も二泊三日の旅程を十二分に満喫した出張でした。





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いやー、でもこのパーティはマジで凄いインパクトだったわ。


来年は芦屋でこんな感じのことをする予定で、
今度は俺がその企画を進めければいけないんだけど、楽しんでやるっちゃ。


今回関わっていただいた皆さん、本当にありがとうございました。


また仙台に行きまーす!


posted by わこう at 19:00| Comment(0) | 普通の日記。 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年11月13日

Ma.K大阪テンジカイスタッフとHTML5。

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モデスポが終わったばかりなんだけども、
来年の1月に行われるマシーネンの模型イベントの告知を。


来年の1月12日、大阪のボークスでマシーネンのテンジカイ、
Ma.新年会で「マシーンネンカイ」が開催されることとなり、
こっちでもスタッフをさせてもらってます。


そもそもどんな流れだったのかというと、俺個人的には、
去年、関西でのマシーネンのイベントが無かったので、さびしいなーと思っていた。


ただ、こういったイベントをやろうとすると、会場設営や諸々の準備はもちろんのこと、
募集とか、申込の受付だとか、諸々の案内や連絡事項などなど、
細々した業務が多くて、案外そこが一番面倒だし、責任も生じるから大変なんだよなー。


そこで、俺がそういった諸々の業務を請け負うので、
マシーネンのイベントを大阪あたりでできないかなーといろいろと画策していたところ、
もともと大阪でマシーネンのイベントを主催していた方々も、
そろそろイベントをやろうという動きらしい・・ということを教えてもらい、
スタッフとしてまぜていただけることとなったわけです。

それが8月くらいの話。


とはいえ、スタッフの皆さんは、マシーネンでも有名な方々ばかりで、
本当に恐縮するんだけども、それはそれとして、
俺が持っている玉が役に立つのであれば、バンバン使っていただこうと。


一昨年の暮れに神戸で行われたマシーネン展示会でも、
スタッフをさせていただいたけども、
やはり、マシーネンの独特な世界観や感性、アート性、そんなところが、
キュンキュンとくるんだよなー。

そして、集まってくる人たちも、
ただ個性的なだけでなく、なんかこう・・インテリジェンスを感じたりして・・


マシーネンのそんなところが大好きだ。




ということで、僭越ながら、今回のイベントのサイトを作らせていただいてます。



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ちょっと話は脱線するんだけども、
今回、無料でHTML5を使ったホームページが作れるということで、
Wix.comを使ってみたんだけども、















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なんじゃこりゃーーーー!

っていうくらいカンタンだった。

まるで、イラストレーターとかのドローソフトで作っている感じでパーツをレイアウトでき、
しかも、きちんとそのとおりに表示される。

あたりまえに思えるかもしれないんだけども、
もし、ホームページ作成ソフトを使って作った場合、
ソフトの作成画面上で見るのと、実際のホームページ上で見るのとでは、
レイアウトが崩れたり、微妙な微調整ができなかったりしたわけだけど、
Wixだと本当にカンタンに、忠実にやれてしまう。

そして、その作業を、ローカルのパソコンではなく、
クラウドでやるというところが画期的だ。


いや、マジで、お店や企業のウェブサイトで、
あまり時間軸に縛られないサイトであったら、Wixで充分だなーと。

独自ドメインにも対応してるし、とにかくかゆいところに手が届き、
しかも、テンプレートのデザインが、みんなスッキリしててスタイリッシュだ。


俺みたいにウェブデザインを仕事にしている人種にとっては脅威だね。

大げさじゃなく、今回ばかりはマジメにそう思った。


これからは、出す情報が多く、
何十ページ何百ページというサイトを運用する場合はWordPressを、
そんなにページが多くなくていい中小企業や小売店のサイトは、
WixなどHTML5ベースのサイトで自社運用・・

というふうに棲み分けされていくんだろうな。

ポイントは、どちらもクラウドで作業するという点だな。


いやー、スゲーなー。これも時代だな。



話は元に戻って、実は俺は今年は、
そういう割にはマシーネンは2個しか作ってない。


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この都市迷彩RACOONと、





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なので、イベント当日までにはもう少し作りたいな。


イベントの応募要項については、もうすぐ公開できると思うので、
もうちょっとだけお待ちください。


関西の方も関西近郊の方も、ぜひご参加ください。



よろしくお願いしまーす。



posted by わこう at 23:33| Comment(0) | プラモデル | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年11月05日

モデスポスタッフ卒業にあたり。

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関西最大級の模型イベント、モデラーズEXPO 2014が終わった。

今年は過去最高の動員で、3日間の会期中、5500人に及ぶご来場をいただいて、
本当に嬉しかったとともに、ビッグなイベントになったなぁ・・
と、思いもひとしおで。


初年度の2012年から運営スタッフをさせていただいて今年で3年目。


特に、昨年度から公式サイトの制作、管理・運営をさせていただいて、
会期中は、音響や映像などを担当させていただき、
自分の得意分野でスタッフの仕事をさせていただけたので、本当にありがたかった。


モデラーズEXPO(以下モデスポ)自体は、今年でいったん活動をお休み。
来年は未開催となり、その次の年に開催になるかどうかは今のところ未定。



で、俺は、再来年、モデスポが開催される、されないにかかわらず、
今年でスタッフを卒業すると決めた。


理由はいろいろあるけれども、
一番は、個人的に今後仕事が忙しくなるだろうと予想されることと、
模型以外のライフワークを充実させていこうと思ったからだ。


あとは、モデスポ運営側の事を考えると、もし今後も続いていくのだとしたら、
もうそろそろ新しい人たちにバトンタッチして、
新しい風を入れたほうがいいと、個人的には思っている。


ということで、今年最後のモデスポスタッフとなったわけなので、
いろいろと思いが交錯して、とても感慨深いモデスポとなった。



ちょっと語りますよ。



モデスポのスタッフ、いやー、正直しんどかったっす。

肉体的にどうこうとかではなく、
だんだんと年を追うごとに来場者が増えていく大きなイベントに育ってきたこともあって、
プレッシャーがハンパないっす。


それに加えて、夏に、モデスポサイトで借りて運用しているサーバー会社、
ドメインキングが、まさかのサーバークラッシュでデータが飛んだ。


ありえねーだろー。


去年、20億(だったかな?)の損失を出したとされる、
ファーストサーバー事件があったけれども、
規模こそそこまでいかないものの、それと同じようなことが起こり、
しかも、俺が運用している中で絶対にトラブってほしくない、
モデスポサイトのサーバーが、よりによってクラッシュ。


モデスポサイトはWordPressで運用しているので、
基本的に操作はすべてクラウド上で行い、ローカルのパソコンには、
意図的にバックアップをとらない限りデータが残らない。

したがって、サーバーがクラッシュするとアウトーーーーー!なわけで、
その、アウトーーーーーーーーー!が起こってしまったわけです。


で、苦労して苦労して更新してきたものがパーに。

それが8月くらいの話。


で、なんとかサーバー会社の努力で、
半年前(2月)の状態までは復旧できたものの、その半年の間に、
大事な更新をたくさんしたもんだから、その作業をもう一度やり直すはめに・・・


もー、怒りを通り越して震えて笑ったのは初めての経験だったよ。


いや、WordPressで運用しているとはいえ、
バックアップをとらなかった俺にも責任はあるんだけどもさ。


で、そんなこんなのあとに、胆石、尿管結石で救急車騒ぎときて、
きわめつけに3番目のニャン、きっちゃんの突然の死。


いやー、なんなのよもー!


って感じだった。マジで。


運営に関してもいろいろあって正直ぶん投げたくなった。


そんな中、ぶん投げないでやってこられたのにはいくつか理由があるんだけども、
一番の理由は、


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この男。あべよっちゃんの存在。


よっちゃんは、モデスポ初年度から毎年来てくれて、今年で3年目。

しかも、今年は愛車のS30 Zで来てくれた。



そして、今一度説明すると、よっちゃんは、2009年にこの世を去った俺の親友、
鍼灸師のあべはり(あべ鍼灸院→あべはり)さんの弟だ。



過去記事にも書いたんだけども、あべはりさんが亡くなる直前まで、
俺はあべはりさんと酒を飲んでいた。


だけど、その帰り道、あべはりさんは事故で死んでしまった。


朝、ニュースで事故を知り、慌ててあべはりさんのケータイに電話をしたら、
ご親族の方が出て、亡くなったことを伝えられ、
「最後に顔を見てやってください」と言われて、大急ぎであべはりさんちに向かった。


顔に白い布をかぶせられ、布団に横たわるあべさんをぼう然と見ていたら、
よっちゃんが無言で部屋に入ってきた。




その、悲しいとも悔しいとも怒りともいえない表情を見た瞬間、
俺はよっちゃんに申し訳なくて申し訳なくて、顔向けできなかった。


別に俺があべさんを殺したわけではないし、親御さんからもよっちゃんからも、
「責任を感じることはない」と何度も言われたんだけども、
あの時、俺と一緒に酒飲んでなかったら・・とか、あの時声がけしていたら・・とか、
自責の念がどうしても拭えなかったんだよな。


それなのによっちゃんは、まるであべはりさんのことと全く関係ない感じで、
俺と本当に普通に、自然に接してくれた。


俺は親友を失って、半身をもがれたような喪失感がずーっと抜けなかった。
半年くらいは、毎日のように泣いた。


よっちゃんは、感情をあまり表に出さないからわからないんだけども、
たぶんよっちゃんの喪失感は、俺なんかと比べものにならないくらいだったろうと思う。


それだけあべはりさんは大きい男だったんだよ。


そして俺は、そんなよっちゃんに何ができるんだろうとずっと考えていた。

償いともまた違う、なんと言っていいかわかんないんだけども、
よっちゃんに何か返したいというか・・・このニュアンスわかるかな・・・



よっちゃんは、俺が仙台にいたころからの模型仲間で、模型大好き。


そしてそんなこんなで俺は関西に移住。



そしてそして、巡り合わせの妙により、ナニワ模型界の女王、環さんと出会い、
環さんに誘われるまま、モデスポの初期スタッフに加えてもらった。


ついこの間まで仙台にいて、右も左もわからなかった俺が、
いきなり有名モデラーと一緒にイベントを作ることになって。


さらにモデスポ当日は、超有名モデラーが集結することになって。



その時思ったんだよ。

よっちゃんに何か返せるのならこれだ!

今の俺がよっちゃんにできる最高はこれだ!



ぶっちゃけ、いっぱい背伸びしたし、ムチャ振りもされたし、
モデスポスタッフはしんどいこともあったけど、
だけども、ぶん投げなかったのはよっちゃんに返したかったから。


俺ができるかぎりいろんな作家さんと関係を築いて、よっちゃんを繋ぐ。

それができたらどんなにいいだろうかと。




だから、初年度によっちゃんが仙台からモデスポにきてくれた時は、
本当に嬉しかったねー。

いっぱい泣いた。




そして今年は3年目。


俺も少し気持ちに余裕ができて、作家さんにも覚えてもらっていたり、
Facebookを通じて日頃から交流させていただいて人間関係ができたりして、
よっちゃんに、初年度よりも深い関係性で作家さんを繋ぐことができたと思う。


一日目の夜、宿が取れなかったということでウチに泊まってもらったんだけども、
とにかく話は尽きず、とにかくいっぱい喋った。


その時に気がついた。


もう、よっちゃんとの関係は、あべはりさんよりも長く続いていた。


そして、返すとか償いとか関係なく、俺はよっちゃんのことを大事に思っていて、
普通に友人としてもう長いこと付き合っているじゃないかと。


大事なのは、返すとかそういうことじゃなくて、ずーっと長く友人を続けることだ。




モデスポ3日目の朝。


前述のとおり、今後継続するしないにかかわらず、
俺は今年でモデスポスタッフを卒業するので、卒業式の朝みたいな心境。


なんかこう・・死んでしまったあべはりさんのことも含めて、
いろんなものから解放されるような清々しさと、達成感や充足感に包まれて、
家を出る前、あべはりさんに感謝して手を合わせた。

そしたら、よっちゃんになんか感謝の念がグワーッと湧いてきて、
涙がポロポロ出てきてさー。



感謝に包まれながら会場に向かったよ。


3日目もとにかく目が回るような忙しさでクッタクタになったけども、
フタを開けたら3日で5500人という来場数。


そしてみんな達成感に包まれて晴れやかな顔をして。






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モデスポ終了間際、同じく仙台から3日間参加してくれた、
霧島くん(左)と共に撮ったよっちゃん。


3日間、キラッキラしてモデスポ会場を見たり、
いろんな作家さんと話しているよっちゃんを見て、なんか涙が出たよ。

あの、あべハリさんが死んでしまった日、
なんとも言えない表情をしていたよっちゃんとオーバーラップしちゃってねー。


3年間ふんばってきた甲斐があったなぁ。マジで。


あとは、きっかけは作ったので、
よっちゃん自身が自分の才覚で人間関係を広げていくだろう。


なんかこういうことを書いちゃうと、重いかなぁと思ったんだけども、
モデスポ卒業にあたり、閉じ込めていた思いを書き殴ってもいいかなぁと思って、
思い切って書いてみたよ。



ありがとう。よっちゃん。





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モデスポの撤収も全て終わって、夜、一人で駐車場に向かう途中に撮った、
誰もいない搬入路。


はー、ここを通るのもこれで最期かーと思ったら、ちょっとグッときた。



これからは、また別なやり甲斐を求めて精進しようと思います。



モデスポでご縁をいただいた皆さん、本当にありがとうございます。

これからもよろしくお願い致します。



俺のモデスポは終わりました。

感謝。




posted by わこう at 01:16| Comment(0) | 普通の日記。 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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