ここ1ヶ月、いろいろと死についてとか、命についてとかを、
考えさせられる事が続いて、なんかうまく表現できるかわかんないんだけども、
とりあえず書いてみることにする。
先日義理の父が逝った。
俺にとっての義理の父とは、おふくろの再婚相手。
糖尿を患っていたのに結局酒をやめることなく、
最後まで大好きな酒を飲んで、いつものように寝て、
そのまま寝ている間に逝ったそうだ。
俺は正直、いつか腎臓がパンクして、
透析とかするようになったりすんのかなーと、ネガティブな想像をしていたんだけども、
結局そんなこともなく、静かに逝った。
生前、お世話になった義父だったが、
いろんな思いといろんな事情があって、葬儀には行かなかったんだけども、
来月か再来月には、お線香をあげに仙台に帰ることにした。
義父の通夜の時間に合わせて、葬儀に行けない代わりに、

家から15分くらいのところにある、東六甲展望台に、
ポケット般若心経をしのばせて登り、
義父のことを思いながら般若心経を唱えた。
展望台に上がったのは、
なんか高いところからお経を唱えたら届くような気がしたんだよな。なんとなく。
意味があったのか、通じたのか、それは誰にもわからない。
ただ、葬儀に行かないなら行かないなりに、
俺がその時にできる最善を尽くしたつもりだ。
まぁ、ただの自己満足なんだけども。
そして、義父が逝く前から、ずーっとモヤモヤと考えていたことがある。
ちょっと話は変わって、お盆休みに、りえさんと一緒に、
りえさんのマブダチであるケイちゃんの地元、豊岡に遊びに行った。
その時に撮ったたくさんの写真は、
facebookのアルバムにアップした。

ケイちゃんと合流し、豊岡から京都に抜け、海水浴場に。
ここで生まれて初めてシュノーケリングをした。
海で本気で泳ぐのなんて何年ぶり?何十年ぶり?
シュノーケリングって、息つぎしなくていいもんだから、
つい面白くなって、プカプカ浮いて漂ったり、魚をみつけて追っかけたり、
夢中になって泳いだら、なんかもうクタクタになってしまった。
だけども、気付けばけっこう沖に来ていて、
さらにけっこう深い所に行っちゃって足が付かない。
っていうか、突然ドンッと深くなって、突然おっかなくなったんだよ。
だけど、泳ごうと思っても、
けっこう体力を消耗してしまってイマイチ身体に力が入らない!
しかもしかも、どっちが浜だかわかんなくなってパニック寸前!
ちょっともがいちゃって、海水飲んじゃってさらにパニック!
その時に、「あぁ、人はこうやって溺れ死ぬのか・・」って思ったよ。
そして、割とマジに、「俺も死ぬのか・・」」と思った。
でも、イヤイヤイヤイヤ、そんなわけねーから。と、
パニックになりそうなのを抑えて、「冷静に、冷静に、冷静に・・」と、
何度もシュノーケルくわえたままつぶやいて呼吸を整えた。
「これをくわえてるうちは大丈夫、大丈夫・・」 と。
で、なんとなくこっちの方角かなーっていう方向に、
ゆーっくりと平泳ぎして行ったら、岩場が見えてきた。
「助かったー!」
浜からは遠かったんだけども、いったんその岩場にのぼって、
しばらく休憩して、無事に浜に戻った。
いやー、陸に上がったとき、世界が違う色に見えたね。マジで。
世界が、見るものすべてが輝いていた。
大げさじゃないんだよ。
マジで死ぬかも・・っていう出来事のあとってこうなるんだなーと。
もうあれから1ヶ月経つというのに、
あの海の底を見た時の恐怖とか思い出すと、軽く心臓ハカハカになるよ。
ホント怖かった。
泳ぐ時は、帰りの体力配分も考えなくてはいけないという、
初歩の初歩でつまづいちゃったわけです。
いやー、お恥ずかしい・・
そんな体験のあと、

ふくちゃんも死んじゃって。
そして思ったんだよ。
いい意味で、命は重くないと。
いい意味で命は重くなってどういうことだよ!っていうことなんだけども、
こう・・俺の視点から見たとき、ふくちゃんも義父も、
俺の人生の一部でで関わって、そして通り過ぎていった。
去年逝った叔父もそうだった。
大事な友達だった、あべはりさんやあべひげさんもそうだった。
8年前に死んだ親父も、トラック時代の死んだ仲間や先輩達も、
みんなみーんなそうだ。
そして俺もいろんな人の人生の一部に関わり、そして通り過ぎる。
りえさんと俺、どっちが先に死ぬかわかんないけど、
お互いにお互いの人生の一部に関わって、通り過ぎる。
事実はそれだけであり、それ以上でもそれ以下でも無い。
もちろん、関わった命が通り過ぎて行くと、
悲しかったり寂しかったりするよ。
あべはりさんの時なんて大ダメージだったもんな。
でも、人生の一部に関わって、そして通り過ぎた。
事実はそれだけだ。
そこにいろいろと意味づけをするのが人間なわけだけども、
あまり過剰に意味づけしてもそれはそれでどうなんだろうなーと。
昔から、畳で死ねたら本望だと言うけれど、確かにそうだ。それは理想だ。
だけど、昔の日本は長旅をするのもある意味命がけ。
途中、志半ばで野垂れ死にすることだってざらだっただろうし。
江戸時代くらいまで、斬り捨て御免で切ったり貼ったりしてたわけだし。
ましてや戦争があって。
それと同時に人命も尊重されるようになった。
だけど、最近過剰すぎるような気もするなと感じるのも正直なところだ。
極端な例で言うと、マンガのブラックジャックの中に、
不治の病にかかって、未来の医療の発達を信じて冷凍保存される、
みたいな、そんな話があったと思うけど、今やそれも現実となった。
だけどそれは過剰すぎないかなーと。
ふくちゃんが死んだとき、遺骨を海に流したわけだけども、
なんかうまく言えないんだけど、
基本そんなシンプルな感じでいいんじゃないかと。
俺は以前、俺が死んだ時にはたくさんの人が俺の死を悲しんで、
たくさんの人が葬儀に来てくれる、
そんな人生を歩みたい、そんな自分でありたい、と思ってたんだけども、
ふくちゃんが死んだ時のあまりのあっけなさに、
なーんだ、こんな感じでいいんだっちゃ、って思ったんだよ。
先にも書いたとおり、俺はただ、いろんな人の人生の一部に触れるだけ。
そして通りすぎる、ただそれだけ。
それ以上の意味付けは必要ないというか・・
なんかうまく言えないんだけども。
たとえ世界中のどこで死んでも、あぁ、そういえばそんな奴いたっけなと、
たまに思い出してくれればそれでいいっていうか。
だからもう、たくさんの人が葬儀に来て云々なんて、もうどうでもよくなった。
今は・・そうだなー、せめて俺が死んだら、
一番身近にいるりえさんと、一部の親しい数人が泣いてくれたらそれで充分。
結局何を書きたいかボヤボヤーンとして、イマイチ伝わらないと思うんだけども、
自分が溺れ死にかけたり、ふくちゃんや義父が死んだりしたことで、
俺の中の命とか、死に様とか、そのへんの価値観がシフトした。
それを書きたかったんだよ。

これは、お盆中に、日本夕日百選のひとつ、夕日が浦で撮った夕日。
爽やかに、風のように通り過ぎる、そんな人生にしたいな。