俺には二人の父がいる。俺の本当の父と、母が再婚した父。
本当の父が逝った。
妹のところに警察から電話があり、
妹から俺のところに電話が来て父が逝ったことを知った。
早速妹夫婦と俺の3人で父の家に向かった。
父は、母と離婚してからずっと一人で暮らしていた。
父の家のお隣りさんが、先週から新聞が溜まっているし、
部屋の電気やテレビが付きっ放しだったことを不審に思い119通報。
父は一人で死んでいた。
死亡推定は先週の14日とされ、死後5日経って発見されたのだ。
現場に着くと、数人の警察官がいる傍らで、
父がシーツを掛けられて横たわっていた。
父と最後に会ったのは、もうかれこれ1年以上前になるか。
まさかこんな形で父と再会するとは夢にも思わなかった。
ちょっと生々しい話になるが、
この暑さで5日経っていたので、遺体はちょっと腐敗していた。
まだ、父の顔とわかるくらいであったのがせめてもの救いだ。
早速葬儀屋さんを手配し、到着を待ちながら遺品の整理。
父の遺体が横たわり、死臭漂う部屋の中で、
現実を受け入れられないまま時間が過ぎていった。
父が自分で録音した留守電の応答メッセージが
久しぶりに聞いた父の声だった。
それを聞いて、妹は泣いていた。
父と母は、俺が中学の時に離婚。
俺も妹も、母方についた。
離婚当初は小遣いをせびりによく父の家に行っていたが、
大人になるにつれ、父がしてきたことがだんだん許せなくなり、突然一方的に絶縁した。
顔を見ることも、声を聞くこともイヤだった。
絶縁状態が十数年続いたが、
あることをきっかけに、5年ほど前にまた復縁。
その後、年に数回は父と会っていた。
俺の仕事を手伝ってもらったりもした。
父と一緒に暮らした年月より、離婚後の年月が上回り、
いつしか、父がいないことが当たり前になっていたので、
現実、目の前に父の亡骸があっても、
遠い人というか、他人のような気がして、父の死が受け入れられなかった。
葬儀屋さんと相談の上、遺体の傷みが激しいので、
通夜はせずに、明日いきなり火葬から葬儀、納骨まですることにした。
出棺が終わり、遺体が車に乗せられて火葬場へ運ばれていく様を見て、
すこし、「あぁ、父がもうこの世にいないんだなぁ・・。」
という実感が湧き、ちょっと切なかった。
明日の葬儀で喪主を務めることになり、
礼服を持っていなかったので買いに行った。
紳士服屋さんで、店員さんに「礼服をください。」と言ったところ、
「ハッ!」とした感じで「お急ぎですよね。」と一言。
「ええ、父が亡くなって・・。」と言っただけですべてを理解し、
テキパキと手配をしてくれた。
アカの他人の、はじめて会った人なのに、
礼を尽くして接客してくれる店員さんの心配りがうれしかった。
とりあえず、出棺が終わってホッとして、友人に電話をし、弔報を報告。
「大変だったね・・。」
「それはビックリでしょう・・。」
「気を落とさずに・・・。」
「手伝えることがあったら何でもするから遠慮せずに言ってくれ。」
「明日俺も葬儀に行くから。」
様々な声をかけてもらって、
はじめて父が逝ったという実感が湧いた。
妙なことに、父の亡骸を目の前にするより、
まわりからかけてもらった言葉で、はじめて実感が湧いたのだ。
まわりがかけてくれる一言一言が、
「じわ〜ッ」と沁みてきて、ありがたさと、父のいない寂しさが湧いてきて、
礼服を買った帰り道、車を運転しながら一人で泣いた。
父はおとなしく、人付き合いも下手な人だったので、
明日の葬儀はひっそりと、こぢんまりしたものになるだろう。
まさかこの歳で、喪主をすることになるとは、夢にも思わなかったが、
父が安心して成仏できるよう、精一杯務めようと思う。
父は、たぶんこの世にもう執着などないだろう。いい意味で。
ただ、俺の心残りとしては、酒の弱い父ではあったが、
一緒に酒を飲んでみたかった。
一度もないからだ。ただの一度も。
お父さん、来世では一緒に酒を飲みましょう。
お父さん、ありがとう。