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2018年06月08日

ドバイに行ってきた!

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実に約20年近くぶりの海外で、
アラブ首長国連邦のドバイに行ってきました。


今回の目的は、半分仕事、半分観光。そのレポートをします。


写真が多くて長い記事となりますが、お付き合いいただけたら嬉しいです。




ドバイは、関空から直行便があって、
行きは11時間、帰りは8時間強で行き来できる。


2020年に万博があることを皮切りに、
ワールドカップなどビッグイベントを控えていて、
世界中からものすごい数の観光客が来ることから、
いたるところで建設ラッシュ。


世界中から労働者が集まって、3交代制で急ピッチで街を作っている。

すごいスケールとマンパワー。ものすごいエネルギーを感じた。


まだ都市計画の15%しか完成しておらず、これからまだまだ伸びていく。

バブルももう始まっていると思うんだけども、
ピークはまだまだ先で、伸びしろたっぷりな感じだ。



今回は、現在ドバイで様々な投資案件があるんだけども、
その中の一つで、不動産の視察がメインの目的。


そして、ドバイは世界中で一番金が安い。

さらに、金加工の技術レベルが高く、
緻密で精巧な金製品がたくさんあるので、
デザイナー目線でその視察も兼ね、今後につなげたいなと思ったわけです。


不動産物件に関しては、思ったとおり、あまりにもスケールが凄すぎたのと、
まだ建設途中のものが多く、正直あんまりピンとこなかった。

しかし、なんにつけドバイはこれからで、
いろんな建物が完成したら、実感が湧いてくるんだと思う。

メッチャ楽しみだったりします。



物件を見に行くにあたり、ブルガリが経営するヨットハーバーから、
クルーザーを出してもらってペルシャ湾に出て、
現在建設中の人工島に建つ物件や、海に浮かぶ家のモデルルームを見学。



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人生初のペルシャ湾。

クルーザーに乗るとき、ペルシャ湾から国外に逃亡しないように、
パスポート提出が義務付けられている。(笑)







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これが海に浮かぶ家、フローティングシーホース。
下部に4カ所鎖で繋がれていて、プカプカ浮いている。

執事さんやスタッフの方がお出迎え。

この日は38度あってメッチャ暑かったんだけども、
冷たく冷やしたタオルやジュースを出してくれて超ありがたかった。



ちなみに、地下室(海の中)が寝室になっていて、
カーテンを開けると魚が泳いでいる。


ここはベントレーが内装のデザインをしていて、


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なにげなく置かれているソファーのクッションなんかに
ベントレーのロゴが入っている。



他にもいろいろ見たんだけども、物件の話はこのくらいにして、
俺目線でのドバイ写真を。




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ドバイの市街地で人気のあるアクティビティのひとつに、
市街地にある滑走路からセスナで飛び、
ドバイの市街地にパラシュートで降りてくる、というのが人気らしい。


俺はもちろんやらなかったけれども、
ちょっとアラビアンな高層ピルをバックに、パラシュートが降りてくる光景は、
なかなかシュールでフォトジェニッキーだったなぁ。



ドバイの市街地には、巨大なモールが3つあるんだけども、
今回の旅は、その一つであり、世界最大のモール、
ドバイモールを中心に動いた。

なんと、東京ドーム26個分の面積だそうで、
一日くらいではとてもじゃないけどすべてを見ることはできない。


とにかくすごいスケール。


しかし、やはりイスラム圏なので、


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街中にこういう白装束の男性と黒装束の女性が。


このモールは、モールの中に人工雪を降らせたスキー場や、
スケートリンク、そして、


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世界最大の水族館がある。何回も書くが、モールの中にだ。


今回は水族館を見る時間がなかったんだけども、オプションで、
魚の水槽に入ったり、サメにエサをやったりできるらしい。


すごいねー。






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そして、ドバイと言ったら、この世界一高い建物、
ブルジュ・ハリファ(ブルジュ・カリファとも言う)。


ブルジュ・ハリファは、ドバイの市街地のどこからでも見える。



ブルジュ・ハリファと言えば、ミッション・インポッシブル4で、
トム・クルーズが壁面をよじ登ったり走り回ったりした場所。



メイキング映像。


せっかくドバイまで来たのだから、
ブルジュ・ハリファ見学はマストでしょう。

トム・クルーズが来た場所に行かなきゃ!


ということで、登ってきましたよ。展望台。


ブルジュ・ハリファ展望台、AT THE TOPは、
二段階の展望台になっていて、124階と148階。


124階は、300ディルハムで、日本円で約9000円。

148階は、500ディルハムで、日本円で約15000円。


展望台ごときで高いなーと思いながらも、せっかくなので148階に登った。







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見てください。この景色。遠くに見えるペルシャ湾と砂漠!


下から見るとグワーッと見上げる高層ビル群が、
こんなミニチュアに見える。






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この下には、噴水の水がまるで踊っているように見えるアトラクション、
ドバイファウンテンのプール。



動画も撮りました。


若生 貴大さんの投稿 2018年5月31日(木)



しかしながら、超超高層の建物故に、風でしなるのか、
常にゆ〜っくり揺れていて、15分もいたら気持ち悪くなってきたので、
早々に降りてきた。



そして、124階に降りると、

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外に出て、撮影できるスペースがある。






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俺も撮りました。



ちなみに今回は、イスラム教の人たちは、
日の出から日の入りまで断食をするというラマダンの時期。


敬けんなイスラム教徒は、
日の出から日の入りまで一切の飲み食いをしない。


だからラマダン中は、飲食店の大半は日中は閉まっているんだけども、
観光客向けのカフェなどは営業している。

しかし礼儀として、ラマダンの人に飲み食いしている姿を見せてはいけないので、
お店の入り口には、ついたてやカーテンで仕切りが設けられ、
お店の中が見えないようになっている。


また、ラマダン期間中は、歩きながらの飲食、車の中での飲食も禁止。


なので、のどが渇いて水を飲むときは、トイレの個室で飲んだり、
車で飲むときも、外から見えないようにカーテンや帽子などで隠して飲む。


もちろん、タクシーのドライバーがイスラム教徒なら、
その運転手の前では、飲食をしないのが礼儀だ。


そして、日没になると、街の中で大砲がドーン!と鳴り、
街に一斉に人が出てきて、お店もオープンして大騒ぎが始まる、
というわけです。


ラマダン期は、観光客はいつもより少ないようなので、
いろんなアクティビティを入れたいなら、逆におすすめだと思う。


今回行ったブルジュ・ハリファ展望台も、
ハイシーズンには長蛇の列になるようなんだけども、
帰りのエレベーターの順番待ちで10分くらい並んだ程度で、
あとは並ぶことなくスムーズに見ることができた。






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もうひとつの観光は、凱旋門のような意味合いで、
額縁をモチーフにした、ドバイフレーム。


ここも展望台と、ドバイの過去、現在、未来を、
なんとかビジョン・・みたいなもので部屋中に投影され、
すごく綿密に作られた素晴らしいムービーで解説している。

その部屋は撮影禁止なので、紹介できないのがとても残念なんだけども、
50年前、ドバイは真珠をとって暮らしていたとても貧しい漁村だったこと、
石油が出て、急激に街が発展したこと、
そして50年後には、どんなビジョンを持って都市を作っているのかなど、
すごい迫力のムービーで、メッチャ感動して泣きそうになった。


あとでも書くけれども、ドバイの都市づくりの構想、ビジョンは素晴らしい。





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で、ドバイフレームも、地上150メートルにある高層の建物なんだけども、
こんな感じで、床の一部が超硬化ガラスになっていて、下が丸見え!


しかも、適期的に床が透過したり曇ったりするという仕掛けがしてあって、
またそれが恐怖を倍増させるのよ。


若生 貴大さんの投稿 2018年5月31日(木)


ドバイフレームの床が透過するムービー。


いやー、タマヒュンで。まいったまいった。




ドバイは、市内を流れる川を挟んで、
近代ドバイとオールドドバイに分かれる。





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オールドドバイは、こんな感じで、昔ながらのアラブ感満載な世界。



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余談だけど、ゴールデンウィークに、
大坂の新世界に行ってきたんだけども、なんか似てるなーと思って、
なんかホッとした。






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しかしこういう光景は、日本では見れないよね。やっぱり。





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瓶に色付きの砂を入れて絵を書くイケメン。お土産屋さんにて。







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そして、金の装飾品のお店がたくさんある、ゴールドスークへ。






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イスラムでは、結婚の際に新婦が身につける装飾品一式を、
新郎側が婚前に送る、というのが習わしのようで、
こういった豪華な金細工の装飾品のお店がたくさんある。





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みてください。この緻密さ!


現在はドバイの金細工もハイテクで、CADで設計し、
原型を3Dプリンターで出力して作るらしい。


もともとこういう緻密なものを作る文化の人が、
ハイテクを駆使したら、凄いものができて当たり前だよね。



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いろいろ見た中で俺が目を奪われたのはこれ。

写真だとなかなかわかりづらいかと思うんだけども、
実に細かい金細工に、無数の小さな石が埋め込まれている。

すごいよ。


こんな感じのものがとにかくたーーーーーーっくさん!


いやー、かなり刺激受けまくりんぐで。






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そして、お店を出ると、裏路地にはこんな感じの看板があって、
やはり日本とは全く違うんだなと。




あとは、ドバイと言えばスーパーカー!

っていう印象なんだけども、今回はラマダン期ということもあるのか、
昼間はあまりスーパーカーは見かけなかった。



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ドバイモールのエントランス前は、いろんな車が横付けされるんだけども、
俺が行ったときはこんな感じだった。


芦屋とか神戸界隈のほうが、スーパーカーが走ってる率が高かったなー。





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ただ、泊まったホテルの前に横付けされていた、こんな車があって、
かなり強烈だったなー。

リベットではなくて普通のボルトとナットだった。





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ラマダンが開けた夜のドバイは、エネルギーに溢れていた。


これは、噴水の水が踊る、ドバイファウンテン。



若生 貴大さんの投稿 2018年5月31日(木)





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日が暮れたばかりのときは、こんな感じの渋い光のブルジュ・ハリファも、



若生 貴大さんの投稿 2018年5月31日(木)

こーんな感じでスタイリッシュでビッカビカに。


とにかく全てにおいてハイセンスだった。





先にも書いたけれども、ドバイは50年前は、
天然真珠を採って暮らしていた貧しい漁村だった。


しかし石油が出て世界が一転。


ただ、当時の首長の凄いところは、

「資源はいつか無くなる。資源に依存しない都市を作る。」


という思想で、
石油に依存せず、観光で自立できる都市計画をしたということ。


俺は、ドバイに行くまでは、成金の下品なところなのかなと思ったんだけども、
それは全くの思い違いで、ドバイは意識レベルでも世界最先端だと思った。


国民は教育や医療無料。

教育レベルや治安レベルも高く、日本と同等か、それ以上の治安の良さ。


労働者に至るまで国民を大切にし、差別もほとんどない。

みんなフランクだし、
みんながドバイを愛している感じがした。


ブルジュ・ハリファの展望台から降りてきたとき、通路に



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こんな感じのパネルがたくさんあったんだけども、
王族の方も、労働者も、一緒に笑顔で写っている。

ブルジュ・ハリファはいろんな人の力の結集で、それに敬意を表し、
末端に至るまで国民を大切にしている、そんな愛がそこかしこに見えて、
本当に感動したし、可能性を感じて鳥肌が立った。


実は今回のドバイで、現地で大成功を収めた日本人社長とお会いすることができ、
仕事でドバイに進出できないかなと真剣に考え始めた。


秋にまたドバイに行くことが決まったので、
それまでには何かしらのビジョンを持ってドバイに行きたい。


オラワクワクしてきたぞー。










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posted by わこう at 23:24| Comment(0) | 普通の日記。 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年05月14日

50にもなればいろいろあります。

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50歳まで残り半年を切った。

20代のころ、自分が50歳になるなんて想像もできなかった。



でも、現実は容赦なくやってきて、もうすぐ50歳だよわ。

信じらんね。



で、50歳を前に、身体がなんかすごいことになっている。


4年くらい前に、尋常性乾癬の記事を書いた。



この記事を書いてから、一時は乾癬も鳴りを潜めて平穏な日々を送っていたんだけども、
去年の秋を過ぎた頃から、なんか乾癬が再発してどんどん酷くなっていった。


思い当たるフシはいろいろありまして・・


去年(2017年)の夏も、本当に暑かった。

俺は心臓が弱いので、風呂上がりに動悸がひどくて、
このまま死んでしまうんじゃないかと思うくらいのことが何度かあった。


そんな暑いときは、アイスがうまいんだよねー。


調子こいて毎日のようにアイス食べた。


特によく食べたのが、







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しろくま。




こいつはヤヴァイ。うますぎる。



健康な人はナンボ食べてもいいんだろうけど、
数年前に尿管結石をやったり、昔、酒で肝臓をパンクさせたりしてきたので、
俺にとって毎日アイスを食べるのは命を縮める行為だな。

そのほか、大好物のラーメン、ピザなど・・



何年も食事を自制して、一時は菜食だったりもしたけれども、
ここ2〜3ほどは、いろいろと解禁した。

だけどちょっとタガを外しすぎたかなー。


いつも「適量」とか「適度」のコントロールができずに、
食べ始めると一気にグワーッといっちゃうんだよね。


断酒、禁煙、揚げ物断ちをしてきたけれども、
それを上回るくらいいろいろ食べ過ぎちゃったわけです。


今回の乾癬の再発は、そのツケが回ってきたのかなと思う次第であります。



そして、今年の1月から、望診法の山村先生や塾生さんたちのサポートを受けながら、
ガッツリと食事制限をして、対処的ではなく、体質改善で乾癬克服を目指して、
現在も頑張っているところ。


俺が今指針としているのは、
エドガー・ケーシー氏の食事で乾癬を治すという内容の本だ。

自然療法で「乾癬」を治す (エドガー・ケイシー文庫)
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基本的な考え方をざっくりいうと、乾癬は腸壁の一部が薄くなり、
そこから、本来ならば排泄されるべきものが、
血中に入り全身をめぐって皮膚に異常をきたすので、
腸壁をケアすること、腸内環境を良くすることに主眼を置いている。


で、乾癬と相性の悪い食べ物がいろいろとあるんだけども、
けっこう禁止食材が多いのよ。


だけど、日常生活でなかなか避けられないものもあるわけで、
可能な限り取り組む、といった感じで続けている。


その中で、食べるとテキメンに痒くなる食べ物がいろいろとあるので、
ちょっと上げてみようと思う。

ただしこれは、俺個人のことであって、
すべての乾癬の人に適応するのかはわからない。


すぐに痒くなる食べ物

・パン(特にトーストしたもの)
・ピザなど小麦を焼いたもの(クッキーとかケーキのスポンジなど)
・チョコレート
・ポテトチップス
・ラーメン
・超甘いお菓子
・ポテトフライ


・・俺が好きなものばっかりだよ。


ちょっと微妙な食べ物

・パスタ(油が少ないとあまり痒くならない)
・くだもの(ものによる)
・甘い炭酸飲料



痒くなりそうであんがい大丈夫だった食べ物

・あんこのお菓子(できれば無糖や微糖など)
・うどん
・蕎麦(十割だとなお良し)


だから、可能な限り家で作るようにして、
家で作るときにはごはんと味噌汁が基本。

あとは焼き魚とおひたしなどの青物、くらいのシンプルな食事が理想。


俺は一番酷いのが、頭皮から額にかけてのエリアなんだけども、
とにかく痒くなるものを極力避けて選んで食べるようにしている。


麺を食べたいときは、ラーメンではなく蕎麦。

タイ料理屋さんでフォー(米麺)を食べたり、
グルテンフリーパスタを使ったりもする。


体質改善にはやっぱり時間がかかるので、
いったん皮膚科に相談に行き、ステロイドの塗り薬を処方された。


体質改善の兆しが見えるまで、ステロイドと併用したほうが良いのかなと、
頭皮や額に塗ってみた。

額は、色も引いて落ち着いて見えるんだけども、
頭皮に関しては、あまり効果がなく、皮は依然として剥けるし、
かゆいときはやっぱりかゆい。

そして、頭皮にステロイドを塗ると、
頭がボーッとしてきたり、変な頭痛が起きたりするので、
2〜3週間使ってみたんだけども、やはり怖くなってやめた。


そしたら、リバウンドがきて、モーレツに痒いわ真っ赤になるわで、
モー大変。


でも、仕事柄人に会うことは避けられないので、
あらかじめFacebookにあえて写真を載せて、
会う人がいきなり見てびっくりしないようにした。


以前から、尋常性乾癬という免疫性の病気で、頭皮や額にアトピーのような湿疹が出て、食事療法に取り組んでいました。もうかれこれ4ヶ月くらい。 体質改善には時間がかかるので、1ヶ月ほど前に、落ち着くまでステロイドとの併用に切り替えたけど、塗った...

若生 貴大さんの投稿 2018年5月8日(火)



で、痒くなったときにどうしてるかということなんだけども、
最近は薬草のツボクサを使ったお茶やクリームを使っている。


ツボクサは、傷薬や薬草としても使われてきたそうなんだけども、
乾癬にもいいらしい。

ということで、Amazonで


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ツボクサ茶と、



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ツボクサクリームを購入。



ツボクサ茶は、メッチャ濃い目に煮出して冷蔵庫で冷やし、
小さなボトルに入れて、痒くなったら頭に振りかけて揉む。


冷やしておいたやつをかけるとスーッと痒みがひく。



ツボクサクリームは、風呂上がりやシャンプー後に、
頭がまだ濡れている状態のときに塗り込む。

その後、ドライヤーで髪を乾かすようにしている。


あとは、寝る前にクリームを頭皮に刷り込んでいる。



ただぶっちゃけ、この2つが効いてるのかどうかは正直わからない。


でも、ステロイドを使わないという選択をした場合、
何かを塗らなきゃないのなら、今のところこれが俺にとってはいい感じだ。


あとは、適度な運動をして汗をかくことですな。




と、ここで尋常性乾癬のことで終わるわけではなくて、
実はもうひとつ出来事があった。


3年以上前から、胸のところになんかしこりのようなものができ、
少しずつ大きくなってきて、ちょっと気になってたんだよね。

半年くらい前には、直径2.5センチくらいになって、
触るとなんか腫瘍みたいになってる。


そうしたら先日、その中央から膿のようなにおいがしてきたので、
風呂に入ってるときに、しこりをグッと絞ったら、
白いのがビビュッとでてきて、ビックリしながらも全部絞りきった。

次の日皮膚科に行ったら粉瘤(ふんりゅう)ができていて、
除去手術が必要だと。



は?






粉瘤というのは、皮下に袋のようなものができて、
本来体外に排泄されなきゃいけない老廃物が、
その袋の中に溜まっていってしまう病気だそうだ。

それが、何かの拍子に化膿して、
俺のケースみたいに絞ると膿が出るようになっちゃうんだって。


最近俺は、乾癬対策の一環で、プールに通い始めたんだけども、
やっぱりそういう公共のところに行くと、
菌をもらいやすいみたいで、それで化膿したのではないか、と。



いやー、50にもなるといろいろとあるもんですな。


乾癬も粉瘤も、50歳を前にして身体の大調整だ!と思うことにして、
手術受けてきました。


手術自体は、局所麻酔で20分くらいで終わったんだけども、
袋はけっこう深くまでできているから、結構深く切開して、
袋状のものを切り取り、電気メスで焼いて止血し、縫合して終わり。

俺の場合、大きめの梅干し大くらいだった。


超閲覧注意だけども、切除した袋の写真を撮ったので、
見たい方は下記リンクをクリックすると見られます。





ということで、日帰りの簡単なものとは言え、
手術は手術なので、ここ数日はちょっと安静にしていた。


もう切開したところもくっついたみたいだし、
あと数日で抜糸してもらったら完了です。



いやー、ホント、いろいろありますよ。




俺の寿命はあとどれくらいなのかわからないけれども、
病気のせいで晩年体調を壊して、やりたいことがやれなかった・・

ということのないように、身体を大切にしようと思った次第です。


ジジイになってもバイク乗ったりスポーツカー運転したりしたいな。




と気持ちを新たにする49歳。






posted by わこう at 16:22| Comment(0) | 普通の日記。 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年04月15日

山村塾スタッフ卒業。

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2006年に、望診法の権威である、
山村慎一郎先生の講座を主催させていただいてから12年。

2018年3月いっぱいで、先生の会社であるゴーシュ研究所を退職し、
昨日、送別会を開いていただき、本当に本当の卒業となった。


当時、俺は仙台でマクロビオティックのカフェをやっていて、
お店で山村先生に講座をしていただく事となり、
その後、仙台、札幌、そして、関西に移住してからも大阪事務所のスタッフと、
本当に長きに渡り、山村塾スタッフとして本当に本当にお世話になりました。



この記事を書くにあたり、BLOGの過去記事などを読み返していて、
なんかいっぱい懐かしい写真が出てきたりして、
一部を紹介しながら振り返ろうと思います。


山村先生の写真はいろいろあれど、
一番インパクトがあって物議を醸した写真といえば



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これ。



この写真は、先生とお茶をした青山の某フルーツパーラーで撮った。


これは、先生がよく講座の中でおっしゃっている、
「食べ物の奴隷になるなよ」を象徴する一枚となり、先生も大変気に入られている。


食べ物にコントロールされるのではなく、自分が食べ物をコントロールして、
好きなものを食べられる身体を作るんだよ、と。


俺が直接関わらせていただいた塾生の方々だけでも数百名になるわけだけども、
山村先生のその考え方とスタンスに救われた人はとても多い。



俺は一人でも多く、山村先生の考え方に触れていただきたいと、
とにかくいろんなイベントや講演会を企画してきた。





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2010年、仙台での講演会。

このときは60名ほどの方々にお越しいただき、
爆笑の渦で大いに盛り上がった、伝説の講演会となった。






同年11月、


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札幌に山村先生が初上陸。



山村先生のスピリッツをなんとか北海道にも広げたいと、

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こーんな雪の中、札幌市内の自然食品店やカフェなどを一軒一軒訪ねて、
協力してくださる仲間を増やしていった。





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極寒の中、40名を超える方々が来てくださり、
山村塾札幌校立ち上げのきっかけとなった。




砂浴合宿も企画した。

砂浴とは、海の砂に首まで埋まり、老廃物を砂に吸ってもらうというもので、
砂浴でもいろんな奇跡や伝説が生まれた。




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俺が主催した最後の砂浴合宿は、宮城県女川町ののり浜というところで行った。






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砂浴での山村先生。


しかし、翌年に起きた東北大震災で、
この綺麗な砂浜も、地盤沈下でほとんど無くなってしまった。

本当に伝説の砂浴合宿となった。




また、真冬の半断食合宿!


いやー、寒かった。

寒かったけど楽しかった。


この合宿では、二日目に仙台七福神という、
仙台市内7箇所にお祀りされている、七福神の御本尊を巡って、
スタンプラリーのように御朱印を集めていく、というもの。




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最後の七ヶ所目にお祀りされている、大黒天をお参りしているところ。



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そしてこの合宿の締めくくり、吉野の大峰山で史上二人目の千日回峰行を満行された、
塩沼亮潤大阿闍梨がいらっしゃる、秋保の慈眼寺にて護摩焚き行に参列。


1月の極寒の護摩堂で、一心に手を合わせてお祈りしたことは忘れられない。




仙台での山村塾のときは、先生にお昼ご飯をお作りしていたんだけども、
せっかくなので、塾生の方にも食べていただこうと、
俺の妹分のほずみちゃんと一緒に、



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カフェ・ド慎一郎という1日限定カフェメニューを毎月提供。


先生と塾生の方が、一緒にごはんを食べながらお話できて、とてもいい時間でした。





そして俺は、今までに何度も山村先生に助けられてきた。


その御恩に報いるために、仕事以外では何をどうやって返せるだろうか・・



そんなとき、山村先生が、新宿の日本駆け込み寺の玄さんの大ファンだと知り、
俺は玄さんのもとで相談員のボランティアをしてるし、
山村先生と玄さんを繋げられる!と思い、


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2016年、先生と一緒に駆け込み寺を訪れ、玄さんとお繋ぎすることができた。


山村先生がすごーく嬉しそうにされているのを見て、
いやー、本当に良かったなぁと。


その後、山村先生と玄さんは、なにか妙にウマが合うようで、
現在は普通に友達付き合いのような関係になっている。


駆け込み寺と望診法、形は全く違うけれども、
人を救うというところが共通項だからなんだろうな。



先生からいただいたご恩をすっかりお返しできたとは思わないけれども、
スタッフをやめても、これからもお付き合いは続いていくので、
一個人として新たな関係性でお返ししていこうと思う。



そして、新たな嬉しいニュースが飛び込んできた。


仙台で山村塾を受講されていた、渡邉由ちゃんが、
望診法で出版したのですよ!



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昨年、由ちゃんが芦屋に遊びに来てくれたときに撮った1枚。


由ちゃんは、仙台で山村塾の中級修了後、独自で食事相談を開始。

その丁寧な指導とセンスで、口コミが口コミを呼び、
望診を軸とした他の学問と併せた講座を開講するようになった。


その講座も盛況で、ついに出版という運びに。


俺は、この由ちゃんの活躍は、たぶん1000人を軽く超えるであろう山村塾生の、
大きな希望となると思っている。


山村先生が12年前からずっと一貫していい続けてきた、

「私は望診を仕事にして食っていける指導者をたくさん作りたいんです。」

という最たる人だと思うから。


由ちゃんは、特に先生の後ろ盾があったわけでなく、
コツコツと自分がやるべきことを積み重ねていって、
ここまですべて自力でやってきたっていうのが凄いのよ。


そんな人を世に送り出せるきっかけを作れたことは、
俺の誇りでもあり、山村塾卒業にあたり、ひとつの大きな成果でもあります。




よく「わこうさんは先生の弟子にはならないんですか?」と言われるけれども、
一応俺も中級まで終わってはいるんだけども、その時点で、
俺は望診の指導者を目指すよりも、
主催者・企画者・スタッフとして先生を支えていくほうが合っていると思い、
それからはずっとそのスタンスを貫いてきたつもりです。


正直、どれだけのことができたのかはわからない。


だけど、俺にしかできないことをたくさんやってきたなという自負はある。

先生に助けられもしたけれども、支えてきたなという自負もある。



特に大阪スタッフになっての数年では、
先生のかわりに講師として講座ができる指導者、そして共に運営していく仲間もでき、
12年前に先生と、酒を飲みながら語り合ったことが、本当に現実になったなぁと、
思いもひとしおであります。



今回の退職は、実は先生からの提案だった。



今年から、りえさんと一緒やっているジュエリーの仕事を、
もっと注力してやっていく段階に入ったこと、
そして俺が今年50歳になるということで、
先生はここ最近ずっと考えておられたたようです。

50歳からの10年間は、
男にとって残りの人生をかけるためのとても大切な10年間となるので、
その10年間を、りえさんと共にしっかりと作り上げてください、
といったメッセージをいただき、先生の大きな愛を感じた。


そして、そのご厚意を受けて退職させていただく事になったというわけです。


急に決まったのでいろいろと憶測も飛び交っているようだけども、
決してネガティブな何かがあったわけではないです。


先にも書いたけれども、これは先生の愛情であり、友情であります。



もちろん、12年も関わってきたとから離れるのはとても寂しい。


だけども、
もうそろそろ次の世代の人達にバトンタッチしてもいいタイミングだな、とも思う。



山村先生は、俺が今まで会った人の中で、ダントツ一番のお人好しだ。


先生以上のお人好しはいないと思う。


俺はそんな先生が大好き。


しかしそのお人好しさ故に、先生を利用しようとする人もいて、
先生自身も傷ついてきた。


俺は、俺の目の黒いうちは絶対に先生をお守りする、
というスタンスでいる。今でも。


お会いする機会や時間は少なくなるけれども、
離れていても目を光らせていることはできるもんね。

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昨日、送別会で、最後の機会なので今まで言えなかったことを言っておこうと、
胸の内を吐露して、その上で先生の顔を見たら、もうこらえきれなくなって泣いた。


先生には本当に感謝しか無いです。


俺がどん底のときも、決して投げずにいてくれた。


逆に、先生が大変なときは、何ができたわけではないけど、
ただ居て、辛さを共有することはできたと思う。



本当にありがとうございました。



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そして、昨日はけっこう土砂降りの雨だったにもかかわらず、
集まっていただいて塾生やスタッフの皆さん、
別の日に単独の送別会を開いてくださった皆さん、
メッセージやプレゼントを下さった皆さん、
今まで塾を支えてくださった皆さん、
共に歩んでくださった皆さん、
本当に本当にありがとうございました。


山村先生からいただいたこのチャンスを、
しっかりとモノにして、充実した人生を作っていきます。



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ありがとうございました。


  


posted by わこう at 18:47| Comment(2) | 普通の日記。 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年03月31日

最近のニャンとフードのこと。


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3月は、2015年に逝ってしまったまるちゃんの命日がある。


過去にも何回も書いてきたんだけども、今までたくさんの猫を飼ってきたけれども、
まるちゃんがスペシャルだったなぁ。やっぱり。


えこひいきしちゃいけないと思ってるんだけども、
やっぱりまるちゃんに関してだけはそう思っちゃうな。





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先日、お彼岸だったこともあって、まるときちが供養されている、
芦屋霊園の動物塚にお参りしてきた。




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久々にまるちゃんが登場したので、2014年に逝ってしまったきちの写真も。

かわいかったなぁ。



そして、2013年に逝ってしまった

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ふく。





ふくは、芦屋霊園ではなく、



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火葬した骨を海に流した。




みんな本当に本当にありがとう。

忘れないよ。




と、わこう家の第一世代のニャンたちを偲んだあとは、
最近の第二世代のニャンたちのことを。


クウちゃんをはじめ、快くんも古都ちゃんも、みんな元気。


最近は、Facebookと連動させてInstagramにニャン投稿をしているので、
インスタから埋め込み。


クウちゃん



快くん



快と古都

そこにいたわりがある。 #cats #bengal #scotishfold #猫 #わこう家のニャン

若生 貴大さん(@wako_15)がシェアした投稿 -




古都走る

駆け抜ける古都ちゃん。 #cats #scottishfold #猫 #わこう家のニャン

若生 貴大さん(@wako_15)がシェアした投稿 -





ニャンたちは相変わらずで平和な日々。

やっぱり猫が元気でお気楽に生きてるのを見ると、
こっちも幸せになるよね。


で、快くんたちが我が家にやってきた2015年あたりに、
それまでやっていたニュートロというフードメーカーが、
穀物フリーのフードを出したんだよね。

コンセプトは、もともとネコ科の動物は穀物を食べないので、
肉や魚だけを使ったフードで健康を作ろう、的な感じだ。

そこで、ずっとニュートロの穀物フリーのフードを使ってたんだけども、
その中でも、




この、成猫用のチキンは、人気があるのか度々売り切れる。

ネットをくまなく探しても、みーんな売り切れ。


なので最近は、しょうがないので、

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子猫用のチキンと、


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成猫用の白身魚を交互に与えている。

このほかに、穀物フリーのサーモンもあるんだけども、
我が家は不評で、食いつきが悪いんだよね。


関西の夏は暴力的な暑さなこともあって、
面倒だけども、フードを開けたら、すべてジップロックに小分けにして、
冷凍保存している。

順番が来たものだけ冷蔵で保存し、2〜3日で食べきらせる、
といった感じだ。


ここに至るまで、いろんなフードを試したんだけども、
一番胃腸が弱くて血便を出す古都ちゃんが、
しっかりと健康的な便を出すこと。

そして、三匹とも毛ヅヤがとても良くなったことが決め手だ。

正直、穀物フリーのフードが本当にベストな選択なのかはわからない。

だけども、ニャンたちの食いつきもいいし、
自分の直感を信じてこれでいこうと思う。


みんな健康で長生きしてくれよ。

 
posted by わこう at 23:14| Comment(0) | なぜか猫。 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年03月15日

GS1200SSがやってきた。

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突然ですが、鈴菌に感染して、人生初のSUZUKI車オーナーとなりました。


SUZUKI GS1200SS。


2000年以降に発売されたものの、
1980年代のレーサーをオマージュしたデザインで、賛否の大きく分かれるバイク。


フロントの巨大なカウルについて、
ダッセー!という人と、カッケー!という人に真っ二つに分かれる。



当然俺は、









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カッケーー!

派だ。



去年の年末まで、

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CB1300SF(SC40)に乗ってた。


CBは、安定とトルクに特化したバイクで、とても気に入っていたんだけども、
どうしてもカフェスタイルのバイクに乗りたかった。


CBをカフェ風にカスタムすることも考えたんだけども、
俺の好みのデザインにするには、どうしてもフレームを一部切ることが避けられない。


理由はどうあれ、フレームを切ってしまったバイクは売れないだろうから、
フレームを切る=一生俺が乗る覚悟がいる、ということで、
そこまで腹をくくれなかったというのが正直なところだ。


すごくいいバイクで気に入ってたんだけどね。CB。


でも、ウイークポイントでもあるんだけども、俺には重すぎた。



2004年に事故で右膝を粉砕骨折して以来、やはり右足に力が入り切らない。

だから、この重心が高く、
270キロもある巨体を支えるのは、正直ホネだった。


一回だけ立ちゴケしたことがあるけど、
理由は右に傾きすぎたとき、力が出なくて支えきれなかったからだ。




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CBの前に乗っていたSRは軽すぎ、CBは重すぎ。


うーん・・なんで両極端なんだろう。俺は。




話は戻るけれども、カフェスタイルにもいろいろあるけれども、
俺は80年代のちょっととんがったデザインが好き。

で、いろいろいろいろ散々悩んだ挙げ句、
カリカリのSSでもなく、少しクルーザー寄りに振った、
このGS1200SSが、今の俺にはちょうどいいのかなと思ったわけです。


ということで、ネットでいろいろ巡回しているうちに、
気になるGSを見つけたので、いつもお世話になっている、
モトショップトラストさんで、業販で仕入れてもらうことになった。







ということで、


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CBくんとはお別れ。

8ヶ月だけだったけれども、CBからはバイクをうまく乗るための、
いろんなことを教えてもらった。

本当にありがとう。





ところが!


仕入元の東京のショップ、

M●D モトフィールド ドッ●ーズがとんでもないショップだった。


購入を決めて契約をしたのが12/20。

しかし、年末年始が絡むから年内の陸送は難しいと。

そこまではいいとしても、実際に大阪に届いたのは1/14だった。


どんだけ時間かかんだよ。



しかも、業者間の現状販売だったとは言え、タンクの中はゴミだらけ。

そのせいで燃料系はすっかりダメで、キャブもすべて分解清掃。

スターターはぶっ壊れてるし、その他修理にかなりの費用がかかった。


俺は業者間取引のことはよくわかんないんだけども、
こういうことって、せめて分かる部分は事前に言っておくもんじゃないの?


あとからあとから次々に問題が発覚して、
結局、当初の予算を大幅にオーバーした。


ふざけんなよ。まったくよ。

トラストさんだってとばっちり受けていい迷惑だよ。



トラストさんの献身的な修理と整備のおかげで、
結局隅々まで手を入れてリフレッシュされることとなった。

エンジン本体は開けなかったものの、キャブのOH、フロントサスOH、
リアサスも分解と調整、ブレーキOH、スターター諸々修理・・


お金はかかったけど、
現在のところ日本一リフレッシュされたGSじゃないかな。わはは。







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結局、納車が伸び伸びになって、契約から2ヶ月オーバーで、
やっと納車となったわけです。



どうですか。この80年代を彷彿とさせるデザイン。これでも2002年式。


当時このバイクは不人気車で全く売れず、海外でも売れず、
わずか3年で生産中止。

しかし、その後じわじわと人気が出て一気に高騰。
新車価格よりも高値が付くプレミアムバイクとなってしまった。



今年で15年くらいとなったわけだけども、
やっと少し値段が落ち着いてきたのと、
真冬というバイクのオフシーズンだったこともあって、
俺でもなんとか買える値段になったけれども、でもそれでも少し高いね。






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早速、納車直後に六甲に走りに行ってパシャッと。

二ヶ月以上待ったわけなので、嬉しさもひとしおですよ。







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まだ六甲はバイクで走ってる人なんてほとんど無く、
誰もいないことをいいことに、セルフタイマーで一人山の中で写真を撮る俺。

だってうれしいんだもの。







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狭い車庫だけども、やはりバイクがあるといい。

ほんのり漂うガソリンのにおいが幸せです。はい。



このGS、前のオーナーさんが隅々まで手を入れてくれたおかげで、
俺はほとんどいじるところが無い。


埋込み型の小型ウインカー、リミッターカット、バックステップ、
カーボンサイレンサー、シングルシートなどなど・・



俺が手を入れたのは、ヘッドライトやウインカー、テールランプのLED化。

CBのとき、レギュレーターがパンクしてえらい目にあったので、
省電力化でレギュレーターに負荷がかからないように。

それに伴い、ウインカーのリレーも交換。



あとは、

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このカウルミラー、見やすいし悪くないんだけども、
車庫の入り口が狭くて出し入れのときに引っかかるので、



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カウルミラーを取っ払って、バーエンドミラーにしてみた。


最初、鏡面が小さいタイプを付けたんだけども、車検対応タイプに変更した。



これで車庫の出し入れも、
ハンドルを切ってかわしながら入れられるようになった。




さて、肝心の乗った感想なんだけども、



いい。



実にいい。






全てにおいて、俺にちょうどいい。


車重は240キロくらいなんだけども、
シートが低くて足つきがいいから、ふんばりが効いて不安感がまったくない。


エンジンの吹けは、軽やか。実に軽やか。


トルクこそCBに負けけれども、軽やかにフォン!と回り、
パワーバンドに入るとゴリゴリと加速していく。


まさにゴリゴリと。


そして、コーナリングがヒラヒラと軽い。


いや、最新のSSやカリカリのSSに比べたらどうかわからないんだけども、
あの重たいCB1300、しかもキャブで初期のSC40を、
六甲でなんとかヨッコイショと倒しながらコーナリングしていたのに比べたら、
ちょっと腰をクッと入れただけで、パタンと寝て、スイーッと曲がる。


これは楽しい!


SRでもCBでも得られなかった快感。



ポジションは、セパハンだけども思ったほどしんどくない。

これはバックステップの恩恵も多分にしてあると思う。


まだ中〜長距離を走ってないので、
腰とかにどのくらい影響があるのかわからないけど、
あんがいいけそうな感じだ。


俺が一番気にしていた重量も、
重すぎず軽すぎず、本当に俺にちょうどいい。


今までいろんなバイクに乗ってきたけれども、
今のところ、このGSが一番相性がいいっぽい。

この満足感と一体感は、はじめて味わうものだ。


このバイク、俺にとって生涯の1台になるかもしれない。



SUZUKI伝統の油冷エンジン、そしてレトロっぼいスタイル、

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長く大事に乗ってやろうと思います。



そのうちまたレポートします。


posted by わこう at 21:52| Comment(0) | バイク | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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